第22話 紅蓮の大火竜(ラートリー)
ご覧いただきありがとうございます。
作品中に残酷な描写が出てきます。苦手な方はご遠慮ください。
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気づいたときに、誤字脱字の修正、言い回しの修正、言葉足らずな部分の加筆などを行っています。
基本的なストーリーの変更はありません。
第22話 紅蓮の大火竜
イチタはハクに乗って牙牢城を飛び立ち、深夜の内に砦に到着した。夜中ではあったがすぐさま砦の留守部隊へ牙牢城で決定したことを伝えると、夜が明けるまでハクと一緒に仮眠した。日の出とともにイチタは目を覚まし、ハクと偵察に出発するため身支度を整えていた。
そこへ風魔士のトモが現れた。トモはイチタが早朝に出発することを夜中に聞いて知っていたのだった。
「イチタさん、おはようございます。朝食を作ってきました。」
トモは朝食が入った包みをイチタに手渡した。
「ありがとうございます。ハクの上でいただくことにします。守備隊長たちはもう間もなく到着すると思いますよ。」
「あの、リクは?」
トモは少しはにかんだ表情で尋ねた。
「大丈夫ですよ。リクも一緒です。」
イチタが笑いながら答えると、トモは嬉しそうな表情になった。
「イチタさん、魔法をかけますね。風の守護!」
トモがイチタに魔法をかけると、小さなつむじ風が起こり、イチタの周りを取り囲んで回転したがすぐに消えた。
「風の守護は敵からの物理的な攻撃と魔法攻撃を軽減してくれます。私はまだ強力な魔法は使えないので気休めにしかなりませんが、無いよりはましと思います。お気をつけて!」
「ありがとう!」
イチタはトモにお礼を言うと、ハクに乗って朝日に向かって飛び立っていった。
イチタが砦を飛び立ってから2時間ほどしたころ、地上では馬上から空を見上げている5人の一行があった。その内二人は女性の魔道師で、残り三人は騎士であった。女性の一人は深紅のローブに身を包み、自分の背丈よりも長い杖を持っていた。もう一人は白いローブを着てシラカバの杖を持っていた。
「パウラ、ほら見て!面白い!何かしらあの鳥。白鳥なの?ずいぶん大きな白鳥ね。しかも獣人が乗っているの?」
深紅のローブを着ていたラートリーが尋ねた。
「ふむ。どうやら偵察のようね。一応念ためにマジックシールドを張っておくわ。ラートリーの宝珠で強化してちょうだい。」
「大魔導師パウラのマジックシールドは超強力だから助かるわ。これを打ち破れるのは魔王ぐらいね、ふふふ。」
そう言うと、ラートリーは紫の宝珠を眉間あたりにかかげ念じた。宝珠からは紫色の光が発し辺り一面を照らした。するとラートリーも含めて周りにいた全員が紫色の光に包まれ、魔力が著しく向上した。
紫の宝珠には一定時間あらゆる魔法能力と詠唱速度を大幅に向上させる力があり、さらに相手からの魔法攻撃に対する抵抗力を高める効果もあった。
「縁起でもないことを言わないでちょうだい。まったく!・・・マジックシールド!」
パウラはブツブツ言いながら宝珠の力で大幅に上昇した魔力を使い、ラートリーと3人の騎士にマジックシールドをかけ魔法防御力を高めた。
「ありがとう。さぁ、急ぎましょう!今日の夕方には、砦を丸焼けにしてやるんだから!うふふ。」
ラートリーは笑いながらそう言ったが、眼光は鋭かった。
イチタは、地上にいた人影に気づいてはいたが、5人という少人数だったので気にも留めず王国軍本隊を探していた。砦を出発して3時間ほど飛行したころ、2万の大軍の王国軍が砦に向かっているのを発見した。
「あの進軍速度だと明後日には砦に到着する。物見の報告どおりだな。」
イチタはグウィンへ報告するためUターンして牙牢城の方へ飛んでいった。しばらく飛んでいると、先ほどの馬に乗った5人の人影が見えた。イチタはなんとなく気になったので、高度を下げて様子を見に行った。
