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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

クラゲの姫は鮫王に■■■たい

作者: おおとり


「祝いだ、今日は最高におめでたい日だ! もっと酒を持ってこい!」

「祝杯をあげるぞ! このポリフの里の歴史で、最も良き日に乾杯!」


 大勢が酒に酔い、何度目かもわからない祝杯を交わす。 里全体が祝福の歓声に包まれたこの光景は、誰が見ても幸せそうだと思うだろう。

 だが、そんな騒ぎの隅。 岩陰に隠れた二人の女性がいた。 一人はきらびやかな衣装を纏っていて、この祝い事の主役である事が伺えた。 反対に、もう一人は薄汚れた布を被って、顔を隠す。


「ねえさま! ダメですねえさま! どうか、どうかお考え直しくださいませ! ネルの代わりに、あの鮫王に嫁ぐなど……! ねえさまはこのポリフの里に必要なのですよ!?」

「ネル、泣いたらダメでしょう? 大好きだった方と結婚するんですから、笑顔じゃないと。 ね? このお祝いは貴女の結婚式のお祝いなのよ? 主役が浮かない顔をしてちゃダメよ」

「違います! 今日の主役はねえさまです! ねえさまが、このポリフの里の長の息子と結婚する。 それが決まりだったのですよ?! それをなぜ、なぜネルに!?」


 瓜二つの女性。 二人は双子だった。

姉のエル、妹のネル。 そして今日は、姉のエルが嫁に行く日だった。 

しかし、花嫁のはずのエルは汚い布を被っている。 エルが着るはずだった花嫁衣装は、妹であるネルが着せられていた。

エルは泣きじゃくる妹の頭を撫でる。


「ネル、貴女は幸せにならなきゃ。 お父様もお母様も、貴女のことが大好きなのよ。 鮫王の生贄になるのは、みんなに好かれている貴女よりも、私の方が向いているの」

「ねえさま……! やめてくださいねえさま! ネルが鮫王に喰われる方がいいのです! ねえさま!」


 悲鳴に近い声で、妹は姉を止めようとする。 だが姉はそれを聞かずに、薬指にはめていた指輪を妹へ渡した。


「私は生まれつき、瞬時に傷が癒えます。 腕を切り落とされてもすぐに元通りに。 だから、鮫王に喰われてもちょっと痛いだけで済みますから」

「そんな……いったい、何度その苦痛を味わうか……!」

「満月の光が五回、グラデニールを照らした時。 その夜に鮫王は捧げられた生贄を喰らう。 それが過ぎれば、貴女は全てを明かして余生を過ごすのですよ。 それまでは、私のフリをし続けなさい。 ……さよなら、大好きなネル。 元気でね」

「ね、ねえさま!? まって、まってよ、おねえちゃん……!」


 姉は身を翻し、その身体をふわりと浮かぶクラゲに変える。 そして優雅に消え去ってしまった。

妹はただ一人、うるさい歓声を遠くに感じながらいつまでも泣き続けていた。 大好きだった姉がいなくなってしまったのは、自分のせいだと嘆きながら。



              ≡



 冥海グラデニール。 全てが水に覆われたこの世界で、一位二位を争う巨大な海国だ。 この国にはさまざまな種族が住んでいるが、中でも特に多いのがサメ族だった。 サメと言っても、基本は温厚であり、他種族を襲うことなどほとんどなかった。 

 グラデニールに棲むサメ族は皆、弱き者を護る事を誇りに思っている。 その護りを得るためにやってくる種族もいた。 

 グラデニールのサメ。 そのサメ達の始祖とも言える存在が鮫王だった。 彼は長い時を生きており、もうすでに存在が神格化しつつある存在だ。 鮫王は弱き者を護る心を持っている、実に愛情深い男だった。 しかし、愛情は徐々に深みを増し、彼は愛する存在を喰い殺す様になってしまった。

