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後悔

Side:小春

 私は五十嵐いがらし 小春こはる。大学3年の理系専攻。夏の休暇も終わって数週間。そろそろ就活も始めなきゃいけない時期なんだけどね。どうしてもある事が気になっていて、休みの間も今もずっと悩んでいたの。手に持つ1枚のお札。こんな物を受け取らなければ、長い間悩まなかったのになぁ。



「はぁ。あの(ひと)何処にいるんだろう?」


「小春どうしたの? お金持ち自慢かしら?」


「小百合かぁ。これは違うの! このお金の件で、悩んでいるんだよ。だから見せびらかしてた訳じゃない」



「なんだよ〜。紛らわしいぞ? 私に言えない事なの? まさかパパ活⁉︎」


 


 大学で知り合った前川まえかわ 小百合さゆりは、清楚系っぽく見せているけど、実は天然色ボケ噂大好き娘だ。仲良くなるまでは、真面目で大人しい子だと思ってたんだけどね。逆にそれが可笑しくてさ。気づいたら友達になっていたんだよ。よしっ! 1人で悩んでても、何も解決出来そうにないし。この子の広い交友関係に頼ろう。



「実はさぁ。怪しいバイトって言うのも、あながち間違いではないの。と言うのもね。あの噂の近藤君絡みなんだよ」


「ああ。あの有名人絡みかぁ。確か私らが1年の頃から、変な噂立ってたもんね。でも小春と接点が思いつかない。ん? そうか! 選択講義が一緒だっけ?」



「うん。履修科目の1つは同じ。凄く不思議なんだけど、あんなに目立たない人の事で、何であれほど噂が広まったんだろうね?」



「それね。私も気になって色々と聞いてみたんだけどさ。私の情報網によると、どうも広めたのは有名人君のお友達みたい。何か人間関係のもつれでもあったのかも」



「何それ? いじめ? でもそれなら納得だわ。実は私の持ってるこのお金を私に渡したのが、その友達のはずの(ひと)なのよ。全く面識の無い私に、突然話しかけて来てね。私の言う時間に、近藤君へ話しかけてくれって。報酬も出すって言われたの。私、その時期に欲しい物があってさ。何も考えないで受けちゃたのよ」



「何それ。意味わかんない。それだけで、その手に持った1万円? めっちゃ怪しいじゃん! 小春。アンタ気をつけないと詐欺にあうよ? どうせ終わった後に、罪悪感で凹んだんだろうけど」


 


 そうなのよねぇ。もうかなり前の話だけど、未だに忘れられないんだよ。私、駄目な事しちゃったんだって思って。だから貰ったお金も使えなかった。もう今日の講義の時に、近藤君にちゃんと事情を説明して謝ろう。じゃないと、このモヤモヤがいつまでも続きそう。うん。決めた。




「小百合の言う通り、このままじゃ耐えられない。だから近藤君には今日、事情を説明して謝るつもり。でもこのお金を返したい相手が見つからないの」



「その方が良いね。その女を探すのは、私に任せなさ〜い。私の交友関係があれば、すぐに見つかるはずだし」



 小百合は胸をひと叩きして、自慢気に言う。だからお願いする事にしたよ。確かに小百合なら、すぐに見つけてくれそうだしね。小百合はそう言った後、あっという間に走り去って行った。行動力は凄いんだけど、ゴシップ好きだからちょっと心配になる。


 その後、予定通りに講義へ向かったんだけどね。肝心の近藤君の姿がなかったのよ。かなり気合い入れていたから、肩の力が抜けちゃた。どうしたのかなぁ。近藤君って真面目だから、講義を休むのが想像出来なかったんだよねぇ。


 それから5日後。テラスに座って休暇していた私の所に、息を切らせた小百合がやって来たんだよ。こう言う時の小百合は、特ダネでも仕入れたんだと知っている。



「はぁはぁ。小春! お待たせ! 私、凄い話を聞いちゃったよ! もうドロドロのグチャグチャなやつ!」



「小百合どうどう。先ずは深呼吸して落ち着きましょう。そうそう。スーハーって。うんうん。ではどうぞ」



「ふぅ。小春。心して聞きなさいね? 近藤君は休暇明けから、大学には来てないの。その理由がね......」



 私は小百合の話す内容に、猛烈な怒りを感じたわ。そんな事を彼女や友達がするの? って。勝手な考えで人を(おとし)めたとか、恐ろし過ぎるよ! もし私にそんな事があったら、絶対に立ち直れない! 本当に気分が悪いわ。ありえない。




