ピリオド0「始まらない終わり」
*こちらは以前投稿していた『survive.』の改稿版です。よろしくお願いいたします。
――いつも私はわからなくなってしまう――
吐息だけで髪がなびく。影が私を飲み込みそうな勢いだ。五メートル級の二足立ちする一角魔獣。ふつうに考えて一人では相手をしたくない。しかし、あの状況では仕方なかった。
* * *
カチン。殺気立っている魔獣の手の爪と剣がぶつかった。私が討伐チームの一人を庇い、剣を抜いたのだ。
「逃げてっ。あなたたちは洞窟を抜けて、早く国の討伐団を呼んできて。ここは私がどうにかするから」
「でもっ……」
「大丈夫。私は伍等級に一番近い戦士だからっ……」
そのとき、魔獣が構え直そうと離れ、風で私のマントが取れた。助けてあげた彼女は露わになった私の顔を見て、一瞬安堵の表情を浮かべた。そして、倒れている仲間たちの手を取って光のある方へ走り去って行った――
よぉし、一人になったから全力を出せる。そう思って、やる気に満ちたかった。
しかし、事態は芳しくない。いくら討伐団としてよく駆り出されるとはいえ、五メートル級を一人ではあまり相手をしたことがない。いや、一人ではなかったかなあ。全力でも持ち堪えられるかな……
私は魔獣の前で立ちすくみたかった。
けれども、そんな暇も与えてくれないまま魔獣の追撃が始まった。魔力で身体強化された体術での攻撃。拳で潰そうとしてくる。幸い、速さでは勝っているから避けられるものの、威力は凄まじい。
攻撃を避けたり、剣でガードをしたりしていた。私に向かって振り下ろされる重たい拳により、地面はぼこぼこになり、砂も舞い上がり始めていた。
――何手かそんな風にかわしている間に、なんとなくだが左手の方が動きは鈍く、威力も弱いように感じ取った。このまま避けてばかりでは終われない。躊躇いながらも、このままでは埒が明かないと、私は諦めて剣を強く握り直した。
きたっ。左手からの攻撃だ……避けながらそのまま後ろに回り、両足首を切りかけた。
スーっと一直線に赤い線が入り、途端に血しぶきが出る。魔獣が叫び、動きが鈍くなった。そのうちに跳ねて洞窟の壁を踏み台に、さらに高く飛んだ。そして、振り返ろうとする魔獣の首元に素早く剣を下ろした――
ぼとっ。
あんなにも大きかった魔獣の頭は地面に呆気なく落ちていった。そして、首元からは大量の血が溢れ出た。
私は頭上からその血を被った。鮮紅色ではなく、深い暗赤色。独特な臭い。どろどろとしたべたつき。服に染みていく感覚。避けようとも動く気力が湧かない。剣を握ったまま立ち尽くした……
――なんで魔獣の血も紅いのだろう――
戦いながら、いつもそのことが脳裏を過る。
私がさっきの戦闘中で諦めたことは、自分の命を考えることではない……自分ではない命について考えることを諦めたのだ。
戦うことは当然怖い。自分がいつ殺されるのかわからない恐怖に襲われる。でも、死ぬということにおいては、「敵である」魔獣にとっても、その恐怖は変わらないのではないだろうか……
戦いながらも、何か殺さなくてもよい方法があるのでないかと考えてしまう。倒すことへの躊躇が自分をより危険に晒すことへとつながっている。戦闘中に考え事なんて、ましてや相手は殺しにかかっているのに、私は救いたいだなんて……自分でさらに自分の首を絞めている。
それでも、やめたくない……やめられない……
――私たちは、理由もわからないまま襲いかかってくる魔獣たちに対して、対抗しなければならない。人々には「魔獣を倒す」使命がある。
しかし、私は命を奪うことに抵抗を感じる。奪いたくない。
たとえ、私たちを殺そうとする魔獣であっても……命の重さは、全ての生命が等しく有しているのだと考える。
相手が魔獣であるにしろ、私は命を奪おうとすることが怖い。関わりたくない。そんな気持ちとともに、魔獣に対して「可哀想な」気持ちにもなる。
それでも戦地に赴けば、「自分が死にたくない」という気持ちに諭される。私は剣を振るい、他の命を滅している。
最終的には、誰かを救いたい気持ちよりも自分を守りたい気持ちで埋め尽くされる。結局は自分が一番大切であり、他は蔑ろにできてしまう……魔獣を一人で倒そうとしたことだって、他の調査団メンバーを守ることにかこつけてはいるが、そうすることで自分の保身につながることも真実である。
何もかも自分可愛さゆえの行動に思えてきた。
ああ、ああっ、ああ……
そんな自分が嫌になる。嫌いだ。反吐が出る。自分以外を無視して行動する自分が……
剣を振り下ろすことのできる自分が……
さっきは他者を守らなければならないと思い、自分を鼓舞していたが、一人になってしまえば、そんなものはすぐに瓦解される。
ハァハァ、ハァ……
――呼吸は不規則になっていった。全身の震えが止まらないなか、大切な武器である剣を掴むことはやめ、私は血の付いた自分の頭を抱えていた。目の焦点は儘ならない……
意味もなく頭を掻き掴んだ。紫色に透ける背中までのアッシュブラウンの艶やかな髪は糸のようにぐしゃぐしゃと絡まり、汚い砂のもとへ涙とともに落ちていった。
悲しみではなく、自身の不甲斐なさに苛立たせた涙……
決して綺麗ではない感情なのに、美しく流れていった……
一人で戦うからこそ溢れる感情。光を失い、暗闇へと落ちていく……
読んでいただき、ありがとうございます!!!