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第3話 英雄の末路

 家を飛び出した後、無我夢中で走り続けて森に入った。

 重ねがけした回復魔法ヒールのおかげで体の傷はある程度治癒できたが体内に入った毒素は消えない。

 ついには胃液すら枯れ果てて空嘔を繰り返す。

 生きている……いや、死んでいないだけだ。

 最後まで残していた帰る場所も頼る人も全て失ってしまった。


「もう……殺せ……」


 私は歩く足を止め、膝を地面についた。


「ひっ……ひっ……うあああ……」


 惨めで、情けなくて、寂しくて、泣き崩れた。


 もし、王の寵愛を拒まずにいたら私は今でも勇者のままでいられただろう。

 世界も私の敵には回らなかった。

 ヤツに犯され、心をズタズタに引き裂かれても今よりはマシだったろう。

 ヤツの劣情に満ちた手をおぞましいと感じる程度に人間らしさを残していた自分が憎い。


 もし、私が生まれたときから聖剣の勇者として敵を殺し尽くすだけの殺戮者であったならばそんな人間らしさは備わらなかった。

 だけど、穏やかで優しい時間を過ごしてきた8歳までの日々が私を人間にしてしまっていた。

 しかも、その時間をくれた人々は私を裏切ってゴミのように捨てた。

 私のすがりつこうとしたか細い心と遠い思い出とともに。



 泣き声が遠くまで響いていたのか、私のもとに兵士たちが現れた。

 用意周到なレオンハルトのことだ。

 村の周りに兵を配置して逃亡経路を塞いでいたのだろう。


「おいおい、気高き勇者様が肩を震わせて泣いているぞ!