 鮫王が無差別に弱き者を喰わぬよう、グラデニールに棲む者達はある事を決めた。

『年に一度、それぞれの種族から一人ずつ、鮫王に生贄を捧げる』事だ。

今年はクラゲ族の番で、生贄に選ばれたのはネルテシアという美しい女性だった。 美しいネルテシアならば、鮫王もきっと喜んでくれると皆が信じていた。

 だが、今鮫王の目の前にいるのはネルテシアではなく、その姉のエルシオンだ。

鮫王ルカンは、薄汚れた布を外套に纏ったエルシオンを見下していた。


「約束とは違う娘で申し訳なく思います、鮫王よ。 どうかお許しいただけるのならば、このエルシオンの身を喰らってください」

「……」

「やはり、わたしの身ではこのような大役は務めることが出来ませんか……? 本当に申し訳ありません。 どうしても妹を失いたくなかったのです。 妹は、誰にでも好かれて、気遣いのできる優しい子です。 そんな素晴らしい子が死んで、わたしのような無能で何の取り柄もない泡が生き残るなど、グラデニールが干上がっても、あってはならぬ事ですから……」


 エルが自分を嘲笑っていると、ルカンは何も言わずにエルへ手を伸ばした。 その大きな手はエルの頭に伸び、被っていた布を掴んだ。 外套代わりにしていた布は引っ張られて、エルの隠れていた顔が露わになる。 

ルカンはエルをじっと見つめる。 不安そうに垂れた優しい瞳と、水色と桃色の、まるでオーロラのような色合いの長い髪の毛。


「貴女の名は、エルシオンと言いましたか」

「はい」

「良き名ですね、エルシオン。 安心しなさい、私は貴女を受け入れましょう」

「ありがとうございます。 鮫王、わたしの身を喰っても、わたしは自分の身を瞬時に癒すことができます。 例え腕を一本食い千切られてもすぐに再生します。 ですからどうか、気の済むままにわたしを食べてください。 どうか、妹や両親にこの事を報告しないでほしいのです」


 エルの言葉を聞き流しながら、ルカンは彼女の被っていた薄汚れた布をその辺りに投げ捨てた。 


「安心しなさいエルシオン。 私は弱き者を護るために居ますから。 まずはここでの生活に慣れると良いでしょう。 部屋は、貴女の好みそうな物に変えておきました」

「変えておきました……とは?」

「言葉そのままの意味ですよ? ネルテシアと貴女とでは趣味嗜好も違うでしょう。 この部屋を出て、廊下の突き当たりにある部屋です。 私は執務に戻りますから、好きなように過ごしなさい」


 ルカンはそれだけを言うと、自分の部屋に戻っていった。 エルはポカンとしたまましばらくその場所にいたが、結局言われた通りの部屋へ向かうことにした。

 鮫王ルカンの屋敷、いわゆる住処は冥海グラデニールの中でも最深部に作られていた。 先さえ見えない真っ暗な深海には、巨大な樹が根付いている。 その樹に守られるように建っているのがルカンの屋敷だ。 

 樹の葉は水色に発光していて、深海の砂底からは同じように発光する草木が生い茂っている。 不気味でもあり美しいこの場所には、ルカンとその生贄しか立ち入れない。

 エルは窓の外に揺蕩う草木を見て、先程のルカンの姿を思い返す。 ルカンはサメ族の中でも特に身体が大きい。 二メートルは有に超えた身長をしていて、既に半分は神格化しているため、サメとは言い難い見た目をしていた。 鋭い牙はもちろんだが、頭に生えた歪な形の黒いツノや、不気味に光を放つ腕先。 そして彼の影からは黒い触手が無数に蠢めく。

