第19話 もうひとりじゃない
本日、3話連続投稿で完結?までやります。
あの夜から三日三晩降り続いた雪は、島を真っ白な銀世界に変えていた。
狩りに出ることも出来ず、保存食を家の中で摂りながら私たちは……
「じ、ジークさん……」
「も、もう一回は……さすがに……」
「うん……頭が痛い……」
覚えたての快楽に身を委ね、本能の赴くまま求め合い続けていた。
ベッドのシーツはもう形容しようがないほど乱れ汚れきっており、私たちの体も激闘を終えた跡のように痣と爪痕だらけになっていた。
「シオン……相手が私で本当に良かったな。
普通の人間なら10回位死んでいるぞ」
「ハハハ……ジークさんがそれを言うかなあ……
今まで生きてきた中で一番死にそうなんだけど」
裸のまま、布団にくるまり乾いた笑いを交わす私たち。
ぎこちなく始まった初体験だったが、無意識のうちに作っていた互いの壁がなくなったように感じられて、緩んだ笑みが溢れる。
はしたなくも贅沢すぎる時間の使い方をしたものだと思う。
私たちは服と毛皮を羽織り、外に出た。
雪に埋もれきった犬小屋の周りではクライネたちが雪に戸惑っていたが、私たちを見ると尻尾を振って近づいてきた。
私が彼らを腕に抱えると、その私をシオンは抱き上げて、空へと飛び上がった。
ゆったりとした速度でほんの数分の距離を移動し、たどり着いたのは普段月見をしている丘だ。
シオンは呪文を唱え、積もった白い雪の上に火炎魔法の魔法陣を出現させ、起動させる。
白い煙を上げ、じっくりと雪を溶かしていくと雪の壁で囲われた即席の温泉が出来上がった。
「本当に便利だなあ、お前の力」
「そんなに難しい魔法じゃないけどね。
よかったら今度教えるよ」
「あまり魔法に頼りすぎたくはないんだがな」
言葉をかわしながら私たちは衣服を脱ぐ。
もう見られたくないところも全部見せあったし、恥ずかしがる必要もない。
裸になった私たちは温泉に飛び込み、冷えた体を暖めた。
「あ〜〜、気持ちいい〜〜」
「ああ……」
私は湯に浸かりながら念入りに体の隅々を洗った。
「ねえねえ、ジークさん。
今度、町にいつ行く?」
「暖かくなってからでいいんじゃないか。
空の上は寒いだろう。
シーツも洗えば使えるし」
「そうだね。
この冬はおとなしく島で過ごそうか」
そう言ってシオンは私に体を寄せてきた。
「子ども……できるかな?」
私がポツリと呟くと、シオンはうーん、と考え込む。
「どうなんだろう。
魔族の子どもは人間に比べると生まれにくいらしいから。
俺の兄弟も100歳以上歳が離れていたりするし」
「長寿の反面、繁殖力は弱いということか」
「うん。でも、人間との間に子どもを作ったっていう話はよく聞く。
だからできないことはないと思うけど……」
シオンはうつむき、目を細めて水面を見つめた。
「どうした?」
「……ジークさんは怖くない?