「ラートリー、また来たわよ!こちらの動きを報告されるのはまずいわ。」
「任せて。飛んで火にいる夏の虫とはこのことよ!劫火よ!焼き尽くせ!大火竜 昇竜波!」
ラートリーは自分の身長よりも長い杖を振り下ろし、ハクに乗って飛んでいるイチタめがけて魔法を放つと直径数メートルにも及ぶ巨大な炎の渦があたかも竜が空へ駆けのぼるかのような勢いでイチタを襲った。
イチタはハクを急旋回させ炎をかわそうとしたがかわしきることができず、ハクもろとも炎に包まれた。それでもしばらくの間は飛行を続けていたがやがて林の向こうに落ちていった。
巨大な炎の魔法を操るラートリーは、第3次降魔戦争でも魔王軍から『紅蓮の大火竜』と呼ばれ恐れられていた。
「死んだかしら?」
パウラが尋ねると
「ふふふ、仮に生きていたとしてもあの大やけどじゃ動けないわよ。死ぬのも時間の問題ね。それともあの白鳥を焼き鳥にして食べたい?」
ラートリーは笑いながら答えた。
「冗談を言っている場合じゃないわ。行きましょう!」
パウラたちは砦へ向かって馬を進めた。
イチタとハクは炎に包まれながらも必死で飛び続け、林の中に池を見つけた。
「ハク!池だ!池に飛び込め!」
イチタとはハクは池に飛び込んだおかげで炎は消えたが、全身大やけどで身動きが取れなかった。
「し、しまった・・・やられた・・はぁはぁはぁ・・・あれは勇者の一人・・紅蓮の大火竜だ。は・・・早く・・砦の人たちに・・知らせないと。」
イチタは激痛に耐えながら、ゆっくりと手探りで腰に下げた袋から赤のトン薬を取り出し、一本飲んだ。全身の痛みが和らぎ、火傷が少し回復したようだった。
「こ・・これはすごい。どうにか動けるぞ。残りは全部ハクに・・・」
イチタは、よろよろと立ち上がり、ハクの側に行くと赤のトン薬を2本飲ませ、残りの2本はハクの体にかけた。
「クークー」
ハクは羽ばたきをし始めた。
「ハク、大丈夫か?」
「クークークー」
イチタはハクの首を優しくなでた後、体を引きずるようにゆっくりハクにまたがった。
「ハク、見つからないように低く飛ぶんだ!頼むぞ!頑張ってくれ!」
ハクはふらつきながらも走り出しどうにか飛び立った。イチタはラートリーたちから離れるように迂回して低空飛行で砦へ向かって行った。
砦は小高い丘の上にあり周囲は石垣で囲まれていた。石垣の上ではリクが見張りをしており、隣には恋人のトモが一緒にいた。
「はい、これ!」
リクはそう言って牙牢城で買ったプレゼントを手渡そうとしたが、妹のナナから『ちゃんと心を込めて渡さなくちゃだめよ。』と言われたのを思い出した。
「あ、ごめん。えっと、トモが以前欲しがっていたスカーフだ。牙牢城で見つけたから買ってきた。」
そう言って、リクはトモにプレゼントを手渡した。
「ありがとう。うれしい。でもどうしたの。」
そう言いながらトモはプレゼントの袋を開け、スカーフを取り出し、首に巻いた。
「うん、トモが喜んでくれたら、まあ、俺もうれしいかなって。」
リクは照れているのをごまかすかのように、少し不機嫌そうに言った。
「どう?似合う?」
トモはリクを見て嬉しそうに微笑んだ。リクは「きれいだ。」と言いたかったが、砦の外に顔を向けた。
「ああ、まあ、そうだな・・・・えっ!」
「ん?どうしたの?」
「イチタさんだ!イチタさんが戻ってきた。なんだか全身ボロボロだ!」
リクが指さす方を見ると、低空で砦に向かって飛んでいるハクの上には、全身の毛や服が焼け焦げたイチタの姿があった。
「大変、すぐに警備隊長に知らせてくる。」
トモは全力で知らせに行った。
ハクは砦の石垣をすれすれに飛び越え、広場に墜落するように着陸した。
「イチタさん、大丈夫ですか!イチタさん!」
リクが駆け寄りイチタを抱き起して声をかけた。そこへ警備隊長のトシゾウと兵士が数名やってきた。
「た・・大変です・・勇者が・・・紅蓮の大火竜が・・・近くまで・・来て・・夕方・・到着するでしょう・・」
そう言うとイチタは意識を失った。
