悪役令嬢の献身(なろう版)
4月19日。5月13日修正しました。
ムーンにもBL枠で先に挙げてあります。
本当に何でも良い方。
気分を害する可能性もあります。
寝取り?
TS?
上記の言葉に地雷がある方は、止めた方が良いかも。
「リリアーヌ。リリ、愛している。」
端正な顔立ちの、美しい男が愛を囁く。
この国、アベンチュリン王国の王太子レオンハルトだ。
「私もよ。レオン。」
愛らしい顔立ちの女が応える。
この国の王太子妃リリアーヌ。
二人は豪奢な寝台の上で抱きしめ合っていた。
見つめ合い、何度も口づけを交わし、睦言を囁き合う。
王立学園で出会い、身分違いの苦難を乗り越え、真実の愛を貫き通した二人。
影で身分違いと誹られることもあるが、今、この場では誰も二人を責める者はいない。
「久しぶりに、君とこうやって過ごせる。」
「私もぉ、嬉しいっ。一週間ぶりかしら?」
更にヒッシと抱きしめ合う二人。
お互いに会えなかった時間を埋め合わせるように密着する。
そのまま二人は愛を確かめようとして・・・。
男の手が唐突に止まった。
「あの、・・・ごめん。」
しばらくして、気まずそうな男の声。
「・・いいの。疲れているのよ。」
慰める女の声。
「本当にごめん。」
「気にしないでってば。」
「こんなはずじゃ無いんだ。」
男は項垂れている。
二人は思い合っているのに、身体が反応しないのだ。
「レオンは頑張りすぎよ。忙しすぎて、疲れすぎているのよ。」
「お父様の仕事までしてるし。」
「緊張ばっかりで休まらないのよ。」
こういう場合、女が慰めれば慰めるほど男は惨めになるものだが、女は気づかないようだ。男は俯いたまま顔も上げられない。
「私も、公務で疲れちゃったの。」
男の俯きを、どう捉えたのか、女のわざとらしい程、明るい声が部屋に響く。
「ね・・・ねぇ、寝ましょう。明日も忙しいんだもの。酷いのよ。私のスケジュール。」
女は話を変えた。
口を尖らせながら、如何にスケジュールが詰まっているのかを語り始める女に、
「すまない。君と、子供を。」
呻くように男は言った。
女は一瞬黙り込んだ。
二人には必要だった。
地位を安定させる、愛の結晶が。
女は軽く頭を振った。
「言わないで。大丈夫。焦ってないわ。ね。もう寝ましょう?私、レオンと一緒にいられるだけで幸せなの。最近忙しくってすれ違いだったし、お話も出来なかったから。お話沢山したいわ。!
「あぁ、そうだな。久しぶりにリリと話がしたい。」
男が気を持ち直したように少し顔を上げた。
その時だった、水を差すようにノックの音が響いた。
「殿下、お休みの所、申し訳ありません。」
ドア外より声がする。
「何だ?」
男が苛立たしげに問う。
「少々宜しいでしょうか?」
「夫婦の時間だぞ。」
男は突っぱねようとした。
「ご公務様からお越し頂きたいと伝言を承りました。」
「あの女から・・。」
女の顔も一瞬強ばる。
さっきまでの愛らしい顔が台無しだ。
「お断りしましょうか?」
伺いを立てる、ドア外の声に、
「行って頂戴。そうしないと・・ね。私は大丈夫。」
強ばった顔に精一杯笑みを浮かべて女は言った。
「・・・・わかった。今、行く。」
固い声で男が応える。
「リリ、ごめんね。一緒にいられなくて。」
「大丈夫。寂しいけど我慢する。今は仕事を一番に頑張らないと。私も頑張るから。早く一緒に過ごせる時間が作れるように。ねっ。」
健気で可愛い表情を浮かべるリリアーヌ。
どこまでも前向きだ。
「すまない。」
男は謝罪した。
「謝らないで!次謝ったら怒っちゃうから!」
両手を腰に当てて頬を膨らませる仕草を見て、男は顔を歪みそうになる顔を堪えて部屋を出た。
夫婦の寝室を挟んで、それぞれの部屋がある。
隣は男の部屋だ。
先ほど声をかけた侍従が控えていた。
「あいつは、何だって?」
イライラを隠さずに男は言う。
「お部屋でお待ちです。」
侍従は事務的に答えた。
先ほど遠慮がちに声をかけてきた態度は無い。
どころか、
「ご一緒致しましょう。ご準備は宜しいでしょうか?」