俺みたいな魔族の子どもを産むのは」
今更、何を……と笑って小突いてやろうかと思ったがシオンは思いの外、真剣な顔で、
「だって、子どもを産むのって危険なんだろ。
俺の母親も俺を産んだせいですぐ死んだ。
生まれてくる子どもに角や尻尾が生えていたりするかもしれないよ。
それでも、構わないの?」
怯えるような顔で私を見つめるシオン。
私は目を閉じ、大きくため息をつく。
「まったく、お前というやつは!」
勢いよくお湯を顔面にかけてやった。
目に思い切り入ったようで顔をしかめながら擦っている。
「私をナメるな。それから……お前を卑下するんじゃない。
お前は私が選んだ男だ。
魔族だろうと天使だろうとそんなのどうだっていい。
私はお前の子どもを産みたいと思ったから、お前に抱かれたんだ」
「なんで、そう思ったの?」
「それはだなあ……」
顔が上気してきたのはお湯が熱いせいではなく、恥ずかしいからだ。
正直、裸ではしたない行為をしていたときなんかよりもよっぽど恥ずかしい。
胸の内をさらけ出すというのは。
「私がお前にしてやれることで一番お前のためになると思ったからだよ。
私はお前よりも早く死ぬ。
だけど、子どもは少なくとも私よりは長生きするだろう。
魔族の血を引いているのならそれこそ何百年も。
そうなれば……お前はもう寂しくなんてならないだろう」
シオンは目を見開いて、驚いた顔を見せた。
続けて私は言う。
「お父さんがお母さんを失って悲しかっただろうけど、それでも自分の子供であるお兄ちゃんがいる。
私のことを気にかけている。
さらに孫だっているんだ。
悲しさにかまけている暇なんて無い。
ひとりじゃないって、そういうこと。
私はな……お前にもそうあってほしいと思ったんだ。
世界中の人間や魔族が全てお前の敵に回ったとしても、お前の味方になってくれる存在を作ってやりたいんだ。
お前が私を救ってくれたように、いつか私の子どもがお前を救ってくれる」
ひとりぼっちになった私に手を差し伸べてくれたシオンがいたから、私は生きていたいと思えるようになった。
そんなシオンをもうひとりぼっちになんかしたくない。
「それに、子どもがいたら私のことを忘れられないだろう。
魔族の長い寿命の中で私と過ごした数十年なんてほんの一部だろうからな。
フフ……覚悟しておけ。私は死んでもお前に――」
「忘れるわけなんかないだろう! 忘れるものか!」
シオンは私の肩に顔を埋めて抱きついてきた。
「ジークさんは俺にとって、初めて好きになった人で……死ぬまでずっと好きな人だ。
何千年、何万年経ってもジークさん以外に誰かを好きになることなんてない。
だって、ジークさんは、俺のことを……こんなに思ってくれているんだから……」
痛いくらいに抱きしめられて、背中にポツリポツリと水滴のように涙を受けて、私はジークの暖かさを感じていた。
「だけど……子どもが出来たらその子どもも絶対好きになる!
ものすごく可愛がる!
ジークさんと俺の子どもだろ。そんなの世界一可愛いに決まっているじゃないか!」
「あはは、そうだな。きっとそうだ。
だから、私たちは世界で一番幸せな家族になれる。
いや、なろう。そんな家族に」
子犬のように鼻を埋めて泣きじゃくる純心なコイツを喜ばせたい。
そして私も喜びたい。
だから、子どもを作るんだ。
私たちの今の思いがずっと未来まで繋がっていくように……
何日も続いた雪がようやく降り止み、太陽の日差しが窓に差し込んだ朝。
私たちは二人で島の散策をした。
狩りや採集をするわけでもなく、ふたりで腕を組んで、狼達を引き連れて。
「家を作りたいな。
今いる家よりも大きな家」
シオンの突然の提案に私も賛同する。
「いいな。暖炉や煙突をつけて冬でも暖かい家がいい。
そうすると、石造りかな」
「だったら、どーんと大きなお城みたいな家にしようよ。
クライネたちの小屋も大きくしてさ。
食糧を保存しておく蔵や本がぎっしり詰まった図書室も作って」
「風呂も家の中に作りたい。
泳げるくらい大きなヤツを」
「そうだね。あと、大きな家には家具も必要だよね。
ベッドやテーブルも大きいのを作ろう。
それに家族が何十人増えても大丈夫なように部屋もたくさん作らなきゃ」
「何十人って……私をどこまで酷使するつもりだ!」
シオンの脇腹に肘を打ち込む。
いてて、と嬉しそうに痛がるシオン。
高い空の上の太陽が燦々と地上の雪原を照りつける。
私たちのつけた足跡に雪解けの水が溜まっている。
二人でこうやって他愛もないことを話しながら、歩いているだけで途方もなく幸せだった。
誰一人立ち入ることのないこの無人島は私たちにとって平和な楽園だ。
もちろん、いつも笑って過ごすわけにはいかないだろう。
シオンの無神経さに振り回されて、私が怒り出すかもしれないし、逆に私に怒られて彼が悲しそうに顔を曇らす日もあるかもしれない。
それでいいんだ。
ひとりじゃない、ってそういうことなのだから。




