第1話 誕生
残酷な描写が出てきます。苦手な方はご遠慮ください。
第一話 誕生
8代目魔王は数人の親衛隊とわずかに生き残った巨人族と共に城に立てこもっていた。城は巨人族の国の北西地域にあり、城からさらに北西方向には高い山々がそびえ、ガルダ族が住む地域が広がっていた。巨人族はヘリオス王国の攻撃によってほとんどが殺されてしまい、魔王が立て籠もっている城が最後の拠点であった。
魔王軍の一員だった獣人族は、この10年間の王国の攻撃により疲弊しており、魔王に協力する余力はなかった。王国は今度こそ魔王を滅ぼす好機ととらえ討伐軍を送り出した。
魔王は親衛隊のエマと共に城の4階にある寝室にいた。
「エマ、本当は安全な場所で出産させてやりたかったのだが、そういう訳にもいかなくなってしまった。」
魔王は大きくなったエマのお腹を見つめ、ため息をついた。
「承知しております。ですが、どこであろうと魔王様の後継者を無事生んでみせます。」
エマはベッドの上で大きくなったお腹を撫でながら答えた。
獣人族は大きく分けて、牙狼族、猛虎族、猪豚族、妖狐族、猫又族があったが、エマは猫又族出身であった。
「それでは、我が精気をお腹の子に注ぐとしよう。」
魔王はそう言うと、エマをベッドに横たえ、エマの大きなお腹に手を軽くのせ精気を注ぎ始めた。
初めは初代魔王だけだった。だが、初代魔王は様々な種族との間で子孫を残すことが可能であり、もともと一夫一婦制という概念や制度がなかったので、複数の種族の女性との間に子供を残した。その中でも魔王の後継者(次の魔王)となるものついては、受胎した時から魔王が自分の精気を与え特別な能力を伝授した。後継者以外の子孫は魔王の一族と呼ばれ魔王を支えていった。
代々の魔王もそのやり方に倣い、一時期は多数の魔王の一族がいたが、今ではすべて王国軍に殺され誰も生き残ってはいなかった。
精気の注入が終わると魔王はそっと手を放しエマの体を起こした。
「どうじゃ、体に変化はあるか?」
「魔王様、お腹の中が温かくなってとっても気持ちがいいです。」
エマはそう言いながらうっとりした表情で答えた。
「うむ。ゆっくりさせてやりたいが、勇者たちの軍勢が城に迫っている。わしはここで勇者どもを迎え撃つ。エマは安全な場所に逃げてもらいたいのじゃ。」
魔王は厳しい表情でエマに言った。
「安全な場所と言いますと?」
「ガルダ族の山奥に賢者のいる洞窟がある。あそこならば安全じゃ。」
「魔王様はいかがなさいますか。」
「勇者どもを倒してお前たちを迎えに行く。それまで待っているがよい。だが、わしに万一の時があれば、人間どもに気づかれぬよう育ててもらいたい。人間どもはわしが最後の一人だと思っている。わしをここで討ち取れば我が一族は全滅したと思うだろう。エマを探しにはいかないはずだ。」
「魔王様。」
エマは涙ぐんだ表情で魔王の胸に顔を寄せた。魔王はエマの肩を抱き寄せた。
「そして、いつの日か人間どもから七色宝珠を取り戻し、世界を再び平和にしてもらいたいのじゃ。奥にわしが育てた白鳥がいる。魔王の祝福を与えた、いわば魔白鳥だ。お前たちを乗せて安全な場所へ連れて行ってくれるだろう。子供のことは頼んだぞ。」
魔王は無念さを滲ませながらエマに今後のことを託した。
その時、城が大きく揺れ、巨人族の戦士が慌てて駆け込んできた。
「魔王様、大変です!勇者の奴らが、勇者の・・・」
「落ち着け、騒々しい。何事だ!」
「はい。勇者により城門が破壊されました。それが思っていたより大軍で、一気になだれ込んできそうです。」
「分かった。わしも行く。3階の玉座の間で迎え撃つ!残った兵を集結させよ!」
「はは、承知いたしました。」
「エマよ!わしが時間を稼いでいる間に、逃げるのだぞ!」
魔王はエマにそういうと、自分の身の丈と同じくらいの杖を手に取り玉座の間へ向かった。
魔王たちを見送った後、エマはベッドから降りたが、突然、陣痛が襲ってきた。
(うううううっ、く、苦しい。まさか?もう産まれるの?今はダメ!もう少し我慢して!)
