お父さんとの会話
その日の帰り道、俺と涼盛は帰り道が同じ方向だったのでしばらく同じ道を歩いていた。
「やっぱ厳しいな」と涼盛がつぶやいたので「当たりまえだろ、お笑いで成功した奴なんて一握りだ、大体、なんでお前はお笑いやろうなんて思ったんだよ」と尋ねると、涼盛は「そうやなぁ、なんでやろなぁ」と予想外の答えを出したので「はぁ!?」と俺は声を荒げた。
「う~ん、なんか、楽しそうだと思ったからやろなぁ」
「いや、楽しそうってお前、それは見ていた側からそうだけどな、やってる側は大変なんだぜ?」
「そうかぁ?」
「そうだよ」
「でも、人を笑わせるってすごいことなんだなって俺は感じた」
「なんでだよ」そう言うと涼盛は神妙な面持ちをして立ち止まった。
どうした? と聞こうと思ったら「実は俺、おやじが亡くなってんねん、もう死んでんねん」
と言った。
「そ、そうだったのか」しまった、変なこと聞いてしまったと俺は思った、が、少し耳にしたことがある、そういう奴って結構、親が死んだことに対して気を遣われるとかえって困るって、だから、俺は何を言えば良いか分からずにいた。が、そんな俺に関わらず涼盛は淡々と文章を読むように話を続ける。
「いや、別に気にすることは無いんや、けど、そん時、お笑いライブがあってな、なぜか、家族が連れて行ってくれたんや、最初はなんや、そんなん見る気になるかい、て思ったんだけどな、漫才、コント、始まった途端に俺の心の中が潤ってきたんや、悲しみの涙やない、嬉しさでもない、ただ、面白い、それだけで胸の中がいっぱいになったんや、その時の漫才師たちの姿が輝いて見えてな、もしかしたら、それが面白そうって思ったのかもしれん、けど、あの時の漫才師さんたちには感謝や」そう言って涼盛は自分の手を見つめた。
話を続けている内に、文章を読んでいるような淡々とした雰囲気はなくなり、故郷を思い浮かべるような顔になっていた。そう思っていると涼盛は俺の方を向く。なんだ? 俺の顔になんかついているか? と思っていると、涼盛の顔はニッと笑顔に変わった。
そして「そう言えば洋一は、なんで俺と一緒に漫才しようと思ったんや?」と聞いた。
「はぁ、お前が誘ってきたんだろ? 俺は仕方なく」
「でも、乗り気やなかったら、断るやろ?」
「でも、あの時はそういう雰囲気じゃなかっただろ?」
「雰囲気じゃなかった? うーん、よくわからんな」そう言って、涼盛は進んだ。
俺も後に続いて進んだ。
「まあ、要するに、洋一も漫才を求めていたってことやな」と最後に結論付けた。
いや、そんなわけじゃ、と俺は思ったが、余計なことを言うとまた何か変なことを言われると思い、そのまま会話を終わらせた。
「ただいま」俺は家の玄関に入るといつも通り挨拶をしてやった。そして、いつも通りの沈黙が空気を漂わす。
「お父さん、いるの?」と言うも返事が無い。あ? 死んでんのか? と思い居間まで歩くとそこには、新聞紙を広げて爪切りで自分の足の爪を切っている親父がいた。
「なんだ、いたなら返事してよ」と言うと「なんだ、お前、いたのか」と興味なさげな声で俺の方を見向きもせずにいった。
「お前、学校で喧嘩とかしていないよな」
「してねぇよ」
「なら、良いんだ、いいか、洋一、喧嘩っていうのはした方が負けなんだ、相手がどんなに悪くても、どんな理不尽をしてきても、そこで殴った奴が負けなんだ、だから、お前は、そんな奴らには何もするな、構うな、耐えろ」
「はいはい」ああ、相変わらずこいつは世間体を気にしているんだな、昔から、この言葉は口酸っぱく言われてきた。
今はいない俺の母親とともに、両親に言われたことはやっぱ子どもの頃だと守っちゃうよな、だから俺はその言葉に従った。幼稚園の時も、二列に並んで進行する時、後ろから「お前、遅いんだよ」と押してくるやつがいて、俺は少し早く歩くと今度は前の奴から「お前、おすなよ」と言ってくる奴がいた、で、歩くのを遅くすると「お前遅いんだよ」
早く歩くと「お前、押すなよ」と挟み内だった。正直、ブチ切れたかった。前を押す奴も、押すなと言う奴も、その場でブチ切れて、喧嘩でもしようかと思っていた。だが、脳裏に浮かぶのは両親の言葉『喧嘩は殴った奴の負け』その言葉で俺は動けずにいた。
すると、前の奴が「せんせ~い、洋一君が押してきます」と言ってきた。
おれは、その後どうしたのだろうか、ただ覚えているのが、幼稚園の先生が何の事情も聴かず「洋一君、押しちゃダメでしょ」と言ってきたことだけ覚えている。
俺は泣いたのだろうか、誰も俺の話を聞いてくれなくて、いや、泣かなかったであろう、何故なら、両親からこうも言われていた「男が泣くな」と。
いつだって、俺の行動は両親に見張られているようだった。人一倍短気なくせに、俺がちょっとでも不満を漏らすとお父さんは、不機嫌な様子を向ける。
まあ、そんなわけで俺はどんなことをしても怒らずにいた。
いや、正確には怒り方が分からなくなっていた。
そんな俺は、周りからはどうみられていたか、予想できる、何をしても怒らない弱虫だと。
だが俺は別に両親を恨んでいるわけではない。うん、恨んでいない。
「酒は無いか?」とお父さんの注文に俺は従った。