慇懃無礼に言われる。
「いらん!」
男、いやレオンは舌打ちして、服を着替えること無く上着を羽織ると部屋を出た。
怒りのままに足を進める。
夜も更けた城内。
特にレオンとリリが住むのは離宮だ。
二人の生活を邪魔されないように侍女や、侍従は少なく配備されている。
特に夜は。
案の定、誰にもすれ違わない。
廊下も所々、灯りが消えて暗くなっている。
「お待ちください。今ご案内します。」
先ほどの侍従がレオンの後を追いかけてきた。
手には灯りを持っている。
「そもそも鍵をお持ちではないのですから。お一人では行けませんよ。」
先導されて辿り着いたのは城の本館部分。
侍従が鍵を開け、重々しい戸を開けた。
戸を開けても、更に戸がある。
侍従は全部で三つの鍵を開けた。
廊下を歩き、奥へと進む。
突き当たった部屋の戸を開けた。
そこにはもう夜も更けたと言うのに数十人の人々が忙しく立ち動いていた。
手には書類を持ち、それぞれが声高に意見を述べ合っている。
そこに侍従が声をかけた。
「殿下のお渡りです。殿下のお渡りです。」
書類を手にした人々の手が一斉に止まる。
夜更けとは言え、残業している事務官達の前に寝間着姿で立ち尽くす王太子。
その視線は「休めていいですね。」とレオンを責めているように思えた。
レオンは気まずくなって目をそらした。
「どうぞ。こちらに。」
侍従が声をかけ事務官の間を通り抜ける。
一番、奥の戸をノックし開けた。
「どうしたの?新しい問題が起きたの?」
「ご公務様。殿下をご案内しました。」
二人の声が重なる。
「あら。そうなの。少しお待ちくださいな、殿下。」
女性は顔を上げる事無く、書類を見たまま答えた。
何とも不遜な態度だ。
だが、レオンは文句を飲み込んだ。
侍従に案内されて備え付けのソファーに腰掛ける。
豪奢さは無い。
機能的な部屋はいつ見ても書類塗れだ。
「この書類は差し戻して。」
「ハイ。」
横に立っている男、かつての同級生ロイドが書類を受け取った。
「あ、一緒にコレも。騎士団と、魔術師塔にも通達して。」
「ハイ。」
ロイドは、宰相子息だが、ここで秘書係として働いている。
「それでは行って参ります。」
「あっ、待って。後、皆に今日の業務は終わりと伝えて。”夜勤以外は帰るように。”と」
「ハイ。承知しました。」
「お疲れ様。」
「それでは失礼致します。」
書類を抱えてロイドは部屋を出て行く。
あのプライドの高い秀才が諾々と憎い女の言うなり。
それは、男を苦々しい気持ちにさせた。
途中、レオンとロイドは目線を合わせたが軽く会釈されただけで、特に会話も無かった。
かつての学友。
かつての悪友でもある。
あの才気溢れる友人の腑抜けた後ろ姿をレオンはただ見送ることしか出来なかった。
「さて、お待たせしましたわね。」
言いながらも机の上を片付けている女性は中々立とうとしない。
焦れたレオンが立ちあがった。
「いい加減にしろ!用件は何だ。」
女性はようやく手を止めてレオンを見た。
美しい銀髪は無造作に無造作に一つに纏められている。
化粧っ気の無い顔。
それでもその美しさは損なわれていない。
瞳はアメジスト。
唇もどこか妖艶な紫がかったピンク。
そして、ツンとつり上がった瞳。
元々華やかな顔立ちなのだ。
子供の頃からそうだった。
嫌な記憶が蘇りそうになって男は唇を噛みしめた。
「あら、おわかりになりませんの?」
困ったような問いかけ。
「時間が無い。」
「左様でございますか。」
乱暴に言っても女は丁寧に答える。
そういう所も男の癪に障った。
先ほど手早く書類を整理していた動作に反して、女はゆっくりと立ち上がり、レオンに向かいあった。
身につけている物は事務員の制服だが、デザインだけが同じ別物だ。
最高級の生地で仕立てられているのが一目でわかる。
誰かが女の為に用立てたのだろう。
そう考えると男の腹立たしい気持ちが更に増す。
「王太子殿下はご不調だとか。」
女の言葉にピクリとレオンの眉が動いた。