 エルの一つ前の生贄は、確かウミウシ族の少女だった。 まだ幼い子があの姿を見て、一体どんな感情を抱いたのかはすぐに考えがつく。 


『やっぱり、ネルと変わってよかった……。 あの子は怖がりだから、きっと鮫王を見たら萎縮して泣いてしまっていたでしょう』


 いつも父と母から言われていた。 

不出来な姉は、妹に尽くせと。 愛されて幸せになるべきなのは妹のネルテシアだけだから、お前は妹をよく見せるために醜い姉になれと。 

だから、鮫王の生贄に妹のネルテシアが選ばれた時、両親はどうしようもないくらいに落ち込み、エルを睨んでは「お前が代わりになればよかった」と責め立てた。

 エルの不遇さを知り同情をしてくれた里長が、自らの息子の花嫁にと話を持ちかけ、エルはあっという間に婚姻することになった。 里長の息子はエルと幼馴染だった。 里長の息子はエルを花嫁に貰うことを喜んではいたが、エルはそれが偽りだと分かっていた。 彼はエルではなく妹のネルのことが好きで、ネルも彼の事を想っていた。

 エルは、もう急に全てがどうでも良くなった。 妹のネルが生贄に捧げられて食い殺されるのなら、その役は自分が変わってしまえばいい。 優しくて可愛い誰からも好かれるネルテシア。 妹は生きるべきだ、生きる事を誰からも望まれているのだ。 

 死ぬ事に恐怖などない。 きっと生きたまま腕を食い千切られるのは、気が狂いそうになるくらい痛いだろう。 でもそれでネルが助かるのならば。

いやそれで最後の瞬間に、自分が必要とされるのであれば、それは幸せな事だ。

 エルは廊下の突き当たりにある扉を開いた。 その部屋の中身を見て目を見開いた。


「鮫王は、魔法が使えるの……? すごい、こんな……」


 夢にまで見た大きなベッド、自分だけの机、椅子。 それに大きな本棚と、可愛いぬいぐるみ達。 

エルは恐る恐る部屋の中に入って、ベッドに腰掛ける。 ふわっふわだった。 いつも自分に与えられた寝床などなかったので、廊下の隅で丸まって寝ていた。 

これからは固い床の上じゃなく、このふわふわの寝心地の良さそうなベッドで寝れるのだ。


「束の間の夢のよう……。 食い殺される日まで、こんな場所で過ごせるなんて、わたしは幸せ者ですね」


 本棚には自分が気になっていた本が並んでいた。 机の上には美味しそうなクッキーや紅茶が置いてある。 出窓から外を覗けば、神秘的な深海の風景が一望できた。

 エルは嬉しくなって、部屋のあちこちを探索する。 ぬいぐるみはどれもクラゲの形をしていて、これだけは安直だな、と笑ってしまった。 窓の外を眺めていると、ふと出窓に飾ってある花瓶だけは、自分の好みではない事に気づいた。 挿してある花は、まるでエルをそのまま表しているような色合いだが、花瓶はおそらくルカンが用意しているものだろう。 ファンシーな色合いの部屋には似合わない、藍色と金箔の花瓶だ。 

 エルは花瓶を両手で持ち上げる。 出窓に置いてあると外の草木の光に当たってしまうのではないかと思ったので、せめて棚の上に移動させたかった。

と、彼女が花瓶を持ち上げた時、花瓶の底からヒラリと手紙が落ちてきた。 エルは首を傾げると、花瓶を棚に置いた後、床に落ちてしまった手紙を拾う。


「ずいぶん古い手紙……」


 少し端の方が黄ばんだ手紙だ。 開けた形跡がある。

不思議に思いながら手紙を開くと、便箋が何枚か入っている。 それに目を通して、エルは絶句した。

 それは、今まで生贄になった者達の最後の言葉、つまり遺書のようものだ。 古いものだと十年前だ。

生贄の遺書、と聞けば相当悲惨なものが綴られているのだろうと思う。 だが、内容は全て信じ難いものだった。


『鮫王は決して生贄を喰うことなどしない。 鮫王は満月の光が五回、グラデニールを照らした後、必ず生贄を解放してくださる。 鮫王は生贄達を、この冥海の奥底に存在するティファレーという国へ送ってくださる。 そこは争いもなく、他種族同士で助け合う素敵な場所だ』

