懺悔
Side:真希
どうして? 何で私は1人なの? こんなのおかしいじゃない? だって私は桜子と幸助に騙されただけじゃん! なのにハジメは、何で私を残して帰ったの? 今まではどんなに私が悪くても、謝れば笑って許してくれたじゃん!
ホテルの部屋で私はそんな事をずっと考えていた。私は被害者。桜子と幸助の嘘を信じ込まされ、そのせいでハジメを裏切ってしまっただけ。悪いのは私じゃない。だから私は許されるべき。キ、キスは無理矢理だしね。女の力じゃ男には勝てないもの。そうだ。私は襲われたのよ! ほら。やっぱり私は被害者だ。
余分なお金が無いから仕方なく一緒には帰るけど、この2人ともう関わるつもりは無い。早く帰って誤解を解かないと。ハジメだってちゃんと理由が分かれば、これまでみたいに許してくれる。でも自宅へ電話した時、ハジメのお母さんから二度とハジメに近づくなって言われたからなぁ。
何度も騙されたって説明したのに、途中から私の話を聞いてくれないし。あんなに怒鳴らなくっても良いのに。ハジメのお母さん頑固過ぎるよ。でもハジメに会いたい。ここは私の誠意を見せないと、ハジメのお母さんに許してもらえないかも?
沖縄から帰って来て、居心地の悪い自宅で1人、どうすればハジメの誤解が解けるか考えたのよ。悪いのはあの2人なんだから。だったらどうする? そうだ! 私の味方を作っちゃえば良いんだ。桜子達に紹介はされたけど、私だって個人的に大学の子達と仲良くなってる。
あの子達に今回の事をバラせば、私を騙したあの2人に復讐出来る。それに話が広まれば私が悪くないって、ハジメの耳にも入るだろうし。うん。大丈夫。みんな分かってくれるよね。
そう結論を出した私は、大学の休み明けを今か今かと待っていた。この家に長い時間居るのは苦痛だ。本当ならハジメの家で、嫌な思いもせずに過ごせたのに。やれお姉ちゃんみたいな会社へ入れとか、もっといい男を捕まえろとか、お姉ちゃんはもっと成績も良かったとか、私はお姉ちゃんのスペアじゃない!
ああ。イライラするわ。何で私がこんなに苦しまなきゃいけないのよ! 私の味方はハジメしか居ないのよ!
待ち望んだ休み明け。本来ならあと数日は休みだけど、私の考えた作戦の為に大学へ向かった。そして何時ものテラスへ行き、顔見知りの子達を捕まえる。
「今、時間良いかしら? 聞いて欲しい話があって」
私はそう言って相手の了承を得て、今回の事を洗いざらい話した。勿論、私の知らない部分を脚色して、桜子と幸助を悪者にしたわ。でも最初こそ驚きと同情を口に出していたのに、聞き終わった後、真剣な顔で言われたのよ。
「騙されたって言うけどさ。それ自業自得じゃん。確かにあの2人は聞く限り相当のクズよ。もう関わりたくないぐらいに。だけど真希もクズだよね? 何? その私は悪くないって感じ。彼氏を裏切ったのは真希自身でしょ。それもそんな最低な計画まで立ててさ。聞いてたら吐きそうなぐらい気分悪いわ。もう私に声かけないでね」
「何この話。あり得なさすぎ。私らまで巻き込まれてるって最悪じゃん。知らずに善人を虐めてたよ。どうしよう? これかなりマズイんじゃない?」
「とりあえず今は知らない事にしましょ。関わってたらヤバいよ。アンタもう話しかけてくんなよ?」
その子達は私に口々にそう言って去っていった。え? 何これ? 何で私まで嫌われちゃうの? こんなはずはない。おかしいよ。どう考えても私も被害者でしょ? 私の味方になってくれなきゃ意味が無いじゃん! 待ちなさいよ!
