当然の報い
Side:桜子
クソッ! 何でアイツは、私の前で泣き崩れ無かったのよ! どうしてなの? 黙って私を見るだけ? それなら怒って何か言えば良いのに!
手に入れたい物も手に入らなかった。長い時間をかけて、色々やって来たのに。真希だって同じ穴のムジナじゃない。あれだけ一緒にいたのに、何で私の事を分かってくれなかったのよ! 私があれだけアイツの悪口を言っても、何時も何時も否定してたくせにさ。幸助にはコロっと行きやがって! 幸助のクソヤローも許さないから!
私は自室でぶつぶつと呟きながら、部屋中にあった真希の写真を切り裂いた。こんな物は、もういらない。真希が居なくても、私にはいっぱい知り合いもいるから。そうだ! 良い事を思いついた。今度は真希と幸助の悪評を広めたら良いんだ。
そうよ。それが良いわ。今度こそ絶望した所を見られる。それで泣いって縋って来たら、ペットぐらいにはしてあげるわ。アハハ。今に見てるが良いわ。絶対、このままじゃ終わらせない。ハジメにその醜態を見せれば、絶対アイツも泣きじゃくるはずだ。
沖縄から帰ってすぐは、そう考えていたのよ。だから私は休憩が明けて、講義が始まるのを楽しみにしていたの。毎日、どんな悪口を言い回るか考えてた。内容がそれっぽいだけで、ハジメの時は上手くいったしね。大丈夫。まだ何も終わってない。
そして待ちに待った大学へ向かう日。普段よりも早く家を出て、何時ものテラスで知り合いが来るのを待つつもりだった。それなのに......。
「ちょっと。話しかけないでくれる?」 「ほんと。アンタに近寄られたら、私までハブられそう」
何なの? 普段話してる子を見つけたから、声を掛けただけなのに。その子達はそう言い残して、私から離れて行った。一体何がどうなってるのよ⁉︎ 意味分かんない。私はイライラを抑えて、テラスで他の誰かが来るのを待った。でも何かおかしい。だって私の座る席周辺に誰も座らない。それどころか、遠巻きにヒソヒソとこっちを指差している子までいる。
これじゃあ、ハジメみたいじゃない! どれだけ待っても知り合いが来ないから、諦めて講義のある教室へ向かう。私は自分の思い通りに事が進まないから、かなりイライラしていた。でも変なのは、それだけじゃなかったのよ。
......またアイツと一緒だ。私が歩いていても、誰も視線を合わさない。休暇に入る前は、歩くたびに誰かから声がかかったのに。今はそれどころか、私の周囲から人が離れて道が開かれる。嘘でしょ? 何が起こってるのよ? 不可解すぎる現状に理解が追いつかない。
だ、大丈夫。講義が同じ子達なら捕まるはず。流石に教室内なら仲間もいるし、何か知ってるなら教えて貰えばいい。私がそう思い直し教室に入ると、教室内の空気が一変した。そして私を見ながら、聞こえる様に会話を始める。
「よく来れるわね。やっぱりクズは、空気が読めないんじゃない?」
「本当にそうね。これなら懺悔ちゃんの方がまし」
「懺悔ちゃんってさ。あの真希って子? やめたげなよぉ」
「そうそう。懺悔ちゃんに失礼だって」
私はその会話を聞いて、唖然とする。これって私に言ってるのよね? クズ? 懺悔ちゃん? 聞きたい事がいっぱいだ。どう言う事か聞こうと、足を踏み出した。その時。
ドンッ!
キャッ⁉︎ 今突き飛ばされた⁉︎ 後から入って来た集団が、私を邪魔だと言うように押し退け、そのまま通路を塞ぐ。そして振り返り、嫌な笑顔で私を見た。この目は知ってる。いつもハジメが向けられていた目だ。辞めてよ! そんな目で私を見るな!
嫌だ。嫌だ。嫌だ。私は耐えられなくなって、教室から逃げ出した。さっき真希って言ってたよね? あの子が何かしたの?
この時の私は沖縄の件を忘れて、真希へ怒りの電話をした。しかし当然、繋がる事は無い。
『お客様の都合によりお繋ぎ出来ません』
「何なのよ! 着信拒否すんじゃないわよ!」
私が叫ぶ姿を見て、周囲から笑い声が聞こえる。もう誰でも良いから、どうなっているのか教えてよ! そう思うが、ここでは誰も捕まりそうにない。どうする? どうしたら良い?