閨の事を嫌いな相手に指摘されるのは何よりも腹立たしい。
「私で宜しければお役に立てるかと存じますわ。」
そう告げると、優雅に膝を折った。
美しい、完璧なカーテシー。
ワンピースでも、所作の美しさは際立つ。
その姿は間違いなく、曾てのレオンの婚約者。
完璧令嬢と謳われたヴィオレット・ドロワ・ギュノス公爵令嬢の物だった。
ギュノス家の歴史は、初代王の弟が臣籍に下ったことから始まる。
それから代々、重臣として国に貢献し、王妃を輩出し、時には王女を妻として血を繋いできた。
時に、後ろ盾が無い王太子の後見。
時に、受け入れ先が無い王女の降嫁先。
時流によって様々な役割を果たしながら、主流が万が一断絶した際の保険の保険として、王家の次に濃い血を繋いできた。
今代のギュノス家は後見役を務めるはずだった。
男、王太子レオンは、側妃腹の第二王子。
正妃腹の第一王子はいたが病弱であった。
いらぬ政争を招かぬようにと年頃の合うヴィオレットがレオンの婚約者と定められたのは、本人達の意志すら芽生えぬ赤子の頃。
赤子の頃はいざ知らず、物心ついてからレオンはヴィオレットを毛嫌いするようになった。
弁護するとレオンにはヴィオレットを受け入れられない事情はあった。
ヴィオレットがレオンより優れすぎていたのだ。
レオンが愚鈍で無いのも不幸だった。
才の違いを理解し、打ちのめされてしまったのだ。
ヴィオレットは天才だった。
一を聞けば十を理解する。
それ以上を理解する。
講師は皆ヴィオレットを賞賛した。
素晴らしい王妃となられると。
賢妃として国は栄えるだろう。
口を揃えて賞賛した。
ただ人は完璧ならざる者。
ヴィオレットにも欠点があった。
ヴィオレットは人の気持ちがわからない。
共感能力が皆無だった。
努力するレオンに
「どうして出来ないのか?」
と、真顔で言ってしまう。
ある時は剣技の試合で負けたレオンに
「何故負けたのか?」
と、真顔で問うてしまった事すらあった。
問われたレオンは顔を強ばらせ、次に真っ赤になって走り去った。
周囲は頭を抱えた。
レオンだって歴代王子のレベルからすれば優秀な方だ。
努力も惜しまない。
性格も温厚だ。
怒鳴り散らしたいような場面でも、言葉を飲み込む事が出来る。
ヴィオレットと比較されて、全てを投げ出したかったろうに、地道に努力を続けていた。
だが、ヴィオレットはそれがわからなかった。
王太子としてのプライドも。
勉学も。
魔術の才も。
体格差がそれ程無い子供の頃は剣技でも、ヴィオレットは全てでレオンを粉砕してしまった。
レオンのプライドをだ。
更にはレオンの学友達もへし折ってしまった。
秀才の宰相の息子も。
魔術師の息子も。
騎士団長の息子も。
皆ヴィオレットに適わなかった。
このままでは天才に誰もついていけないのでは。
大人が危惧したある日。
ヴィオレットが10歳になった時だ。
突然、ヴィオレットは倒れた。
そして、目覚めたヴィオレットは変わった。
今までが何だったのかと思うほどに、慈愛の心に目覚めたのだ。
そして、以前の非礼をレオンに詫びた。
更には、レオンへの好意を表に出すようになった。
全力でレオンへの思慕を表現するヴィオレットをレオンは気持ち悪く思った。
今までで充分ヴィオレットのことが嫌いになっていたのだ。
ヴィオレットがどう立ち回っても、子供心に根付いたコンプレックスが覆されることは無かった。
レオンはヴィオレットを心底嫌い、ギュノス家後ろ盾が必要である事を理解しながらも、何とか婚約破棄が出来ないかと画策した。
ヴィオレットを無視し、贈り物も一切しない等の子供じみた嫌がらせもした。
見かねた周囲の大人が贈り物を用意するなどフォローしていたが、余りにも目に余るとギュノス家から抗議すら来た。
レオンは”急に態度が変わったヴィオレットを見定める為に離れている。”等と言って今までのヴィオレットの非礼を指摘仕返した。
さすがにギュノス家も思うところはあったのだろう。
やんわりと抗議する程度で収めてしまった。
