ピリオド3「伍等級になった日」
あの後、ライナは二日間眠り続けた――
ライナたちのいた洞窟へ国の討伐団が来たのは明け方であった。アルドは眠ったライナと共に洞窟の中に留まっていた。
二人は国の討伐団に保護されて、国の療養所に運ばれた。アルドは酷い傷もなく、ほとんど治療も必要なかった。
そのため眠り続けるライナの代わりに、アルドは一人で国の討伐団へ報告を行った。その間にライナの看病もしていた。
ほとんど損傷のないアルドと対照的にライナは傷だらけであった。最終で最大の攻撃を何度もしたのだから、ライナが身体を壊すのに無理はなかった。どちらかと言えば、二人が生きていたのも奇跡のようであった……傷の手当がされて全体的に白く覆われていた少女を、アルドは見つめていた。
そして、ライナが逃がした他の調査団も全員無事であった。
今回の件は本来、魔獣討伐ではなく洞窟調査であった。そのため六人と人数も少なく、実践経験の少ない者たちが集められていた。調査も明るい時間帯に向かうはずだった。直前に、その洞窟が事前調査よりも大きそうなことがわかり、急遽ライナが加わることとなっていた。
けれども、メンバーの内の一人が「もし魔獣を倒したら報酬が上がるから、魔獣の出現しやすい夜に出よう」と悪巧みを持ち掛けたのである。みんながその企てに乗ってしまい、ライナを残して先に出発していたのだ。少し経ってから異変に気づいたライナは慌てて彼らを追いかけた。
ライナがやっと彼らに追いついたという時には、既に五メートル級の魔獣が出現していた。間一髪のところでライナは、その調査団を助けることができたのであった。
――これが今回の大型魔獣二体討伐の事の顛末である。あの日、ライナはずっと気持ちにゆとりがないままであったのだった。
* * *
二日後、ライナは目覚めてから驚いた、自分が二日間も眠り続けたことに。そしてその間、アルドが自分の世話をしてくれていたことに……
ライナが目を覚ましたとき、ちょうどアルドはベッドの横の椅子に腰かけ、彼女の手を握っていた。
「あっ……ライナ、目を覚ましたんだね。良かった! 僕のこと覚えてる? アルド・ロア、だよ、、あの日一緒にいた――」
アルドは安堵した表情を見せて、ライナの手を握ったまま続けた。
「僕が魔力を送り続けた方が、回復が早いんじゃないかと思って……時間があるときは様子を見に来てたんだよ」
アルドはにこにこしながら、嬉しいからか少し早口になっていた。ライナは頷き、アルドの笑顔につられて、やんわりと笑みを浮かべた。
ライナはアルドのことを覚えていたが、こんなにも自分のことを気にかけてくれているとは思わなかった。出会ったときも人の心にスッと入ってくる人だと感じていたが、予想した以上に親切な人だと率直に思った。
それから、アルドはここ二日間の出来事を事細かに話した。ライナはボス魔獣との戦いを鮮明には覚えていなかった。それだけ戦うことで必死だったのだと自分でも強く実感した。
振り返ってみると、あのとき死の恐怖はあまり感じておらず、ただ「殺らなければならない」という意識だけが強く留まっていた。自身の負った傷を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
ライナは目を覚ましてから一週間安静にしていた。その間、ライナもあのボス魔獣などについて国の調査団から聴取を受けた。
目が覚めたとはいえ、身体は思うように動かないライナはベッドに横になったまま話していた。自身で口にすることで、当時の状況が徐々に思い返されていった。
限界以上に魔法を使うなんて、ライナにとって当然初めての出来事であった。彼女は全身が内側から痛むのを感じながら、話した。
ライナにとっての驚きは他にもあった。
――それはアルドの状態である。アルドだって魔力を沢山渡したはずだから疲れているだろうと思ったら、ケロッとしていた。その様子がライナにはとても不思議に見えた……
一週間後、ライナはやっと療養所から出ようとした頃、国の討伐団会議に呼ばれた。一人で二体もの大型魔獣を倒したということで、審議が行われるのだった――
* * *
この世界には、妖精、魔獣、人間の三種属が台頭している。そのなかで魔獣は他種族を滅ぼそうとしている。魔獣はは相手が同族ではないとわかった瞬間襲いかかってくる。