 まるで小娘のようじゃねえか」

「お嬢ちゃん。夜の森は危ないよ。

 悪い狼が迷子を食べにやってくるからねえ」


 ゲラゲラと嗤いながら屈強な体格をした二人の男が私に近づいてくる。

 他にも10人ほどの兵がいるが彼らは遠巻きにその二人の動向を伺っている。


「た、隊長殿! レオンハルト閣下は生け捕りを命じておられましたが」

「分かってるって。生きてりゃいいんだろ、生きてりゃ」

「こんな真夜中まで虫の湧く森のなかに待機させられてたんだ。

 お楽しみがなきゃ割に合わねえ、だろ?」


 二人の男は私を地面に腹ばいになるように押さえつけてきた。

 反撃する気力も体力も残っていない私はなされるがまま、彼らに鎧を外されてしまう。


「魔王を倒した勇者というからどんなゴツい女かと思っていたら、どえらい別嬪じゃねえか」

「ああ、聖剣は結構な面食いだったみてえだな」


 このままなされるがまま男たちに弄ばれたなら、私はきっと壊れてしまうだろう。

 苦痛も恥辱も感じることの出来ない息をする肉塊に。

 それも、また今よりはマシ、と思えてしまう。


 男のゴツゴツした指が私の服と背中の間に差し入れられた――

 その時だった。



「身の程を弁えなよ。蛆虫」



 夜の森に笛のような柔らかく冷たい声が響いた。

 同時に男の指に触れられていた感触が消え去っていく。


「な、なんだああああああ!?」


 私が振り向くと背後の男の腕が砂のように風に散っている。


「返り血を浴びさせるのもかわいそうだからね」


 冷たい声の主は忽然と私の前に姿を表した。

 全身を黒いローブで包み、顔はフードに隠されている男。

 どう見ても王国の兵士といった風貌ではない。


「だけど、汚い欲望にまみれた目に彼女を写し込んだことは万死に値する。

 砂のように儚く散れると思うなよ」


 ローブ姿の男は右手をかざし、ぎゅっと拳を握り込んだ。

 すると、私を押さえつけていた二人の男の身体は中に浮かび上がって縮み始めた。

 見る見る間に男たちは手のひらよりも小さくなり地面に叩きつけられた。


 ピィピィと甲高い声を上げているように聞こえるが、何を言っているのかは分からない。


「あれれ? 魔法耐性のかけらも無いのかよ。

 こんな雑な術式にまんまと引っかかるなんて……

 まあいいや。

 図体のデカさだけで世を渡ってきたお前らにはお似合いの末路だ」


 小人となった男たちは混乱しながら仲間の兵の元に駆け出した。

 だが、人の歩幅で3歩も進まない間に地を這うムカデに捉えられ、ピィピィと声を上げながら食されて消えた。


「さて、取り巻きの貴様らはさしずめ羽虫だな。

 この任務が薄々道理もへったくれも無いものだと分かっている。

 だが、声を上げることも出来ず群れをなして宙を揺蕩うしかできない。

 弱く愚かな者たちだ」


 見たこともない魔法で隊長を殺された兵士たちは恐慌状態になりながらも武器を構えるが、ローブ姿の男が指を弾くと石つぶてをぶつけられたように身体を弾かれて次々に転がっていく。

 今のは魔法ではない。

 ただ指を弾き生まれた風圧で10メートルは離れたところにいる人間を打ち倒したのだ。

 圧倒的なその力に警戒心を覚えると同時にふつふつと興味が湧き上がってくる。

 この男は一体何者なのだ?

 私のパーティメンバーの中にもこんな男はいなかった。

 それに、今の行動は明らかな私にたいする救出だ。

 世界中から迫害される私を一体何のために?


 そんな私の心の中の問いかけを吹き散らすように、ざらついた殺気を漂わせたレオンハルトがこの場に現れた。


「きさま……貴様ああああああ!!」

「端正な顔立ちが台無しじゃないか。

 だが、貴様の傲慢で矮小な中身にそぐうものになったのかもね」


 男はレオンハルトに向かって手をかざし、手のひらを閉じたり、握ったりを繰り返す。

 だが、何も起こらず舌打ちをして頭を掻いた。


「成程。それなりの魔法耐性はあるということか」

「当然だ! 『聖躬の射手』レオンハルトに下等な魔法は通用せん!」


 レオンハルトは弓を引き絞り、男に狙いを定める。


「我が宿願を阻む者よ! その顔を見せよ!」


 放たれた矢は風の加護を纏い、男の頭のすぐ横を抜ける。

 歪んだ竜巻のような一射はフードを破り散らし男の顔を晒し出した。


 月光のような銀色の髪に透き通るような白い肌。

 真紅の瞳、ピンと尖った長い耳、発達した犬歯、そして側頭部に生える羊に似た黄金の角。

 その特徴の全てが男を魔族であると示しているが、その造形はこの世のものでないと思えるほど美しい。


「やはりな……魔族独特の薄汚い匂いをプンプンさせおって」

「匂いのことを貴様に言われたくないなあ。

 腹の底から腐っているからか、ゴミのような言葉を紡ぐ口も臭くてかなわない」


 不敵に笑う魔族の男。

 人類最高峰の実力者を前に全く臆しもせず、虚勢のようにも見えないその佇まいに底知れぬ圧力を感じた。

 一方、レオンハルトは額に血管を浮かび上がらせ不倶戴天の敵の出現に興奮している。

 元々、彼は聖職者で結成される教会騎士団の出だ。

 魔族とは人類の脅威であるという事実以上に、神の敵と定める教義にその価値観は育まれている。

 魔王を殺し、魔界勢力との戦争が小康状態になった今、堂々と神罰の執行を代行する機会に飢えていたと言えるだろう。


「言葉は不要! 神に代わりて神罰を執行する!」


 レオンハルトは地面を蹴って、高速で駆け回りながら矢を弓につがえる。

 魔族の男はそれを見向きもせず、私に向かって半ば笑いながら、


「言葉は不要……って、先にいちゃもんつけてきたのアイツだと思わない?

 そのくせ逆ギレしちゃってるし」


 と、神々しい容貌からは想像もできないほど、くだけた口調で私に語りかけてきた。

 もちろん、私に言葉を返す余裕など無い。


「この一射は神の指先なり! くらえっ!

 【スティグマータ】!」


 レオンハルトは魔族の背後から渾身の一射を放つ。

 聖霊の加護を受けた矢は金色の光を放ちながら、魔なる者を穿ち貫く。

 背中から刺さった矢は光をほとばしらせたまま彼の左胸に突き刺さった。


「ハハハハハハ! 終わりだぁっ!!