エマの願いも空しく陣痛はますます激しくなり、その場に座り込んで気を失ってしまった。ふと気が付くと、スカートがめくれ上がり、パンツは膝までずり下がっていた。そして股間には男の子が産まれていた。
「産まれちゃったのね・・・うふふ、こんにちは。私がママよ。」
エマが子供を抱き上げると、無心におっぱいに吸い始めた。だがそれは、お乳を飲むというよりもエマの精気を吸っていた。
子供は人間に近い姿であったが頭には猫のような大きな耳があり、お尻には足元まで届く細長い尻尾があった。髪は銀髪でサファイアのような美しい青い目をしており、首から下はシルクのような光沢となめらかな手触りの短く白い毛でおおわれていた。
後に『白銀の魔猫』と怖れられる9代目魔王が誕生した日であった。
「美しい子ね・・・うふ、親ばかかしら、うふふ。そうだ、名前を付けなくちゃね。あなたの名前は・・・そう、グウィンよ、グウィンちゃん。早く大きくなってね。」
エマはとても愛おしい気持ちでグウィンを見つめていたがふと我に返った。
(早くこの子を連れて逃げなければ!)
下の階から、激しい轟音が鳴り響き始めた。
(勇者たちとの戦闘が始まったのね。)
抱いていた子供が急にずっしりと重くなったので、子供を見ると人間でいえば1歳くらいの大きさに急激に成長していた。
(すごい成長ね。さすが魔王様の後継者だわ。)
エマはベッドの上に置いてあった純白の毛布で子供を包み込み、立ち上がろうとしたが眩暈がして倒れこんでしまった。
(どうしたのかしら・・・力が入らない・・・)
エマは子供を抱えながら、自分の体を引きずるように部屋の奥へ進んでいった。そこには全長が3mほどの巨大な魔白鳥がいた。
「早く逃げなくちゃ。」
エマは意識を失いそうになりながらも、魔白鳥の脚につながれている鎖を外し、窓を開けていると、これまでにないほど大きな爆音が鳴り響き、立っていられないほど城が揺れた。
(魔王様が死んだ。)
エマは直感的に悟った。その時、大きな音に驚き、開いていた窓から魔白鳥が飛んで行ってしまった。
「ま、ま・・て・・・」
エマは茫然と魔白鳥を見つめていたが、やがて力尽きそのまま気を失ってしまった。
王国は、今回の戦いを魔王一族討伐の最終決戦と位置づけ、勇者と王国軍の精鋭で戦いに望んでいた。
勇者は、
青の宝珠担当(青の勇者)の聖騎士ドナミン、
橙の宝珠担当(橙の勇者)の剣聖コウタロウ、
金の宝珠担当(金の勇者)の聖戦士バイン、
緑の宝珠担当(緑の勇者)の聖神官シラーラ、
赤の宝珠担当(赤の勇者)の聖弓士アステル、
藍の宝珠担当(藍の勇者)の忍聖サナユキ、
紫の宝珠担当(紫の勇者)の聖魔道師ラートリー
の7人であった。それぞれ七色宝珠を王国から貸与されており七色勇者と呼ばれていた。彼らが7代目魔王と戦った時は10台後半であったがあれから25年の歳月が流れていた。
3階の玉座の間で魔王を倒した勇者パーティは、4階のエマのいる寝室へ向かっていた。
「魔王は手ごわかったけど、倒せてよかったよ。皆には本当に感謝している。」
勇者パーティのリーダーであるドナミンは最後の魔王を討つことができたのでほっとしてつぶやいた。
「ああ、まったくだ。俺はうれしい!あっはっはっはっはっ!」
バインもドナミンに同意した。
「どうやら行き止まりのようだな。何もないようだが。」
先頭を歩いていたサナユキがそう言って立ち止まった。
「ちょっと待ってくれ。」
ドナミンが腕にはめている青の宝珠を掲げ
「青の宝珠よ!すべての魔法を消滅させよ!」