そこで、妖精は人間と協定を結んだ。この三種族の中で一番魔力は有しているが、戦うための魔法は持ち得ていない彼らは、戦うことのできる人間と互いに守り合う取り決めをして、魔獣と対峙していた。
しかし、人間全てが魔力を持ち、魔法が使えるわけではないのだった。人間には魔力を持つ者と、持たざる者の二つに分かれている。だから、魔力を持ち、魔法を使える者のみが戦地に赴いていた。
また、妖精が使える魔法は傷口を塞ぐ程度の治癒能力であった。協定とは言っても、圧倒的に人間の方が不利であった。魔獣は全ての個体が魔力を持ち、戦うための魔法も持っている。ライナが戦ったボス魔獣のように、武器も魔法も使うものも中にはいる。
そんな世界を生き延びようとする人間たちは妖精と共に階級を制定した。魔獣を抜かして、魔力や魔法の強さを表しているもので、壱等級から柒等級までがある。
壱等級には妖精神、弐等級には妖精と人間の王。柒等級以降も妖精と人間が入り乱れており、最後に魔力を持たざるものが柒等級に位置する。
人間は魔力や魔法があれば陸等級となり、伍肆や肆等級はかなり優れた魔法を使いこなせなければ上がれない。妖精も人間も魔力の有無による差別は控えられているが、等級によってできることに違いもある。そのため、魔力を持つものならば上を目指すのが当然であった。
* * *
まさに今、ライナが呼び出されたのが等級を判定する等級審議であった。ライナはあの洞窟での一件の功績を大きく評価され、伍等級に昇格した。
ライナとしては、あの討伐はアルドと二人でなし得たものと考えていた。けれども、アルドが自分は僅かな助力しかしていないと証言したこともあり、昇格が決定したのだ。
……ライナはあまり喜んでいいのかわからなかった。等級が上がれば報酬も上がる。勿論、周囲の人々も賞賛する。しかし、討伐依頼の難易度も上がる。
ライナは戦いを拒もうとする身であるのだが、今後はより危険度の高い戦いに身を投じなければならなくなったのである。複雑な面持ちにしかなれないまま、等級審議は幕を閉じた。
半ばライナが放心状態のまま会議は終わった。そんな彼女を出迎えたのは、一緒にボス魔獣を倒したアルドであった。ライナはアルドを見つけると同時に、足早に駆け寄って話した。
「アルドっ。なんで自分は微力しか働いてないなんて伝えたのっ! 私は二人で一緒に討伐したと考えているし、別日に呼ばれていたから、そんな風に話していたなんて知らなかったわ」
ライナは眉を寄せ、頬をぷくっと膨らませながらアルドの顔を見上げた。アルドはライナの両肩にポンっと手を置いて話した。
「まずは、五等級昇格おめでとう、ライナ……五等級になれたのは君自身の功績だよ。それに……あのときは本当にちょっとの助力しかしてあげられなかったよ、僕は……」
アルドは最後の方に一瞬暗い表情を見せたが、にこやかに話した。
功績かあ……自分に頑張りがあって、それが認められたのだと、ライナはそこで理解した。なんとなく彼女の心は軽くなった。
「フフッ……ライナが僕に文句を言ってくれて、なんだか嬉しいよ……眠り込んでいた直後は少しぎこちなさそうにしていたでしょ」
アルドに鋭い指摘をされて、ライナは顔をそむけた。徐々にライナの頬は赤らめていく……
「わ……私、二日も眠ってたんだから。仕方ないよ、多分……」
「フフフ、そうだね。仕方ない、ね……うん」
「なに~?……ぷはっ、なんかヘン」
二人は自分たちで作った変な空気に笑った。
――あの討伐のときはライナ自身が動転していたため考えていなかったが、普段はあまり他人と近しい関係性を作ろうとしてこなかった。そのため、目覚めてからアルドの距離感に困惑した。
ライナは戦いで自分がいつ死ぬのかも、相手がいついなくなるのかもわからない不安から、他人とは距離を取ってきた。魔獣討伐でチームを組む際も、必要最低限の会話しかしてこなかった。
だから、アルドの存在も警戒した。けれども、アルドのぼんやりと、どことなく気の抜けた雰囲気からライナの緊張も解れ、歩み寄ってみようと思うのであった。
まさかもう既に文句も言えるようになったのだと、ライナは驚きつつも嬉しくも思った。
二人は微笑みながら、二人は会議のあった建物を後にした。
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