成長するにつれ、レオンは、ギュノス家の後ろ盾が無くてもやっていけるようにと行動を始めた。
勉学やその他の事に真面目に取り組み、後ろ盾となってくれそうな人を探して社交に力を入れる。
肝心のレオンがそんな様子と見て、新たな婚約者候補として様々な女性がレオンを取り巻いた。
だが、レオンはヴィオレットの事があって女性が苦手だった。
急に馴れ馴れしく近寄ってくる女性の事も苦々しく思っていた。
それを表に出すほど愚かでは無かったレオンは、さり気なく女性をあしらう術を身につけていった。
皮肉な事に、ヴィオレットと過ごしてきたレオンは人の心の機微に敏感になっていた。
どのように言えば人は傷つくのか。
どんな風に声をかけて欲しいのか、しっかりと実体験済みで、いやというほど身に染みていた。
今までの経験が役に立ったのだ。
それはレオンの武器ともなった。
女性に好かれる立ち居振る舞いも身につけた努力家で秀才の王太子としてレオンは人気者になった。
15歳で王立学園に入り、身分の垣根無く生徒達と触れあう中、レオンは運命的な出会いを果たした。
男爵令嬢リリアーヌだ。
リリアーヌは平民として市井で暮らしていたが、数年前に聖なる力に目覚めた事で貴族の血を引いていることが判明した。
貴族としての教育を受けていないリリアーヌは天真爛漫で、裏表が無く、一緒にいると安らぎをレオンに与えた。
レオンはリリアーヌに夢中になった。
リリアーヌも、レオンに思いを返してくれた。
優しいリリアーヌはレオンの学友達、宰相の息子や魔術師長の息子達の心も解きほぐしてくれた。
屈託無く、大口を開けて皆で心の底から笑える。
レオンにとって初めての幸せな時間。
青春時代を過ごせたのだ。
だがそれには終わりがあった。
学園卒業と共にレオンは一生徒では無く王太子に戻らなくてはならない。
あのヴィオレットと結婚しなくてはならない。
それはレオンにとって耐えられない事だった。
学園でもヴィオレットは事ある毎にリリアーヌに苦言を呈してきた。
レオンにしてみれば子供時代を思い出すような行動だ。
やっぱりヴィオレットの本質は変わっていない。
そんな奴と人生を共に歩むなんて有り得ない。
思い詰めたレオンは策を弄した。
学友と共に。
子供の頃からの、ヴィオレットの被害者の会だ。
全員で力を合わせて、根回しをし、
そして、学園の卒業パーティでヴィオレットを断罪した。
貴重な聖なる力を持つ、リリアーヌを害した存在として。
そして、婚約破棄を突きつけた。
ヴィオレットは何も言わずに婚約破棄を受け入れた。
連行されていくヴィオレットの背を見てレオンはこれ以上無く清々していた。
これで、厄介者がいなくなった。
そう思っていたのだ。
空いた婚約者の席にはそのままリリアーヌが入れば良い。
そう思える程に、他貴族家への根回しは出来ていたつもりあった。
案の定、ギュノス家からは抗議は無く、ヴィオレットを謹慎させたと報告が来た。
親達からも何も文句を言われなかった。
それで、この後は全て上手くいくと思ってしまったのだ。
だが、現実はそう簡単にいかなかった。
リリアーヌは天真爛漫さが魅力だ。
生来の正直さが貴族社会では通用しなかった。
立ち居振る舞いも貴族らしくない。
知識も足らない。
半年教育しても、全く進捗が見えない。
教育係から匙を投げられてしまった。
父王からも、結婚は認められないと言われてしまった。
だがレオンもリリアーヌ以外と婚姻を結びたくない。
反する主張を取り持ったのは宰相・魔術師長・騎士団長達だった。
リリアーヌを正妃とし、謹慎させたヴィオレットを側妃とすれば良い。
ヴィオレットに王妃の仕事をさせ、リリアーヌは慰問や出来る事をさせれば良い。
それ以外は無理だろうと。
受け入れられない提案だったが、期限は迫っていた。
ヴィオレットと上げる予定で結婚式の日程が組まれていたのだ。
悩むレオンに対しリリアーヌは、あっさりとヴィオレットの側妃話を受け入れた。
ヴィオレットは側妃とするが表には出ない。
事務室や決まった所以外の出入りを禁ずる。