......うん。今の子達がちょっと変なだけだ。そうに決まってる。私は気分を入れ替え、また別の子を探して同じ事を繰り返した。だって桜子と幸助が大学に来るまでしか時間が無かったから、私も必死だったのよ。
その結果。毎日話すたびに悪態を吐かれ、どんどん孤立して行ったわ。良かったのは話が広がるのが早かった事だけ。挙句、変なあだ名までつけられたのよ。ほら。また言われた。
「ねぇ。アレが懺悔ちゃん?」 「だね。近寄っちゃ駄目」
「今日は懺悔しないの?」 「私、騙されたの〜ってか?」
私が話せば話すほど、私の周囲から人が離れて行く。誰も私に同情してくれない。何でなの? 私は正直に話したのに。少しだけ想像の話もいれたけど、それぐらい問題ないはず。なのに聞いてもらう為に必死に頭を下げたら、あんな悪口を言われる始末。一体私は何を間違ったんだろ? どう考えてみても、私には自分の悪い部分が分からなかった。
それから暫くして、桜子が大学へやって来た。私は見つからない様に観察したわ。そうしたら私と同じ様に誰も相手にされていなかった。そう。これが見たかったのよ。私を騙して、私からハジメを奪った桜子を許さない。もうどれだけ嘘を言っても、誰も桜子を信じないわ。アハハ。
でもね。桜子は図太い。これだけ嫌われていても、平気な顔をして大学に来れるんだもん。私はハジメにも反省してる姿を見せないといけないから、我慢して通ってるのに。でも良いわ。私の作戦は成功したんだから。
......おかしい。何時まで経ってもハジメが来ない。学部の方へ何度も見に行ったけど、一度も姿が見えないの。もしかして身体を壊した? ハジメは辛いとか言わないし、無理したのかしら? 心配だわ。早く良くなって大学に来てね。そうしたら分かる。もう誰も貴方の事を悪く言わないって。
でもあの2人がハジメに何かするかも? そう考えて私は桜子と幸助を観察し続けた。ハジメに逆恨みでもされたら困るしね。
すると大勢に囲まれて罵詈雑言を浴びせられる桜子を見た。相変わらず何を言われても態度を崩さない悪魔。少し怖い。それを楽しそうに影から見る幸助。ついこの前まで彼女だった桜子を、庇う事もしない。きっと自分さえ良ければ良いのね。私は何であんな男に......。
でもその後で、幸助も同じ集団に囲まれてたけどね。得意気にペラペラと嫌らしい顔で話す姿は、気持ち悪いとしか思えなかった。私もあんな目で見られていたのかしら? もしそうなら、私もおかしくなってたのね。見られている清楚な感じの女の子の顔が、凄く引き攣っているもの。でもそんな幸助も集団から罵詈雑言をぶつけてられていたわ。きっと都合の良い話をして嘘がバレたんだと思う。私も参加したかったなぁ。
その数日後、今度は見覚えのある女の子が、桜子に凄い勢いで突っかかってた。うわぁ。桜子が何か言ったらキツい一発を貰ってたわ。かなり痛そうだったけど、自業自得よね。太々しい態度を取る桜子が悪い。それを見て私の心も少しだけ晴れたわ。
あれ? もう1人の女の子は、この前の集団に居たよね? 私が見覚えのある子も知り合い? あの子って何処で見たんだろ。気のせいなのかなぁ。
それから暫く経ってその事を忘れかけていた頃、私の前に、桜子をビンタした女の子がやって来た。来るなり凄い勢いで謝り始める。
「ごめんなさい。謝って許されると思ってないけど、本当にごめんなさい!」
