自業自得
Side:幸助
完全に失敗した。冷静に考えてみたら、あと1歩だったはずだろ? 何で俺は真希に拒絶されたんだ? あっちだってその気だったよな? あの後、部屋からも出てこねぇし。桜子は喋んねぇで無視するし。何なんだよ。3人で仲良くすりゃあ良いのに。何で全員失わないといけないんだよ!
チケットの関係で俺達3人は、同じ飛行機で帰って来た。但し、誰も喋らなかったけどな。来る時はあれ程盛り上がってたのに。訳わかんねぇよ。
「ああ。ダルいわ」
俺は自分の部屋で沖縄の出来事を再び思い出していた。何度考えても納得が出来ない。あの場面とタイミングなら、キスぐらいするだろうが! せっかくハジメから横取りが完了するはずだったのに。クソが。これじゃあ乗り換えた意味がねぇ。
まぁ真希も数日経ったら元に戻るかもしんねぇしな。駄目なら同じ様な状況をまた作れば良い。ヘタレのハジメは奪い返すとか考えねぇだろう。そうなると桜子に切れられたのが痛えな。アイツとは契約関係だったが、それなりに楽しめたし。そのおかげでハジメも必要が無くなったからな。
だが桜子と交友関係が被るから派手な行動が出来ねぇ。まぁ周囲の奴らは、俺達の嘘も見抜けねぇ阿呆ばっかりだしな。いっそ桜子の悪口でも広めるか? そしたら孤立して泣きついて来るかもな。その場合は再度契約してやらんでもない。
怒らせたら面倒だが、従順に従わせるのも悪くない。アハハ。休み明けが楽しみだぜ。
そして待ちに待った初講義。意気揚々と自宅を出て大学へ向かう。電車内で知り合いを見かけたから手を上げて挨拶したら、普通にスルーしやがった。俺が見間違えたのか? 気分は悪いがそれなら仕方ない。このぐらいの恥ぐらい何でもねぇ。
だが異変はそれだけじゃなかった。どいつもこいつも俺と目を合わさねぇ。何だこれ? ハジメじゃねぇぞ俺は? 俺の勘違いで無ければ、これは何か不味いな。そう考えた俺は、先ず桜子の行きそうなテラスへ行った。
「おいおい。マジかよ。アイツもか」
桜子の周りだけ人が居ない。少し面白くなった俺は、身を隠しながら暫く観察を決め込んだ。そしたらドンドン表情が無くなって行ったんだ。俺が何もしなくても孤立とか。今がチャンスか? いや待て。まだ決めつけるのは早い。どうすっかな。真希の方も見に行こうか? ん? 何処行くつもりだ?
今の状況に痺れを切らしたのか、桜子は移動を開始。方向的にはハジメの学部だろう。何するつもりか知らないが、どうなるのか見てみたい。そう思った俺は、桜子の後をつける事に決めた。
すると右手に金を握りしめて何か喋っていたんだ。
「遠すぎて聞こえねぇな。だがあれは例のバイト探しか?」
休暇前に桜子から聞いた事がある。何でもハジメの噂の信憑性を上げるために、金を握らせて使ったらしい。何人使ったかは知らねぇけど。またアレを使って何をするつもりなんだ? まさか期間限定のお友達になってください? だったら笑えるがな。桜子はそんな女じゃない。アイツは ドSのクズだしな。まぁ俺も変わらないが。
しかしまぁ。全く見向きもされねぇ。流石にちょっとだけ胸が痛む光景だな。相手の態度があからさますぎだ。契約が長かったから情が移ってしまうのも、しょうがないだろうよ。ほれ。早く誰か捕まえろ。
その1時間後、ようやく1人捕まえた。ったく。もう講義の時間になるぞ? 仕方ないから声掛けるか? なんて呑気に近寄っていたら、俺に気づかないほど真剣に話していた。聞こえて来る話は、真希が俺らの事を触れ回ってるって内容だった。それを聞いた俺は、素早くその場を離れて再び身を隠した。
「面倒な事になったな。何やってくれてるんだよ。真希」
俺は桜子より勉強は出来ないが、アイツより空気は読める。ここは自分から厄介事に首を突っ込まない方が良い。だから計画通り、暫く様子見て桜子に責任を擦りつければいいだろうな。よしよし。今日の俺は冴えてる。
その後、人が少なくなってから大学を後にし、翌日からはキャップを深く被り、普段は着ない服装で講義に出た。何人かにはバレてるみたいだが、元々俺から話しかけていたからな。向こうから来る可能性は低くかった。だから今の立ち回りは上手く行っている。普段の行いの差だよな。桜子。
その桜子もしっかり講義には出てる。相変わらず図太い神経してんなぁ。俺も見習いたいわ。ハブられる以外は。そんな感じで大学に来てたら、真希を発見。あらら。暴露したのにハブられんのかよ? 俺に泣きついて来るのもそろそろか?