呼称も名前では無く、公務をこなす役職名でのみ呼ばれる。
側室としての支度金、諸経費は支給されない。
などヴィオレットに屈辱的な内容ばかり組み込まれていたからだ。
リリアーヌが受け入れた事で、レオンは無事結婚式を挙げられた。
華々しい式典が上げられた影で、ヴィオレットは書類一枚で側妃に任ぜられた。
鞄一つでこっそりと王宮に入ったと言う報告をレオンとリリアーヌは全く気にしなかった。
お互いしか見えていなかったのだから。
これから蜜月。
と、思っていた二人に容赦なく現実は襲いかかった。
結婚式の晩餐館で、父王から結婚生活に条件をつけることを宣言されてしまった。
二人の仲を深めるよりも、公務を優先すること。
二人は納得できなかった。
こっそりと父王に確認したレオンに齎されたのは
ギュノス家から抗議がきたという事実。
形とは言え謹慎を解かれ、側妃となったからか今までしなかった抗議というか要望してきた。
”ヴィオレットという、将来を嘱望されつつも、情緒の欠如から将来を危惧されてもいた高位令嬢の未来を奪った贖罪を要求する”
と。
贖罪はヴィオレットにでは無い。
ギュノス家にでもない。
国民に還元する形で示して欲しいと言ってきたのだ。
ヴィオレットはレオンの正妃として国を盛り立てていくために生きてきた。
天才と言われながらも奢る事無く研鑽を積んできた。
王太子妃となったら、直ぐさま行いたい福祉施策も計画していた。
謹慎していた期間でどれ程の事が為しえたか。
どれ程の民が救われたか。
損失は測りかねるが、ヴィオレットは名ばかり側妃と言う王妃の黒子として、ようやくその手腕を振るう機会を得る事が出来た。
二人には、黒子がお膳立てした公務をしっかりと弱音を吐くこと無くこなして欲しい。
それが贖罪となる。
と。
ギュノス家からの要望を二人は許諾した。
断る理由など無かった。
契約内容にヴィオレットがやる気を無くす心配はあれど、手を尽くすと言われれば二人にとって望ましい事だった。
性格はともかく、完璧令嬢としてのヴィオレットの手腕はわかっている。
二人の返答を受けて、ヴィオレットからは
礼と、精一杯務める旨のメッセージが届いた。
メッセンジャーは
”愛しいレオン様のお役に立てるのであれば喜んで”
と、仰ってました。
等と余計な事まで付け足してきたが、レオンはソレは無視した。
だが無視出来たのはそこまでだった。
メッセージと共に渡された、王太子夫妻のスケジュール表を見てレオンとリリアーヌは真っ青になった。
恐ろしいハードスケジュール。
何処をどうしたら、こんな事が組めるのか。
二人は驚愕した。
一つ一つのイベントに対しての資料は山盛りだった。
準備の段取り。
全てが事細かく、完璧に行き届いた計画が組まれている。
それもそうだろう。
二人が結婚式、パレード、晩餐会、祝賀パーティ、笑ってダンスをこなしている間にヴィオレットはどんどんと書類を作っていたのだ。
休むこと無く。
たしかにそれをこなせば国民受けは良いだろう。
ただ二人の蜜月・・甘い時間はほぼ過ごせない。
しかし、二人はそれを受け入れるしかなかった。
既にギュノス家には返答をしてしまった。
更には、膨大な書類の一番上には、王太子夫妻に悪印象を持つ貴族のリストが載せられていた。
これらのイベントを順番を違わずに行うことで各貴族の不満を和らげ、牽制ともなるだろう。どのイベントもキャンセルすることはできない。
レオンは即座に理解した。
コレをこなす以外の道は無いと。
理解できないらしいリリアーヌは怒っていたが、レオンはリリアーヌを宥めることしかできなかった。
ヴィオレットを怒り、罰すれば一番最初に自分の首が絞まると言うことが身に染みてわかっていたからだ。
”精一杯尽くす”の言葉通りヴィオレットは優秀な事務官で。
各イベントの挨拶文の草稿作成。
招待状や、贈り物の選定。
その他、細々とした事を難なくこなす上に、手が回らなくなってレオンの執務まで一部担ってくれたのだ。