そこへハルミとトモ、数人の風魔士が駆けつけてきた。
「まあ、大変。早く治療しなくちゃ。」
ハルミは大急ぎで風魔士の中でも回復魔法専門の衛生兵を呼んできた。
「モカちゃん、お願い。」
「はい。お任せください。」
モカと数名の衛生兵たちは回復魔法をイチタとハクにかけ始めたが、牙狼族の風魔術はそもそも回復魔法があまり強力ではなかった。
「私も手伝います。」
トモもモカたちと一緒にイチタへ回復魔法をかけ始めた。
「リク、セイシュウ将軍のところへ行って報告をしろ。今すぐだ。」
トシゾウがリクに命じた。
「は、はい。」
リクはちらっとトモを見ると、トモもリクを見て頷いた。
「ただちに出発します。」
リクは取るものも取り敢えず馬に飛び乗って、急いで牙牢城へ向かった。
「う~んんんん」
イチタは太陽が西の空に差し掛かった頃眼が覚めた。
「ハ、ハクは?」
イチタはゆっくり体を起こして辺りを見回すと、ハルミが現れた。
「ハクは大丈夫ですよ。イチタさんはどんな魔法を使ったのですか。ひどい火傷の跡は残っていたのですが、かなり回復していましたよ。それよりも大変だったのがイチタさんです。皆で一生懸命に回復魔法をかけましたから。ふふふ、衛生兵の人たちはもう魔力が残ってないぐらいです。」
ハルミは笑いながらイチタに言った。
「ありがとうございます。本当に助かりました。」
イチタはそうお礼を言うと、腰に下げた袋から青のトン薬を5個出した。
「これは猪豚族の作ったトン薬です。青のトン薬は消費した魔力を回復してくれるそうです。皆さんで使ってください。」
イチタはそう言って、トン薬をハルミに渡した。
「え、良いのですか、こんな貴重な物をいただいてしまって。」
「グウィン様からは遠慮なく使えと言われています。大事なことは生きて帰ることだと。自分はこれから至急グウィン様へ報告に行かなければなりません。ありがとうございました。では失礼します。」
イチタはそう言って深く頭を下げると、急ぎ足でハクのもとへ行き飛び立っていった。
「大事なことは生きて帰ること・・・か。」
ハルミはそう呟いてイチタを見送った。
ラートリーたちが砦の近くまで到着したのは、太陽が沈み始め、西の空が茜色に染まってきた頃だった。
「危険だから、お馬さんたちはここに置いて歩いていくわ。あなたたちもここで待っていてくださいね。」
ラートリーは騎士たちにそう言うと馬から降りた。
「パウラ、もう一回マジックシールドをお願い。相手には妖術師や幻術士がいるっていう情報だから念には念を入れておかないとね。」
「分かったわ。」
パウラも馬から降りた。
ラートリーは再び紫の宝珠でその場にいる全員の魔力を上昇させた。その後、パウラはラートリーへマジックシールドをかけた。
「それじゃ、ちょっと行ってくるわね。」
そう言ってラートリーは砦の東門を目指して歩いていった。
ラートリーが一人で砦の東門に近づいて行くと、砦の石垣の上にいる弓兵や風魔士が一斉に攻撃を開始した。
「ふふん。そんな攻撃役に立たないわよ。劫火よ!焼き尽くせ!大火竜 昇竜波!昇竜波!昇竜波!」
ラートリーは自分の身長よりも長い杖を振り下ろし、飛んでくる矢をめがけて魔法を放つと、直径数メートルにも及ぶ巨大な炎の柱が渦を巻きながら空へ上っていき、飛んでくる矢を全て焼き払っていった。また、風魔士の魔法攻撃はパウラがかけたマジックシールドの前では全く役に立たなかった。
「さて、お次はどう出るのかしらね。」
ラートリーが薄ら笑いを浮かべながらさらに砦に近づいて行くと砦の東門が開き、約300人の兵士が飛び出してきた。
「大火竜 八門必殺の陣」
ラートリーが叫ぶと、ラートリーの周りに八つの巨大な炎の柱が立ち上った。そしてその炎は猛烈な勢いで回転し、さながら炎の竜巻と言った状況であった。
その炎の巨大さゆえに牙狼兵たちは一瞬たじろいだが、
「敵は一人だ!恐れるな!」
と、指揮官が必死の形相で叫ぶと、牙狼兵はラートリーめがけて突進してきた。
