好機
ガフラヤサタ連邦首都惑星。降りしきる雨粒はガラスの庁舎を叩き、まるで無言の拍手のように統合政府の決断を急かしていた。議会棟地下に設けられた戦時緊急対策本部。その壁面には各地の警戒レベルと治安維持情報が光帯で並び、中央の長卓を囲むのは、政治局・宇宙軍司令部・情報統制庁、そして議長直属の諜報部門の長たちであった。
「帝国の諜報員の死体――これは天が与えた好機だ」
そう口火を切ったのは、宇宙軍宇宙艦隊参謀長だった。重々しい声に、誰もが黙った。
「奴らの正義を剥ぎ取る口実となる。調査団は我々の主権を侵した。今こそ逆手に取り、被害者の立場を確立するべきだ」
無表情のまま資料を見つめていたガフラヤサタ連邦統合政府議長ゲルマヴァルドが、静かにうなずいた。そして対銀河連邦向けの声明草案は準備出来たのか尋ねると、広報統制官が応じた。大型ホロスクリーンに映し出された声明文には、次のように記されていた。
『ガフラヤサタ連邦は、ケタサカ王国への支援という名目で送り込まれた神聖旭日連邦帝国の諜報活動に対し、深い遺憾と明確な抗議の意思を表明する。彼らは銀河連邦調査団を偽装し、我が国の主権と内政に干渉しようとした。これは重大な国際法違反である。』
だが、それだけでは終わらなかった。
「銀河連邦の中枢が、帝国と通じている可能性も示唆すべきだ。」誰ともなく放たれたその提案に、議場の空気が凍る。事態を重くみた副官が震えた声で、証拠は無いと言った。そしてそれを口にすれば、各国から虚偽と断じられるとも、断言したのである。しかしガフラヤサタ連邦統合政府議長ゲルマヴァルドが言った。
「虚偽と断じられても構わん。重要なのは、銀河連邦内の疑心を煽ることだ。神聖旭日連邦帝国と特定諸国が結託しているという構図を印象づければ、銀河連邦の足並みは崩れる」
誰もが黙した。それは卑劣で、しかし確かに効果的な策だった。ガフラヤサタ連邦統合政府議長ゲルマヴァルドは、何よりも『時間を稼ぎたい』のだ。
なぜなら――
彼らが隠している『秘密』は、あまりにも巨大だった。数名の議員だけに知らされている、ガフラヤサタ連邦最高機密に属する『プロジェクト・ラガッシュ』
それは、ケタサカ王国全域の民族改変計画であった。民族。その定義を、DNAレベルで『再構成』するのだ。不穏分子、文化的抵抗要素、宗教的逸脱等々、これらを『遺伝子改編』『教育再構成』『生態適応措置』の名のもとに、緩やかに『別の民族』へと変える。一世代を超えた先に、ケタサカの種族は別の存在として再構築される。全ては『ガフラヤサタ連邦標準民』への統合という名目で行われていた。飢餓も、弾圧も、強制移送も、すべては『再構築』の副作用だった。そしてガフラヤサタ連邦は、プロジェクトの成果が形になるまでは絶対に知られてはならなかった。神聖旭日連邦帝国が気付きかけている。ならば、攻めなければならない。逆に『被害者』として舞台に立つべきなのだ。
会議の終盤、ガフラヤサタ連邦統合政府議長ゲルマヴァルドは誰にも聞こえないように呟いた。
「我々は、我々のやり方で銀河を秩序づける」
その言葉は、命令ではなく祈りのようですらあった。
こうしてガフラヤサタ連邦は、自らを守るため、真実を覆い隠しながら、声高に他者を責め立てる選択をした。
銀河の正義が、逆転しようとしていた。