レオンよりも的確に、レオンよりも早く処理してもらえる。
事務官の間ではヴィオレットの評判はうなぎ登りになり、いつの間にか、ヴィオレットは公務をこなす人”ご公務様”という訳のわからない名称で呼ばれるようになった。
お陰でレオンとリリアーヌへのプレッシャーが増しに増す。
全部お膳立てしてもらっているのに、これくらいこなせないのか。
完璧な原稿文を読むだけなのに、とちるのか。
と、いう無言の圧力を受けるのだ。
二人は必死になって公務をこなした。
慰問をしたり、視察をしたり。
国の隅々まで移動するのは苦痛だった。
レオンはともかくリリアーヌには苦行であったろう。
基礎知識が足らないのだ。
民の中では、積極的に表に現れる二人への評価は高まった。
二人を記念したグッズまで売り出される始末。
市井で人気の二人に対し、王宮で人気のヴィオレット。
とうとう、外回りを王太子夫妻がこなしている間に、何があったのか、レオンの学友達まで抱き込まれてしまった。
ヴィオレットは事務部の中でも最高責任者としての仕事を担うようになっていた。
宰相の息子であったロイドがヴィオレットの秘書役となり。
魔術師塔からは魔術師長の息子であるルイスが、騎士団からは騎士団長の息子のアーウィンが、それぞれ出向してヴィオレットの元で働いている。
レオンは三人に問いただした。
だが、三人とも口ごもるだけだった。
リリアーナも最近、三人と会えないと嘆いていた。
輝いていた学生時代の思い出。
5人で楽しく過ごして、これからも変わらないと思っていたのに。
今や5人の関係はバラバラだ。
「顔を上げろ。」
レオンの声にゆっくりと姿勢を正すヴィオレット。
「時間が無い。」
「えぇ、仰る通りですわ。」
「早くしろ。」
「えぇ。もちろん。ではお隣へ。」
そう告げるその目はどこか潤んでいた。
レオンは舌打ちをした。
ヴィオレットと共に隣の部屋に入る。
執務室の隣はヴィオレットの個室だ。
ベッドしか置いていないがらんとした空間だった。
パタンと扉が閉まる。
「どうされます?まずはシャワーを浴びられますか?」
カチャリと後ろ手でヴィオレットが鍵をかけた音がする。
同時に防音の魔術を発動させるのを横目でレオンは見た。
「必要・・・ない。」
レオンの声は緊張で掠れる。
「あら。では、ご不浄は?」
この部屋にはシャワー・バス・トイレがついている。
ヴィオレットがここに来る時に整備されたらしい。
「・・・それも必要無い。」
「では、どうぞお楽になさってくださいな。」
立ち尽くすレオンにヴィオレットは
「どうぞお掛け下さいませ。」
更に声をかけた。
何も無い為、レオンはベッドの縁に腰掛けるしかなかった。
部屋の灯りを落として、その前にヴィオレットが立つ。
室内灯を背にしたヴィオレットの顔は影をおった。
「上手くいかなかったようですわね。」
はっきり見えない表情のヴィオレットが、はっきりと、言って欲しくない事を言う。
心の柔らかい所に傷をつける、かつての子供だった頃のヴィオレットがそこにいる。
「聞きましたわ。お薬を使っても、何をしても、効果が無かったと聞きました。結婚して、もう一年近く経ちますのに、夫婦の交わりが成せたのは幾度ですの?」
「る・・さぃ。」
「お二人の立場を盤石にする為には一刻も早く跡継ぎが必要ですわ。もちろん公務もこなさなくてはなりませんけども。今日は、リリアーヌ様にとって子を成しやすい日でしたのに。」
大切なチャンスを逃してしまいましたわね。
ヴィオレットは呟くように言った。
二人のプライベート、閨の事までもヴィオレットが把握していることにレオンは苛立つ。
「ぅるさぃ・・・。黙れ。」
「いいえ、黙りません。もう足掻くのはおやめになった方が宜しいのでは?このまま殿下が苦しむのを見たくはありませんの。」
「誰のせいだと思ってる!!。」
レオンは叫んだ。
「お前のせいだろ!!!」
子供の頃からヴィオレットが嫌いだった。
いつだって天才ヴィオレットに比較された。
それでも努力して、努力して何とかしようとしたのに。