「大火竜 火炎地獄の舞!」
ラートリーがさらに呪文を唱えると、八つの巨大な炎の竜巻は牙狼兵を襲い蹂躙していった。
「うわああああああ」
「ぎゃあああああああ」
「逃げろ!」
牙狼兵たちは巨大な炎の竜巻に飲み込まれると、渦の中を上昇しながら高温の炎で焼かれ、空中に放り出された。兵士が地上に落下してきたときには、全身真っ黒に焼け焦げていて、もはや誰なのか判別がつかなかった。
兵士たちを一人残らず焼き殺した後、ラートリーは砦を見つめながら再び呪文を唱えた。
「さぁて、本気出すわよ! 大火竜 八門必殺の陣! 火炎地獄の舞!」
先ほどよりもさらに大きな炎の竜巻が八つ出現し、砦を襲っていった。牙狼兵は砦の中を必死で逃げ回り、また、建物の中や陰に隠れたりしたが、大きな八つの炎の竜巻は砦の中を駆け巡り、砦内の人や物を飲み込み、建物を劫火で包んでいった。やがて八つの竜巻はさらに巨大な一つの竜巻になり、全てを飲み込み激しい炎の渦で焼き尽くしていった。空からは焼け焦げた死体や物が辺り一面にバラバラ落ちてきた。
「これで、借りは少し返したわ。残りは本隊が到着してからね。見ていなさい。本当の地獄を味わわせてやるんだから!」
ラートリーはそう呟くと、パウラたちが待っている方へ歩き始めた。そこへパウラが馬に乗って、ラートリーの馬を引き連れながらやって来た。
「お疲れ様。それにしてもあなたの魔法、以前よりも強力になっていない?」
パウラがラートリーに尋ねると
「ふふふ、この杖のおかげよ。この杖は8代目魔王が持っていたものなんだけどね、魔力がすごく上昇するのよ。すごいでしょう!」
ラートリーは笑いながらパウラに答えると馬にまたがった。
「なによそれ!宝珠と魔王の杖の両方で魔力を強化しているの?チートすぎるわよ。うふふふふ。」
「うふふふふ・・・あははははは。」
ラートリーとパウラは笑いながら王国軍本隊へ合流するために戻っていった。
砦内は巨大な炎の竜巻で焼き尽くされており、人の姿はどこにもなかった。たった一つ、井戸の中を除いては。
井戸の上には分厚い板が置かれてあり、さらに鉄の鎖で井戸に固定されていた。井戸の底には二人の風魔士がおり、腰を下ろし壁に寄りかかっていた。一人は大やけどの重体で、もう一人は回復魔法をかけて治療をしていた。井戸の底からは冷たい水が湧いていて、水は二人の胸のあたりまであった。大やけどを負ったのはトモであり、回復魔法をかけていたのは衛生兵のモカだった。
「トモ、ごめんね。私の魔力はもうすぐ底を尽きそう。これ以上はできないかも。」
モカの目からは涙が流れていた。
「ポケット・・・の・・中・・青い瓶・・・飲んで・・・」
苦しそうな表情でトモが言った。
「ポケットの中?」
モカが黒焦げになったトモの服のポケットに手を入れると小さな青い瓶が二本見つかった。
「これは何?どうすればいいの?」
「ま・・魔力が・・・回復・・・飲んで・・」
「魔力が回復?私が飲めばいいの?」
トモはかすかに頷いた。モカはとりあえず一本飲むとみるみる魔力が回復した。
「これなら大丈夫。回復魔法を使えるわ。トモ、しっかりして!きっと誰か助けに来てくれるよ!誰かが・・・誰かって誰なの?」
トモが自問自答するように呟くと頭の中にグウィンの顔が浮かんだ。
「そうよ、グウィン様よ!グウィン様が助けに来てくれるわ。だからそれまで頑張るのよ!」
(グウィン様、早く助けて、助けて、助けて)
モカは心の中でグウィンに助けを求めながらトモへ回復魔法を続けていった。
日が沈みはじめ、辺りが薄暗くなって来た頃、イチタは砦に向かっている牙狼軍のところへ到着した。牙狼軍は今朝の日の出とともに牙牢城を出発し進軍を続けていたが、薄暗くなってきたのでいったん野営をして明朝出発する予定だった。
イチタはハクから降りるとグウィンのいるテントへ向かった。イチタがテントの中に入るとグウィン、フドウ、オイチ、ワイナ、アオイ、スパーナが集まって打ち合わせをしていた。
