動揺の波濤、燃ゆる牙
帝国歴1500年2月15日。星間情報網を駆け巡る報道は、再び神聖旭日連邦帝国の名を天の川銀河に刻みつけていた。わずか一日で天の川銀河の外交情勢は激変し、昨日まで非難の嵐に晒されていた神聖旭日連邦帝国は、今や鋭利な言葉と緻密な戦略をもって、逆に各国の同情と理解を集めることに成功していた。きっかけは、前日の最高政策評議会で下された一連の方針であった。それを具現化したのは、アリス総理が全権を委任した外務大臣代理エイン。彼女の繰り出した外交的反撃は、ただ論理に基づくだけでなく、時に情熱を、時に高潔さをも滲ませたものであり、銀河連邦各国の外交官の心に訴えかけた。
「我々は正当な主権と、理に基づく秩序の維持者である。敵対を望む者が、虚偽と欺瞞を用いようとも、我らの矜持は決して揺るがぬ」
その発言は、天の川銀河各国の情報機関を通じて配信され、神聖旭日連邦帝国の代弁者としてのエインの姿を鮮烈に印象づけた。同時に、神聖旭日連邦帝国が開示した精緻なデータと証拠。ガフラヤサタ連邦によるプロパガンダの裏付けなき扇動、過去の通商協定違反、ケタサカ王国への軍事侵攻。それらは一つ一つ、冷静に、だが明確に天の川銀河各国の分析官と報道機関を唸らせた。
そしてその反響は、最も動揺すべき場所。すなわちガフラヤサタ連邦の心臓部、首都惑星と到達した。
「貴様ら、これはどういうことだッッ!!」
統合政府議長ゲルマヴァルドの怒声が、大理石と合金で構成された閣議室の高天井に轟いた。卓の周囲に控えていた閣僚らは誰一人言葉を発せず、ただただ沈黙するしかなかった。視線を巡らせたゲルマヴァルドの瞳は怒りに爛々と燃えていた。
年齢的にはすでに200に近い彼だが、その眼光はまるで若き日の戦場を彷彿とさせる鋭さを保っていた。
「奴は誰だ?あの女だ!エインとかいう小娘。……あれが我らを追い詰めるとは! 恥辱だ、これは……我が名に対する冒涜に等しい!」
ゲルマヴァルドの声が低くなる。それは激情が限界に達した時に特有の、静かなる怒り。
「思い出せ。……数日前の銀河連邦調査団の時に……始末すべきだったのだ。あの場で、冷酷に……!」
閣僚の一人が、慎重に言葉を挟んだ。
「……議長、そのような事をしていれば、いま――」
「黙れ!!」
拳が卓を叩いた音が閃光のように響いた。
「だからこそ、今こうなっているのだ!見ろ、天の川銀河の目が、すべて奴らに向いている。
我らの正義は語られることなく、奴らの理想だけがもてはやされているのだぞ!?」
統合政府議長の怒りは止まらない。何よりも彼の逆鱗に触れていたのは。エインの背後に、神聖旭日連邦帝国総理アリスがいることだった。単なる外交官の発言ではない。神聖旭日連邦帝国の実権そのものが、エインを通じて天の川銀河に語っている。それがゲルマヴァルドにとって、耐え難い現実だった。
「アリス……あの女もまた、我々の敵であると見るべきだ。神聖旭日連邦帝国の諸策の裏に彼女がいる以上、これは偶発ではない。戦略的包囲だ。
そのうえで……エインはただの駒ではない。獣の牙だ。神聖旭日連邦帝国が我らに向けて放った一撃だ!」
沈黙していたが、国防大臣が重く声を落とした。
「……閣下。外交攻勢は下火にすべきかと。我々の情報網は混乱しており、再反撃には時間を要します」
「ならばどうする?黙ってこのまま見過ごすのか?」
しばしの沈黙が支配した。そしてついに、ゲルマヴァルドは冷徹な結論を下した。
「ならば、前線にて我らの意志を示すしかあるまい。停滞していたケタサカ王国侵攻作戦、それを再び、加速させよ。神聖旭日連邦帝国が天の川銀河を言葉で制するならば、我らは武で応じる。力こそが、真実を定める」
閣僚たちは戸惑いながらも、やがて無言のうちに大きく頷いた。かくして、ガフラヤサタ連邦の闇は静かに蠢き始める。神聖旭日連邦帝国の名誉を守るために立ち上がった若き女性と、天の川銀河を掌握せんとする老いた覇王との、次なる衝突の幕が、今、上がろうとしていた。