『満月が五回昇る月日の間、鮫王は僕の身体の傷を癒してくれました。 僕は沢山の同族から嫌われて、酷い扱いを受けてきた。 それを知っていて、鮫王は僕を助けてくれた。 故郷に帰ることは出来ない、でもその方がいい。 ティファレーという、言い伝えでしか知ることができないあの国へ行けるのだから』


 書かれてあること、全てが同じような内容だった。 どうしても、生贄だけにでも鮫王の真実を知ってほしいから。 と、こうやって新たな生贄に手紙で知らせているのだろう。 前回の生贄に捧げられたウミウシ族の少女の書き残しもあった。 エルは手紙を折りたたんで、ルカンに見つかってしまわないように本棚に隠した。 

 おそらく、この手紙には魔法がかかっている。 一番最初に書き始めた者が、魔法をかけたのだろう。 そうじゃないと、ルカンがこの手紙を残すわけが無い。

ルカンだけに見えない、感知されない。 そう言った高度な魔法だ。 そのおかげで手紙は捨てられることなくずっと、あの花瓶の下で受け継がれてきた。

 ティファレーという国は、この世界の伝説だ。 争いもなく、飢えもない美しい場所があって、その場所は必ずこの世界のどこかに存在している。 

だが、どうやって行くのかも分かっていない幻の場所だ。

 エルは手紙の内容を知って、恐怖を感じた。 本来ならば生贄達はこの手紙を読んで安心するのだろう。 だがエルは違う。


「鮫王は生贄を喰わない……? じゃあわたしは、何のために……? ここでも必要とされないのなら、わたしは……」


 元々の生け贄は妹だ。 本来ならばネルがティファレーに行く運命だったのでは? あの優しく可憐な妹を。 

 エルはゾッとした、自分は良かれと思ってネルテシアと変わったのに、それは良くないことだったのかもしれない。 結婚というものよりもっと幸せだったかもしれない、それを、奪った。 ガタガタと体を震わせて、顔が真っ青になる。 不安で喉が詰まって、息苦しさを感じた。


「わたし、ここにいちゃ、いけない……」


 失敗した? 自分は判断を間違えてしまった?

家にいた頃、何か失敗した時には両親に暴力を振るわれていた。 お前は役立たずだと言われて、殴られて蹴られた。 その恐怖がすり込まれてあって、エルは早まる呼吸を荒くさせながら、カバンの中に入れてあったナイフを手に取った。

震える手で自分の手首を切る。 痛みが奔って、赤い血が当たりを汚した。 だが、傷はすぐに癒えてしまう。 エルが生まれ持った治癒能力で、どんな傷でもすぐに再生してしまう。 血が服や床を赤く染め上げて、傷口があった場所が痛むだけだった。


「っ、いやだ、どうして」


 誰からも必要とされていないのに死ねないなんて。 

妹と比べられて、こんな惨めな思いになっても死なせてくれないなんて!

 エルは何度も何度もナイフで手首を切った。 それでもうまくいかないので、今度は自分の腹部を突き刺した。 血塗れになって、耐え難い痛みが襲いかかるが、本当にそれだけだった。


「どうして……! わたしなんて……!」


 そうだ、首を切り落とせば良いのではないだろうか。 思いたったエルが勢いよく首にナイフを突き立てようとした時、扉が荒々しく蹴り開けられた。


「やめなさい!」

「っ!!」


 鮫王、ルカンはすぐにエルが持っていたナイフを奪うと、二度と扱えないように刃の部分をねじ曲げてしまった。 素手で。 彼はナイフを投げ捨てて、血塗れになったエルに合わせて床に膝をつく。


