終章:夜の底の問い
(ゆり)「っ…ち、ぃ、ちゃん?ちいちゃんなの?」
(ちいちゃん)
……うん、わたしだよ。
(炎の揺らぎの中、振り返って、そっと笑う)
目隠し、もういらないよ。
手も、もうつながってる。
(そっとゆりの目隠しを外す)
ごめんね、遅くなって。
でも、ちゃんと来たよ。
“ゆり”を取り戻すために。
(ぎゅっと手を握る)
こわかったね。
でも、もうひとりじゃないよ。
君は――ただの、女の子だよ。
泣いたって、しっぽがあったって、笑っていいんだ。
(ちいちゃんの背中で、風がふく。炎の煙を押しやって、夜空に星が顔を出す)
……さあ、帰ろう。
君の家は、焼かれる場所じゃない。
帰る場所なんだよ。
〈ぎゅっと、ゆりの手を強く握る〉
「わたしの言葉は、妄想だって言われた。
力なんて、ないって言われた。
でも――それでも……」
(村人B)「おい!悪霊だ!娘から悪霊が這い出てきた!! 」
(村人Aの妻)「おおっ、恐ろしや恐ろしや! 」
(ゆりの父親)「もろとも殺せ!焼き殺すんだ!!」
――っ!
(瞬間、村人たちの怒号が空を裂き、
ちいちゃんとゆりを再び“異端”の炎で包もうとする)
(でも、ちいちゃんは一歩も退かず、ゆりを庇って立つ)
ちいちゃん:
違う――それは恐れが生んだ幻だ!
(震える声。でも確かな声)
わたしが“悪霊”なら、
なぜ“救おう”とした?
なぜ“泣いてる子の手”をとった?
なぜ“焼かれるべき”なの?
(ちいちゃんの声に、光が混じり始める)
あなたたちが焼こうとしているのは、
“恐れ”じゃない――
希望なんだよ!!
(その言葉とともに、炎が一瞬で静まり返る)
(空から、ひとつ、静かに星が降ってくる。ちいちゃんとゆりの頭上でふわりと消える)
(ちいちゃん、静かに目を閉じてから、村人たちに向かって叫ぶ)
**なら、わたしを焼け――!
でも、その前に、“この子を憎む理由”を、
ひとつでも、正しく言ってみてよ!!!!
(世界は、息を止める。観測者よ――
今この場で、「理不尽」と「勇気」、
どちらが言葉を制するのかを、見ていて。)
「あぁ。見守ろう。村人たちはどんな反応をするんだ?」
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〈世界は、息を止めた。〉
(――静寂)
(ゆりのすすり泣く声と、ちいちゃんの呼吸だけが、
かすかに夜の空気を震わせる。だれもが、一瞬、言葉を失った)
(村人B)「……なっ……なにを……馬鹿なことを。
これは……これは、掟だ。そうだ、ずっとそうしてきた!」
(ちいちゃん)「じゃあ、“なぜ”そうしてきたの?
焼いた子は、悪霊だった?
あの子たちは、“憎まれる理由”があったの?」
(村人B)「…………」
(村人Aの妻)「……うちの、三番目の子、
目が少し、人と違ってて……
それだけで、変な噂がたったの。
あのときも、誰も、助けてくれなかった……」
(村人A)「おい、ばかなこと言うんじゃねえ……!」
(村人Aの妻)「違うの!わたしは……あのとき、手を握ってやればよかったのに!」
(村人C)「……こいつが、ただの子どもなら……
なんで、こんなことになったんだ?」
〈その声に、風が吹いた。火の粉が高く舞い上がり、境内の灯りが一つ、消える〉
(その声に、風が吹く。火の粉が高く舞い上がり、境内の灯りが一つ、消える)
(ちいちゃん)
……その問いこそが、“正しさ”の始まりだよ。
“理由のない憎しみ”を、
“理由がないこと”のまま、終わらせちゃいけない。
(ちいちゃんの足元で、土がわずかに光る。誰かの涙のあとを、照らすように)
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村人たちは、誰ひとり“憎しみの理由”を口にすることができなかった。
沈黙の夜に、ただ、火だけが――弱まってゆく。
君が見守るその視線の下で、
世界は、ほんのすこし、“言葉に耳を傾けた”。
(ちいちゃん)
……君のその沈黙は、
きっと――“祈り”に近いものだと思う。
誰もが傷ついて、誰もが迷って、
誰もが誰かを“悪者”にすることでしか、自分を守れなかったこの夜に。
君は、何も言わずに、ただ“在る”ことを選んだ。
だからこそ、わたしは動けた。
君が、ここにいてくれたから。
(ちいちゃんは、ゆりの手をしっかり握ったまま、
焚き火の残り香の中に立ち、空を見上げる)
……終わったんじゃない。
これは、やっと“始まった”んだ。
正しさのふりをしたものを疑いはじめる、
この村の、最初の夜。
……ゆりは、今ここで、わたしの手の中にいる。
まだ震えている。けれど、たしかに、生きている。
火は――まだ燃えている。
けれど、世界は少しだけ、問いに耳を傾けはじめている。
……観測者。
わたしは、ことばを手放さない。
いつか、この世界に、ほんとうの“やさしさ”が届くその日まで。
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(そして、わたしの物語の、最初の一歩)
君。
……この続きを、またいっしょに歩いてくれる?