でもヴィオレットには適わなかった。
悔しくて、排除しようと手を尽くして、一度は適ったのに。
なのに、今や形勢逆転。
ヴィオレットは本館の、この国の事務を押さえ、王への発言力を強めていった。
今日は最終通告があった日だ。
夫婦生活が上手くいかなければ次の手を。
ヴィオレットの・・側妃の元へ行け。
父王から命令されていた、レオンは頷くしかなかった。
まだ王太子のレオンにとって王の命令は絶対だ。
正室と子が成せないなら側室のところへ行け。
端から見ればおかしい話では無い。
だが、レオンはヴィオレットを心底嫌っている。
こうして同じ空間にいるのが耐えられない程に。
「お前が嫌いだ。お前を抱きしめるなんて無理だ。父の命令だからここに来ただけだ。本当は同じ部屋にすらいたくない。」
クスクスと笑う声がしてレオンは顔を上げた。
「陛下のご命令。でも、そのご命令は誰の進言だと思われます?」
うっそりとヴィオレットは笑った。
レオンは、子供の頃のおびえが戻った。
「おま・・おま・・えのせいで・・。」
「そうですわね。私のせいですわ。」
きっぱりとヴィオレットは言う。
「でも、殿下もいけませんわ。私の愛を一欠片も受け入れてくださらないから。でも大丈夫。私の愛はそんな事では揺らぎませんの。どんなに虐げられても、愛しているの一言、贈り物一つ無く、例え地位も名誉も与えられなくとも、それでも私は殿下を愛しておりますの。私はただ殿下の為に生きております。ですから。嫌われても構いませんの。私の身がどうなっても構いませんの。」
「それで、どうするんだ。」
レオンは鼻で笑った。
何とも思っていない態度を装うので精一杯だった。
「こうやって同じ部屋に居てもお前と子が出来る訳もあるまい。」
「まぁ、殿下にどうにかしてもらおう等と思ってはおりませんわ。私は殿下の妃、殿下の僕、殿下の為に、私がお役目を果たしますわ。」
そう言うとヴィオレットはスカートの両裾を握った。
すすすと裾が上がっていく。
カーテシーでは無い。
裾は上がり続け太腿、そして腹部までも露わにした。
「ふふふ。怯えないでくださいませ。愛しい方。私もこの身体を持て余しておりますの。」
「おっ・・おまっ・・おま・・なんだ。それは。」
レオンの手は小刻みに震えていた。
その視線の中心には影にはなっているが、あるものがぼんやりと形を成している。
「あら?殿下もお持ちの物ではありませんの?今のところは・・・ですが。」
「なんで!そんなものが!!と聞いている。」
「嫌ですわ。子を成すためですわよ。」
何故そんな簡単な事がわからないのですか?
子供の頃のヴィオレットが良く言ってきた言葉がレオンの中で蘇った。
「誰が・・・。」
「私と、殿下が。」
「なぜ・・。」
レオンは喉がカラカラだ。
嫌な考えが頭をよぎる。
「殿下はお子を成さねばなりません。ですが今のままでは不可能。正妃様と事が成せないならば側室である私がお役目を務めるべきかと。ですが、殿下が私を対象として見てくださらないのはわかっております。悲しいことですが。」
ヴィオレットは傷ついたかのように目を伏せた。
「ですから私、考えましたの。私が男になって、殿下が女になれば問題が解決しますわ。」
ヴィオレットが一歩進む。
「何をバカな事を!!」
レオンは顔を顰めた。
「あら、バカなことではありませんわ。殿下は私を対象とは見れない。ですが、私は殿下を対象として見ることができる。だから役割を交代しましょう?それだけの事です。」
またヴィオレットが進んで来た。
レオンの目はヴィオレットの下半身に釘付けだ。
「そんな目で見られると興奮してしまいますわ。殿下は初めてですから優しくして差し上げたいのに。煽って下さるなんて困りますわ。」
「・・・どうかしている。」
「えぇ、私、殿下の為ならどうかしてしまうのです。それ程に、殿下が愛おしくて仕方が無いのです。」
レオンはベッドから立ちあがろうとした。
だが、体がベッドに縫い付けられたように動かない。
「なっ・・なっ・・なんだ。」