またもふらふら近寄る俺だったが、直前で掻っ攫う1人の女。誰だよアイツ。見た事ねぇな。ん? 何で真希が頭下げられてんの? 訳わからん。駄目だな今日は。あの2人話し込んでるし。ここに居たら誰かに見つかるかも。面倒はごめんだ。
気にはなったが、俺はプラプラと大学内を歩いた。まだ帰るには早いしな。これだけ誰とも話さないと、大学も面白くねぇや。ハジメもこんな感じだったのか? なんてな。アイツ大学来てねぇらしいし。どんだけヘタレなんだか。今頃引きこもり満喫だろう。
「なんだそれ! このクズ女が!」 「うっざ。最低っ」
「頭おかしい女っているんだな」 「マジきもい」
なんだよ? ハジメの惨めな姿を想像して良い気分なのに。イラッとして声が聞こえる方へ行くと、大勢に囲まれた桜子が居た。アイツら俺らの取り巻きじゃん。なんだ? 事実を聞いて発狂か? ホントうぜぇな。お前らだって俺らと変わらんだろ。でもあの中に入る勇気は無いな。止める気も更々無いけど。基本スルーで。しかしあの先頭の女は、清楚系で良いかもな。ああ言う女も落としてみてぇ。
やっぱり大学生活を楽しまないとな。俺は見つからない様に姿を消した。
それから数日後、人の少ない場所で寝転がってたら、突然囲まれたんだ。もう完全に気を抜いてたから、逃げられなかった。だがまさかあっちから来てくれるとはねぇ。
「貴方が石井 幸助だよね。ちょっと良いかしら?」
「ああ。良いぜ。何か物騒だな〜。俺怖いっす」
「ふざけないでっ! 貴方がやった事、ここに居る全員が知ってるのよ。もう逃げ隠れしないで、洗いざらい話してもらうよ。どうせ嘘をつくつもりでしょうけど、あまりなめないでね。どうなっても知らないよ?」
「なんだよ。脅しか? 清楚なのは見た目だけかよ。まぁ良い。話してやるよ。お前らを巻き込んだ反吐が出る話をな」
そこで俺は家で考えたストーリーを、話して聞かせてやった。真実8割、嘘が2割でな。勿論、俺は仕方なく協力したって感じで。ちょちょっとお涙頂戴も入れたら......。
何でだよ! 話の途中から凄まじい罵詈雑言を吐かれた。まさか桜子の奴、マジで全部話したのか? 嘘だろぉ! ちっとは自分の身を守りやがれ!
「真性のクズだな」 「同じ空気も吸いたくねぇ」
「女に責任を被せるって、どんな汚物なの?」
「もう消えてなくなれよ? ダセエ俺様気取り? キモッ」
そいつらが居なくなった後、桜子が憎くて仕方なかった。だが俺を一方的に悪者にしてねぇって事は、実は俺に気があるのかもな。ツンデレってやつか? なら今回は許してやっても良い。だがその前にあの清楚系女の顔を歪ませてみてぇ。何か良い手はないか?
そんな事があってから数日後。思っても見ないタイミングで、俺にチャンスが回ってくる。たまたま発見した桜子が、また何か言われてた。おいおい。あそこに居るの真希と会ってた女じゃね? それにこの前の清楚系女もいる。アハハ。これは使えるかもな。真希ネタであっちの冴えない女に近づいて、本命の清楚系女を落とすってか?
