息子は優しくなくっちゃね
「さて、これで話を聞くには十分だな」会長はそう言って正座をしている谷村夫妻に向かって腕を組み仁王立ちで威圧的な態度を取っている、会長だけじゃない、俺も、涼盛も、先生も、生徒会のメンバーも全員目を鋭くして、二人を睨みつけていた。
「全く、なんなのよ」意外にも最初に口火を切ったのは母親であった。
「あたしが好き勝手、人生生きて何が悪かったのよ、私は悪くない、私にストレスを与えた奴らが悪い!! 近所の専業主婦を見下したような、共働きの女ども、私のことを少しも気にかけてくれない夫、そして、呼んでもいないのに生まれてきたあの子!! 全部そいつらが悪い!! 私は何も悪くない!!」
「自分、ええ加減に……」
バチィン!!!!!
涼盛は驚いたであろう、いや、涼盛だけじゃない、先生、そして、生徒会のメンバーも全員驚いたであろう、突然、おれが女の頬を思いっきり引っぱたいたことを。
女はビンタされた後、非難するような眼差しを俺に向けていた。俺はなぜ誰よりも早くこの女を殴ったのか。ビンタしてから考えた。答えは簡単に出てきた。この女は未来の俺自身なんだ。周りから見下されたことを根に持ち、全てを周りのせいにして、人を傷つけても良いと自分の行動に勝手に免罪符をつけている、俺と同じだ。俺は過去に半分いじめまがいのことをされてほとんどの子どもを憎んできた、結果、子どもは全て敵、そして、何もしてくれなかった教師も全て敵だと思っていた。涼盛、そして、工事みたいな同じ世代の奴ら、そして綾子先生みたいな型破りな教師、まあ先生の場合は特殊かもしれないが、俺は自分が見てきたものが全てだと勘違いしていたのだ、いや、今も勘違いしてるかもしれない、今もどこかこいつらが俺を裏切る、先生の尊敬なんてのも幻想だ、そんなことを考えてしまう。この女も恐らく同じようなことを考えている。 なら、おれが唯一できることは引っぱたくことだ。だから、俺は引っぱたいた。
「何よ、あんた、突然殴ってきて」俺は黙っていた。
「なによ!! あんたに何がわかるのよ!! あたしの何が!! あんたみたいな呑気にすごしているガキに分かるのよ!!」
「自分が」俺は口を開いた。今、女の口から出てきた言葉は俺自身の言葉だ。涼盛に自分は何も変わっていない、本当にひとりぼっちになる、それを言われた時の反応と同じものだ。
「自分が一番不幸だなんて、思うな、お前の苦悩なんて、ちっぽけなもんだ」勿論、これは俺自身への言葉だ。女は相変わらず睨みつけていた。
「だから、お前の行動で子どもを、たった一人の子どもを独りにさせるんじゃねえ!!」
そう言っても女の顔は憎悪に満ちていた。自分でも驚くほど声を高ぶらせていた。
女は、何も言わず涙を流して地面に突っ伏した。俺たちは何も言わずその光景をみていた。
「さて、夫の方だが」と先生は話題が譲二に向けさせる言葉を放った。
「まず、虐待の届けについてだが、あれはお前がやったんじゃないか?」と先生の推理が始まった。
「なるほど、やはりそうですか」副会長が先生の言葉に頷く。そこから先生の推理が始まる。
「今回の工事の虐待の疑いを示唆するような手紙を書いたのはここにいる谷村 譲二だってことだ」
「もし、そうだとたら、それが出来るときは一つだけ」
「そうだ、それは」
「「授業参観」」
授業参観!? その時に出したのか?
