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憎悪

Side:晴美

 私、近藤こんどう 晴美はるみと夫である達夫(たつお)との間に出来たハジメ。私達夫婦にとって、これほどの幸せは無かった。その事で好きな仕事を辞める選択をした私に、達夫は何度も謝ってくれたわ。私は仕事よりも子供を大切にしたかったから、謝る必要はないと何度も言ったけどね。


 ただ当然の事だけど、私の収入が無くなる分、家計には響いた。将来を夢見て購入したマンションの支払いやマイカーのローンがあったからね。本来、もう数年は子供を我慢するべきだったと思う。達夫は残業も増やして頑張ってくれていたけど、やはり今後を考えると厳しい。


 何度も2人で話し合い、ハジメが小学校に入るタイミングで、私は再び仕事へ出る決断をした。そんな環境でも、ハジメは文句も言わなかったのよ。構ってあげられない事を謝っても、僕は大丈夫だと言ってくれる。きっと我慢していたと今でも思うけどね。とても優しい子だったんだよ。


 だけどある日。仕事から帰ると、ハジメが部屋から出てこない日があったの。


「ハジメ。どうしたの? 学校で何かあった?」


「何もないよ。大丈夫」


 何度聞いてもそれしか言わない。おかしいと思った私は、ハジメがお風呂へ入ったタイミングで、ランドセルの中を確認したの。すると教科書に挟まったプリントを発見。一度クシャクシャにした形跡もある。もうね。思わず泣いてしまったよ。だってそれは、授業参観の出欠確認って書かれていたから......。


 そこに戻って来たハジメが、申し訳無さそうな顔をするの。ああ。この子は私達の事を思って言い出せなかったんだ。そう思うと情けなくなって。思いっきり抱きしめて謝った。私はすぐに達夫にこの事を相談。ハジメを含めて家族3人で話をしたわ。


「ハジメ。何故黙っていたか、父さんに教えてくれないか?」


「えっと。お仕事頑張ってるから。言っちゃダメだと思った」


「そうか。そんな風に考えてたのか。すまん。ありがとうな。でもハジメが言ってくれないと、父さんも母さんも知らないままだ。それはとても悲しい。だから内緒にしないで、必ず教えてくれ」


「わかった。悲しいのヤダもんね」


 

 私は2人の会話を聞きながら、ハジメが優しい子に育ってくれた事に感謝した。同時に親失格だとも思ったわ。だからそれ以降は時間を見つけ、ハジメの話を聞くようにしたの。それでも一般の家庭に比べて、接する時間は少ないと思うけど。


 そんなハジメから名前が出てくるのが2人。桜井 真希ちゃんと石井 幸助君。何度か私が休みの日に家に連れて来たけど、何と言うか口の達者な子供だったわ。真希ちゃんの方はきちんと挨拶は出来ていたけど、幸助君は面倒そうに頭を下げるだけ。こっそり後でハジメに聞いたら、家庭環境が少し複雑そうだった。


 と言っても、うちも人様の家庭に何か言えないけどね。ハジメには寂しい思いをさせているし。少し気になる事はあったけど、ハジメが楽しそうに見えたから、私は何も言わなかったわ。


 そんなハジメの友人関係に変化があったのは、高校生の頃だったと思う。明らかに真希ちゃんとの空気に変化を感じたの。あ〜これは春が来たんだなぁと染み染み。もしかしたら、数年後にお嫁さんが来るかも? なんて考えてた。ただちょっと真希ちゃんに、時折感じる陰が気になってはいたけど。ハジメは全く気づいて無いみたい。たまにしか接しない私だから感じたのかもね。


 でも2人がそう言う関係になると、幸助君の方がどうなるか。最初はぶっきらぼうだった男の子が、私に頭を下げて挨拶出来るまで変わっていたの。ただハジメに向ける視線が少しギョッとするのよ。まさか......とは思うけどね。


 だから受験時期に幸助君の横に女の子が居てホッとしたわ。ただその女の子、桜子ちゃんの事は怖いと感じた。私は同性だから分かる。ハジメを見るその目に、どんな感情があるのかを。ハジメはそれも気づいて無さそうだから、注意しておいた方が良いのかもしれない。杞憂だと良いんだけど。



