第三話:鉄牛咆哮、豹子奮迅
第三話:鉄牛咆哮、豹子奮迅
異郷の敵は、梁山泊の最初の攻撃が全く通用しないことに驚愕していた。彼らの歪んだ矢や石斧は、鎧に弾かれ、鋼の肉体を傷つけられない。恐怖が彼らの顔に広がる。しかし、後方から増援が到着したことで、彼らはわずかに息を吹き返した。リーダーらしき大男の叫び声が響く。数を頼み、あるいは恐怖を誤魔化すように、彼らは再び荒々しく突進してくる。当時の辺境の民や山賊たちにとって、生き残る手段は略奪か、力でねじ伏せることしかないのだ。その手にした武器は、粗末な鉄の剣、獣の骨や石で作られた飾り。彼らの顔には、飢えと苦しみが刻まれている。
「ならば…見せてやろう…!」
宋江が、静かに、しかし確固たる声で呟く。第二話で固めた仲間を守るという覚悟、そしてこの集団が持つ力への可能性の認識。その瞳には、覚悟の色が宿る。呉用が頷いた。
「全軍、突撃!」
その号令と共に、梁山泊の百八星が牙を剥いた。号令一下、剣豪部隊、弓矢隊、騎馬隊、歩兵部隊…それぞれが、荒涼とした大地を駆け出す。風を切り裂く馬蹄の音、地面を揺らす足音。統率の取れた動きは、当時の辺境の軍隊には見られない洗練さであった。
先頭を切ったのは、やはり、李逵だった。双斧を振り回し、文字通り「黒旋風」となって敵陣に突っ込む。獣の毛皮を纏い、奇妙な叫び声を上げる敵兵は、彼の姿を見るなり恐怖で顔色を変えたが、既に後には引けない。飢えに痩せた顔で槍を突き出した兵士もいた。李逵はそれを構わず受け止め、双斧の一撃を叩き込む! ドォン!
「ぐあああああ!」
兵士は、槍ごと木っ端微塵に吹き飛んだ。周囲の敵兵が悲鳴を上げる。李逵は止まらない。振り下ろす斧は、鎧も盾も、敵兵の体も、全てを叩き割り、薙ぎ払う。 ズバァ! 血飛沫と肉片が舞い上がる。それは、戦闘というよりは、天災、あるいは一方的な破壊だった。鉄と骨の砕ける音。敵兵の叫び声は恐怖に変わり、逃げ惑う者、腰を抜かして動けなくなる者。彼らの目には、李逵が人間ではなく、地獄から来た鬼のように映っていた。
「はっはっは!面白れぇ!弱え奴らだったぜ!」
李逵の荒々しい咆哮が響き渡る。その隣で、魯智深が動き出す。重い錫杖を軽々と振り回し、敵兵の群れに突進。錫杖の一撃は、敵兵をまとめて数人、血を吐かせながら吹き飛ばす。彼は、飛んできた岩を片手で掴み、敵陣に投げ返す!投げられた岩は、唸りを上げて敵陣に落下し、地鳴りのような轟音と共に砕け散り、周囲の敵兵を巻き込む。「坊主の力、思い知ったか!」袈裟を翻し、荒々しい拳で敵兵を殴りつけ、骨を砕く音を響かせる。李逵が「魯っつぁん、遅ぇぜ!」と叫び、魯智深が「うるせぇ鉄牛!後ろに立っとけ!」と応じる、二人の荒々しい掛け合い。その声には、戦いの興奮が滲む。
武松は、静かに、しかし確実に敵を仕留めていく。刀の閃きは洗練されており、彼の動きには一切の無駄がない。敵の攻撃を紙一重で避け、一瞬の隙を突いて敵兵の喉元や急所を的確に貫く。その冷静沈着な戦いぶりは、荒れ狂う李逵や魯智深とは対照的だが、その殺傷能力は桁違いだった。かつて虎を打ち倒した彼の強靭さが、この時代の人間相手に如何ほどか。彼の背後には、血の匂いが立ち込める。
五虎将、八彪騎も動き出す。関勝の大刀は、敵の隊列を両断する。彼の統率する部隊は、まるで本物の関羽軍のように規律正しく敵を薙ぎ払う。林冲の槍は、稲妻のように敵兵を貫く。その洗練された槍術は、敵兵の粗末な鎧など意味をなさない。秦明の狼牙棒は、敵の頭蓋を叩き砕く。呼延灼の騎馬隊は、鉄騎の如く敵陣を蹂菎する。花栄の弓隊からは、正確無比な矢が雨のように降り注ぎ、敵の指揮官や弓兵を狙い撃つ。張清の投槍は、遠距離から敵将を射抜く。 シュッ! 敵のリーダーらしき大男の額に、投槍が突き刺さる。彼は、絶望の表情のまま大地に倒れた。彼らは、単なる個人の強さだけでなく、部隊を率い、連携を取りながら、この時代の戦術を遥かに凌駕する動きを見せる。歩兵頭領たちも、それぞれの部隊を率いて、混乱した敵兵を掃討していく。彼らの連携と個々の能力が組み合わさることで、梁山泊という集団は、当時の軍隊とは全く異なる、効率的な戦闘機械となっていた。
