お友達(天使)
「そう言えばなんでクエストに参加したの?」
私たちは岩場を見渡しつつ、のんびりと雑談をしながら歩いていた。
あの後例の洞窟に訪れたが、霧とともに首長恐竜までもが消えていた。あの巨体が動くとなるとそれなりに地響きとか起きそうなんだけども、まぁ岩場や海岸は今日も平和なわけで。
手掛かりが無いにしろとりあえず歩き回ってみますか、ということで海岸エリアを歩き回ることになった。
「どうしてもあの恐竜の素材が必要だったんです」
「へぇ、武器作るの?」
「あ、いえ、お洋服作るんです」
「.....え?服?」
「はい。あんまり知られてないんですけど、マイルームの端末でエネミーの素材から布が作れるんです。んで、その布を使って現実通り服を作って、運営が設定した条件を満たしていれば作った服をアイテム化できるんですよ」
「そんなこと出来るの!?」
これは驚いた。っていうか相当すごいなこのゲーム。
「布の素材にあの恐竜の毛が必要だったので参加しました」
鱗に覆われているように見えるあの首長恐竜には、その硬質な鱗の下に僅かながら毛が生えているようだ。事実、首の鱗を剥いだ際に毛の存在を確認した。
「え、もう何着か作ったの?」
「いえいえ、素材集めが追いつかないのでまだ一着も作れてないんです。私一応あの恐竜一体倒してるんですけど、なかなか思うように素材落としてくれなくて.....」
なるほど、そう簡単に作れるわけではないのか。
素材を集める労力と現実で言う裁縫の技術が必要となるわけだ。興味はあるけど私には無理だな。素材集めはできても裁縫で挫折する絶対。料理ならできるが。
「それ、手伝ってもいいかな。僧侶一人じゃ苦労するでしょ」
「いいんですか!?」
「うん、その代わり出来たら見せてほしいな。いい?」
「はいもちろん!」
これは絶対に首長恐竜倒さないといけない。出来上がる服が楽しみで仕方がない。
と、私が決意を固めたその時。
長い首が一本、海岸の方で空高く伸びているのが見えた。
私はチアと目だけ合わせ、海岸の方へ駆け出した。
ーーーーーーーーーー
南国植物の森を抜けると、首の鱗が何枚か剥がれた首長恐竜が小魚を捕食している最中だった。
「お姉さん」
「うん」
私は剣を抜き走る速度を上げる。それとほぼ同じタイミングでチアが立ち止まり、スキルの詠唱を始めた。
首長恐竜は猛スピードで迫り来る気配に気付き、その長い首を私の方へ持ち上げ叫ぶ。
「《全てを断ち切る神剣の力、ここに召喚す》」
後ろでチアが赤い魔方陣を展開する。先程の回復魔法、ハイレンの詠唱の際に展開した魔方陣より一回りも二回りも大きい。
「《シュナイデン》」
「たぁッ!!」
チアの補助魔法が私に掛かると、初期武器では切れないはずの首長恐竜の足に私は切りかかった。
私の剣は弾かれることなく、奴の硬い鱗の下にある毛や筋肉にまで及ぶ斬撃を与えた。筋肉が切られた首長恐竜はバランスを崩し倒れる。
チアが発動させたスキル《シュナイデン》には、斬撃を与える武器が敵の硬さに関係なく弾かれなくなり、その攻撃力も大幅に上昇させるというとんでも効果がある。デメリットとしては効果時間が二分しかない上、一度発動すると次発動するまでに十分かかってしまうことだ。つまりよほど戦闘が長引かない限りは、その戦闘中にシュナイデンは一度しか発動できない。私が放ったグリューエンも大体j同じ仕様だが効果時間はたった十秒間だけである。
元々攻撃力のない僧侶単体でこの効果を活用すると、平常時の剣士と差が無いくらいにしかならないらしいが、パーティに前衛職がいることでその真価をようやく発揮できるようだ。
現に私は隠れゴリマッチョみたいなステータスを得て首長恐竜を切り刻んでいる。
足、尻尾、背中、脇腹と適当且つ大胆に切りつけていく。私によってつけられた傷はもはや深いという単語では足りないくらいの無残さを放っていた。