「ハジメ。桜子さんてどんな子なの?」


「真希の友人で、幸助の彼女。俺と似たような性格だよ。幸助とはお似合いじゃないかな。どうしてそんな事聞くの?」


「ん〜。何となく気になったから? ま、まぁ気にしないで」



 あまりにもハジメが純粋だったから、私は不安になるような事が言えなかった。今思えば、変に思われても注意すべきだったと後悔しているわ。例えハジメにうるさがられても。



 ほとんど毎日の様に続いた勉強会の甲斐もあって、ハジメ達は同じ大学へ進学した。私自身も仕事に忙しく、以前の様に会話する時間は少ない。それでも親子関係は至って良好だったわ。本当にハジメは良い子に育ってくれた。私の同僚にも羨ましいがられるくらいに。


 ただ大学生になって暫くしてから、たまに塞ぎ込んでいる姿を見たのよ。達夫に言ったら、大学の勉強に息詰まっているかもと。でもハジメに聞けば、大丈夫としか言わないのよね。私が心配しすぎなのかしら? なんて軽く考えていたの。


 

 それから2年ほど過ぎ、ハジメも大学3年生になった。私も達夫もキツい就活経験があるから、ハジメの相談相手になれると喜んでいたわ。でもその事以外に、私は気になっていたの。


 最近、彼女の真希さんも友人の幸助君達も家に来なくなったのよ。チラッと聞いていた話では、真希さんは両親とあまり良い関係ではないらしい。だからあちらのお宅へお邪魔した事は無いって。なのに何処に行ってるんだろうってね。もう良い年齢の息子の心配なんて、鬱陶しいと思うから聞けないんだけどさ。


 そんなハジメから旅行へ行く話を聞いて、なぁんだ、私の考え過ぎかと安心したわ。就活前の最後の息抜きに楽しんでおいでと、気持ちよく見送った。とは言っても、玄関までで良いって言われたけどね。久しぶりに真希さんに挨拶したいと言ったら、珍しく慌てた様子で拒否されたんだよ。それで心配はしていたの。何かあるのかなって。


 

 漠然と私の感じた不安は、ハジメが突然家に帰って来た時に確信へ変わる。完全に生気を失くした姿で、ただいまの一言しか言わないんだもん。きっと私が居るとは思っていなかったんだろう。その日はたまたま休みだったから。


 一瞬驚いた表情を見せ、自室へ向かおうとするハジメ。そんな状態の息子を放っておける訳が無い。だから無理矢理にリビングまで引っ張って行ったのよ。そして心を鬼にして訪ねたら、真希さんや幸助君達と連絡を取りつがないで欲しいと言うだけ。私もそれ以上聞けなくなり、とにかく早く休ませる事にした。翌日。私は会社に無理を言って休みを取ったよ。


 あの状態のハジメを1人にする事が出来なかったの。これまで、親らしい事が出来ていなかったしね。今更だけど少しでも寄り添いたかった。


 だけどその日の夜に掛かってきた電話で、真希さんに思わず怒鳴ってしまったわ。だって何を聞いても、私は騙されたとか言うんだもん。何があったのか分からないけど、ハジメをあんな風にした謝罪はないの? って思ったわ。もう関わらせてはいけないと感じ、二度と連絡するなと言って電話を切った。


 その後のハジメは、部屋に閉じこもったまま、外へ出てこなかった。たまに聞こえる叫び声。寝れないのか? 様子を見に行くと、顔に隈が出来ていたわ。それに食欲もあまりない。どんどんやつれていくから、仕事へ出るのも気が気じゃなかった。


 あまりにも衰弱が見えたから、夫に頼んで病院へ連れて行ったよ。すぐに点滴などの処置を受け、睡眠薬も出してもらったそう。帰って来た達夫から、心療内科の受診を提案されたのもこの時期。


 私もその意見には賛成だったけど、今はとにかく体調を良くする方が先だった。数日すると少し顔色も良くなり、食欲も戻ってきたわ。やっぱり睡眠がとれると違うものだと感心したよ。そしてハジメの気持ちが落ち着いてきた頃に、私は何があったのか聞き取る事にしたの。