そんな事を考えてたら、桜子が思いっきりビンタされてた。あらら。またどうせ桜子が煽ったんだろう。桜子って男も女も気に入らない奴は、ノリノリで煽るからなぁ。俺も少しだけ苦労したぜ。外面は抜群の癖によぉ。何も知らない男がアレを知ったら、女に幻滅するかもな。俺はそれも悪くなかったけど。
この日から真希と会っていた女に近づく為に、色々と動き回っていた。それで分かったのは、何か単独行動したみたいでな。俺らほどじゃないが、学部の中でも浮いてるらしい。そのせいか? 清楚系女が近くにいない。物理的な意味でな。しかし清楚系女の方は、交友関係が広すぎんだろ。何処を歩いてても、周りに人が寄ってきやがる。これなら本人さえ落とせば、俺の悪評も減るかもしれん。
俺はいつ来るか分からないチャンスを待ちながら、2人の女の動向を探っていたんだ。すると真希と例の女、小春だっけ? がかなり頻繁に会っている事が分かった。毎回の様に長い時間、テラスで何を話してるんだ? その割には楽しそうには見えん。どちらかと言えば、深刻な感じだな。こんな事なら清楚系女、小百合を愛でてる方がマシだろ。
この頃から大学内で桜子を見かけなくなった。急に消えたと言ってもいい。だから一回自宅を見に行ったら、何と引っ越してやんの。最寄り駅も変わったのか、駅でも姿を見なくなった。何だ? アイツまさか大学辞めてねぇよな? それをされたら、俺にとばっちり来るだろ? 勘弁してくれ。
俺のそんな予感は、バッチリ的中した。以前は遠巻きに見てるだけだった奴らが、あからさまに態度を変えやがったんだ。もう何処を歩いても悪態を吐かれる。ちょうど良いと思ってテラスに座れば、俺の席を中心に囲む様に座ってさ。邪魔だと言わんばかりに、陰口が聞こえて来る。流石に俺も我慢の限界だったが、多勢相手には分が悪い。
こうなったら真希達を巻き込もうと向かうと、関係ない外野が近づくのを阻止しやがる。鬱陶しくて仕方ない。それでも負けん気だけで大学に行ってたが、ストレスで狂いそうだったから家に帰ろうとした訳さ。そしたら自宅のある駅で、小春って女を発見した。まさか同じ駅だとは思わなかったから、テンションが上がって後をつけたんだ。家を抑えといたら、逃げても捕まえられるしな。
だが歩き始めて気づいた。あれ? これってハジメの家方面だなってな。嫌な予感がしたが、ここまで来たら目的を果たそうと考えた。しかし俺の予感は的中。何でだよ。何でこの女までハジメを知ってるんだ? まさか真希か? アイツらよりを戻した? ......いや。それなら大学に来てない理由がねぇ。
俺は小春がマンションに入った事を確認し踵を返した。この時の俺は全く周囲に目が行ってなかったんだ。それを後々後悔する事になる。
それから数日間、俺は何度も小春の後をつけた。あの日たまたまの可能性もあったしな。すると毎日と言う訳ではないが、数日置きにハジメの家へ通っている事が分かった。小春の自宅は俺の最寄り駅とは逆方面。自宅はまだ確認出来てない。まぁそれはいずれ確認するとして。
小春はもう当たり前の様に、ハジメのマンションへ入って行く感じだ。とりあえず携帯で写メ撮ったし、コレを真希に見せたら俺に靡くかもな。真希はまだハジメに未練があるだろうし。小百合を落とすより簡単だろ? あの女は周囲のガードが高いからな。そう考えたら最近沈んでいたテンションも上がる。どうせなら、小春も奪うか。
「俺マジで冴えてるな。真希に続き小春を失うハジメちゃん。クッソウケる」
次の日から俺は小春と接触を試みる様になる。だがやはり大学内では邪魔が入る。まるで俺の動きを監視してるみたいにタイミングよく、余計な奴が現れやがる。そうでなくても居心地悪いのに、どうすれば良いんだ? やっぱりチャンスは帰りだろうな。俺はそう切り替え、駅で待ち構える事にした。しかし......上手いこと撒かれる。乗る電車は分かるんだが、どうしても乗客に邪魔されるんだよ。
そこで俺は考えた。誰にも邪魔されない場所で、尚且つハジメの惨めな顔が見れる? あるじゃん! 最高の場所が! そうなると次にあそこへ向かうのは、明後日のはず。小春のやつは決まった曜日にハジメのマンションへ行くからな。アハハ。楽しみだなぁ。今度は俺が見てやるよ。お前の絶望した顔を。
2日後。俺は朝早くから最寄り駅で待機した。時刻は午前10時。来た来た。俺は小春の姿を確認し、すぐにハジメのマンションへ先回り。時間を合わせるようにインターフォンを鳴らす。ここに来るのも久しぶりだが、今日はどんな顔をするんだ? ヘタレのハジメ君。
ビンポーン!
