帝国恋慕の序章
帝国歴1500年2月25日。銀河連邦元老院での制裁決議が賛成多数で可決されてから、すでに8日が過ぎていた。神聖旭日連邦帝国の主導によって可決されたその決議は、ガフラヤサタ連邦に対する銀河規模の経済・軍事的圧力となって着実に効力を発揮していた。ガフラヤサタ連邦の侵攻速度は目に見えて鈍り、物資輸送の混乱や艦隊運用の制限も報告されている。
だが、それでもガフラヤサタ連邦は戦いをやめようとはしなかった。
ケタサカ王国は、いまや明確に神聖旭日連邦帝国からの軍事支援を受け、その戦力は女王の強い決断によって未曾有の軍拡へと舵を切っていた。帝国式の艦船設計、遠征隊用武器の供与、そして何より『自立の意志』を支える情報支援体制の構築。神聖旭日連邦帝国とケタサカ王国は、表と裏の両面で共に歩み始めていた。
一方『影の任務』と呼ばれる極秘作戦は未だ進行中であった。 帝国情報庁の統括する五つの諜報機関から選抜された隊員たちが、ガフラヤサタ連邦宙域で密かに活動を続けている。報告は断片的ながら届いているものの、肝心の『連邦の秘密』にはまだ辿り着けていない。焦りは禁物とはいえ、アリス総理は静かに苛立ちを募らせていた。
その夜、神聖旭日連邦帝国首都地球首相官邸。大円卓会議室の照明は落とされ、柔らかな灯が部屋を包んでいた。 そこにいたのは、アリス総理。そして、彼女に招かれたエイン外務大臣である。
「来てくれて、ありがとう」
アリス総理はいつもの凛とした声でそう言ったが、その目はどこか揺らいでいた。政務官や護衛たちが退室し、完全なプライベート空間となった室内には、首相と外務大臣という形式以上の、微妙な空気が流れていた。
「光栄です、総理。……お声がけ、いただけるとは」
エインは一瞬だけ照れたように微笑み、胸に手を当てて礼を取る。 その姿にアリスは、まるで何かを抑えるように目を細めた。
「形式ばらないで。今日は政治の話をするためだけに呼んだわけじゃないの」
「……そう、ですか?」
エインの声がわずかに揺れた。アリスは重い息をつくように椅子に身を沈め、テーブルの上の小さなグラスを指先で回す。琥珀色の液体が揺れていた。国産の高級ウィスキーだ。
「でも、結局は政治のことを考えてしまうわね。あなたなら、わかると思うけれど」
「……はい。私も、同じです」
静かな時間が流れる。遠くの夜景がガラス越しに瞬いていた。地球、そして帝都の灯。そこにいる人々を守るために、彼女たちは働いている。
「エイン」
不意に名を呼ばれて、エインは顔を上げた。
「あなたが銀河連邦で戦ってくれている間、私はこの地で、あなたを見守っていたわ。決議が通ったとき、誇らしくて、そして少し……怖くなったの」
「怖い、ですか?」
「ええ。あなたが、遠い存在になってしまいそうで」
その言葉に、エインの心が静かに波立った。
「……そんなこと、ありません。私はずっと、あなたの下で働きたくて。だから……」
そこまで言いかけて、彼女は唇を噛んだ。 アリスは、そんなエインの仕草を静かに見つめていた。
「私はね、信じてる。あなたが、帝国の未来を創ってくれるって」
「……ありがとうございます、アリス総理」
エインの頬が赤らむ。彼女の口元が、わずかにほころんだ。
「でも、あなたがそう言うと……私、あなたのために生きてしまいそうです」
その言葉に、アリスの目が見開かれた。一瞬の静寂。 二人の間に、何かが走った。だがそれは、言葉にはならない。 まだ、ならない。アリスはその感情を胸の奥にそっと仕舞い込み、微笑んだ。
「じゃあ、生きて。私のそばで」
エインもまた、そっと頷いた。微かな春の兆しを告げる風が吹いていた。
数多くの人が行っていると思いますが、個人的には初めての試みです。
架空戦記と並行して恋愛関係も描いてみたいと思います。