 無理矢理に聞く事は、ハジメには辛いと分かっていたけど、親として聞きたかったのよ。勿論、達夫にも相談し、意見を求めた上でね。じゃないと寄り添えないから。


 最初はかなり抵抗されたけど、ポツポツとハジメは話してくれたわ。断片的にだけどね。おおよその話が分かるまで、かなりの日数がかかってしまった。それでも吐き出す事で、ハジメの状態は改善して行ったのよ。心療内科への受診はまだ無理だと言うので、焦らずに保留することに決めた。


 未だに電話の音で怯えたりするし、固定電話や携帯電話はマナーモードにしたわ。ハジメから携帯を変えたいと言う申し出があったから、私達の気持ちを伝えた上で許可した。嬉しい事に、大学を卒業する意思も聞けたわ。学歴が全てでは無いけど、中退となると苦労してしまうからね。親としてはそんな経験は、して欲しく無かったのよ。


 でも改善が見えていたはずのハジメは、家から出ることが出来なかった。玄関からの悲痛な叫び声を聞き、私は自分の認識の甘さを痛感したのよ。大学生活で起きた事を知ったはずなのに、それでも理解出来ていなかった。この時、私は息子にこんな仕打ちをした奴らを恨んだんだ。


 そんな出来事から数週間。私が無理をするなと言っても、ハジメは自分で努力していたわ。辛いはずなのに、毎朝玄関へ向かうのよ。もうどう声を掛けて良いかも分からなかった。


 そんなタイミングで、うちのインターフォンが鳴る。室内のカメラを見ると、知らない女の子が2人。聞いてみるとハジメと同じ大学だと言う。念の為、ハジメに確認すると知らないと言い、会う事も拒否。私は悩んだ。だがハジメには申し訳ないが、どんな顔なのか見てみたい。だから家に入れた。


 その女の子の1人、五十嵐 小春は、私の断片的だった理解を補完してくれたわ。正直、聞いている間、(はらわた)が煮えくり返っていたけどね。それでも我慢して聞いた。最後まで話終えた目の前の女の子は、ホッとした顔をしていたのよ。聞く限り彼女のやった事は、本人が思い詰めるほどではない。但し、無意識の悪意はあると思うけどね。特に一緒に着いて来たほうの女の子は、表情だけは申し訳無さそうにしているけど、他人事だと思ってるよ。私も被害者とでも思ってそう。


 まぁいい。今は知らなかった部分も含めて収穫があったからね。私はある考えの元、五十嵐 小春に連絡先を渡した。上手く乗ってくれれば良いのだけどね。


 話が終わり彼女達を帰した後、私はハジメに謝る為に部屋へ向かった。すると放心したハジメの姿を見てしまう。必死で声をかけ、泣きながら謝ったよ。勝手な事をしてごめん。辛い思いをさせてごめんって。


 その日から再びハジメの体調が悪くなって行った。私が自分のエゴで判断した事で、大切な息子を苦しめてしまったんだ。だから少し仕事をセーブして、ハジメの様子を日々確かめていたのよ。でも一向に落ち着いてくれない。終いには部屋の中にある物に当たり始め、もう暴れまわっていたわ。


 これはいけない。達夫に相談し、無理矢理にでも心療内科へ受診させよう。そう考えていた矢先、ハジメは意識を失ったの。すぐに救急車を呼び病院へ搬送。もう死んじゃうんじゃないかと思って、助けて下さいって何度も救急隊の人に叫んでしまった。後で思い出すと恥ずかしい。


 入院後のハジメの容体は、運ばれた時の姿からは考えられないほど、順調に回復して行った。私はずっと付き添いたかったけど、達夫が心療内科の件を含めて任せろと言ってくれたから、お願いしたのよ。ちょうどその時に、私の思惑が上手くいってくれたからね。


 必要以上に思い詰める性格だと思っていた、五十嵐 小春から携帯に連絡が入ったのよ。だから私は彼女を利用する事を考えていた。


「私に出来る事があれば、何でもお手伝いします」


 などと言うから、内心はこの偽善者が! なんて思っていた。でも表面上は少し迷惑そうにしながらも、少しづつ打ち解けていく様に演技したのよ。聞いてもいないのに、色々と大学内の話も聞けるしね。


 この頃はハジメがされた仕打ちを、どうやって返そうか? そればかり考えていたわ。1番許せないあの3人は、今の所放置でいい。これ以上、ハジメに近づけば大学や自宅に乗り込んで行くつもりだったしね。ただそれを我慢したのは、ハジメの学生生活に影響が出るから。だから先に情報が知りたかったのよ。