「失礼します。グウィン様、大変です。勇者の一人、紅蓮の大火竜が砦へ向かっています。今頃はもう到着しているものと思われます。いかがいたしましょうか?」
「紅蓮の大火竜?」
グウィンは小首をかしげると、眉間の宝珠が光り出した。グウィンの目の前に宝珠の精霊、虹の女神アイリスが現れた。アイリスの姿も声もグウィンにしか分からなかったが、宝珠が光っている時はグウィンとアイリスが話をしている時だということを親衛隊は知っていた。
「紅蓮の大火竜はラートリーのことよ。紫の宝珠をもっているわ。この宝珠はね、あらゆる魔法能力を大幅に上昇させて、大魔法でも長い詠唱なしに発動することができるようになるの。さらに相手からの攻撃魔法に対する抵抗力も強くなるという優れものよ。その効果が及ぶ範囲は1000人以上かしら。今までの敵とは全然違うから気を引き締めなさい!」
アイリスはそう言って姿を消すと眉間の宝珠の光も消えていった。
「そうか。分った。親衛隊はフドウの指揮のもと大至急砦へ向かえ!俺はセイシュウ将軍に話をしてから追いかける。イチタは一緒に来てくれ。」
「はっ!承知いたしました。」
フドウはそう言うと、親衛隊に声をかけ、大至急準備を整えると砦へ向かって出発した。親衛隊にはガルダ族以外全員に馬があり、歩兵の多い牙狼兵よりも速く移動することができた。
グウィンはイチタを従えてセイシュウ将軍のいるテントへ入った。テントの中ではセイシュウ将軍と参謀のジュウベイ、副将軍のムサシがいた。
「セイシュウ将軍、緊急事態だ!」
「グウィン様、いったい何ごとですか?」
セイシュウ将軍はグウィンが突然やって来たのでいささか驚いた表情で尋ねた。
「イチタの報告によると、勇者の一人、紅蓮の大火竜が砦に向かって来ているということだ。」
「何ですと?勇者が攻めてきたのですか?物見の報告にはありませんでしたが。」
セイシュウ将軍が疑問を投げかけると
「はい。紅蓮の大火竜を含めて5人で馬に乗って砦へ向かっていました。物見が確認した後に出発したものと思われます。今頃は既に到着しているはずです。」
イチタが答えた。
「砦が心配だ。俺は大至急砦に向かう。」
「承知いたしました。たった5人で何をするつもりなのか分かりませんが、我が軍も野営を中止し直ちに出発いたしましょう。グウィン様もお気をつけて!」
「うむ。分かった。では先に出発する。」
グウィンはそう言ってイチタと共にテントを出た。テントの外でグウィンは改めてイチタをまじまじと見た。
「イチタ、その火傷の痕はどうしたのだ?」
「はい、紅蓮の大火竜にやられました。ですが、グウィン様からいただいたトン薬と砦の風魔士の皆さんのおかげで命拾いいたしました。ありがとうございます。」
「だが、そのひどい火傷の姿をサヤカが見たらまた泣くぞ。それにその体では思うように戦えないだろう。俺の血を飲め。」
グウィンは自分の手のひらを傷つけ血を出した。
「ありがとうございます。」
イチタはグウィンの血を飲むとみるみる火傷の跡がきれいになり全快した。
「良し!行くぞ!」
「かしこまりました。」
グウィンの馬は魔王の祝福を受けた馬だった。ユニと名前を付けられたこの白馬は頭に一本の角が生えており、一般の馬よりもはるかに力強くタフな体をしていた。グウィンが乗ると砦へ向かって風のごとく走り出した。イチタもハクに乗ってグウィンの後をついて行った。
グウィンはすぐにフドウ達に追いついたが
「先に行くぞ!スパーナ、ニアール、ライアンはついて来い。」
と言ってフドウ達を追い越し先行した。そして、そこから少し行くとセイシュウ将軍のもとへ向かっているリクに出会った。
「グウィン様、一大事です。紅蓮の大火竜が現れたとのことです。」
リクはグウィンに駆け寄って報告した。
「うむ。イチタから報告を聞いた。今砦に向かっているところだ。」
グウィンはユニに乗ったまま答えた。
