第11話 商業都市に行こう!
レンガで舗装された通りの両側には石造りの建物が立ち並んでいる。
川の流れのように行き交う人々は目当ての店に吸い込まれていき、店から出てきた人は再びその流れに戻っていく。
私とシオンは商業都市ハーメルンに来ている。
派手な色彩のマント、青と白の縞柄のターバン、フリルの付いたシャツ、腿のあたりが膨らんだズボンに身を包み、南部の商人に扮した彼の担ぐ背嚢には島でかき集めた宝石の原石を袋いっぱいに詰め込んでいる。
「すごい人通りだなあ。
これだけの人間が生活しているのだから山を丸ごと狩っても食料が足りないんじゃないか?
ねえ、妻よ」
私は紫色のターバンを頭に巻き、マスクで顔の鼻から下を隠し、肩の膨らんだブラウスとくるぶしが見えるくらいの長さのスカートを纏っている。
南部の女商人に扮し、シオンの妻を演じるために……
「何故、妻なんだ……」
「ジークさんが言い出したんでしょう。
金目の物を売りに行くんだからそれらしい格好をしないと怪しまれるって。
だからわざわざキャラバンに忍び込んでこの服も盗んできたのに」
「代わりにひときわ大きな石を置いてきたのだろう。
ならばそれは盗みではない――じゃなくて、別に夫婦を演じなくてもいいだろう!」
「若い男女が連れ立って歩くなら理由が必要って言うから」
「たしかにそういう習わしがあるとは言ったが……
別に兄妹とかでも良いじゃないか」
と言って、シオンの顔を見やる。
本来雪のように白い肌の色を南部人らしく見えるよう私たちは浅黒い色に魔術で偽装をしている。
普段よりも精悍さを増したシオンの容貌は街ゆく淑女達の視線を集めて止まない。
「……いや、どう見ても見えないな」
「だろう。あ、それよりもあの店からすごくいい臭いするよ。
お金が入ったら寄ってみよう」
ニコニコと笑顔を浮かべて物見遊山になっている彼の姿は商人というより、初めて街に出てきた田舎の少年のようだ。
私が初めて大きな街に出た時はそうだったように。
「……シオン」
「ん、分かってる」
言葉少なに意思を交わし、私たちは通りから外れて裏路地に入る。
やや早歩きで進み、曲がり角をいくつか曲がると人気がなくなった。
さらに、曲がり角を曲がったところで足を止め、耳を澄ませてじっくりと待ち構えて、
「何者だ!」
私達を尾行してきた男の首元に貫手を突きつけた。
「うわおおおおっ!?
い、いやいやちょっと待った!
アンタらに危害を加えるつもりは無いんだ!
俺の名前はエイード! この街で紹介屋をやっている!」
「紹介屋?」
私は手を引っ込めれ、男の容貌を観察する。
武器のたぐいは持っておらず、着古してツギハギだらけの服を纏っている。
体格は貧相で、顔つきも戦士のそれとは程遠い。
冴えない中年男にしか見えないが……
「紹介屋って何?」
シオンが男に声を掛ける。
「ああ。風体からしてアンタら南部の人間だろ。
しかもこの街に来るのは初めてと見える、違うか?」
「な、何故それを!?」
シオン。お前の物見遊山ぶりを見れば子供でも分かる。
「そりゃあこんな絶世の美男美女でお似合いの夫婦が通りを歩いていたなら俺が覚えていないわけねえ。
アンタらが寝ションベンしてるような頃からこの街で稼業をしているんだ」
シオン。戸惑いと喜びを交えた顔で私を見るな。
「紹介屋ってのはアンタらみたいなよそ者を目当ての店に案内してやる仕事だ。
見ての通り、この辺りは世界でも屈指の大商業都市。
店の数は砂漠の砂の数ほどもある。
その中から目当ての店を見つけるのは困難な上に、悪どい番頭なんかにとっ捕まった日には売り物を買い叩かれてゴミクズを高値で売りつけられて素寒貧だ。
そんな可哀想な目に遭うよそ者をなくすために俺は日夜通りを見張っているのさ。
そいつらが売りたいものを一番高値で買ってくれる店に連れて行ってやるし、買いたい物があれば品質と値段を考慮した上で一番いい店に連れて行ってやる。
悪い噂が立って人が寄り付かなくなったらこの街の商人全員おまんま食い上げだからな」
「へーえ。それは感心だね。
鎧を着て槍を振り回すだけの兵士なんかよりもよっぽど人のためになっている。
ね、妻よ」
シオン……まあ、いい。
「で、お前の取り分はどのくらいだ?」
私が尋ねるとエイードはいたずらした子供のように舌を出す。
「取り分? どういうこと?」
「お前、こいつが善意だけで商人に紹介していたらどうやって飯を食うんだ。
この辺りに獲物を枯れる狩場はない。
金がなくてはパンくず一つ胃に入れられん。
この手の類の奴らと紹介される店はみんなグルだ。
私たちの売り物を安く買い取って、よそで高く売る。
その利益を山分けしてもらってコイツは飯を食っている訳だ」
シオンは、キョトンとした顔で私の言葉を咀嚼している。
「なるほど、彼もまた金に支配された奴隷の一人なんだね」
「お前……その言い回し気に入っているのか?」
私がげんなりとしていると、エイードは頭をかき、観念したと言わんばかりに手を頭の上に上げた。
「なんだよ、嬢ちゃん素人じゃねえのか。
てっきり買い物もしたことがない深窓の令嬢が借金返済のために商人に嫁がされたもんだと――」
「くだらんおべんちゃらは結構。
無駄な時間を使いたくない。
お前の取り分は?」
「……客一人につき銅貨1枚。上客なら銀貨1枚だ」
安い……たしかに食いつなぐことくらいはできるだろうが、その金を貯めて今の暮らしを抜け出すには足りなさ過ぎる。
「銅貨1枚じゃパンを買えるかどうかってとこだよね。
こんなやり方じゃあ日に何十人も引っ掛けられそうにないし。
なんでそんな事をしてるんだ?」
シオンは悪気なく聞いたがエイードは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「仕方ねえだろ。
店も持てねえ、下働きするには歳を食いすぎているオッサンにとっちゃこれでもありがてえシノギなわけよ。
俺みたいな奴はわんさといる。
どうせ、アンタらもあてがないんだろ?
