僕が僕、俺が俺じゃなくなっても。
(本当の俺はこんなんじゃない。
母親にやらされているだけの、そんな活動で売れるわけなんてないでしょ。
いや、むしろ売れることなんてなくていい。
売れることなくそっと忘れられて、本当の『俺』になるんだから。)
学校は居心地が悪かった。誰しもが俺のことを「一般人とは関わりたくない二世芸能人」としてしか見ていないんだろう。授業だってすべて出られるわけじゃないし、行きたくもない仕事のために遅刻や早退も良くあることだ。人気者として注目を浴びるべき存在のはずが、このクラスルームでは端に追いやられた存在だ。でも俺はそれでいい。学校でも注目を浴びるJKインフルエンサーなんて、絶対になりたくないからだ。
そんな俺に、昼食を共にするクラスメイトなんているはずがない。誰からも話しかけられたくないから、だいたい誰のことも拒絶してきた。でも、教室にいることすら億劫になって、いつの間にかそっと俺はトイレにこもって昼食を食べるようになった。個室の中なら、誰とも目を合わせずに昼休みをやり過ごせる。そう思ってた、けれども、先週それもバレて、教師に注意をされた。さあ、次はどこに行こうか。
そんなことを思って、昼食のサンドイッチを持って校内をふらついている時、一人の男子生徒が屋上に向かっていくのを見かけた。確か彼は校内成績トップの瀬名川奏多、ときどき昼休みにタブレットPCを持ってあついている姿を見かけたけど、ここに行っていたのか。俺も他に居場所なんてないだろうし、屋上に行ってみよう、そう思って、俺も屋上へ上った。
出入口近くの壁にもたれて奏多は昼食を食べていたので、俺は離れた場所で昼食を食べた。何か話しかけられたくもないし。
しばらくしたら、昼食を食べ終わった奏多は、タブレットに向かって何か絵を描いているようだった。秋の涼しい風が心地よくて、案外居場所として悪くないなと思いながら、誰にも邪魔されることはないだろうなら、毎日ここで昼食をとって、勉強すればいいのかな、そう思った。
俺はその次の日も屋上で昼食を食べて、せっかくだからと中間テストに向けた勉強をしていた。芸能活動はしているとはいえ、それだから成績が悪いと馬鹿にされたくないし、大学では親の束縛から離れたい気持ちもあり、遠方のいい大学に入るため、成績は一応トップクラスは保っている。ただ、奏多にはテストの成績でも敵わないが。
その次の日も俺は屋上に行った、相変わらず屋上には奏多もいた。昨日も昼食後にタブレットに絵を描いていたし、今日も相変わらず書いている。お互いに存在は認識しているものの、話しかけることのないだろう、そんな関係は、俺にはとても居心地が良かった。
木曜日、この日は雨が降っていたため、俺は居心地悪く教室で食事をすることにした。その翌日、はまた天気も良かったため、俺は昼休みになったらすぐ屋上へ向かった。一番乗りだ、少し早かったかか、それとも今日は奏多は来ないのか、そう思ったときに、奏多は来た、そして、俺に声をかけた。
「先に来ていたんだね」
「あ、うん」
「僕、隣に行ってもいいかな」
少し驚きだった。てっきり一人でいることが好きなのかと思っていた。
「西奈遥さん、だっけ」
「うん、そうだけど」
「タレントとかやりながら、学校来て、しかも成績も良くて、すごいよね」
「まあ、芸能人だからってバカにされたくないし」
「やっぱりそういうところあるんだ」
少し距離感が近いかな、とか思ったけれども、悪い気分ではなかった。
「だからここで勉強しているんだね」
「あ、僕は瀬名川奏多、一応テストとかトップだし、知って入るよね、よろしく:
「ああ、よろしく」
そんな他愛もない会話をしながら、奏多はオレの隣に来た。
その後は、あまり会話はしなかったものの、隣で昼食を食べていたし、俺は勉強をして、奏多はタブレットに向かってペンを動かしていた。ふとタブレットを覗き込んだとき、オレは風景でも書いているのかと思ったけれども、奏多が描いていたのはなにかのポスターに使うかのようなイラストだった。
「何を描いているの?」
「これ?中間テストの後にある球技大会のポスター、生徒会に美術部って頼まれたけど、誰もやりたがる人がいなくてさ」
「すごく上手いじゃん、私には何の作業しているのかさっぱりわからないけど、うまい絵であることだけはわかる」
「上手いって言われるとなんだか照れるよね、っていうか、遥さんって球技大会参加するんだっけ?」
「私は去年も今年も親が学校に頼んで出ないことになっているよ」
「そうだよね、怪我とかしたらタレントの仕事とかできなくなるもんね」
「確かにね、参加したい気持ちはあるけど、仕事のほうが大事だから」
「そうたよね、お仕事頑張って、僕は応援しているよ」
そう言われて、返す言葉もなく言葉が詰まっている時、昼休み終了の予鈴が鳴った。
「またね、お邪魔になっちゃってたらごめんね」
「いや、そんなことないよ」
そんな言葉を交わして、俺ら二人はそれぞれの教室へ戻っていった。
なんだか、この学校で唯一、居心地のいい場所と、一緒にいて居心地のいい人を見つけた気がした。