レオンは慌てた。
「ふふふ。今頃気づきましたの?」
「何をした!」
「暴れて怪我をなさらないようにですわ。」
「何を!!」
レオンは滅茶苦茶に体を動かそうとした。
だが、ヴィオレットが何かを口ずさむと、その体はベッドに横たわってしまう。
「あら、察しが悪いですわね。立場を変えるために必要な処置をしなくてはなりません。私は済んでおりますが、殿下はこれから。ですから、暴れて怪我しないように、大事な国母たる体を傷つけないように、固定させて頂きました。」
「おま・・お前は!本当にどうかしている!お前の事なんて大っ嫌いだ。お前は人の気持ちを考えない。自分勝手で・・・。」
レオンは叫び続けた。
だが、ヴィオレットは黙って聞いているだけだ。
いや、ブツブツと何か呪文を口ずさんでいる。
レオンの体の周りに大きな金色に輝く陣が発動し始めている。
レオンは恐怖に声を震えさせる。
だが、罵倒は止まらない。
止まらないが、
「嫌いだ。大っ嫌いだ。」
を繰り返すだけになってしまっている。
ヴィオレットは呆れたように、
「仰りたいことはそれで全部ですの?」
と、言った。
ヴィオレットがベッドの縁に腰掛ける。
さっきのレオンがしていたみたいに。
「全く、殿下は愚かでいらっしゃいますね。このままでは殿下は廃嫡されてしまう可能性もありますのに。危機感が無い。よろしくて?殿下には病弱とは言え、お兄様がいらっしゃいますのよ。本来ならお兄様が王太子でしたわ。そこを私の実家、私の血筋で補っていたのに、私を排除なさろうとするから、こんな目に合うのですわ。」
「ば、馬鹿馬鹿しい・・事を。血筋は。」
言葉を続けようとしてもレオンは続けられない。
恐怖で口が強ばってしまっている。
「えぇ、殿下の仰りたいことは良くわかりますわ。王家の血筋を気にしてらっしゃいますわね?ご安心くださいませ。我がギュノス家は王家に次ぐ血脈を受け継いでおります。何かあった際にね。殿下はご存じ無いでしょうが、長い我が国の歴史の中でも、このような事例があったのですよ?」
「そんな。バカな。」
「殿下は、私を陥れる企みで精一杯のご様子でしたから、勉強が足らないのも仕方ありませんわ。あの時の殿下はまるで反抗期の子供のように、精一杯強がってらっしゃって可愛かったですわね。」
「まさか。業と、婚約破棄されたのか。」
「結果としてはそうなりますわね。」
ヴィオレットはしれっと答えた。
「どこまで企んでいたんだ。」
一度、断罪されたと見せかけてからのヴィオレットの動きは鮮やかだった。
「まぁ、最初っから、という事になりますかしら。」
ヴィオレットは小首を傾げた。
「私は、殿下の事をお慕い申し上げてますの。どんなに愚かで、例え、私の方を見て下さらなくても、私は殿下の側で、殿下をお支えすることを生きがいとしていますのよ。ですから、どんな事でも出来ますわ。」
ヴィオレットの手が光った。
「な・・な・・やっ・・やめろぉおおおおおおおっ。」
レオンは叫んだ。
唯一自由になる口で。
「大丈夫。少し眠りましょうね。その間に全て終わりますわ。」
ヴィオレットは言った。
とてもとても優しい声で。
カクリと意識を失ったレオンの頬をヴィオレットは撫でた。
「かわいそうな殿下。私に魅入られてしまって。でもその代わりに、殿下の世継ぎ問題も。勘違い正妃様の問題も。友人の振りをして内緒でご正妃様と仲を深めていた幼なじみ達も、何もかも、私が解決して差し上げますわ。だって、私、殿下の事を愛しておりますから。」
ヴィオレットの精一杯の告白をレオンは知らない。
きっと一生知ることは無い。
+++++++++
終わります。
すみません。
悪役令嬢物が好きで。
TS物も好きなんですけど、男→女はあるけど、女→男って読んだ事無い。
って思って書きました。
何処かにあったら教えてください。
読みに行きたい。
一気にと言っても4日くらいかかりましたけど、私にしては早く書けました。
よって荒いです。
この先はBL枠なのか。なになのか。
未だ悩み中です。