「そうだ、授業参観の時は親がたくさん集まる、こいつはそん時に届け出を出したんだ。まあ、言いたいことは分かる、そんなに学校の警備は雑なのかって? まあ、こいつの場合は運が良かったのかもな、学校では誰が誰の親かそこまで事細かに把握はしていない、私のように保護者の顔を覚えている奴なんて言うのはまれだ。こいつは、どこか適当な親の名簿帳に〇をして中に入った、んで、生徒会のポストに届け出を入れたってわけだ」
「待って下さい、もしそうなったら来ていないのに来たことになっている親が出てきているのではないですか?」と俺は心の中ではなく口で問う。
「そうだな、まあ、こいつの場合は運が良かったんだ。その日に仕事で授業参観に来られなくなった親が現に、で授業参観に来ていなかったのに〇をされていたと言うことで私も風メタ教師もてんてこまいでね、全く厄介なことをしてくれたもんだ」
そう言って先生は譲二を見下ろす。反論をしないのを見ると、どうやら本当のようだ。
「なんだってこんなことやったんだ?」と先生は聞く。俺も知りたかった、普通虐待をしているなら虐待を隠そうとするはずだ、だが、譲二はそうしなかった、むしろ、自分から虐待していると告白してきたのだ。俺はこの男が何を考えて自分から届け出を出したのか知りたい。
「不安だったんだ」
「不安?」そう先生が言うと譲二は言葉をつづけた。
「俺は今まで自分が、工事にしてきたことが正しかったか不安だったんだ、父親である俺は、あいつからすれば恐れられる存在だったんだ、何を話しかけてもビクッと体を震わせて、俺を怖がっているみたいな態度をとっているんだ、学校どうだったって聞いても、友達とはどうだったとか聞いても、あいつはどこか怖がっているそんな雰囲気を帯びていた。それは、恐らく俺がいつも酒を呑んでばかりだったからだろう。だから、こっちも厳しく接しようと、昔の父親のような態度で接しようと思ったんだ。勉強には特に厳しくしたよ、百点以外は認めないようにした。でも、そうしているうちに俺は、あいつを虐待しているんじゃないかって思ってな」
「そう言えば、勉強に厳しいのはお前の家庭でもそうだったな」と先生は譲二に向けて悲哀に満ちた目を向けていた。
「ああ、そうだ、俺は怖かった、父親が、毎日毎日、いつ怒鳴られるか分からなかった、そして俺は今、工事にも同じことをしている、俺は自分が間違っているって初めから思っていたのかもしれない、でもダメだった。俺はこれしかやり方をしらない」そう言う譲二の姿が俺の血親の姿と重なった。
「あいつはぎこちない笑顔をいつもしている、俺にはあいつが何を考えているのか分からないんだ」
そうか、この人は怖かったんだな、自分の息子が何を考えているか分からなくて、何をやってもぎこちない笑顔、俺と同じだ。工事も自分の父親に気を遣っていたんだ、それが逆効果だった、きっとこの人は怒って欲しかったんだ、怒りと言う感情を爆発させて、ちゃんと会話したかったんだ、不器用ながらに。でも、俺はその答えを許さない。自分の子どものことが分からないからって、考えるのを放棄した。厳しく育てればいいと放棄した。これは許せないことだ。
「あんたは子どもの、工事君のことを愛していたのか?」俺は静かに問う。
「愛しているに決まっている!! たしかに俺は愛していた妻に浮気されて挙句の果てに子ども、工事を生んでて裏切られた気分だった。意気消沈して世の中がどうでも良くなった、だけど、工事のことがどうでも良いとか愛さなかったとかは無い、信じてもらえないかもしれないけど、工事は昔の俺に似てるんだよ、なんか一生懸命自分隠している所とかが、だから自分のようになって欲しくないと思って、俺は、俺は、何やってんだろうな、結局は自分の父親と同じことしかできなかった、これしか俺の教育がしらなかったんだ」
この人はこの人なりに反省しているのだ。そうだよな、初めて自分が子どもを育てることになったんだ。そりゃ怖いよな、何をすればいいか、子どもが何考えているか。自分以外の他人の考えも自分が何を考えているのかさえ本当は知らない。
