また、来年
最近は暑い日が続くので、涼しくなるようホラーを書いてみました。
「こっちこっち!」
声のする方を向くと、元気いっぱいに手を振る友達がいて私は思わず笑顔になった。
「こんにちは。お久しぶりです。」
と、友達を駅まで車で送ってきてくれたのだろう、おばさんに挨拶をしてから
「久しぶりだね。この前会ったのが春休みの時だから4ヶ月ぶりぐらいかな」
と話しかけると、友達は待ちきれないといったふうで、
「そうだね!そんなことより早く遊びに行こうよ!」
と私をせかす。
「じゃあ、いこうか。」
そう言って駅を去ろうとする私達をおばさんが呼び止めて、
「海には気をつけてね〜白い手に引きずり込まれるから!楽しんできて!いってらっしゃーい!」
と茶目っ気たっぷりに私達を送り出してくれた。
私は今、小学校の時からの友達の家がある地域に遊びに来ている。
ここは海も山も川もあり、自然が豊かで空気がとってもおいしくて、都会育ちの私はかなり気に入っている。
私と彼女は小学校のときからの友達で、中学校が別になっても連絡をとりあって今も時々こういう風に遊んだりする。
今日はこの前彼女に
(今度遊びたいな)
と連絡すると、
(八月の十五日がいい)
と返信が返ってきたので、お盆なのに本当に大丈夫かと聞いても大丈夫の一点張りだったため、朝一番の電車に乗って彼女を訪ねたというわけだ。
「さっきおばさんが言ってた白い手って何?」
と彼女に聞くと、
「知らないの?お盆になると霊が海からあがってきて海の近くにいる人を引きずり込んじゃうんだよぉ〜。」
と私をおどかすように話してくれた。
「今日の予定は?」
そう私が聞くと、
「あっついからまずは川に行って水遊び!そのあとは近くの蕎麦屋さんでご飯を食べて、次は……うーん……散歩でもする?……まぁ、まずは川に出発!」
「すっごい楽しかった!次はいつ遊ぼっか?」
「うーん……私は今年受験があるから来年かな?」
「えーつまんないの。……まあ、しょうがないか。じゃあ、また来年!バイバイ!」
「うん、今度こっちに遊びに来てよ。バイバイ。」
私達は太陽が沈んだのにまだ少し明るい夜空のもとで、お互いにさよならを言って別れた。
私は疲れ切っていたので早くどこかに座って休みたいと思い、駅舎への道のりを急いだ。
電子券売機できっぷを買い、線路を渡ってプラットフォームにつくと、ベンチがあるのを見つけたのでこれはありがたい、とばかりにそこに腰を下ろした。
ベンチに座って少しすると強烈な眠気が私を襲ったが、電車が来るまではあと15分あるし、それに電車が来れば音でわかるだろうと思い、私はそのまま眠りについた。
目が覚めると電車の中だった。
私は最初ぎょっとしたが、きっと半分寝ながら電車に乗ったので記憶がないのだろうと思って一人で勝手に納得した。
窓の外を見るとかなり長い間寝ていたのか、あたりはすっかり闇に包まれていた。
電車は海岸沿いを走っていて砂浜がとても近く、白い月の光が黒い海にゆらゆらと浮かんでいた。
私はその景色をしばらく眺めた後、まだつくまではたっぷり時間があるのでもう一眠りしようと考え、目を閉じる。
そして、足の裏をくすぐる冷たい感覚に気付く。
水だ。
海水がいつの間にか車内に浸水している。少しずつ、だが確実に車内の空間を足元から犯している。
私は半狂乱で靴を脱ぎ捨て、座席の上へと足を上げ、叫ぶ。
「誰か!誰かいませんか!」
私の問いかけは虚しく車内に響き、ガタンゴトンという電車の振動にかき消され、やがて徐々に水位を増す海水に静かにのみ込まれていった。
窓を開けて外を見ると、電車はゆっくりと海上を沖に向かって走っていた。砂浜はもう、泳いでは戻れないほど遠くに見えた。
あまりの出来事に手足の震えが止まらず、体中の血の気がさぁーっと引いていくのが自分でもわかった。
私はただただ震えて、迫りくる海水から少しでも逃れようと、座席に立ち上がった。
すると座席の頭上の荷物置きに置かれた自分のバッグを見つけたので、私は震える手でバッグからスマホを取り出し、連絡を取ろうと試みた。
家族、110番、118番、部活の先輩、後輩、友達、クラスメート……かけてもかけても、電話に出る人は誰もいなかった。
私が電話するのなんかお構いなしに、海水は座席に立ったくるぶしまで到達し、電車の揺れに合わせてぴちゃぴちゃと靴下の上から不快な感触を絶え間なく与え続ける。
すねまで水に浸かり私が命の覚悟をし始めたとき、ふいにぞわりと右足首をなでる感触に、私はとっさに水から片足を引き抜いた。
そしておそるおそる足元を見ると、半透明の白い手が物欲しそうに私の右足に向かって手を伸ばしている。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私は思わず悲鳴を上げ、後ずさりした。
その悲鳴が合図かのように水面からは白い手が次々と現れ、私の方へノロノロと集まってくる。
「イヤッ!!やめて!!こっちに来ないで!!!」
そう叫びながら私はバッグを白い手の方へ放り投げ、電車の座席を飛び移って移動する。
このままなら白い手から逃げ切れるかもしれない。
そんな私の期待もむなしく、足元から突然手が現れ、もう逃げられないぞとばかりに私の足首をすごい力で握って離さない。
他の手もどこでもかんでも私の体をつかんで海中へと引きずりこもうとする。海面は既にひざまで来ていて、溺死するには十分すぎるほどだ。
ついに私はバランスを崩し、海に落ちてしまう。
「ガボボッ!」
大量に水を飲み込み、息が苦しくなるがなんとか耐えて、海面から顔を出す。だがそんな抵抗はもう私を掴んで離そうとしない大量の手の前には無駄に終わり、私は再び海中へとあおむけの状態で引きずり込まれる。
(くる……しい……)
まとわりつく白い手はいっこうに離れる気配がなく、むしろ強く私の体を電車の床に固定して、振りほどける感じがまるでしない。
(もう……むり……しぬ……の……かな……?)
私はもう、諦めて頭にあたる硬い床の感触と海面から射し込む電車の明かりを感じながらぼんやりとそう思う。そして
おもいだした。
角はなく丸いけれども硬くて痛い川底の石の感触と水の中にきらきらと射し込むまぶしい太陽の光。薄れていく意識。
そうだ、わたしは
「何を恐れる必要がある」
「お前は」
「もうすでに」
「「「死んでるじゃないか」」」
ああ、そうだ。そうだった。
すっかり白くなった自分の手を見ながら、
来年、また、逢えるかな……。
彼女のことを、想った。
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