私は考えた末、ハジメの学部へ向かう事にした。あっちには、以前にバイトさせてあげた子もいるはずだ。お金さえ払えば、また同じ様に使える。適当に真希達の悪口を吹き込めば良い。簡単な事よ。居た! あの子なら覚えてる。私は目当ての女の子に近づき、笑顔でお金を見せながら声をかけた。
「ねぇ。またコレでバイトしない?」
「馬鹿じゃないの? 私に話しかけないで」
「ちょっと! 何なのよ!」
それから何人も声を掛け続けて、ようやく私を知らない女の子が捕まった。そこで聞いたのよ。私の学部で真希があの件を触れ回っている事を。何でこんなに早く広がっているのかも分かった。真希は私より何日も前に大学へ来て、謝罪し回ってたのよ。だからこっちの学部にまで噂が広まっていて、今からどうやっても撤回のしようが無い。
それにハジメの悪評もデマだと知られてしまったわ。これなら私が標的になっているのも仕方ない。真希と同じ講義を受けていない私が、先手を打たれたって事ね。だけど面白い事に、ハジメが大学へ来ていないらしい。アハハ。やっぱりダメージ受けているじゃない。なんだ......つまらないな。
私はどうせ噂なんかすぐに収まると思ってた。しかしそれから何日経っても、一向に収まる気配を感じなかった。だから無視されようが、陰口を言われようが黙って耐えたわ。ハジメに出来るなら、私だって簡単よ。これ以上、アイツに負ける訳にはいかないの。
でもある日、1人で昼食を食べる私の元に、話しかけてくる団体が来た。ああ。コイツらの顔は見た事ある。私らと一緒になって、ハジメを小馬鹿にしてたよね。何しに来たんだろ? 疑問に思っで見ていると、清楚系の気取った女が前に出て言う。
「貴女が村井 桜子さんよね? 今、ちょっと良いかしら」
「ええ。そうだけど。何か用? 私に話かけて大丈夫?」
「近藤君の話を聞かせてくれない? もうあの噂が貴女の仕業って皆んな知ってるからさ。嘘偽りなしで最初から教えてよ。これだけの人間を怒らせて今後どうなるか、わかるよね? 嘘を言っても調べるから」
「脅しのつもりかしら? 別に聞きたいなら話すわよ。面白いかどうか、保証出来ないけどね」
どうせバレてるならって思ったから、洗いざらいぶち撒けてやった。誰を標的にして、何時から始めたってね。それを言えば幸助も巻き込めるし、一石二鳥だわ。でも静かに聞かないのよ。外野がうるさくて仕方がない。
聞きたいって言うから話をしたのに、話終わったら罵詈雑言の嵐。怒りまくってるけどさ。アンタらもハジメから見れば一緒だよ。まぁアイツ居ないけど。喚き続ける団体を、私は適当にやりすごしたんだ。結局、私が無反応で言い返さないから、捨てゼリフを言って帰って行った。
その数日後、また見た目だけ清楚系女が、大人しそうな女を引き連れてやって来る。その新たな女は、私の前に立つと同時に一方的に捲し立てて、お金を返してきたんだけどさぁ。私には意味が分からなかった。
だってさ。どうせ自分が良い子ちゃんをしたいだけでしょ? 自分でお金を受け取ったくせに。 そう思ったから、意地悪したくなった。敢えてお金は受け取らずに言ったの。
「ぎゃあぎゃあうるさいよ。アンタなんか、いちいち覚えてないっつーの」
バチーン!