と、ドナミンが言うと青の宝珠から波動が広がりその場の空間が一瞬ゆがんだ。すると、壁に扉が現れた。
「やはり魔法で入り口を隠していたか。この部屋が最後だ!油断するな!サナユキ、中の様子を見てくれ!」
と言いながらドナミンは身構えた。
サナユキは扉の前で腕にはめている藍の宝珠を眉間付近にかかげた。藍の宝珠は見えない場所を見ることができる力があった。
「部屋の奥に獣人が一人倒れている。」
サナユキが部屋の奥で気を失っているエマを見つけた。
「よし!俺が突入する!援護してくれ!」
そう言うとバインは両手剣を構えた。その言葉を合図に、コウタロウが橙の宝珠を使って全員の身体的な能力を大幅に強化し、ラートリーは紫の宝珠を使って全員の魔法能力を大幅に向上させた。
「マジックシールドをつくるわ。」
シラーラがそう言って全員にマジックシールド付与した。他の勇者たちもそれぞれ攻撃の準備を整えた。
「よし!行くぞ!」
聖戦士バインはそう言うと金の宝珠を掲げた。すると、扉が吹き飛んだ。金の宝珠は念じることで物を動かすことができた。
「貴様は何者だ!なぜそこで寝ている!?起きろ!」
部屋に突入したバインは大声で叫んだ。
「さっさと斬れよ!」
コウタロウが後ろでぼっそとつぶやいた。
エマはバインの声で目を覚ました。目の前には7人の勇者がいた。エマはグウィンを庇うように立ち上がると、眠りの魔法を唱え始めた。猫又族は、眠り、恐怖、魅了の魔法が得意な種族であった。エマは7人の勇者相手に勝ち目はないと判断し、全員を眠らせてから脱出するつもりだった。
「魔法は効かないですよ!諦めて投降したらどうですか!」
ドナミンが静かに行った。
「ウウウウウ、シャアアアア!ニャ!ニャ!ニャ!」
エマはパニックを起こし目の前のバインに襲いかかったが、目にも止まらない速さのエマの猫パンチをバインは余裕でかわした。
「御免!」
キラッ! ズバッ! ドサッ!
バインのミスリル製の両手剣がきらめいた瞬間、エマの胴体は真っ二つに切断されていた。エマは空中に手を伸ばして何かを言いたそうだったが、そのまま息絶えた。
バインは油断なく身構えて、あたりを見回した。
「窓の方に何かいるぞ!」
バインが用心深く窓際を見つめていると
「子供よ!」
そう言って、突然ラートリーが走りだし子供を抱き上げた。
「ねえ、獣人の子じゃない?」
アステルも駆け寄ってラートリーの脇から子供の顔を覗き込んだ。
「最後に切った獣人の子か?まだ生きているのか?」
そう言いながら、バインは剣を下ろし様子を見ていた。
「寝ているだけみたいよ。獣人の年齢は分からないけど、人間でいえば一歳くらいの大きさかな。」
ラートリーは子供を抱きかかえ、あやしながら答えた。
「子供ですか。どうしたらいいですかね。」
ドナミンがひとりつぶやくと、
「この場で殺すべきよ。この次は人間に生まれ変わることができるように私が神様にお祈りしますわ。」
シラーラが冷たい目つきで子供を見ながら言い放った。
そこへ王国軍の兵士たちが入ってきた。
「勇者の皆さん!どうかなさいましたか?」
「ええ、ご覧のとおりですが、どうしましょうか?」
ドナミンは子供を抱いているラートリーの様子を兵士たちに見せた。
勇者たちは中庭へ移動し、討伐軍の団長と話をしていた。
「先程確認しましたが、性別は雄で猫又族の子供のようです。捕虜として連行します。」
「捕虜って、将来はどうなるの?」
子供を抱えたラートリーが質問した。
