ピリオド4「手を伸ばし得ないもの」
等級審議の後、二人は喫茶店『スターダスト』に向かった。ここ、中央都市『マリファン』では、お茶やスイーツを嗜む文化が流行しており、その店はライナの行きつけの店であった。
コーヒーのツンとした匂い。木造建築に、赤橙色のぼんやりとした灯り。談笑する人々。ゆったりとした雰囲気が流れている。
ライナはブラックコーヒー、アルドはアールグレイティーを頼んだ。二人の会話は他愛のないものから始まった。
出会ってから数日しか経っていない二人。おまけに洞窟での一件絡みの用が立て込んでいた。そのため、パーソナルな部分について互いにまだあまり知らなかった。
――二人はまず自己紹介から始めた。
アルドはライナの五歳上で二十二歳。この街に来たのは最近だということ……自身の能力は珍しいが、使い方も難しいため集団での討伐に参加してこなかった……行き先を転々としている……などということがわかった。
ライナは話を聞きながら、あることを疑問に思った。
「ん……アルドは討伐に参加しないってことは、あの調査では私のように増員だったってこと?」
「ああ、えっと……そうだね。僕の場合は、ライナのように戦闘力ではなく……ただの人手増員ってとこかな……」
アルドは珍しく、少しぎこちなさそうに返答した。
二人は飲み物を口にしながら会話を続けた。
――ライナから見てアルドは不思議な人であった。魔力を与えられるというだけでも珍しいが、雰囲気も独特であった。
目元は前髪で隠れており、表情はわかりにくいはずなのだが、終始穏やかそうな雰囲気を醸し出している。スッとした鼻筋。ライナほど白くはないが、深い藍色の髪に映える透き通った肌。黒色のタイトなパンツに、襟の着いた紺色のベスト。襟先の長いシャツにダブルジャケット。全身暗色に包まれた一八〇センチメートル近い細身の長身。
そんなアルドは軽やかでフワフワとした話し声であった。ライナの少し低くて、言葉を慎重に選びながら話している様子とは対照的であった。
しかし、思い切り笑うのではなく、程よくかき消されないぐらいの微笑み。ライナは話しやすく感じているのだった。
「――ところで、ライナは五等級になったけど、今後はどうするの?」
アルドの問いかけにライナはハッとした。先に述べたように、等級が上がることへの喜びは然程感じられずにいた。命の奪い合いに難色を示すのだから、等級の昇格に興味すら持っていなかった。
しかし、徐々に自身が戦いで頭角を現し、「一番五等級に近い」と注目されるようになったことは本人も知っていたし、覚悟していた。
いつか昇格するかもしれないと思っていたが、こんなに早いとは思っていなかった。等級を表す「伍」と彫られた五角形の深いブロンドのバッジ。
……まだどこに付けてよいかもわからず、ポケットに入れていた。
* * *
――戦士になってからずっと、自分がなりたかったものとは徐々にかけ離れていくばかりだった。私は元々、喫茶店のウエイトレスになりたかった。
戦いとも魔力とも無縁の世界を生きたかった……明るく笑いながら、毎日過ごしたかった。
剣を握るのではなく、愛嬌を振りまいていたかった。
険しい面持ちではなく、にこやかな人間でいたかった。
血の紅色ではなく、ふんわりとした色味のかわいいもので埋め尽くしたかった……
魔力が発現してしまえば国の管理下につく。魔力を持つのに、勝手に進路を選ぶことなんてきなかった。案の定、自分で剣を生み出したのであるから戦場に行くほかなかった。
家族にも親族にも魔力を持つ者はいなかった。自分も魔力が発現するなんて思わなかった。
しかし、5歳のときにそれは思いもよらず生み出されてしまった……ただただ驚いた。自分が戦士になるなんて思ってもみなかった。
戦士は他者を守る存在だが、かっこいいとは思えなかった。自分を犠牲にして、他者を助けるなんて悲しいと思った。世界は不平等なのだと感じていた。戦士の誇りが呪縛だなんて、自身が戦士になってみてわかった。
一時期は装いだけでもウエイトレスの真似をしていたこともあった。白を基調とした大きめのフリルが目立つひざ丈ワンピースを戦闘服として着ていた。天然の巻き髪はハーフアップにして、白い大きなリボンも付けていた。
けれども、気分が晴れやかになれたのなんて一瞬であった。
……戦いの後には泥や血で汚れたものしか残らなかった。白色の装いなんて綺麗なままでは終われなかった。笑顔でいられる場所なんてない。綺麗な純白は奪われしまった……
そして、やめたのである。自分の夢を追おうとすることを、自分の理想の全てには近づけないことを、自分が戦いからは逃れられないということを悟ったのである……
――それ以降、黒くて動きやすさを重視した戦闘服に変えた。袖口も裾もゆったりと広がった黒色のミニ丈ワンピース。そのスリットからはショートパンツが露わになっており、そこから白くすらっと伸びた脚。ふとももの片側にはガーターリングのように黒色のチェーンがまかれ、ショートブーツを履いている。また、ワンピースの上にはエプロンを模した淡い紫色のトップスを重ね着しており、ワンピースでは大きく開かれた背中に、淡い紫色の大きなリボンが結ばれていた。
* * *
ライナは、ブラックコーヒーに映る自分の顔を見つめながら考えた。カップの取っ手に添えた手は動かせずにいた。
――戦いにおいては生き死にが問われ、勝ち負けが決まる。
魔獣であっても、どんな命であろうとも奪いたくないと心の中では強く思っている。けれども、言葉も通じない魔獣に対してできることはない。戦うことしか手段が残されない。
ライナは自分の今の思いと、行動に乖離が見られることに焦りを募らせた。
誰かに打ち明けたい……このままでは、このコーヒーのような暗闇を藻掻くことすらできないと感じた。
――ライナは、アルドの質問に答えられないまま少しの沈黙が生まれた。
読んでいただきありがとうございます。長らく空いてしまい、すみません…