「私の生贄になって気が動転するのはわかります。 でも自分から命を捨てることはやめなさい。 それと、私の近くで血を流すことなど、二度としてはいけない」

「ど、どうして……!? どうして止めたのですか?! あなたは、わたしを喰う気はあるのですか?!」

「……本来、私は生贄など必要ない。 もう誰も愛さないと決めたから。 誰かを食いたいほど愛したいと、渇望しているが、それを留めているんだ」

「い、いやです……! おねがいします、わたしを愛してください! わたしはあなたに愛されて、喰い殺されるためにここに来たんです! 妹の代わりに! お願いです、わたしを必要としてください! じゃないと、じゃないとわたし……! また失敗した、また必要ない子だと!」


 動転して縋りつこうとするエルを、ルカンは押しのけた。 それを拒絶と捉えられる前に、ルカンは苦しそうに言う。


「私の前で血を流して、しかも愛してほしいと……? 貴女はそれがどんな意味を持つか分かって言っていますか?」

「わ、わかりません。 でも、このままじゃわたしは本当に誰からも必要とされない……。 やっと、私がやるべきことが見つかったって、そう思って妹の代わりにここに来たんです……。 

 わたしはあなたに喰われても再生できます。 痛いけれど、でも死ねない。 あなたが誰かを愛する事を諦めて、苦しむ必要はなくなります。 新しい生贄だって、もう必要ないんです! みんなが幸せになれます、怯えなくて済みます! 何回だって気が済むままにわたしの腕や足を喰い千切っていいんです!」

「……ああ、なんて恐ろしいクラゲの姫君だ」


 ルカンには、血に濡れたエルの姿がこの上なく美しく思えた。 今までこんな生け贄はいなかった。 皆怯えて暮らしていた、ルカンがどれだけ優しく接しても、やはり怯えはあった。 

でもこの少女は違う。 このクラゲの姫は愚かにも、自分を愛してほしいと言った。 喰うことでしか愛情を満たせない、血に濡れた鮫の王に向かって! ルカンは渦巻く愛情を向ける存在を逃さないように、両手でクラゲの姫を捕まえる。


「私は、誰かを愛する事に飢えた存在です。 貴女がそれほどまでに望んでいるのなら、私は今日から貴女を愛して差し上げましょう」

「本当ですか……? わたしはここに居てもいいんですか?」

「ええ。 望み通りに、愛します。 だから貴女は私の愛にちゃんと耐えてください」


 そう言って迫る彼はゆっくりとエルの左腕を持ち上げる。


「貴女は右利きですか?」

「え……?」

「瞬時に癒えるといっても、利き腕に痛みが残るのは嫌でしょう?」


 ルカンは微笑んだ。 だがその笑みは全く温かみを感じない笑顔だった。 彼の影からざわざわと黒い触手が蠢く。 それが徐々にエルを絡め取るように伸びてくる。 

異形の捕食者に代わる鮫王を、クラゲの姫はただただ、怯えた瞳で見つめることしかできなかった。


『わたし、もしかして……』


 自分のとんでもない間違いに気付いたのは、ルカンに腕を喰い千切られた瞬間だった。





 それから一週間ほど、エルに与えられたはずの部屋は使えなかった。 エル本人も、暫く客室のベッドから出てこなかった。 痛みはもう無いはずなのに、生きたまま喰い千切られた左腕がズキズキと鈍い痛みを感じていた。 部屋の壁に血が飛び散る音を、何度も何度も思い出す。 その度に気が滅入って、胃の中身を吐き出した。 

 床に伏せたエルを、ルカンは付きっきりで看病した。 それもエルをさらに追い詰めた。 

あれほど居場所が欲しくて愛してほしいと言ったのは自分なのに、もたらされる愛はあまりにも重くて歪だ。

今日も、まるで宝物のように扱われながらエルは考える。

ああ、どうにか早く、跡形もなく喰われて死んで消えてしまいたい、と。



    『クラゲの姫は鮫王に喰われたい』 完

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