「皆様もご存知の通り、国から『獣人は人にあらず、人間に危害を及ぼす害獣であり駆除すべし』という通知が出されておりまして、とりあえず王立研究所へ移送されてからそこで対応が決定されると思います。成長した獣人族は服従しないものが多いため殺される場合がほとんどですが、赤ん坊の時から育てれば奴隷になる可能性も高いと思います。」
「奴隷といっても性的な奴隷だろ!好きな貴族様がいるようだし。」
「ええ?でもこの子は雄よ?」
ラートリーが不審な眼差しでコウタロウを見ながら言った。
「男の子が好きな貴族様もいるんだとさ!」
コウタロウが吐き捨てるように言った。
獣人族との性的交渉は獣姦罪に問われ刑罰が科せられることになっていたが、半ば公然の秘密で一部の貴族階級で行われていた。
「えへん!えへん!」
団長はわざとらしく咳払いをして話を続けた。
「え~、城の調査に時間がかかりますので今晩はここで宿泊します。明日王宮へ戻る予定ですが、それまでの間、皆さんでその子供を看ていただきたいのです。よろしくお願いします。」
そう言うと団長はそそくさと立ち去っていた。
王国軍は城の中を隅々まで調べ、敵がいないことを確認し終わると食事をとることにした。兵士たちは魔王を倒したという達成感と長年にわたる戦いが終わったという安堵感に満たされ、お酒でもあれば宴会が始まりそうな雰囲気であった。
パチパチパチパチ・・・一本の足が炎で焼かれており肉が焼ける匂いがあたり一面に立ち込めていた。辺りはすっかり暗くなり、勇者たちも中庭で食事をしていた。
「改めて、お疲れ様でした。長きにわたる魔王軍との戦いも今日で終わりです。本当にありがとう。」
そう言ってドナミンが深々と頭を下げた。
「魔王は倒したが、獣人族との戦いはまだ残っている。俺は最後まで戦うぞ!ははは!」
バインが肉を食べながら楽しそう言った。
「巨人族も滅ぼしたし、ドワーフ族も制圧したし、最後の魔王もやっつけたし、私たちはもういなくても大丈夫じゃないかな。」
アステルがそう言うと
「うん、そうだよね。獣人族だけなら王国軍でもなんとかなるでしょ。王国の兵士だってまあそれなりに宝珠は使えるわけだから。」
ラートリーもアステルに同意した。宝珠の力は勇者ほどではないにせよ、一般の兵士が使っても大きな威力があった。
「今後のことは帰ってから陛下と相談するとして・・・やっぱり獣人の雌の肉は柔らかくて美味だね。」
ドナミンは肉をほおばりながそう言って話題を変えた。
「特にももの肉は、脂がのっていてジューシーよね。」
ラートリーはそう言いながら焼けた部分をナイフで切り取って皆に配っていた。
「ほかの兵士たちも奪いあっていたから、跡形も残っていないだろうな。」
ダインも満足げに肉を食べていた。
「さて、俺はレバ刺しでも食べるか。一切れ手に入れるのも大変だったぜ。すまん、塩を取ってくれ。」
「はいどうぞ。」
コウタロウがラートリーから塩を受け取りパラパラと振りかけて食べはじめた。
「生で内蔵食べて大丈夫なの?」
ラートリーが心配そうにコウタロウへ言った。
「何回も食べているが、問題ないようだな。コリコリして濃厚な味だ。美味しいぜ。食べてみるか。」
と、コウタロウが言うと
「嫌よ、私は焼いた肉が好きなの。今度焼き肉のたれでも持ってこようかな。」
「ははは、焼き肉のたれか、それもいいな。」
ラートリーの言葉にバインが相槌を打った。
「なかなか目が覚めないわね。」
アステルは食欲がないのか肉を食べずにグウィンを見つめていた。グウィンは白い毛布にくるまれて眠っていた。すると、