「大体の事は理解したわ。かなり胸糞悪いけど。それで? 何処からそんな話を聞けたの? 近藤君からじゃないのよね?」



「それがさぁ。1番初めに話を聞けたのが、真希って言う近藤君の()彼女さんなのよ。あの子が噂を広めた人間に頭を下げて、全ての事情を話しているみたい。でもそんな話を聞かされた方はブチ切れるからさ。今、どんどん周りから孤立してるわ。私は元彼女さんだけの話を聞いても信じられないから、怒った人達と一緒に他の2人、桜子さんと幸助君にも話を聞きに行った」




「その真希って言う元彼女さんもクズだものね。今まで平気な顔で、嘘をついて来たんだし、きっと演技が上手くなってるでしょ。私なら絶対に信用出来ないわ。例え知らなかったとしても、私を含む使われた側の人間なら、抱える罪悪感で気が狂いそうになるよ。ああ。イライラする。真希って言う女は、一体何がしたいのかしら?」




「本心かは分からないけど、近藤君の為らしいよ。少しでも誤解が解ければ、また大学へ通えるだろうからって。大学へ通えないほど追い込んでおいて、どの口が言うんだと思ったよ。説得力ゼロ。少し脱線したわね。話を戻すわ......」


 


 小百合が言うには、他の2人も概ね同じ証言をしたみたい。最初は(とぼ)けてたらしいけどね。特に幸助と言う男の方は、なかなか認めなかったみたい。本物のクズだって小百合も言ってた。


 それから聞き出した話を纏めてみたら、細かい部分で違いがある事に気づいたみたい。大筋としては一緒だったんだけど、先ずは噂を流した主犯の部分。指示を出したのは桜子って女なんだけど、幸助って男は桜子に言われた事をしただけだと答えたらしい。でも周囲に集まる人間に、どんな話を誰に聞いたって確かめたら、桜子から聞いた噂話と幸助から聞いた噂話が違う事が分かったみたい。


 そこでその矛盾点を幸助に突きつけたらね。結局は2人共が自分の判断で、近藤君の事を悪意を持って周りに吹き込んでいたらしい。幸助って男の往生際の悪さってなんなの? 全く懲りてないじゃん!


 次に真希に近寄った部分。これも桜子は幸助が勝手にやったと言うし、幸助の方は桜子に指示されたって言ったんだってさ。まぁその前の話があるから、誰も幸助の話は信じなかったみたい。どちらにせよ、真希って女も近藤君を信じずにクズ男に気持ちが移ったんだしね。今更何を弁解しても遅いと思う。


 

 後は悪夢みたいな旅行の話だけど......あんな計画を考えられる3人が怖いよ。3人共人格が破綻してると思う。私は結果的にではあるけど、近藤君がクズ共を自滅に追い込んだと思いたい。だってそうじゃないと、近藤君が全く救われないじゃない! 小百合が、桜子は精神的に異常をきたしているって言うし、細かな部分の食い違いは本人も覚えていない可能性もある。


 

 3人の関係の崩壊なんてどうでも良いよ。そんな事があっても、3人一緒に帰って来たって話だし。本当に関係が切れたのか疑わしい。今は一緒に居ないだけで、平気な顔して大学へ通えてる神経が分からない。反省なんてしてないのかもしれないよね。




「小春怒ってるわね。やっぱり自分も使われたから?」


「それもある。だって小百合が聞いた話だとさ。最初に真希って人に、致命的な疑惑を与えたのって私の事だもん。私はそんな事も知らないで、お金貰って喜んでたんだよ? とてもじゃないけど、巻き込まれただけなんて言えないよ。人として恥ずかしいし、とても悔しい」