でも、この人はそれでも、それでも自分の息子に懸命に方法は良くなかったが近づこうとしている。だけど、俺はあえて言おう、この人を断罪する。
「あんた、一度でもあいつを褒めたことがあるか?」俺がそう言うと、譲二は顔を上げたと思ったら何か考えるように顔をおろしたが、やがて俯いた。どうやら言ったことがないようだ。
なら、俺は続ける。
「一度でもあいつをよくやったって言ったことがあったか!? あいつに、流石は俺の子だ、とか、お前は自慢の息子とか言ったことがあったか!!?」言っている内に熱が入ってしまう、握りこぶしを握ってしまった。何故か分からない、分からないが俺は自分が親に言われたかったことを羅列させながら確かに怒っていた。工事の父親は項垂れていた。
それが俺の問いの答えを表していた。
「なんで、なんで、その言葉を言うことができなかったんだ!! その言葉を言われただけで、子どもは、子どもは!!」その先を俺が言うことは無かった。誰かに止められたわけじゃない、ただ俺が言うのを止めただけであった。
でも、先生がもういい、と言うように俺の肩に手を置いてくれた。
「そこで何してるの!?」突然後ろから声が聞こえた。それは、児童センターで一番耳にする声だった。
「工事……」そう言って譲二は顔を上げる。一方、女の方は顔を上げずに地面を見つめていた。
「みんな、何してるの?」工事は困惑した表情で俺たちを見つめている。
その時、俺はあることが頭に浮かんだ。それは、決してやってはいけないことだった。
俺は、一歩、前に出て……
「あなたの父親が、あまりにも愚鈍だから、少々熱いお灸をすえていたのよ」俺が前に出ようとした時だ、副会長が俺の肩を押しのけて工事に向かってそう言った。
「な、なんで、なんでそんなこと」工事は顔をひくひくさせて言う。
「決まっているでしょ、この人たちは親として失格だからよ、まあ、母親の方は問題外だけど」そう言って副会長は女を侮蔑の目で見る。
「そうだ、この男は父親としてやってはいけないことをした」会長が前に出る。副会長は戸惑いの顔を見せたが、すぐに、工事に顔を向けた。
何故か涼盛も前に出ようとしたが白江さんに止まられた。
「やってはいけないことって何ですか」
「お前を愛さなかった」会長のその言葉を聞き終わるか終わらないかの内に工事は走り出して、会長に向かって握りこぶしを何度も何度もぶつけた。
「お前らなんかに、お父さんの何が分かるんだ!! お父さんは毎日大変なんだ!! 毎日夜遅くまで仕事して、大変なのに僕の為に料理を週三回はしていくれるんだ!! いつも、僕が分からない所を僕が分かるまで教えてくれるんだ!! 借金とりの怖い人たちが来てもお父さんのおかげで何とか生きていけてるんだ!! お父さんは毎日、僕のために頑張っているんだ!! お父さんのことを知らないお前らが、お父さんのことを悪く言うな!! お父さんは僕の自慢のお父さんなんだ!!」何度も何度も拳を打ち付けられているのに会長も副会長も俺たちは静かに顔を笑みを浮かべる。貞華さんは、涙を浮かべていた。
「工事」譲二はそう言って、俯いた。顔は見えないがきっと泣いているのだろう。
一方、女も俯いていたが表情は分からなかった。
「ほおら、お父さん、行ってあげなきゃ」白江さんがそう言うと譲二は顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔だった。
「お父さん以外、止められないよ」そう言ってマシュマロのように柔らかい笑顔を向ける。
「お前も、そろそろ自分をゆるしても良いんじゃないか?」そう言って先生は譲二の肩を後ろから軽く叩く。
譲二は何も言わずに工事の元にかけより、そのまま、我が子を抱きしめた。
「お父さん? どうしたの? 泣かないで」
「工事、ごめん、ごめんなぁ、本当にごめんなぁ、俺が悪かった、俺が悪かったから、だから」そう言って、二人は暫く離さない。もう心の距離は無いようなそんなことを俺は思った。