「イチタさんは酷い火傷だったのにもう回復したのですか?」
「砦の風魔士に世話になったようだ。ところでリクはこれからどこへ行くのだ?」
「はい。セイシュウ将軍へ報告に行きます。」
「分った。急げ!」
「はい。では失礼します。」
リクは馬に乗ると急いで出発した。
「イチタ!先に行け!」
グウィンは上空を旋回していたイチタに言った。
「承知いたしました。」
イチタはまっしぐらに砦へ向かって飛んでいった。グウィンもスパーナたちと一緒に後に続いた。
グウィンとスパーナたちが砦に到着したのは深夜だった。あたり一面に焼け焦げたにおいが立ち込め、砦にいた牙狼兵たちの焼死体と思われるものが砦の周囲に散乱していた。
グウィンが焼け落ちた東門から入ると、イチタとハクがいた。イチタは地面に四つん這いになって号泣していた。
「信じられない。いったい何があったというのだ。」
スパーナは砦の惨状に驚きを隠せなかった。
「誰かいる!」
グウィンは耳をぴくぴく動かした。
「こっちだ!」
グウィンは井戸の方へ走っていった。井戸は焼け焦げた厚い板で蓋がされており、さらに鉄の鎖で井戸に括り付けられていた。グウィンは大急ぎでそれらを取り除いて井戸の中を覗いて声をかけた。
「誰かいるのか?」
「グウィン様、助けてください。トモが死にそうなんです。」
井戸の底からモカが叫んだ。
「待っていろ!今すぐ行く!」
グウィンは井戸の壁面を手足で突っ張って押さえながら井戸の底へ降りていった。グウィンが井戸の底に到着するとモカが危篤状態のトモを抱きかかえていた。
「しっかりしろ。俺の声が聞こえるか!お前は魔王の祝福を望むか?」
トモはかすかに頷いた。
グウィンは自分の指先を傷つけ出血させるとその指をトモの口に入れた。
ゴクリ!
トモがグウィンの血を飲むとみるみる火傷が治っていった。トモはゆっくり体を起こした。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。」
「もう少し飲め!」
グウィンはそう言うと、今度は手の甲を傷つけ先ほどよりも多く出血させ、トモの前に手の甲を出した。トモはグウィンの手をつかみ、むさぼるように血を舐めた。トモの体は火傷が完治しただけでなく以前よりもはるかに強靭になり魔力も大幅に上昇した。
「ありがとうございます。私は風魔士のトモです。よろしくお願いいたします。」
トモはグウィンの前に跪いた。
「うむ、とりあえず井戸の外へ行け!話はそれからだ。」
「承知いたしました。」
トモは井戸の壁を両手両足で押さえながら軽快に井戸を登っていった。
「お前は大丈夫か?」
「はい、私は大丈夫です。ただちょっと疲れただけです。」
モカの側には青のトン薬が入っていた瓶が2本落ちていた。
「そうか、では俺の背中に掴まれ。井戸を出る。」
「ありがとうございます。」
モカがグウィンの背中にしっかりしがみつくのを確認して、グウィンは井戸を登り外に出た。
「いやあああああああああああああ!」
グウィンたちが井戸から出てくるとトモの大きな叫び声が聞こえた。砦の惨状を見たトモは絶叫した後、放心状態で崩れるように地面に座り込んでしまった。モカはトモの側へ駆け寄りそっと抱きしめると、トモはモカの胸に顔を埋めて泣き始めた。モカはトモの頭を優しくなでながらグウィンに話し始めた。
「グウィン様、私の話を聞いていただけますか?」
「うむ。だが少し待て。」
グウィンはそう言うと、スパーナたちに声をかけた。
「スパーナ、ニアール、ライアン、お前たちは周囲を警戒してくれ!」
「分かった。任せてくれ!」
スパーナはニアールとライアンを連れて空へ昇っていった。
「イチタ!お前もだ!泣いている暇はない。立ち上がるんだ。」
「は、はい、申し訳ありませんでしゅた。今しゅぐ行きまふ。」
イチタは涙を拭きながらハクに乗ると飛び立っていった。
「さて、話を聞こう。」
グウィンはモカの隣へ行って腰を下ろした。
