ピリオド2「途切れさせない希望」
書き溜めていたのに、投稿し損ねていました……読んでくださっていた方申し訳ございません。
徐々に魔獣が近づいてきて、シルエットが見えてくる。先程よりも明らかに大きそうである。
グゥアーガガガガッ――魔獣の咆哮が洞窟中に響く。二人の耳も鼓膜が震え、ビンビンする。鼓動はドクドクと速く打ち始めた。
ついに二人の視界に現れた魔獣は先程と同じ二足立ちで一角であったが、遥かに大きい。およそ七メートルぐらいであった。当然ライナが一人で相手をしたことがない大きさであった。正確には複数人で戦うときであっても、あまり目にしない程のスケールの魔獣である。
黒くて、ゴツゴツと浮き上がった筋肉。固そうなのが見るだけでわかる。人を大きくしたようなフォルム。けれども、その強靭さは全く異なるだろう。手には二メートル以上もする斧を持っていた。ヨキのような刃がグイっと内に向かっていて、刃先は鋭く煌めいていた。
――恐らく、ここのボスであろう。二人を視認した魔獣は、目を光らせた。
その途端……
アルドはライナを置いて、ボス魔獣がいない方へすかさず走り出した。一瞬でライナの視界から彼は消えた。魔獣の視界から外れるように……ライナを置いて一人だけで逃げたのではなかった。自分が触れられないようにするために。
ライナは剣に力を込めた。
魔獣の咆哮が洞窟中に響く。
――ボス魔獣との戦いが始まった――
ボス魔獣は一気にライナに駆け寄って来た。出方を見ることなんてさせないまま、ボス魔獣は斧を振りかざしてきた。動きが速く、避けるのに、精一杯である。
スレスレを交わしていくライナ。自分が攻撃をしようなんて隙は与えられない。振りかざす度に起こる風だけでも、その威力が伝わってくる。
魔獣が斧をどんどん振り回すせいで、ライナから近付こうとすることは許されない。斧を振りかざしてきた。動きが速く、避けるのに、精一杯である。スレスレを交わしていくライナ。
どうにか好機を待ちながら、応戦するしかなかった……
――感覚的に他者の行動や動態を見抜くことのできる「勘」のようなもの。ライナはそれを持ち合わせ、自然と相手のウィークポイントや特性を捉えることができる。それゆえ、攻撃力のみならず戦闘力が秀でており、同世代の中では抜群に強い部類に分けられている。加えて、戦士全体の中でも珍しい素質の持ち主として、その伸びしろが期待されている。
しかし、まだ十七歳の少女であった。比較的若い頃から戦闘に加わっているとはいえ、血を見ることへの抵抗感は拭えておらず、尚且つあのように命を奪うことを拒もうとしている。普段はその力を買われて魔獣の討伐団に加わっているが、十数人で行動していることが多い。
少人数での編成の経験は少なく、ましてや今回は個人戦に近い状況である。おまけに、五メートル級の魔獣を倒してからまだ一時間も経っていない。
疲労感と、慣れないほぼほぼ一人での戦い。徐々に力が消耗していっている。先程の魔獣よりも強いことなんて当然ライナは想定していたが、やはり辛い戦いとなっている。
息はだんだん荒くなる。やっと剣を振るう機会が出てきてはいるが、その剣には焦りが見え始めていた。
それもそうだ。ライナも切りかかりに行っているが、刃が全然通らない。魔獣には浅い切り傷しかついていない。近付いて攻撃しようとも、あまり意味がない。一回でも判断を間違えば、死んでしまう。剣を握る手は汗をかき、鼓動はより速くなっていった。
そんななか、ぐぁんと一瞬ライナの頭は痛くなり、身体は硬直した。ボス魔獣が叫んだせいだ。
――魔獣はその隙をつき、斧を振りかざす。
「上だああああー」
アルドが叫んだおかげで、ライナは咄嗟に避けることができた。
その直後だった。
ドワァーン。今度はボス魔獣の刃が光り、振るった刃先はそのまま形となり、バックリと地面を切り裂いた。
* * *
魔力を持つ者は、何かしらの武器や特性が顕現する。そして、その武器により固有の魔法を使うこともできる。使える魔法の威力や種類は個体によってそれぞれ異なってくる。
――ライナは落胆した。こんなに大型だから強いとは思っていたが、武器に限らず魔法も使ってくるなんて。嫌なことはそれだけではない。ボス魔獣が繰り広げた魔法が自分と似たようなものだったのだ。
大きく深呼吸をして、剣を強く握り直した。
「《flash of lighting》」
ライナも剣を紫色に光らせ、魔法の一撃を繰り出した。けれども、刃が先程よりかは入っても、そこそこといった感じであった。
ライナは魔力を沢山使う攻撃を繰り広げ始めた。勿論、魔法は魔力のみならず、身体にも負担がかかる。まだ先程の戦いの疲労が残っていたため、固有魔法の使用を拒んでいた。
しかし、アルドがいるおかげで魔力は補給することができる。もう出し惜しむ暇なんて無くなり始めていた。なんとしてでも諦められない。
――ライナはボス魔獣とアルドの元を行き来した。何度も何度も剣を振るった。魔力がなくなりそうになればアルドの元へ向かい、そしてボス魔獣の方へ去っていく。
アルドはボス魔獣から距離を取るために、岩陰に隠れていた。アルドから近づこうともしたが、遠慮された。ライナにはアルドを守りながら、戦う余裕なんてなかった。ましてやボス魔獣に魔力が渡ることが一番厄介になると考えていた。
ズタボロになっていくライナに、アルドは魔力をあげることしかできない……
――魔力さえあれば、たとえ立てなくなっていようとも戦う権利はずっと保たれる――
アルドは自分の目の前で、ライナが生きる屍のようになっていく姿が映し出された。アルドは罪悪感が押し寄せながらも最善を尽くそうとした。
一方で、ライナはどんどん意識が朦朧としていた。倒さなければならない。その一心のみが頭に残っていった……
《glimmer of hope》 ――ライナの自信の固有魔法の中で、最も魔力を使う一撃。最後の望みに賭けて振り絞る渾身の魔法であった。大きな紫色の光に包まれ、魔獣は輝きの中に埋もれる。
その魔法をこの戦いでは何度も放った。ライナの最大限はボス魔獣には届かなかった。
けれども、アルドに触れさえすれば魔力は回復する。捻り出すはずの最後の力が何度でも出せてしまう……
ライナは手に、足に、全身に、力を入れようとしてどうにか戦った。何度、動きが止まろうとしても、歯を強く食いしばり、攻撃をやめなかった。
もう何回攻撃したのだろう……どこにどう力が入っているのかもわからない……
ライナはいつの間にか曖昧になっていった。目の前にあるものも大きな黒い影のようにぼんやりとする。無意識に剣を振るった。戦っている相手が誰なのかもわからなくなりながら……
どのくらい経ったのだろう……
グググゥうううううう……ボス魔獣が大きく唸った。
遂にボス魔獣への致命傷がついた。ボス魔獣が倒れるのを見届けながら、ライナもその場に崩れそうになった……
しかし、地面につく寸前のところでアルドが抱きかかえた。彼女は全身の力が抜けていた。微かな呼吸。彼女に付いた五メートル級魔獣の血はもう既に乾いていた。固くなった血の上に新たな血が流れ始めている。ボス魔獣と彼女自身の血。
――傷だらけになりながらも勝ったのだ。彼の腕の中で、ライナは深い眠りに落ちていった。
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