銀河連邦2
それは冷徹にして過密な空間だった。ナタアワタ共和国の首都星系に浮かぶ銀河連邦本部大規模構造体の中で、神聖旭日連邦帝国の大使控室はひときわ整然としていた。
ゼンメホ帝国代表団が神聖旭日連邦帝国銀河連邦大使室に入室したのは、会談予定時刻の5分前だった。銀河標準時間における精密な行動は、彼らの持つ帝国貴族主義の礼儀と冷徹な効率主義が同居する独特の文化を如実に表していた。静かに開いた扉の奥で、既に待機していた神聖旭日連邦帝国銀河連邦大使は立ち上がり、軽く一礼するとすぐに着座を促した。秘書官はその一連の所作を記録しながらも、大使達の交渉の火花が散る前の静寂に、肌を刺すような張り詰めた気配を感じ取っていた。
両国は名目上の友好と、実利に根ざした戦略的同盟を維持している。しかし今、それぞれの背後には異なる国民感情と国家事情が重くのしかかっていた。ガフラヤサタ連邦の進軍によって火蓋が切られかけているケタサカ王国の運命。神聖旭日連邦帝国は表向きは戦争を忌避し、平和と協調の旗を掲げていた。しかしその裏側では強大な軍事力に裏付けされた、戦略的布石を打つ事も厭わない覚悟を見せていた。
ゼンメホ帝国大使は開口一番、外交辞令を織り交ぜた挨拶ののち、ケタサカ王国問題について「自国も強い懸念を持っている」との表明を行った。それは言外に、場合によっては軍事介入も辞さぬというゼンメホ帝国の立場の提示だった。それを受けた神聖旭日連邦帝国大使は表情一つ変えず、まるで予定された言葉のように、連邦議会内での連帯行動における共闘を持ちかけた。表向きは「外交圧力による戦争回避」の立場を強調しつつも、裏では「もしも戦争が不可避となった場合、迅速な軍事的連携体制を確立できるか」を探る内容であった。
秘書官は大使の冷静な言葉の裏に潜む本国の真意を読み取っていた。これはあくまで「戦争の正統性を確保するための布石」に過ぎない。だがそれは同時に、ゼンメホ帝国という不確定要素に「神聖旭日連邦帝国が信用に足るか」を試させるものでもあった。
ゼンメホ帝国側の代表たちは、帝国式の無表情のまま応対し、しかしその目は警戒と関心の光をたたえていた。銀河連邦元老院における連携には賛意を示しつつも、軍事行動に関する項目については「さらなる精査と本国との協議を必要とする」と曖昧な回答に留めた。それで良かったのだ、と秘書官は思った。今は即時の合意よりも、「共同歩調を取る姿勢」を互いに示すことに意味がある。そうすることで、戦争を誘発しかねない敵国に対して、「孤立はしていない」という政治的牽制となるのだ。
会談は三十分を超えた。必要最小限の言葉と、沈黙の裏に込められた意図の応酬が続いた後、両大使は形式的な握手を交わした。ゼンメホ帝国代表団が退室すると、大使はようやく緩やかに背もたれに身を預けた。「駒は動き出したわね。」と、大使が静かに漏らしたその言葉に、秘書官は頷いた。
その声は秘書官に向けられたものではなく、おそらくは大使自身の内なる声だったのだろう。だが、それが銀河規模の戦争の起点になり得る重大な一手であることを、誰よりも理解していたのである。