第10話 お金になるものを探そう!
ストックがたっぷりできたので本日2話目投稿します。
「第一条。私の裸を見るな」
「ジークさんの裸を見ない」
「第二条。お前の裸……特に下半身を見せるな」
「俺の裸を見せない」
「第三条。風呂は順番に入る」
「風呂は順番に入る」
「これらを破った場合は鉄拳制裁。
いかなる防御姿勢も取らないこと」
「いや、それ死ぬ」
「法律とはそういうものだ。
遡及されないだけありがたく思え」
私は朝食前にシオンとの間に一緒に暮らす上での法律を定めた。
渋々と言った表情でシオンは聞き入れる。
「クソっ……昨日は色々と考えていたはずなのにお前がとんでもないことやらかすから吹っ飛んでしまったじゃないか」
「なんだよ。男のモノを見るくらい初めてでもないだろ。
人型のモンスターで服を着ない連中だっているんだから」
「ゴブリンやオークとお前が一緒になるか!
生々しいんだ! 綺麗な顔して凶悪なモノぶら下げて!!」
私がそう言うとシオンは満更でもなさそうに顔を赤らめる。
その喜びの源泉は顔の話なのか下のモノの話なのか……追求するのはやめておこう。
「昨日考えていたのは人間の街で調達するもののことだろう」
「そ、そうだ!
それについてひとつ懸念がある。
シオン、お前金は持っているのか?」
そう尋ねると「カネってなあに?」と言わんばかりの顔で見つめ返してきた。
「はあ〜〜〜〜〜」
「なんだよ! 金くらい知ってるぞ!
人間の社会で使われている交換の媒介物だろ!」
「この林檎一つと交換するのに必要な金額は?」
「……キンガク?」
「なんで媒介物なんて言葉が出てきて、金額がわからないんだ……」
私は持ちうる知識を総動員して、シオンに貨幣経済と商売や流通のことを説明した。
「なるほど……人間は王や神ではなく金に支配されているということか」
「ああ、まさかそんな哲学的な答えにたどり着くとは思わなかったが……
これで私の言いたいことはわかったな」
「うん。金が無いと人間の社会では何も出来ない」
「よくできた。そして、私たちには金が無い。
これでは種籾一粒手に入れられない。
いや……狩った獣の肉と物々交換することくらいはできるだろうが、かさばるし本なんて高価なものは無理だろうな」
シオンはうーん、と考え込んで、
「じゃあ、ムーベの持ってた剣でも売るか。
ジークさんにあげたの以外に5、6振りあるから――」
「大パニックになるからやめろっ!!
第4条、ムーベルード作の武器は無闇に人目にさらさない!」
国宝級の剣を個人で売りに来るような怪しい客、買い取りを断られるどころか即座に通報される。
「だったら、なんか手頃に売れそうなものをこの島の中で探すかぁ」
「そんな都合良くはいかないだろうが……
でも、散策ついでだ。お前が普段行かないところも探してみよう」
こうして、本日のやることが決まった。
島の中で金目の物を物色だ。
朝食を済ませ、クライネ、ナハト、ムジークを連れ私たちは家を出た。
まず目指すは獣たちが生息している山間部だ。
野牛の角やワニの革といった貴族の嗜好品の素材になるもの、または薬草の類があればそれなりの値がつく。
足元を注意深く観察しながら私たちは探し回る。
「ジークさん、ジークさん!
この虫、緑色に輝いていて綺麗だけど売り物になるかな!?」
「それはカメムシの亜種だ。手をしっかり洗えよ」
うっかり悪臭を手に宿してしまったシオンは狼達に吠えられている。
私は当然、彼から距離をとった。
「じ、ジークさん! これならどうだろう!
まるで俺の目のように真っ赤なこのキノコ!
いっぱい生えてるし、試しに一つ……モグモグ」
「ゴウカダケだ。
並の人間なら体が麻痺した挙げ句、腹を下して死ぬ。
猛毒のキノコだ」
せっかく摂った朝食とともにゴウカダケを吐瀉するシオン。
なんでも口に入れるんじゃない。
「おえっ……あ、今度は大丈夫。
綺麗で立派な花だなあ。
売り物にはならないかもだけど、持って帰って飾ろう」
「ディレンの華か。うん、食卓にそれくらいの彩りはあっていいだろう。
だが、その華が生えているということはその周囲は泥沼――」
「わわわわわわ!! か、体が沈む!?
