再スタート
帝国歴1500年2月14日。天の川銀河を揺るがす外交騒動の渦中にあって、神聖旭日連邦帝国は静かなる決断の時を迎えていた。星間国家の諸反応が錯綜するなか、ひとりの外交官が地球へと戻った。神聖旭日連邦帝国外務省特任筆頭外交官、エインである。天の川銀河に名を知られた女性であり、華やかなる美貌と剛胆なる胆力を持ち合わせた人材である。帰国の途上、彼女の心中は重く沈んでいた。諜報員の死という取り返しのつかない事態、そして銀河連邦諸国にまで拡がった疑念と動揺。自らが何も果たせなかったという失意と責任が、彼女の双肩に重くのしかかっていた。
だが、待っていたのは予想とは異なる展開だった。スカーレットアリス総理大臣。エイン以上の美貌と知性を兼ね備え、一部国民は『女神』とまで崇拝する。神聖旭日連邦帝国政治の最高執行権を握る女性は、エインを自らの執務室に呼び寄せた。その場には他の者はいなかった。扉が閉ざされ、空間に静寂が訪れる。
「覚悟は、できております。」
エインは毅然と頭を下げた。罷免、もしくは更なる責任追及。どちらも覚悟していた。だが、アリス総理の口から紡がれた言葉は、彼女の予想を覆した。
「……私は、貴女を罷免しないわ」
静かに、だが鋭く確信に満ちた声音だった。驚きながらエインが顔を上げた時、そこには冷厳ではあるが、確かな信頼を湛えた総理の瞳があった。アリスは机の上に置かれた一通の極秘文書に視線を落としながら言葉を続けた。
「今回の件で、諜報員のひとりが命を落とした。その者が残した暗号化文書──既に解析は済んでいるわ」
「はい。」
「明確な情報はなかった。だけど、断片的に推測を導き出すには十分だったわ。」
アリス総理は帝国情報庁(IID)の統括報告と、エイン自身が持ち帰った情報とを照らし合わせ、最も合理的な結論を導き出していた。
「ガフラヤサタ連邦は『何か』を隠している。しかもそれは、諜報員が命を賭してでも暴こうとしたものであり同時に、彼らが我々を必死に非難してまで守ろうとするほどの秘密なのよ」
エインは息を呑んだ。自分の見立てと一致していた。だが、それをあのアリス総理が完全に同意しているという事実には、ただならぬ覚悟がにじんでいた。
「エイン、貴女に求めるのは責任の放棄ではない。これから始まる長い戦いの最前線で、我々に光をもたらす働きを。今こそ貴女に求めるわ。」
「……では、私は?」
「私の右腕として動いてもらうわ」
その瞬間、エインの表情が動揺に染まった。神聖旭日連邦帝国の政治において『右腕』とは、単なる補佐ではない。総理の意志を外政において代行し、必要であれば交渉や政治的圧力の前線に立つ実務の最高責任者を意味する。
「私の立場を……特任筆頭外交官を、超える……?」
「当然。新たに『帝国外政特別戦略顧問官』として任ずる。事態打開のため、全外交機構への指示権を一部委任するわ」
もはや辞退も抗議も無意味だった。アリス総理の言葉には、揺るぎなき決断があった。エインはその静かな意志に打たれながら、やがて深く頭を垂れた。
「謹んで、お引き受けいたします。アリス総理の信頼に、必ずお応えいたします」
その瞬間、神聖旭日連邦帝国は決断を下した。天の川銀河に広がる動揺と混乱のなかで、ガフラヤサタ連邦が何を隠しているのかは依然として闇の中だった。だが、神聖旭日連邦帝国は自らの未来を、自らの意志で切り開くことを選んだ。
そしてその道を進むのは、2人の女性だった。1人は美貌と知性、信念で戦場を駆ける外交官。1人はより優れた美貌と知性、鉄の意志と冷徹な戦略を備え、女神と崇拝される総理。運命の天秤が銀河の均衡を揺るがす時、神聖旭日連邦帝国の旗は、再び高く掲げられる。それが希望の光となるか、災厄の始まりとなるか
まだ、その答えを知る者はいなかった。