「な、何しに来やがった。もうお前と話す事は無い。謝罪も必要ないから帰れ!」
アハハ! 今の声最高! 震えてんじゃん! でも俺はお前の絶望の嘆きが聞きたい。なら次に行かないとな。俺は素早くマンションから離れて物陰に隠れた。さぁ早く来いよ小春ちゃん。君が居ないとハジメの絶望が見れないよ?
はやる気持を抑えながら待つ事数分。携帯電話を手にして歩いて来る小春を発見。さぁ。後はタイミングだけだ。狙うのはインターフォンを押す時。ちょうどカメラに俺の顔を映さないとな。
今だ! 俺はタイミングを測り、小春の背後へ走った。
「きゃあああ! 痴漢よ! 誰か助けてぇええ!」
「お、おい! 静かにしろって!」
小春が突然叫び声を上げたので、俺はパニックになり口を塞ごうと後から手を伸ばした。その時だった。
「貴様! 何をしている!」
もうあっと言う間に飛び込んで来た警察官に取り押さえられ、パトカーへ連行。そこで色々と聞かれるんだが、俺にも後ろめたい事実があるので上手く言い訳が出来なかった。そして俺の乗るパトカーに他の警察官が来たら、状況は一変したんだ。
「10時17分。傷害と暴行の現行犯逮捕!」
慌てて否定する俺だったが、暴れる俺は警察官に抑えられながら手錠をはめられた。そして警察署に連行。厳しい取り調べを受けた。逮捕された1番の理由は俺の直前の動きが、マンションの防犯カメラに映っていた事だ。もう怪しさ満開で、否定しようがない。
更に小春からストーカーの被害届けまで出されたんだ。何でもここ数週間の画像付きの記録まであるらしい。そんな物をいつの間に撮られたのか分からない。しかも俺の携帯からも小春の隠し撮りまで出てきたら、否定する気力も無くなったよ。もう他人のせいには出来ない。
結果的に俺の罪は、傷害、暴行罪とストーカー規制法違反となった。本来なら72時間以内に私選弁護士を雇うべきなのだが、生憎父親は連絡がつかなかったらしい。この間は例え家族でも連絡が出来ないそうだ。
その後、俺は10日間釈放されなかった。この被疑者勾留期間中は,外部と自由に連絡を取ることはできず,取調室という密室の中で連日の取調べを受けることになるから、かなり過酷な期間だったよ。同じ質問を何回もされるんだ。気が狂いそうにもなる。
更に最悪だったのが、この事が大学に知れ渡っていた事。逮捕の理由が理由だけに、退学は免れないそうだ。この事で完全に父親や祖父母にも拒絶され、一旦地方の親戚宅へ監視名目で向かう事に決まった。ストーカー行為により接見禁止命令が出ていたから拒否はできないんだ。既に住み込みで働く場所も決まっているそう。保釈に必要だったお金と賠償金の支払いを父親が出してくれたんだが、それを俺の給与から強制的に差し引くと言われたよ。
「他人に依存し奪う事でしか幸福を感じない事は、異常であると自覚して来い」
これが父親から最後にかけられた、俺に対する愛情のある言葉だったよ。