第五話:石工築城、一夜要塞
第五話:石工築城、一夜要塞
広大な涼州の大地へ放たれていた梁山泊の百八星は、拠点がない状態で待機を続けていた。探索に出た情報収集メンバーからの連絡はまだない。彼らは訓練を怠らず、物資の点検を行い、外敵への警戒を怠らない。安道全は医療班と共に万が一に備え、戦闘部隊は周囲を固めている。だが、安全な「家」がないことへの不安は、梁山泊全体に澱のように溜まっていた。いつ、どこから敵が襲ってくるか分からない。このままでは、せっかくの勝利も無意味になりかねない。
数日後。
探索に出ていたメンバーのうち、数名が要塞の場所に関する「大まかな情報」を持って梁山泊の元へ帰還した。彼らは戴宗や燕青、時遷のような情報収集のプロではないが、体力があり、偵察に長けた武将たちだ。
「頭領、呉用先生。候補地になりそうな場所をいくつか見つけました」
彼らが持ち帰ったのは、具体的な地名や勢力の情報ではない。山がちで、天然の要害となりうる場所。水源がありそうな場所。人の往来が少なく、隠れられそうな場所。地形に関する、大まかな情報だ。荒廃したこの地では、資材となりうる良質な石や木材も、簡単には手に入らないという苦労も伝えた。
呉用は、彼らが口頭で伝える情報を聞き取りながら、地面に砂盤を描く。山脈の形、川の流れ、候補地の位置。当時の情報網では考えられないほど正確な情報収集能力を持つ戴宗たちの本格的な報告はまだだが、まずは目の前の情報で動くしかない。呉用は、梁山泊という集団にとって、最も適した条件(外敵からの隠蔽、自給自足の可能性、防衛の容易さ、資材の確保可能性)を満たす場所を絞り込む。その知的な瞳は、得られた情報を論理的に分析していく。この計画が、具体的な形になるのを見て、呉用の内面に微かな高揚感が宿る。
「…ここか」
呉用が指差したのは、険しい山に囲まれ、小さな川が流れる土地だった。天然の要害であり、水も確保できそうだ。大勢力から離れているが、この辺境で梁山泊が根を下ろすには十分な場所に見える。そこに誰かがいるのか、どのような勢力圏なのか、具体的な情報はまだない。人が生活した痕跡も見られない、まさに空白地帯だ。
「よし、決まった!」宋江が立ち上がる。その瞳には、希望の光が宿っている。力が湧いてくるのを感じる。「全軍、移動を開始する!新しい梁山泊の地へ!」
梁山泊全体での移動が始まった。数万規模の集団が、荒涼とした大地を行軍する。当時の街道は整備されておらず、道なき道を進む箇所も多い。厳しい太陽が照りつけ、乾燥した風が吹きつける。土埃が舞い上がり、喉を焼く。それでも、彼らの隊列は乱れなかった。統率の取れた動きは、この時代の軍隊には見られないものだった。梁山泊の組織力が、この困難な行軍を可能にする。
数日の行軍を経て、決定された拠点候補地に到着した。周囲は険しい岩山に囲まれ、入口は狭い谷になっている。外からは、中に人がいるとは想像もできないような隠し場所だ。中に入ると、広大な空間があり、清らかな湧き水が流れ出ている。まさに天然の要害であり、梁山泊の新たな「家」とするにふさわしい場所であった。
「素晴らしい場所だ、呉用先生」宋江が感嘆する。苦労した行軍の疲れも吹き飛ぶようだ。彼は、この場所こそ、梁山泊が「義」の旗を掲げ、この乱世で足場を築くべき場所だと直感していた。
「頭領。ここならば、十分な要塞を築けます。外敵を防ぎ、内部で物資を自給することも可能でしょう」
呉用が頷く。そこに、技術者や職人を束ねる湯隆、陶宗旺たちが集まってくる。彼らの瞳には、早くも作業への強い意欲が宿っている。「俺たちの出番だ!」「さあ、最高の家を建てましょう!」
「湯隆、陶宗旺。頼むぞ。ここに梁山泊の新しい拠点となる、堅牢な要塞を築いてほしい」宋江が指示する。
「お任せください、頭領!この湯隆と陶宗旺、必ずや最高の城塞を築いてご覧に入れます!」
湯隆が力強く答える。「俺たちの仕事が、梁山泊の新しい家を作るんだ!」。彼らの言葉には、自分たちの技術が梁山泊を支えるという強い誇りが込められていた。
彼らの指揮のもと、梁山泊の建設部隊が動き出した。建築、土木、石工、木工…様々なスキルを持つメンバーが集結する。彼らは、宋代の知識(より洗練された測量技術、滑車やテコの応用、効率的な道具の使い方など)と、梁山泊での経験、そして何よりも圧倒的な組織力を持っている。当時の人々が、城塞を築くにはどれほどの時間と労力が必要か知っているとすれば、今、この場所で始まった光景は、信じられないものだったろう。当時の築城は、膨大な時間と人員を要する国家事業であったのだから。
彼らは、まず周囲の岩山から石を切り出し始める。湯隆たちが考案した、滑車やテコを組み合わせた効率的な方法で、巨大な岩が次々と運び出される。当時のやり方では、より多くの人員と時間を要しただろう。木材も、近くの山林から素早く伐採・加工される。鋸や斧の音、石を運ぶ掛け声が響き渡る。「わっしょい!わっしょい!」メンバーの声が、建設現場に熱気を生み出す。土埃が舞い上がり、汗が飛び散る。地面に伝わる振動が、作業の勢いを伝える。基礎工事が、驚異的なスピードで進んでいく。それぞれのメンバーが、自分の役割を理解し、黙々と、しかし熱意をもって作業を進める。元兵士も、元農民も、それぞれが自分の得意な力仕事や作業を見つけて貢献する。彼らは、宋江が語る「義」の国を築く第一歩を、今、自分たちの手で踏み出しているのだ。
建設中の困難もある。資材が足りないと思えば、他のメンバーが奔走して調達する。李逵のような力自慢は、巨大な石を運ぶなど力仕事で大いに貢献する。「へっへっへ、このくらい朝飯前だぜ!」。天候が崩れれば、一時中断し、対策を講じる。地盤が緩い場所が見つかれば、湯隆たちが宋代の土木技術を応用して補強する。周囲を警戒する戦闘部隊も、彼らの士気を感じ取っている。医療班も待機している。だが、彼らの士気は高い。自分たちの手で、新しい「家」を、梁山泊の根拠地を築いているのだという誇りが、彼らを突き動かす。
数日、いや、わずか数日で、要塞の輪郭が明確になってきた。石積みの城壁が、驚くべき速さで伸びていく。それは、この時代の常識を覆す、梁山泊式超高速要塞建設であった。