「それはそうか。真希の話に出て来た、近藤君と一緒にいた女性が小春なんだもんね。ただのバイトだったと説明しても、時間は巻き戻らない訳だし。私でも罪悪感を感じると思う。本当にあの人達のやった事は許せないよね」



「小百合! 桜子って人にお金返しに行くから着いて来て! こんな汚いお金は、もう1秒でも早く突き返したいから! 」


 


 私は桜子に、宣言通りお金を突き返した。でもね。本当に腹が立つんだけど、桜子は私の事を覚えていなかったのよ。他の子にも同じ様な事を頼んでたから、いちいち顔まで覚えていなかったとね。もう頭に来てさ。桜子をその場でビンタしてしまった。そんな事をしても、罪悪感は消えないのに。小百合に羽交い締めにされなかったら、延々と手を出していたかも知れない。本当に私は弱いよね。


 落ち着いてみたら、ただただ叩いた掌が痛かった。近藤君の味わった絶望に比べたら、こんな痛みなんて比べ物にならないのに。


 

 その後、一気に今回の話は大学中に広まった。この件に間接的に関わった人数は、もう把握出来ないみたいだけどね。とりあえず近藤君がアクションを起こさない限り、大きな騒ぎにはしない事になったよ。みんな我が身が大事だし、大学側に知られたら、どうなるか分からないから......。


 

 だって1人の人間を大勢で追い込んだんだもん。直接的な暴力が無かっただけで、これは集団いじめと変わらないよね。故意か無意識かの違いだけでさ。そんな事実が公になれば、大学側も何らかの処分が必要になる。下手したらニュースになるかも知れない。それでも私は......。



「小春。本当に行くの? 勝手な行動はしないって、みんなで話しあったよね?」


「ごめん小百合。それでも私は、直接会って近藤君に謝りたい。自己満足かもしれないけど」


「はぁ。小春って変なところ生真面目だもんねぇ。分かったわ。こんな事もあろうかと、近藤君の家の住所は調べておいた。でもそれを教えるには条件があるよ?」



「無理難題じゃなければ、どんな条件でも良いわ」



「あはは。普通はこう言う言い方したら、躊躇しちゃうんだけどなぁ。はいコレ。但し、私も連れて行く事。それが条件よ」



「分かった! 男の人の家に1人で行くの怖かったから。ありがとう小百合!」



「ちょっとは考えなさいよね」


 

 やっぱり持つべきものは、頼りになる友人だよね。近藤君の家は、大学の最寄り駅から30分ほどで行ける場所だったよ。2人で一緒に向かう途中で、菓子折りを購入。流石に謝罪へ向かうのに、手ぶらで行くのは失礼だと思ったし。


 そしてそのまま電車に乗り、到着した駅から歩いて書かれた住所までたどり着いた。近藤君の家は一軒家では無くマンション。緊張で震える指で私はオートロックの部屋番号を押す。



ピンポーン。



「はい。どちら様でしょうか?」


「す、すみません。私達は近藤君と同じ大学の五十嵐と前川と言います。近藤君はご在宅でしょうか?」



「あらあら。居ますよ。どうぞお入り下さい」




 すぐに解錠した音が聞こえ、ガラスドアが開く。私達は緊張しながらマンション内へ入る。そして1階からエレベーターで5階へ上がった。かなりドキドキしているが、小百合が居るので平静を保てたよ。目的の部屋は1番奥。距離は無いのに、私の足は鉛の様に重い。やっと部屋の前までたどり着き、玄関のインターフォンを震える指で鳴らした。



ガチャ。


 

 玄関ドアが開き顔を出す女性。きっと近藤君の母親だ。私の母親と比べてかなり若い印象を受けた。慌てて2人で頭を下げる。



「どうぞ入って下さい。遠い所をごめんなさいね」


 

 そう言って私達を快く招き入れてくれ、奥のリビングへ案内された。大きなソファーがあり、そこへ2人共座る様に言われたよ。一度離れた女性は、飲み物を持って戻ってくる。



「紅茶で良かったかしら? 久しぶりの来客だと緊張しちゃうわね。さぁ遠慮なく飲んで」


「は、はい。こ、これつまらない物ですが」


 