「私の名前はモカと言います。父は牙狼族の人で母は猫又族の人でした。私が幼いころに両親は王国軍に殺され、私は牙狼族の人に育ててもらいました。成長してから風魔士訓練所に入り今は回復魔法専門の衛生兵として砦に配属されています。実は・・・私は寝ている時に夢を見るのですが・・・その・・なんて言うか。」
モカが言いよどんでいるとグウィンは尋ねた。
「寝ている時に夢を見るのは誰でもあることだ。何か問題でもあるのか?」
「え~と、誰からも信用してもらえないのですが、私が見る夢は時々現実になるんです。予知夢というか。その通りになってしまうんです。」
「ふーむ。そういう事もあるのかもしれないな。」
「それも一度や二度ではないんです。今回の件も夢で予知しました。そして井戸に中に隠れると助かるということも分かっていました。それでハルミさんにそのことを伝えました。ハルミさんは『井戸は狭いからあなただけでも隠れなさい。』って言ったんです。私の言う事なんか、夢のお告げなんか、誰からも信用されないんだって思いました。でも違いました。」
「どう違ったのだ。」
「紅蓮の大火竜の攻撃が始まって、私はすぐに井戸の中に隠れました。その後しばらくして全身に火傷を負ったトモが井戸の中に放り込まれました。そして井戸には蓋がされました。それはハルミさんがやったんです。ハルミさんも全身が炎に包まれていたのに・・・本当に気丈な方でした・・・自分の身を犠牲にして私たちを・・ヒック・・助けてくれたのれす・・・う、ううう・・・うぁーん!」
モカもトモの上から覆いかぶさるようにして泣き始めた。
「そうか。ハルミさんが助けてくれたのか。」
グウィンは泣いている二人を見守っていた。しばらくしてモカが泣き止むとまた話し始めた。
「グウィン様、私はもう一つ夢を見たのです。グウィン様の親衛隊になる夢でした。私の予知夢を信じてくださるのはグウィン様だけです。私はこの自分の力が役に立つところで生きていきたいのです。変人扱いされて生きていくのは嫌なんです。どうか私を親衛隊の一人に加えてください。」
モカは泣いているトモを抱きかかえながらグウィンに申し出た。グウィンは頷いてモカに魔王の祝福を与えた。モカの体はあまり変化しなかったが魔力が大幅に上昇した。
「あぁぁ、素晴らしい魔力です。ありがとうございます。」
モカはそう言うと目を閉じしばらく黙っていたが、やがて眼を開けると、右目の色が金色に左目の色が青に変わっていた。
「あの~グウィン様、一つ申し上げてもよろしいですか?」
モカは少しためらいがちに口を開いた。
「なんだ、遠慮なく言ってくれ。」
「はい。王国軍ですが、明後日まで・・日付が変わったので明日といった方がいいのかもしれませんが、それまでは攻撃してきません。夜が明けると牙狼軍本隊が到着します。そうなると陣地を築くために忙しくなりますよ。夜が明けるまでグウィン様も偵察している親衛隊の皆様も今のうちに少しお休みになってはいかがですか?」
「それも予知夢なのか?」
「いえ、夢を見なくても少し予知できるようになったというか、予知とは違うかもしれませんがいろいろな選択肢の結果が見えるような感じというか・・・もちろん分からないことの方が多いのですが・・・」
「もう少し具体的に言ってくれ。」
「はい。このまま徹夜で警戒していても敵は現れず、皆さん方が疲れ果ててしまう未来が見えました。逆に皆さんが今ここでお休みなっても何の問題もなく朝を迎えられるという未来も見えました。ですから・・・その、差し出がましいことを言って申し訳ありませんでした。」
「いや、そんなことはない。貴重な意見だ。」
「ありがとうございます。もし、何か見えた時はグウィン様に報告してもよろしいですか?」
「もちろんだ。そういう時は速やかに報告してくれ。」
「はい。かしこまりました。」
モカは少し嬉しそうに返事をした。
グウィンは偵察しているスパーナたちを呼び戻すと全員で仮眠をとることにした。