何度も謝られるんだけど、私にはその理由が分からない。どう言う事なのかしら? もしかしてまだ私が桜子の友達だと思ってる? それか私への嫌がらせかな。でも目の前の女の子は真剣だ。だから詳しく事情を聞く事にしたのよ。休み明けからずっと1人だったし、誰かと話かったんだけどね。
そして思い出したの。目の前の女の子にハジメが笑顔を向けていた時の事をね。でも話を聞いたら私の勘違いだったわ。まさか桜子がそこまでしてたなんて、考えた事も無かったから。しかもその後の何回も見た嫌な光景が、全部そうだったなんて......。
もう情けなかったよ。ハジメはその度にちゃんと否定してくれていた。悪くないのに何回も頭を下げて謝ってくれてたよね。何で私はそんなハジメを信じられなかったんだろう。ずっとハジメは私を見ていてくれたのに。
私は過去からの事を思い出し、その子、小春の前で涙を流し続けた。長い間何時も側にいてくれて、ずっと私を嫌いにならないで居てくれたハジメ。家での鬱憤をぶつける私の話を、否定せずに聞いてくれたハジメ。困っていたらすぐに手を差し伸べてくれたハジメ。なのに私がそんなハジメを信じずに、自分からハジメを否定したんだ。
それなのに騙された? 馬鹿だ私。また自分の事しか考えてなかった。ハジメの気持ちを考えてなかったんだよね。だから居なくなっちゃったんだ。ああ。全部自分で壊してしまったんだ......私。
そんな私の独白を小春はずっと聞いてくれた。もう私は誰かに優しくされる人間じゃないのに。何も言わずに居てくれる小春は、ハジメと似ている様な気がしたよ。もういっぱい泣きすぎて汚い顔をしている私に優しい小春。今日だけは少しだけ甘えさせて欲しい。
そんな事があってから、私は小春と一緒にいる事が多くなった。でも小春から嫌な話も聞いたよ。小春がハジメの家に行ったらしい。そこで今回の件もハジメのお母さんに話したと聞いた。そんな話を聞いたら私は絶対に許して貰えないだろう。いや。許せるはずがない。
「もうこんな私なんて消えた方が良いよね。ハジメの前から」
「そこまで思えるなら、近藤君の為にやれる事があるよ。これは真希さんにとっても、悪い話じゃない。どうする?」
落ち込んで自分の気持ちを吐き出す私に、小春はそう言ってある提案をして来たの。その話をしながら小春に言われた方向に目を向けると、そこに私達を遠巻きに伺う幸助が居た。アイツ。何を考えているのかしら? 怒りを感じだ私は小春の提案を受けたわ。大好きなハジメの為になるなら、何でもやるんだ。例えハジメに許されなくても。
それからの私はデジカメを隠し持ち、私達を観察する幸助を撮影し続けた。相変わらず気持ち悪い視線を向ける姿をね。それを日々撮り溜めしながら、小春と打ち合わせも続ける毎日。私達を観察していない時の幸助の行動も知ったよ。
アイツ気持ち悪い。常に女の子を観察して嫌らしい笑いを浮かべているのよ。吐き気がする。
そんな報告を小春にするんだけど、聞いた小春の反応は薄かったわ。会う事が多くなって気づいたんだけど、感情が全く見えてこないのよね。何だろう? 人形の様に感じる。不意にゾクってする表情も見せるんだけどね。怖い感じの。
それと小春もハジメの家に行ったせいで、仲間はずれにされてるって聞いた。もしかしたらそれでショックを受けたのかしらね。でも小春本人はハジメの家に行った事を周囲に言ってないらしいの。一体、何処から伝わったのかしらね。気になるけど今はやる事に集中しなきゃ。
私は幸助の行動をずっと観察してたんだけど、アイツどんどんやる事が大胆になってきた。狙いは小春の友人だった小百合さんみたいだったけど、何故か私達にも近づこうとして来たのよ!