 スティグマータは対魔王用に磨き上げた破魔特化の奥義!

 貴様の汚れた身体など10秒と持たずに崩れ落ちよう!」


 レオンハルトの言っていることは本当だ。

 魔王との戦いの中で、彼は同じ技を放ち、魔王の回復魔術を封じた。

 あの時は膝を貫いただけだったが、身体の核を貫く渾身の一射ならばその聖なる破壊は全身に行き渡るだろう。


「フ……フフフフフ……」


 魔族は肩を震わせて小さく笑い始め、それを見たレオンハルトの顔が引きつる。

 次の瞬間、魔族の背中から自身の体よりも大きな白い翼がローブを貫いて出現した。

 ハラハラと白い羽が月光を反射しながら地面に落ちる。


「天……使……?」


 象徴的な美しい翼を見て、思わず声を付いて出てしまった。

 彼は優美に微笑み、コクリと頷く。


「バカな……バカなバカなバカなっ!!

 いと高き天の御遣いが魔族であるはずなど無い!!」


 狼狽しながらレオンハルトは続けてスティグマータを放つ。

 翼に突き刺さったそれは煌々と光り輝いて霧散していく。


「魔族であるはずなど無い、って言っておきながら、なんで聖霊の力を借りた攻撃をしている。

 燃える炎に油を注ぐようなものだぞ」


 魔族……いや天使? は刺さった矢を抜き去るとその傷跡は光に撫でられ消えていく。


「さて、次はこちらの番だ。

 せいぜいあの世で性悪の神のご機嫌を窺いな」


 レオンハルトを取り囲むように何十という紫色の魔法陣が宙に出現する。

 上位魔族が使う閃光魔法の魔法陣だ。

 しかも、中に記されている術式の膨大さから一つ一つが極大級のものと推測される。


「クッ……! ジーク!

 何を呆けている!!

 目の前の敵を斬れえっ!!」


 その叫びにハッとする!

 そうだ、私は聖剣の勇者。

 人類を脅かす魔族を斬るための人類の刃……だった者だ。


 鞘に収めた聖剣の柄に手をかける。

 赤錆びた聖剣を抜き、切っ先を目の前の男に向ける。


「まるで君のようだな」


 男は私の剣を悲しそうに見つめる。


「斬れっ!! まさか魔族に与するほど堕ちたわけではあるまい!!

 ジーク……ジークリンデ!!

 私を救ってくれ!!」


 レオンハルトの声には怯えと焦りが満ちている。


「私は……」


 逡巡する。


 守るべき人類に刃を向けられ、彼らを斬り殺している私は……もはや何者だというのだ……

 この赤錆びた剣は私の罪の証だ。

 こんな剣で何が斬れる……


 剣の柄を握っていた手が解け、聖剣は地面に落ちる。


「すまない……レオンハルト。

 私にもうこの剣は振れない」


 聖剣の勇者、ジークリンデは既に死んだのだ。

 ここにいるのはただの抜け殻。

 守るべきものも愛してくれるものも全て失った動く死体だ。


「ジーーークッウウウウ!??」

「うるさいな」


 レオンハルトを囲んでいた魔法陣から放たれる滅殺の光条が彼を跡形もなく灼き尽くした。

 紫色の光が辺りを照らし、それが止むと淡い月光だけが残された。


「私を殺すつもりか?」


 私の問いに男は首を横に振る。


「違うよ、ジークリンデ。

 俺はあなたを決して傷つけない」


 男は私と目線を合わせるようにしゃがみ込み、腹に手を当てて私の体内の毒気を取り除いた。


「俺はあなたの味方だから」


 血のように赤い彼の瞳はまっすぐに私を見つめていた。

これにて本日の投稿は終了です。



なろうデビュー作『ホムンクルスはROMらない〜異世界にいるホムンクルスがレス返ししてきた件〜』の完結から一ヶ月、チマチマと書き溜めてきた本作を発表できることが嬉しい半面、とてつもない時間と労力を注ぎ込む連載期間が始まったことにビクビクしています。


ともあれ、拙作を読んでいただく皆様に感動を届けられるよう頑張りますので、お付き合いのほどよろしくおねがいします。

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