ジークさあああああん!!」
バカめ、とほくそ笑んで底なし沼に飲まれかかったシオンを引っ張り上げた。
太ももの辺りまで泥まみれになったシオンはひどくげんなりした顔をしている。
「お前……よく私が来るまでここで生きてこられたな」
「こんなところまで来たことなかったし、狩りをするにしても食糧だけを狙っていたんだもの。
あー……でも、言うとおり俺ってこの島のこと何も知らなかったんだなあ」
地面に尻をつき、シオンは天を仰いだ。
「でも、ジークさん案外いろんな事を知っているね。
朝食の時のお金と経済の話とか、虫や植物のことも」
「私のパーティは流動的だったとはいえ大所帯だったからな。
非戦闘員含め、常に20人はいたし戦うこと以外の話題が上がることもしばしばあった。
こんな風に役立つとは思っていなかったが……」
ふと、昔のことを思い出す。
今のシオンのように底なし沼に溺れかけたことや、毒草を間違って食べてひどい目にあったこともある。
魔王を倒すという使命を帯びていた当時の私にとってはくだらない経験だと思っていたが、今となっては私を形作る経験の一部だ。
「お前の臭い手も胃痛も泥まみれの下半身も、そのうち経験として役立つ日が来るさ」
「ハハ……まさか、それで慰めてくれてるつもりとか?」
「ただの経験談だ」
獣たちにもあまり出くわすことがなく山間部での捜索はまた別の日に回すことにして、そのまま崖を下り海に降りた。
岩浜を歩きながら水中に視線をやる。
「珊瑚や真珠貝などがあれば良い金になるんだが。
少し潜ってみるか」
「潜る? ジークさん泳げるの?」
「当たり前だ。鎧を着たまま川を泳いで渡って敵の砦を攻めたこともある。
まさか、お前は泳げないのか?」
「必要あると思う?」
と言って背中を指差す。
なるほど、あの天使の翼があれば地べたを這いずり回ることもびしょ濡れになりながら水の中を進む必要もないだろう。
「箱入り息子はこういう時不便だな。
まあいい。私が潜っているからお前は火でも起こしておけ」
「かしこまりました、人魚姫」
「キザなおべんちゃらは知っているんだな」
シオンを鼻で笑って海に飛び込んだ。
非常に透明度の高い海だ。
視界がくっきりと見えて海藻や魚の群れが目に映るが、狙いはもっと高価なものだ。
岩肌を撫でるように泳ぎ、くまなくあたりを散策してみる。
さすがに珊瑚や真珠みたいな宝物が転がっているとはいかないが、成果はあった。
岩の隙間に身を隠すようにしている黒いトゲだらけの塊を見つける。
オウタンウニだ。
私の拳ほどの大きさのそれは、他の生き物に捕食されまいと剣を突きつけるように自らの鋭い針のようなトゲを高らかと突き出している。
もっとも、魔力で強化した私の手のひらを傷つけるには脆弱すぎるが。
両手にひとつずつ掴んで水面に浮上する。
プハッ! と海上の空気を肺に取り込んだ。
波にたゆたう私を心配そうにシオンと狼達が見つめている。
こう見るとつくづくアイツは犬みたいな奴だ。
「一攫千金とはいかないが悪くない」
岩場に上がった私はシオンにウニを見せびらかす。
「なにそれ? 武器?」
「ウニだ。見た目は煮ても焼いても食えないようなナリだが、実は生でも食べられる」
トゲだらけの殻を押し開くと、その口から黄丹のように赤みがかった黄色い身が姿を現す。
中指と人差し指を束ねその身をほじくり出すようにして指の上に取り、一口で食す。
鼻を抜ける海の香と舌の上でとろける塩味の効いた脂の濃厚な旨さ。
調理を一切必要としない、素材そのものが高級料理のような贅沢な獲物だ。
「んん〜〜〜〜っ!!」
久しぶりに焼いた肉と果物以外の食材、しかも新鮮な海の幸を口に入れた私は舌を通じて体内を駆け巡る快感に酔いしれ、声を上げる。
やはり美味いものを食べるというのはそれだけで幸せな気分になる。
そんな私をシオンは羨ましげに見つめている。
「欲しいか?」
「欲しい!」
そうかそうか、と私はもうひとつのウニからもその身を取り出してやる。
分け与えてやることに何のためらいもないくらいに上機嫌だ。
指先に取ったウニの身をシオンに突きつける。
「ほれ。ちゃんと味わうんだぞ」
「うん。ありがとう!」
と言ってシオンは…………
「ハムッ」
……私の指を直接くわえこんでウニを食べた。
「ふむふむ……おいしいけど柔らかすぎてちょっと。
俺はもう良いや」
シオンはそう言って軽やかに岩場から岩場へ飛び移っていく。
顔が熱い……
なのにまだ指に残る生暖かさと消えないザラリとした舌の触感が私を凍りつかせてしまい、暫くの間立ち尽くしていた。
「結局、めぼしいものは手に入らなかったね。
ん、ジークさん?」
家に戻る道すがら、突然振り返ってきたシオンに驚かされる。
「そ、そうだな! でも、色々発見もあった!
根気強く探し回ってみよう!」
思った以上に大きい声とその上ずり具合に我ながら情けなくなる。
ちょっと指を舐められたくらいで……
今までだってパーティの仲間の男に毒を吸い出してもらったりしてもらうことはあったんだ。
なのに、どうしてシオンにされるとこう落ち着かなくなるのだ!