後方では、安道全が医療班と共に万全の体制で待機し、技術者たちが貴重な道具を安全に守っている。食料担当は物資の安全を確認し、文官たちはただ目の前の光景に息を呑む。血生臭い匂い、響き渡る悲鳴、地面に伝わる振動。梁山泊という集団は、戦う者だけではない。彼ら全員の存在が、この強大な「力」を構成している。
敵は、完全にパニックに陥っていた。自分たちの攻撃が全く通用しない。そして、目の前の人間離れした力に、ただただ恐怖するしかない。彼らの叫び声は、もはや戦意ではなく、純粋な悲鳴だ。武器を投げ捨てて逃げ出す者、地面に這いつくばる者。彼らの陣形は完全に崩壊し、潰走状態となる。
「追撃!逃がすな!」
梁山泊の武将たちが叫ぶ。短時間で、敵は完全に打ち破られた。血と死体が大地に散らばる。倒れた敵兵の顔には、飢えや苦しみと共に、梁山泊の力に対する絶望が刻まれている。戦場には、破壊された粗末な武器だけが残されていた。それは、戦いというよりは、一方的な殲滅であった。
戦いが終わった。荒々しい息遣いだけが響く。李逵は斧を血で染め、興奮冷めやらぬ様子で笑っている。「はっはっは!弱え奴らだったぜ!」。魯智深は錫杖を地面に突き立て、満足げな表情で敵の死体を眺める。「面白い。坊主の力、まだまだ衰えんようだ」。武松は静かに刀を鞘に収め、血に濡れた手を拭う。その瞳には、乱世の過酷さと、自分たちの力の異常さを改めて認識した冷徹さが宿っていた。彼らは皆、この勝利が、自分たちの力を証明した瞬間であることを理解していた。
宋江は、勝利の光景を見つめていた。あまりにも、あまりにも一方的な勝利。自分が率いるこの集団が、この時代において、かくも恐ろしい力を持つのか。李逵のような、制御不能なまでの純粋な暴力。魯智深や武松のような、理不尽を許さぬ圧倒的な力。そして、呉用が率いる、組織的な知略と技術。この強大な、常識外れの「力」。安堵と共に、言い知れぬ重圧がのしかかる。この力は、本当に「義」のために使えるのか。この血塗られた勝利が、彼の理想とする「義」に繋がるのか。葛藤が、宋江の心を占める。この力を制御できるのか。間違った方向へ向かわせないか。まだ、明確な答えは見つからない。
李逵が、血塗れの斧を持ったまま、宋江に駆け寄る。「兄ちゃん!俺たち、勝ったぜ!」。宋江は、李逵、そして勝利に沸き返る他の仲間たちを見つめた。血と汗に汚れた、しかし力強く立つ彼らの姿。自分たちは、この乱世を変える「力」を持っている。その事実が、彼の心に確信を与える。この乱世は厳しい。だが、この力があれば…乗り越えられる。
「…我々は…力を持っている…」
宋江の口から、静かな言葉が漏れる。それは、勝利の高揚感だけでなく、自らの「力」を自覚した重みを含んでいた。李逵は、その言葉を聞き、静かに宋江を見つめる。兄ちゃんの目は、もう戸惑っていない。梁山泊のメンバーたちも、静かに宋江を見つめている。彼らの間には、「この乱世は厳しいが、自分たちならやれる!」という、勝利がもたらした共通の予感が生まれていた。
「…この力で…この乱世を…」
宋江は、ゆっくりと顔を上げ、広大な大地を見渡す。
「…我らの『義』を、天下に示す!」
異郷の大地に、梁山泊の圧倒的な武力が、今、示された。それは、単なる無法者の暴力ではない。この時代の常識を覆す、規格外の「力」。そして、この力こそが、今後の乱世を塗り替える原動力となることを、彼らは知った。この勝利が、彼らに「天下」を目指す可能性を、そしてその「力」の重圧を突きつけたのだ。戦いは終わったが、次にやるべきことがある。安全な拠点探し。そして、この世界のことをもっと知ること。
「頭領、この後は…」呉用が、戦場を見渡しながら、静かに宋江に問いかける。彼もまた、この勝利がもたらした「力」の自覚と、それが今後の計画にどう影響するかを考えている。
宋江は、頷いた。
「…まずは、この地に足場を固める…そして、この世界のことを知るのだ、呉用」
この力こそ、乱世を変える。次なる、新たな目標への布石とともに。