次なる展開
神聖旭日連邦帝国首都星系太陽系首都惑星地球。その首相官邸では夜半にも関わらず全ての照明が灯され、緊張した空気が流れていた。神聖旭日連邦帝国スカーレットアリス総理は、緋色の軍装から黒銀の正装に着替えもせず、そのまま最高政策評議会を緊急招集していた。大円卓会議室には内閣閣僚全員を筆頭に省庁統括官が参加し、昨日よりも更に軍事的に話し合う事から宇宙軍総司令官・宇宙軍連合艦隊司令長官・宇宙軍遠征隊司令官・帝国情報庁長官が着席していた。日付が変わったばかりの深夜、アリス総理の瞳はなお冴えていた。
アリス総理の前には、銀河連邦元老院での議決結果を記した報告が投影されていた。ブレクティア同盟によって提出されたガフラヤサタ連邦への制裁案は、『継続審議』という名目で退けられた。その理由には、神聖旭日連邦帝国の反対票が明確に作用している。ゼンメホ帝国の協調もまた、決定的な追い風となった。議決の中で銀河連邦は調査団の派遣、並びに交渉の場の設置を決定。事実上、武力制裁の即時発動は回避された。
だが、それは神聖旭日連邦帝国にとって勝利ではなかった。むしろ今からが真の外交戦の始まりだ。「ガフラヤサタ連邦は調査団を受け入れるだろうか?」と誰かが問うたわけではない。しかし、大円卓会議室に漂う張りつめた静寂は、誰もがその一点に思考を集中していることを示していた。そんな中で帝国情報庁長官が報告する。現時点で、ガフラヤサタ連邦中央評議会は決定を下していない。ケタサカ王国方面への侵攻は現在も続行中であり、戦域の最前線では局地的な戦闘が継続している。だが、ケタサカ王国は徹底抗戦の構えを見せておらず、外交手段による事態の打開を模索している様子が見える。加えて、ゼンメホ帝国の偵察艦がケタサカ王国側宙域で活動を開始したことが、ガフラヤサタ連邦側の分析部隊に捕捉されているという。
ガフラヤサタ連邦にとって、調査団を拒否すれば『後ろ暗さ』が暗黙のうちに確定し、神聖旭日連邦帝国やゼンメホ帝国を正当化させる口実を与える。だが受け入れれば、侵攻の正当性を問われ、国際社会において立場を失いかねない。神聖旭日連邦帝国が意図したのは、まさにその『いずれに転んでも、戦略的に優位を得る』状態だった。
「宇宙軍連合艦隊の再編成は現在どこまで進んでいるか」
アリス総理の声は静かだったが、その芯に込められた冷徹な意志は、円卓に集う者たちの背筋を律するのに十分だった。
宇宙軍総司令官の報告によれば、第11艦隊を中心に第3、第5、第24艦隊の再編を行い、外征対応艦隊銀陽戦団を編成。戦術ネットワークの更新も完了し、そしてその銀陽戦団はケタサカ王国隣接宙域に展開し、汎ゆる事態に備える事になった。またケタサカ王国に対しては、すでに技術・通信・資源支援のパイプが構築されており、実質的な後方支援体制は確立されつつある。更には神聖旭日連邦帝国宇宙軍連合艦隊は、地球軌道上の浮遊ドックで出撃準備を進める第1艦隊を筆頭に、100個艦隊全戦力の出撃準備が進んでいるとの報告も行った。
一方で外務大臣は「ガフラヤサタ連邦は、短期的には調査団を受け入れる」と見立てた。彼らにとって重要なのは、軍事的勝利そのものではなく、経済的支配である。ケタサカ王国の経済圏を完全掌握するには、戦争の正当性を国際社会に受け入れさせる必要があり、そのためには表面的な協調姿勢が必要になる。だが、神聖旭日連邦帝国はその受け入れが『偽り』であることを織り込み済みで動いていた。
神聖旭日連邦帝国の最終目標は、天の川銀河における影響力の最大化であり、同時にガフラヤサタ連邦の覇権主義を封じ込めることにある。調査団の派遣が決定された今、神聖旭日連邦帝国は自国の外交官と諜報員を調査団に密かに送り込み、ガフラヤサタ連邦内部の矛盾と人権侵害、ケタサカ王国民間への被害を記録させ、報告として銀河連邦元老院に提出させる予定だった。
「我々は正義を掲げる必要はない。ただ、敵の不正を照らせばよい」
アリス総理の呟きは誰に向けられるでもなく、空気そのものに吸い込まれていった。その刹那、帝国情報庁からの新たな報告が端末に表示された。
『ガフラヤサタ連邦、調査団の受け入れを正式表明。』
大円卓会議室の空気がわずかに揺れた。だが、誰一人驚きはしなかった。それは、予想された動きのひとつに過ぎない。神聖旭日連邦帝国は既に、次の手を用意していた。アリス総理は立ち上がると、背後の重厚なカーテンを開き、夜の地球を見下ろした。かつてエターナルナイトとの接触により、神聖旭日連邦帝国は星間文明へと歩みを進めた。そして今、天の川銀河の覇権が再び、地球の意志に委ねられつつある。だがそれは、単なる野望ではなかった。平和を守るための冷徹な秩序。神聖旭日連邦帝国は、それを成すために動くのである。
「私達の天命は、ただ見守るにあらず。剣を抜くも、声を発するも、すべては計算の内に」
若き帝国宰相の静かな宣言に、誰も言葉を返さなかった。ただ、銀河を覆う静寂が、その決意を確かに記憶した。