「獣人と性的な関係ですって!?汚らわしい!。」
シラーラは昼間のコウタロウの話を思い出した。
「人間は神様が作った最も尊い種族だって法王様がおっしゃっていたわ。他の種族と交わるなんて、神への冒涜よ。」
シラーラは激こうして言ったが、人間とエルフとのハーフであるアステルはその話に関わりたくなさそうにプイと横を向いた。
シラーラが子供の顔を睨みつけていると、グウィンの目がうっすらと開いて、一瞬目がピンク色に光った。シラーラは突然意識が朦朧となり虚ろな表情になってしまった。
「目が覚めたの?」
そう言いながらシラーラはゆっくりグウィンを抱き上げた。
「んん~」
グウィンの小さな声が聞こえた。
「うん?なぁに?人間の言葉分かるの?」
シラーラがグウィンの口元に耳を近づけると
「や・・きに・・・キュ・・のた・・れ?」
という声が聞こえた。
「ぷははは、開口一番に焼き肉のたれか!面白い子だな。」
バインはとても愉快そうに手をたたいて笑った。
シラーラはグウィンを抱いたまま静かに立ち上がり、
「私、服を探してくる。」
と言って城の中へ向かって歩き始めた。
「私も一緒に探すよ。」
シラーラの突然の行動に不安を感じたラートリーは後を追った。
「それじゃ、手分けして探しましょう。私は上の階から探すから、あなたは下の階から探してくれる?」
そう言うと、シラーラは上の階へ向かって歩き始めた。
シラーラとグウィンは4階の寝室のベッドの上にいた。シラーラはゆっくりと服を脱ぎ上半身裸になった。そしてグウィンを抱いて自分のピンク色の乳首をグウィンの口に含ませた。しばらくするとシラーラは意識を失い、ベッドの上に仰向けに倒れてしまった。グウィンはシラーラの精気を吸いみるみる成長した。
「ふう。案外いけるな!」
そこには人間でいえば5歳くらいの少年に成長した猫耳の獣人がいた。幼い容姿とは裏腹にサファイアのような青い目は激しい怒りと憎しみに満ちていた。
グウィンはベッドの周り落ちていたエマのパンツを見つけた。グウィンは手に取って匂いを嗅いだ。
「母さんの匂いだ。」
グウィンはそう言って血と羊水でぬれているエマのパンツをはいた。裸でいるよりはましだと思ったのだ。そして、純白の毛布で体を覆うと忽然と姿を消した。
「戻ってきませんね。僕たちも様子を見に行きませんか?」
二人の帰りが遅いので、ドナミンたちも城の中へ入っていった。ほどなくして2階で服を探していたラートリーと合流し、さらに上の階へ向かった。6人が4階の寝室に到着するとベッドの上にはシラーラが上半身裸で倒れていた。
「大丈夫?しっかりして!」
ラートリーがあわてて側に脱いであった法衣をかけシラーラを抱き起した。部屋には誰も居らず窓は大きく開かれ、夜風が吹き込んでいた。
翌朝、討伐軍は王宮へ帰還する準備をしていた。シラーラは朝になってようやく目が覚めドナミンと話をしていた。
「申しわけありません。昨晩のことは記憶がないのです。」
「そうですか。獣人の子がどこへ行ったかも分かりませんか?」
「情けない話ですが、本当に記憶がなくて。」
ドナミンの質問にシラーラは申し訳なさそうに答えた。
「体は大丈夫なの?怪我とかしていない?」
ラートリーはシラーラの体調を気遣って言った。
「怪我はないみたい。でも、なぜだかすごく疲れているのよね。横になって休みたいわ。」
「無理しないでね。」
そこへ団長がやってきた。
「ドナミン殿!シラーラ殿のご容体はいかがですか?」