 そして色々と情報が集まって来た頃、小春が周囲から避けられていると相談された。本当に碌でもない人間の集まりなのね。まぁ社会に出ても、そんな環境の会社もある。誰かを蹴落として優越感を感じる人間もいるのよ。そんな荒波へ向かわないといけない事は、今のハジメには無理だろう。


 だから親として、ハジメには強くなって欲しい。きっと私の考えてる事をすれば、ハジメから恨まれるかもしれない。それでも許せないのよ。私の家族を追い詰めた奴らを。その手始めに、私は小春を利用する。達夫にも私の本心は伝えない。恨まれるなら私だけで良いから。


「小春さん。ならハジメを頼りなさい。あの子がそばに居れば、周囲もあからさまな態度は取れないでしょ」


「え⁉︎ 晴美さん⁉︎ そんな事出来ませんよ! 近藤君をこれ以上苦しめるなんて」


 そんな風に言う小春。馬鹿ねぇ。別に貴女の事なんて、どうでも良いのよ。私がハジメの側にいられないから、壁に使いたいだけ。従順な駒になってよ。


 私は内心を押し殺し、小春と接し続けたわ。会社の人事にも声を掛けたりしてね。ハッキリ言うと小娘を懐柔するのは、簡単だった。余計な事を吹き込まれない様に、あの反省の無い同行者とも離れる様に言った。はは。私の言う事を何でも聞く小春は、本当に扱いやすい。


 そうしてハジメの退院までに、小春との関係は深まっていったわ。この間に自宅にも連れて来て、達夫とも数回会わせた。何も知らない達夫は、小春を気に入ったみたい。ごめんね。この子はただの駒なの、とは言えない。


 私は達夫にも小春の現状を説明し、ハジメを使う事を提案したわ。達夫は最初、難色を示したけど、小春と接してみて最終的に折れてくれた。そして迎えたハジメの退院の日。私は迎えを達夫に任せ、小春と2人で相談したの。今日あの提案をハジメに言うとね。


 小春も驚いていたわ。まさか退院の日に言うとは、思ってもみなかっただろうしね。私が何の為に呼んだと思ってるのよ? こんな嬉しい日に、本当は家族以外呼びたくない。それを曲げてでも呼んだ理由は、ハジメの精神状態を把握する為。


 私達がいる場所なら、小春と会わせて何かあっても対処出来るからね。それにもう謝罪は済んだと思っている小春にも、もう一度罪悪感を与えておきたい。そうすれば更に使いやすくなってくれるはずだから。


 そして帰って来たハジメ。見違えるほど生気の戻った顔に、思わず笑みが溢れる。私は小春を意識させ、ハジメから聞いてくるのを待った。それから挨拶を交わす2人だったが、ハジメの方は小春を覚えていなかった。まぁ。はじめましてと挨拶する様に、小春に指示したのは私なんだけどね。


 それから食事をするまでの間、小春に呼びに行かせたりもしたが、どうも本当に覚えていないようだ。だから食事を終えたタイミングで、正体を明かす様に指示。


 結果的に私も達夫も怒られてしまったが、話を聞いても暴れる様な事態にはならなかったわ。それに改めて頭の良い子なのも分かったよ。小春の話を聞き自分の意見を述べ、更に相手の状況を予想して指摘までしたのよ。これには達夫も感心してたわ。但し小春を助けると言う件は、考えさせて欲しいって言われちゃったけどね。何とか受け入れて頑張って欲しい。


 後は例の3人もそろそろ罰が必要よね......。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 卒業がとりあえずの目標ならば、入院した時点(できればもっと前)で休学するべきだと思いますが、なにやら息子の心の安寧よりも復讐が優先されているような。
[良い点]  母強し。  そらそうよ。  最愛の息子を下手すりゃ命を投げ出す寸前まで壊したんだ。  そんな連中を親が人間扱いする理由が何処にある。 [一言]  五十嵐さんは駒扱いが判明したときどんな反…
[良い点] 母強し。 息子の学生生活を考えて表立って動かないという配慮も出来る。 恨まれる覚悟も決めており、息子の成長も期待していると…。 某3人はご愁傷様です。これは無理です逃げれませんね。 [気…
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