かなり焦っただけどさ。その時に助けてくれる人がいたのよね。自然な感じだったけど、とてもありがたかった。
私はそんな事があった後も、幸助の観察を辞めない。そしたらさ。何と小春の後をつけてたのよ! もう完全にストーカー。でもね。その日は辛かった。だって小春が向かったのは......私が二度と行けない場所だったから。
幸助が平気な顔してるのが信じられなかったわ。でもしっかりとその姿もカメラで押さえた。待ってなさい。アンタも罰を受けるべきなんだから。
その後も幸助は執拗に小春の後をつけてたわ。まぁ小春は自宅を知られない様に上手く撒いてたけど。大学内では相変わらず、私達に近づこうとしてたけどね。その度に周囲が助けてくれた。何でだろ? 私も小春も嫌われているのにね。
幸助は何時までもしつこいんだよ。今は視線を向けられるだけでも気持ちが悪い。だから自分が一度でも気持ちを寄せた事実に、向かいあえなかったわ。認めたくなかったんだと思う。
そう言えば最近、桜子の姿を見なくなった。避けられたり悪態を吐かれたりすれば、自然と皆が注目するんだよね。だから姿が見えない事はすぐに分かった。それを幸助も気付き桜子の家にまで見に行っていたよ。
私も驚いたんだけど、桜子は引っ越していた。関係がなくなればこんなものなのね。いつ居なくなったのかも気づけなかった。あれだけ長く一緒に居たのにね。私もきっとハジメから......。
それから数日後。私は自宅の最寄り駅に居た。今日は小春がハジメの家に向かう日だ。こんな形でしか近寄れない場所だけど、遠くからでも見たかったんだよ。
今は午前10時前。
「え⁉︎ 嘘⁉︎ 幸助⁉︎」
予想外の事に私は焦ったが、何とか身を隠す事に成功。常に持ち歩いていたカメラを手に、幸助の撮影を開始した。幸助は到着した小春の後をつける、と考えていたんだけどね。その私の考えは否定されたわ。小春の姿を確認した途端に、幸助が走り始めたから。私はそれを追いながら撮影。そして小春へ電話を入れた。
『小春! 幸助が居たよ! 多分ハジメの家に先回りする! 私は幸助を追うから!』
「そう。じゃあ私が今から言うタイミングで警察に電話して。今日があの男の最後よ」
私は必死に小春の話を聞いた。流石に撮影した映像はブレブレだったと思う。でも暴走する幸助を地獄へ落とす為ならやるしかない。そしてその時は来た。
私が幸助に追いついたのは、アイツがハジメのマンション周辺に身を隠そうとしていた時。あれ? 今マンションから出てきてた? アイツ何かやったのかな? 私は桜子が来る時間を計算し、すぐに警察へ通報。大体10分程度で到着出来るみたい。これも小春に言われた通りだったわ。
それからはあっという間の出来事だった。小春が誰かに電話しながらマンションに入ったタイミングで幸助が動く。少し遅れて警察官が到着し、幸助は身柄を拘束されたわ。何故かマンションの管理人さんも出て来ていたわね。警察官に何か伝えてたし。その後、幸助はパトカーに乗せられて行ったわ。残った小春も事情を聞く為に警察署へ。私は少しの興奮と安堵で、その場にへたり込んでしまった。これで幸助への復讐は終わったのよね?
翌日、私はこれまで撮影した写真や動画を小春に全て渡したわ。何に使うのか分からないけど、小春から感謝され嬉しい気持ちでいっぱいだった。でもその日から小春は私に会いに来なくなったんだ。最初は学部が違うし仕方ないと思っていたんだよ。
でも私は見てしまったの。小春とハジメが仲良さそうに通学する姿を......。
私は隠れて会いたかったハジメの姿を目で追う。あの笑顔は何時も私に向けられていたのに。ハジメの隣には違う女性が居て、それは私の新しい友人。あはは。もう私の入る隙間は無いんだ。
立ち尽くす私を置いて遠ざかっていく2人。私はただそれを虚な目で眺めていた。
その時、小春が一瞬、振り向いた。まるで、私の存在に気づいていた様にこちらを見た小春は、勝ち誇った顔で笑ったの。
「そっか。そう言う事だったんだね」
事実を理解した私は、そう呟き崩れ落ちてしまった。