「怪我はしていないようですが、とても疲れているようです。昨晩のことは全然覚えていないとのことです。ところで団長さん、これからどうする予定ですか?」
「はい。我々としても気にはなりますが、たかが獣人の子供一匹を探すために、いつまでもここにいるわけにはいきません。速やかに王宮へ戻ることとします。それにしてもシラーラ殿もお好きですな。ごほんごほん、いえいえ何でもありません。きっと長年の疲れが出てしまったのでしょう。」
団長はシラーラがベッドの上で一人でいかがわしいことをしているうちに、これまでの疲れが出て寝てしまったと思っているようだった。団長はシラーラのほうをちらっと見て薄ら笑いを浮かべた。
「な、何を!!」
シラーラが思わず激高したが、ドナミンがすかさず
「承知しました。僕たちも帰還の準備をします。」
とかぶせるように言って、シラーラを抑えた。
準備を終えた勇者たちは、王国軍が用意した馬車に乗り帰途に就いた。
グウィンは王国軍が城から完全になくなるのを確認してから姿を現した。体には毛布が巻かれていた。この毛布は8代目魔王が用意した魔法の毛布であり、姿を隠すことができた。グウィンはこの毛布の力に気が付き隠れていたのだ。
「父さんはどこだ?」
グウィンは父・魔王を探して城の中を歩き始めた。3階の玉座の間でそれは見つかった。魔王は全身黒焦げに焼かれ、首を切り落とされていた。装備は剥ぎ取られ体は切り刻まれ無残な姿をさらしていた。
「父さん!」
グウィンは魔王の首を見つけて、抱きかかえた。すると、魔王の首が目を開き、話始めた。
「グウィンよ。無事だったか。良かった。」
「うん。」
「城にあったものは全部奪われてしまった。お前に何も残してやれなかったな。せめてわしの爪をもっていけ。お前の武器になる。」
「分かった。そのうち奪われたものは全部取り返してやるよ。」
「まだ無理をするな。生き延びることを考えろ。そして力をつけるのだ。お前の中には代々の魔王の知識や能力が受け継がれているが、今はまだ使いこなせまい。だが、これから成長して力をつけていけば徐々に目覚めていくだろう。」
「僕は勇者たちに勝てる?」
「今は無理だが、いずれ勝てるようになる!だが・・七色宝珠を持っている勇者は・・強い。くれぐれも・・油断はするな。」
魔王は苦しそうに話していた。
「いつの日か・・人間たち・・・から・七色宝珠を・・・取り戻してくれ・・・ガルダ族・・けん・じゃ・・あえ・・」
魔王の首から突然もうもうとした煙が立ち上り、ただの炭の塊のようになってしまった。
「おおお!びっくりした!」
グウィンは驚いて魔王の首を落としてしまった。
「そういえばさっき爪を持って行けと言っていたな。」
グウィンは気を取り直し、魔王の死体のところへ行き、手の爪を持つと自然にはがれた。爪はグウィンの小さな手と同じくらいの大きさであった。爪を一枚ずつ両手に持っていると、自然に手の中に吸い込まれ消えていった。
「これでいいのかぁ?」
グウィンは何が起こっているのかよくわからない表情であったが、炭の塊になった魔王の首を拾い上げ、中庭へ向かって歩き始めた。中庭で勇者たちが焚火をした場所にくると、食い散らかされた大腿骨を見つけた。
「母さん。」
グウィンは、大腿骨を抱きしめた。
「必ず仇はとる!勇者たちを焼き肉にして食ってやる!覚えていろよ!」
グウィンは大声で叫んだ後、魔王の首とエマの大腿骨を毛布にくるみ背中に背負った。そして口笛を吹くと空から魔白鳥が降りてきてグウィンを乗せて飛び去って行った。