 柔らかい笑顔でそう言われ、張り詰めていた空気が和らぐ。その雰囲気はやっぱり近藤君に似ていた。




「さて。五十嵐さんと前川さん。ハジメとはどう言う関係なのかしら? 私もハジメの交友関係に詳しくはないけれど、お名前を聞いた記憶が無いのよねぇ〜」


「えっと。私、五十嵐 小春と言います。こっちが前川 小百合です。近藤君とは2人共、同じ学部になりまして。挨拶程度ですが、お互いに認識はある関係だと思います」



「そうなのね〜。桜井さんや石井君達の知り合いかと思ったわ。もしそうなら......今すぐお引き取り願うところだけど」


 

 つい今さっきまで笑顔だった女性の表情が、真希達の苗字を口にして能面の様な表情に変わった。もう一気に室内は緊張感に包まれ、私と小百合も冷や汗が出るほど身体がこわばる。あの話知ってるんだなって思った。でもここで帰らされたら、今日ここに来た意味がない。だから私は頑張って声を出す。




「お分かりかと思いますが、私達2人もその件で参りました」


「そう。やっぱり貴女達も知っているのね。あの子から聞き出すのに、かなり時間がかかったのに。それで? 何しに来たのかしら? これ以上あの子を苦しめるなら、私の方でも覚悟があるわよ?」



「い、いえ。決してその様なつもりはございません。私はどうしても近藤君に謝罪したくて......」


 


 肌にちくちくと感じるプレッシャーの中、私はここに来た経緯を説明した。途中、小百合からも補足が入り、かなり助けられたよ。こんな緊張感の中で話した事無かったから、全く上手く話せなかったし。それでも全てを話し終わった頃には、口の中がカラカラになっていた。


 

 私達が話している間、女性の表情は能面から怒りを堪える様に変わり、最後には目から涙を流していたわ。すぐにハンカチを差し出そうと思ったけど、明確に拒絶を感じ出来なかった。そんな状態で暫く無言の時間が流れたんだけどね。女性が静かに話し出したの。




「ごめんなさいね。息子ももう子供じゃないのに、どうしても許せなくて。今日は来てくれてありがとう。あの子には私から話をしておくわ。まだあの子も落ち着いて話を出来そうもないし。それでも何かあるなら、ここに電話してもらえるかしら」


 

 そう言って渡されたのは名刺だった。そこに書かれている名前から、この女性が近藤こんどう 晴美はるみさんだと分かった。私はただ謝りたい一心で此処まで来たけれど、ご家族の気持ちを考えていない愚かさに気づく。だからその名刺を受けとり、近藤君の家を後にした。念の為に私の連絡先だけは伝えて......。


 

 帰り道は小百合とも会話はほとんど無かったよ。何時も元気な小百合も、色々と思う事があるのだろう。ああ。これ以上は、何も出来ないんだ。行って良かったと思う反面、問題の解決を晴美さんに押しつけた気もする。そんな複雑な気持ちのまま小百合と別れ、自宅へ帰ったんだよ。


 

 そこから数日間は、何をしていても晴美さんの泣いた姿が頭に浮かんでいた。こんな気持ちのまま、就活なんて出来ない。そう思った私は、思いきって名刺に書かれた携帯に電話する事を決断。



「はい。○○会社の近藤です」


「お、お仕事中すみません。私、この前お伺いした五十嵐です」


 この電話が私と晴美さんの繋がりを深め、私にとっての分岐点にもなるなんて......ね。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  普通の人達で良かった。  言ってみればこの人も「騙された」訳で、そこに責任を負わせるのは流石に違うでしょう。  五十嵐さんに言えるのは「良い話には裏が有ります」ということ。  大学生なん…
[気になる点] これ、でもこの二人の三匹への評価は噂の真相聞いた中で真希・桜子さん・幸助君と言う呼び方だから、そういう事なんだな。 後、恐らく学内でも、主犯のクズ子より、間抜けの方が、恋人を裏切り、今…
[良い点] 更新有り難うございます♪ヽ(´▽`)/ この作品を書いてくれて有り難うございます( ノ_ _)ノ [一言] 五十嵐さん、あなたも立派なクズですからw お金を受け取って主人公を嵌めた時点で『…
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