俺の雇い主は善人とは言えねえが悪人の中じゃマシな方さ。
中には客を殺して商品をぶんどるような連中もいる。
俺に紹介されてくれねえかなあ、頼むよ」
エイードは顔の前で手を合わせて懇願してきた。
盗人猛々しいとも思うが、私がこの辺りの商人について詳しくないのも事実だし、シオンは論外だし……
ここはあえて誘いに乗るべきなのだろうか。
「悪人に売るようなものじゃない。
これは俺と妻が何日も岩山を掘って掘り出した代物だ。
お前の誘いには乗らない」
シオンは毅然と申し出を断った。
がっくりとエイードは肩を落としたが、
「だけど、俺の知らないことを教えてくれた礼としてこれをやろう」
と言ってシオンは背嚢から石をひとつかみ取り出してエイードに渡した。
すると彼は目を大きく開いて……
「こ、これってサファイヤの原石!?
アンタ、どこでこんなものを――」
「それはもうお前のものだ。
で、どこに売りに行く?
俺たちも同じところに売りに行くことにするよ。
この辺りには詳しいんだろう?」
シオンは屈託のない笑顔でエイードを見つめる。
私はその手管に思わず舌を巻いた。
「へへ……アンタ、きっと大商人になるぜ。
ついてきな。クソみたいな男だが金払いの良い店主を知っている」
エイードは胸を張って堂々と通りに向かって歩き始め、私たちはそれを追った。
彼がたどり着いた店は街の外れにある小さな店だった。
中には武具や装飾品から薬草、お菓子に至るまで様々な商品が雑多に並んでいる。
「バルドス! 久しぶりだな!」
「エイード……貴様、よくこの店の敷居を跨げたものだな」
バルドスと呼ばれた男は白いひげを顎に蓄えたガッチリとした体格の老人だった。
鋭い眼光でエイードを睨みつけているが、
「今日は客として来たんだ」
ドン、と店主の目の前の台にシオンが渡した原石を置く。
するとバルドスはさらに眼光を厳しくし、
「ついに盗人まで落ちぶれたか」
「バーカ! これはもらいもんだよ!
後ろの大商人様からのな!」
バルドスは私とシオンの顔をちらっと見たがすぐに視線を原石に戻し、手にとってルーペでじっくりと観察する。
「これは……ブルー、いや……ベルベットサファイヤか?
だが、この質感は……」
「一応、それを磨いたものがあるぞ」
シオンはそう言って、研磨した石をバルドスに渡した。
バルドスは神妙な顔をして口を開く。
「素人の荒削りだな。石が泣いとるわ。
じゃが……手間が省けたわ。
これをここまで削るのには相当骨が折れそうじゃからの」
いいや、シオンが指で一瞬こすり合わせただけだ、とは口にしなかった。
「……オーシャンサファイヤ。
長年、ここで商売をやっているが店に持ちこまれたのは20年ぶりくらいか。
てっきり取り尽くされたものと思っていたが」
「で、どれくらいの価値がつくんだ?
ごまかすんじゃねえぞ!」
エイードはワクワクとしながらバルドスに詰め寄っている。
「どこで手に入れた……とは聞くまい。
採掘地の情報など預かってしまえばワシの命も危ういからな」
と言って、バルドスはしゃがみ、床の板を引き剥がして袋を取り出し、台の上に置いた。
「エイード、これが貴様への支払い分だ。
迷惑料は差っ引いておいてやった」
「ジジイ……まあ、恩人の手前ガタガタ抜かすのは遠慮しておいてやるぜ。
さあさ、旦那方の番です!」
促されて、シオンは前に進み背嚢を台の上に置く。
バルドスは冷や汗を垂らしながら……
「まさか……この袋いっぱいにオーシャンサファイヤの原石が」
「同じ岩場で掘ったから同じものだと思うけど。
宝石のことは詳しくないからその辺の知識も教えてくれるとありがたい――」
「いいかっ!! 絶対にその場所のことを誰にも話すんじゃないぞ!!
もし王や貴族の耳に入ろうものなら戦すら起こりかねん!!」
血相を変えたバルドスはシオンにそう叫んだ。