私は一通り奴の足の筋肉を切り離し、次は奴の首へと狙いを変更しようとした時。奴の頭はしっかりと足元にいる私の方へ向いていて、挙句水弾を発射する寸前で私と目が合った。
予測いていなかった出来事に驚いた瞬間、奴の口から水弾は発射された。
しかし、だ。
言った通り、今の私は隠れゴリマッチョステータスだ。
「《プロテク.....」
「せぇ、のッ!!!」
「ええっ!?」
私は渾身の薙ぎ払いを披露した。
チアが障壁魔法の詠唱の途中で驚きの声を上げたのも仕方がない。いくら攻撃上昇率が極めて高いシュナイデンの効果中とはいえ、初期武器であるごく普通の鉄の剣一振りで強烈な水弾を相殺した。
正直自分でもびっくりだが。
けど目的は首長恐竜の討伐だ。剣を振る腕を休ませてはいけない。
シュナイデンの制限時間は残り五秒。たった五秒でできること、それはつまり大技を叩き込むことのみ。
「《グリューエン》!!」
私は剣を奴の胴体の真上に放り投げ、直後に発動したスキルの効果で空中にある私の剣は燃え盛る炎剣となった。
それを空中で掴み、叫ぶ。
「たああああッ!!」
急降下と共に繰り出された斬撃、奴の胴体を文字通り一刀両断したような感覚が腕に伝わった。しかし実際は真っ二つになることは無く、首長恐竜は力なく地面に倒れ沈黙した。
「む、無茶苦茶ですって......」
ーーーーーーーー
「出来ましたぁ!」
桃色の壁紙に包囲された空間には、薄ピンクの掛布団が目を引くベット、薄茶色という優しい色合いのの机やその家具が置かれていた。そうここはチアのマイルームである。
たった今、チアが製作中だったオリジナルコスチュームを完成させたところだ。素材集めは想像していたより大変だったが。大体十体くらいは首長恐竜狩ったと思う。
「チアお疲れさま。早速着て見せてよ」
「はいっ!」
チアが仕上がった服を着ているマネキンを指でつつくと、服は光の粒となってチアに吸収された。
こちら側からはチアが空中で指の素振りをしているだけのように見えるが、本人からはしっかりとメニューアイコンやらコスチューム設定などが半透明のウィンドウで見えているはずだ。
何かを指でつつく動作をした直後チアの体は一瞬光に包まれ、たった一瞬で現れたのは着替えを済ませたチアの姿だった。
「初めて着替えたんですけど、全自動なんですねこれ。楽でいいです」
そう言いながらくるりと一回転。
チアはフード付きの純白のローブに黒いフリルスカートという、ファンタジー世界ならではの可愛らしい着こなしをしていた。ローブの素材は草原エリアの巨大白ウサギの毛だろうか。スカートの方は間違いなく先日戦った首長恐竜のものだろう。
あまり主張し過ぎない可愛さがまるでチアそのものを映しているようだった。
「はぇー、良く出来てるねぇ」
「ありがとうございます」
現実で店頭に並んでいたとして全く違和感ないといっても過言ではない。裁縫上手でとてもうらやましいですよチアさん。
「これが完成したのもお姉さんのおかげです」
「いやいやそんな、私は何も....」
「お礼と言っては何ですが、私にお姉さんのお洋服作らせてください」
「......えぇ!?」
目の前で立派な裁縫技術を披露した人物に服を作ってもらえるなど、こんなに嬉しいことがあるだろうか。少し前から服で悩んでいた私を見透かしたようなチアの発言に驚きを隠せなかった。
人助けは巡り巡って帰っているものなのだなと、人生で初めて感じた瞬間であった。
いつ完成するかわからない、とチアは補足したが、今すぐでなくとも私は一向に構わないし嬉しさは変わらない。そもそも友達から何か貰うなどということを一度も経験したことが無いのだ。羨ましくはあったが。
そんな優しいチアと今後も仲良くやっていけそうだなと、未来に安心感を抱いていた私だった。




