第二話:異郷の初陣
第二話:異郷の初陣
見慣れぬ大地に放り出された梁山泊の混乱は、刻一刻と迫る新たな脅威によって、かえって収束へと向かっていた。第一話の終わりに発見した人影が、砂埃を巻き上げながらこちらへ向かってくる。その数は二百を下らない。獣の毛皮を粗末に繋ぎ合わせたような服、獣の骨や奇妙な金属の飾りをつけた者、あるいはただのボロ布を纏った者たち。手には歪んだ剣や、石を括り付けた斧、先の尖った木の棒。彼らの発する甲高い叫び声は、梁山泊の誰にも理解できない。異文化との最初の、そして敵意に満ちた接触。
「警戒!戦闘準備!」
梁山泊の武将たちが、低い声で指示を出す。宋江は、先ほどの茫然自失から立ち直り、険しい顔で迫りくる敵を見据えた。頭領としての責任感と、この状況をどうにかせねばという思いが、彼を突き動かす。「仲間を守る」。それが今、彼にできる唯一のことだった。微かな不安もある。しかし、この集団(梁山泊)の力を思えば、乗り越えられるはずだ。
呉用は既に、その異様な姿から、彼らが友好的な存在ではないことを判断していた。冷静沈着な彼の指示は素早い。
「頭領、どうやらこの地の者たちのようです。言語は不明。敵意ありと判断します。数はこちらを上回りますが、練度はさほどでも」
「くっ…いきなりか…!」
宋江は唇を噛む。混乱に乗じて襲いかかってくる、この世界の無法者か、あるいはこの地の支配者か。いずれにしても、避けては通れぬ戦いだ。
迫りくる人影が、さらに近くなる。彼らの顔は汚れ、その瞳には梁山泊という異質な集団への警戒、好奇心、そして獲物を見つけたかのような欲望と敵意が混ざり合っていた。彼らは、自分たちの言語で何かを叫びながら、荒々しく突進してくる。甲高い威嚇の声が響く。
「何言ってるんだ?」「さっぱりだ!」「だが、殺気だけは分かんぜ!」
梁山泊のメンバーがざわめく。燕青が耳を澄ませるが、全く聞き慣れない響きに眉をひそめる。「言葉が通じねぇ…厄介だな」。時遷は素早く周囲の地形を確認している。「逃げ道は…隠れられそうな場所は…」。彼ら情報収集チームも、それぞれの役割を本能的に果たそうとする。
「防御!迎撃態勢!」
呉用が再び指示を飛ばす。梁山泊という集団が、混乱から脱却し、統率の取れた軍隊として動き始める。最前列には五虎将、歩兵頭領が並び立ち、その背後にそれぞれの部隊が続く。弓隊は後方に展開し、弦を確かめる。安道全ら医療班は安全な場所へ移動し、貴重な医療道具を確認する。「怪我人は必ず助ける」安道全の決意。技術者たちは慌てて大事な道具を隠し、「無事でいてくれ」と祈るような思いだ。水軍衆は水場がないことに戸惑いながらも、可能な限りの警戒に当たる。梁山泊は、戦う者だけでなく、様々な役割を持つ者たちが集まった集団だ。彼らは皆、この状況をどうにかせねばならない、という本能的な衝動に駆られている。
「兄ちゃん!あのボロ切れども、俺が一番乗りだ!」
李逵が、双斧を振り回しながら飛び出そうとする。その瞳には、狼狽から怒り、そして戦いへの純粋な興奮が宿っている。「面白れぇ!」。
「待て鉄牛!無闇に突っ込むな!今は応戦、相手の出方を窺うのだ!」
魯智深が重い錫杖で李逵を押し止め、その豪快な体躯が壁となる。「早まるんじゃねぇ!」。武松は冷静に腰の刀を抜き、構える。「今は、耐える時だ」。彼らの研ぎ澄まされた殺気が、周囲の緊張感を高める。林冲は槍を構え、その鋭い切っ先を敵に向ける。関勝は青龍偃月刀を地に突き立て、微動だにしない。武人としての覚悟が、彼らの表情に刻まれている。
「来るぞ!」
敵からの最初の攻撃。歪んだ矢、石を括り付けた斧、先を尖らせた木の棒が飛んでくる。当時の辺境で使われる、粗末だが殺意のこもった武器。その攻撃は、梁山泊の猛将たちの目から見れば、恐れるに足らぬものだった。
魯智深は飛んできた石斧を、錫杖の一振りで弾き飛ばす。石斧は、轟音と共に後方の岩に当たり、粉々に砕け散る。当時の辺境の武器の質など、知れたものだ。李逵は、飛んできた矢を構わず鎧の上から受けながら(貫通しない)、ケラケラと笑う。「いてて!」と言いながらも、痛みは感じていないようだった。武松は、飛んできた投槍を紙一重で避け、その鋭い切っ先が彼の頬を掠める風圧を感じ、敵の攻撃の「質」の低さを悟る。
「な、なんだあれは…!攻撃が効かん…!」
敵の叫び声が、驚きと恐怖に染まり始める。彼らの目には、梁山泊の武将たちが、人間ではなく、鉄の塊か、あるいは妖魔のように映っていた。彼らの威嚇の叫び声が、徐々に悲鳴へと変わっていく。
秦明が狼牙棒を構え、敵の先陣に相対する。林冲は槍を構え、その鋭い切っ先を敵に向ける。関勝は青龍偃月刀を地に突き立て、微動だにしない。彼らは、単なる個人の強さだけでなく、互いの動きを意識し、簡単な指示のもと、集団として連携し始める。横一列に並んだ歩兵部隊が、敵の突進を受け止める準備をする。弓隊が弦を引き絞る。梁山泊の統率力は、当時の辺境の軍隊には見られないものだった。
敵のリーダーらしき人物(獣の毛皮を纏った大男)は、梁山泊という異質な集団が、自分たちの知る軍隊や山賊とは全く異なることを感じ取った。攻撃は通用しない。陣形は乱れている。恐怖が部下たちに伝染している。「一体、こいつらは何者だ…?」彼の顔に、困惑と恐れの色が浮かぶ。彼は、後退か、それとも…と判断を迷っている。
敵は、自分たちの攻撃が全く通用しないことに驚愕していた。そして、目の前の集団が、自分たちの知る軍隊や山賊とは全く異なることを感じ取った。彼らの叫び声が、狼狽の色を帯び始める。後退しようとする者、それでも突進しようとする者。彼らの陣形が乱れ始める。
梁山泊は、襲いかかってくる異郷の脅威に対し、その圧倒的な強さの片鱗を見せ始めた。この世界の最初の敵。彼らは、自分たちが相手にしている集団が、ただの人間ではない、この時代の常識を超えた存在であることに、気づき始めていた。
「引くか…?いや…まだだ!」
敵のリーダーらしき大男が、恐怖を押し殺して叫ぶ。彼らの叫び声が大きくなり、さらなる部隊が後方から現れる気配。数はさらに増える。
「ならば…今こそ見せてやろう…」
宋江が、静かに、しかし確固たる声で呟く。困惑から、仲間を守るというリーダーとしての覚悟へ。そして、この「力」があれば、この乱世でも生き残れるかもしれない、という可能性への認識へ。
「…我らの、真の力を!」
異郷の大地に、梁山泊の百八の星が、その真の輝きを放つ時が、今、始まろうとしていた。次なる、圧倒的な「無双」の予感とともに。この世界の最初の敵に対する、梁山泊の本格的な反撃が、今、始まる。