やはり…………シオンが天使と魔族の混血児だからだろう。
天使と魔族――すなわち悪魔、どちらも人間を振り回し、取り乱させる存在だ。
その両方の属性を持つシオンは生まれながらにして人間を落ち着かなくさせるなにかなのだ。
ならば仕方ないな、うん、きっとそうだ。
少々、無理矢理気味に自分を納得させてみる。
家に戻ってきた私はどっかりと炊事場の椅子に腰掛けた。
海で泳いだのもあって全身がベトベトしている。
早くお風呂に入ろう。
「ワンっ! ワンッ!」
「どうした、クライネ?」
クライネは私のズボンの裾を噛んで引っ張っている。
こっちに来いといっているのだろうか?
なされるがままクライネに引っ張られていくと、昨日、風呂を作るために削り取った岩のかけらを集めた山の上でナハトとムジークがそれらを嗅ぎ回っていた。
「ナハト、ムジーク、どうした?
そこに飯はないぞ」
私がそう言って聞かせるが、彼らは鼻をこすりつけるように岩のかけらを嗅ぎ廻る。
「ジークさん。せっかくだから山で取ったキノコを食べようと思うんだけど――」
のんきそうに声をかけてきたシオンも普段と違う様子の狼達を見て、不思議そうな顔で近づいてきた。
「さっきからずっとこうなんだ。
私を引っ張ってまでここに連れてきて」
「ふうん……」
シオンは手を伸ばし、私の拳くらいの岩のかけらをひとつ掴み上げ、じっと見つめる。
「これは……なんだろう?」
何やらつぶやいて彼は指で石をこすり始める。
見る見るうちに石は摩り下ろされるように小さくなっていき、中から指先ほどの大きさの青みがかった石が現れた。
「綺麗な……石?
いや、まさか宝石の原石か?」
私は頭から記憶を引きずり出しながら知識を総動員させる。
魔王軍の幹部に引き連れられた魔物たちが巣食った鉱山を攻略する際、1ヶ月ほど鉱山の中をさまよい歩いたことがある。
その時にレンジャーのクリフォードがこういったものを拾い集めて喜んでいた。
夕食を摂りながら彼は宝石の魅力やその価値はもちろん、歴史や成り立ちについても教えてくれた。
キチンと商品になるように磨くには一流の職人の腕が必要だが、原石だけでも細工職人のギルドで買い取ってくれるとか……
「それ、金になるの?」
「分からない。だけど、これが宝石の原石ならばそれなりには……
研磨してやればただの石ころなのか分かるとは思うんだが」
「ほほう。ちょっと貸して」
シオンは私から石を取り返し、親指と人差し指で挟んで、
「ホッ!」
ものすごい速さで指でこすり始めた。
煙を上げながら石の表面は擦れ削れていく。
すると、くすんだ石ころだった青い石が光を受けて輝き始めた。
「あつつつ……これでどう?」
再び私の手の上に石が乗る。
荒削りながらも光沢を放って青い光を放つそれは紛れもなく宝石とされるものだ。
「たぶんこれは……サファイヤの類だ!」
鑑定ができるわけではないが、王宮に招かれていた時に身に着けたり、また人が身に着けているのを目にしていたため間違いない、と思う。
頭上に掲げて夕日に透かしてみる。
太陽の光は蒼海のような石を通り抜け、淡い虹を発生させる。
「で、どれくらいの値段?
果物一個くらいは買えるの?」
事態を飲み込めていないシオンに、私はニンマリと笑いかけて……
「一概には言えないが、質のいいものなら家一軒分の果実と引き換えてもまだお釣りが来るさ」
「えええええええっ!?
なんで? こんな食えない石ころがなんで!?」
「飯を食うのに飽きているくらい金持ちな連中は食えないものを尊ぶんだよ。
金持ちが欲しがるから自然と値は釣り上がる」
「やっぱ人間の社会ってナゾだらけだなあ……」
首を傾げてシオンは食事の準備をしに戻っていった。
もちろん、私はクライネたちと一緒に岩のそばに座り込み、片っ端から岩を削り宝石の原石を探し回った。
結果、掘り出した岩からは両手に余るくらいの量の宝石の原石が取れた。
「ものすごい集中していたね。
宝石好きなの?」
「ああ、悪い。やっているうちに夢中になってしまってな。
別に宝石が好きというわけではない。
ただ、自分でモノを探したり作ったりするということはなかなか楽しいものだ」
私が冷めた肉を齧っていると、シオンは意味深な笑みを浮かべた。
なんだ、と聞くと、
「ジークさんが自分から楽しいって言ってくれて嬉しいなあ、って」
なんてのたまうから、どうにも調子が狂う。
「とりあえず、これで先立つものも用意できる。
買い出しの準備は万端だな」
私はシオンが磨いたサファイアらしき石を掲げて見つめながらそう言った。