痛っ⁉︎ 不意打ちでビンタされ、いきなりの事に呆然としてると、無理矢理にお金押し付けられてさ。連れて来た女に引っ張られて帰って行ったよ。ちょっと口から血が出てるし、最悪だわ。ちょっと揶揄っただけなのに、短気な女。ああいう正義感の強い女だって知ってたら、バイトの時も上手く使えたのになぁ。顔は覚えたから噂が消えたら仕返ししてやるし、待ってなさいよね。
はぁ。本当に何も楽しい事がない。沖縄から散々だわ。幸助の顔も見ないし、1人だけ逃げてるのかなぁ。でも幸助なら上手く嘘ついてそう。どうせ自分だけ助かろうとするはずだしね。さて。あの団体さんは、どっちの話を信じるのかしらね。口からでまかせ男と性悪女。まぁ私を裏切ったんだし、幸助も道連れだけどね。何があっても。
さらに数日。沖縄からだいぶ経つのに、未だに真希もハジメも大学で見ない。真希はどうでも良いけど、ハジメから何も言われないのも何だか気に入らない。来たら付きまとってやるのに。そしたらそれを真希に見せつけて、反応を楽しめるのになぁ。
そんな事を考えながら家に帰ると、神妙な顔した両親が待ち構えてた。何だろう? 今日は平日よね? 何で父親までいるの? 普段は気の弱い母親が、私に対して強い態度をとるのは珍しいわね。
「桜子。ちょっと来なさい」
「何? 疲れてるから、手短にお願い」
「お前。近藤さんの息子さんに何をしでかした?」
「な、何って⁉︎ 何もしてないわよ。どう言う意味?」
いきなりの事に動揺したけど、これってどう言う意味だろ? これも真希かな? 私が居ない間に、うちへ来た? もしそうなら、適当に誤魔化せば良い。普通、他人より私を信じるでしょ。大丈夫。この親なら扱い慣れてるし。
そう考えて口を開きかけた私だったが、それよりも早く父親が被せる様に言う。
「お前。今、言い訳を考えてただろう。もうそう言うの辞めなさい。お前がその態度のままなら、冗談では済まなくなる」
「言い訳って? そんな事考えてないから。冗談ですまないって意味分かんない。もう普通に言ってよ。真希でも来た? あの子の話は信じないで。喧嘩別れしたから、根に持ってるだけだし」
「......はぁ。よくもまぁここまで。やはり私達は、お前の育て方を間違ったようだな。本当に残念だよ。桜子」
父親がそう言って、私の前に1通の封筒を差し出す。私は訳もわからず受け取り、促されるまま中身を見た。
「告訴状⁉︎ 名誉毀損罪って......弁護士⁉︎ 冗談だよね⁉︎」
「私も悪戯かと思って、記載してある代理人弁護士へ連絡を入れた。だが相手は本気だそうだ。確たる証拠と証言もあると言ってる」
「そんな⁉︎ 私はどうすれば良いの?」
「何とかお許しを頂ける様にお願いするしかない。だが告訴人である近藤さんは、かなりお怒りだそうだ。もう分かっただろ。お前はもう成人して子供じゃない。自分の責任は自分で取る必要がある。これは私にもお母さんにも影響が出る事だ。こんな事を会社やご近所に知られれば、どうなるか分からん」
流石に自分の置かれている状況が、最悪なのは分かる。だから私はその重い空気の中、両親にこれまでの事を話した。話を聞きながら、母親は泣き崩れてしまう。父親は頭を抱え、もう私の顔さえも見なかったわ。
その後、私は家から一歩も出る事を許されなかった。携帯電話は没収され、すぐに契約解除。大学も退学手続きされるみたい。父親が弁護士事務所へ出向き、詳しく話を聞いて来てくれた。そこで私がどういう罪で刑事告訴されたかを聞かされた。
そもそも名誉毀損罪とは、不特定または多数に知れ渡る可能性がある公の場で、具体的な事実を挙げて、他者の社会的評価を低下させる危険を生じさせる犯罪らしい。要件を満たす条件が3つ。
1. 具体的な事実を摘示している
2.当該事実が被害者の社会的評価を下げる可能性がある
3.公然の場である
私の場合はSNSなどの書き込みもしていたのが、最悪だったと聞いたよ。面白がってハジメの悪口を書きまくってたからね。本来は具体的なものが無かったら、証拠不十分で不起訴の可能性もあったらしい。滅多にないけど最悪の場合、勾留される場合もあると聞いたわ。だからこちらも弁護士を入れて、早急に示談に応じてもらう必要があった。
この事を両親から言われ、私がハジメを落とし入れる為にやった事の、愚かさを知ることになった。私の場合は父親が弁護士を伴い示談交渉に行った際、相手の条件を全て飲んだ為、最悪の結果は免れたんだけどね。しかし良かったでは済まされない。
示談成立後、私は大学を自主退学させられた。接見禁止も示談に含まれていたから、同じ大学へ通い続ける事が出来なかったのよ。違う学部だからとお願いしても、それなら告訴を取り下げないと言われたらしい。
だから住んでいた家を売却し、母と一緒に遠方へ引っ越した。父親は仕事がある為、どうするかはまだ決まっていない。引っ越す事もハジメのお母さんの強い希望だったそう。何度謝っても許してもらえないほど、私は強く恨まれていると聞いた。私が直接謝罪する事も拒否されたしね。
両親は今回の事でかなり疲弊していて、夫婦間で揉めている。私も働き口が決まったら、移った家から出て行けとも言われたわ。もう家族からも完全に嫌われてしまった。
「私はこれからどうなるのかな?」
そんな言葉は、誰にも届くことはない。この知らない土地で1人、生きていくだけ......。