お友達(妹)
洞窟は薄暗く、わずかな隙間から差し込む太陽光だけが頼りとなっていた。そしてその太陽光が地面の水溜りたちを蒸発させるため、例え薄暗くなくとも霧が立ち込めていて戦いやすいとは決して言い難い。
今回はその両方である。何とかシルエットが確認できるくらいの見えづらさだ。
現実の病気に比べれば随分マシだが。
「あ、あのっ....!」
背後から発せられた可愛らしい声が洞窟内に響いた。
「動ける?」
彼女がどれだけ攻撃を受けたかによってこの後の行動がだいぶ変わってくる。まだ動けるようであれば私も多少余裕を持って戦えるが、彼女が手も足も動かないような瀕死状態なのであれば、一刻も早く巨大生物のヘイトを私が稼ぎターゲットを移すべきだ。私が戦っている間に回復してもらうしかない。例えゲームでも目の前で人が死ぬのは見たくないからねだ。
「一応は.....でもきっとまともに動けないと思います」
「わかった。じゃあ私がヘイト稼ぐからその隙に回復してね、じゃ」
「あ、ちょっ.....」
女の子の返事を待たずに私は目標に向かって駆け出した。何故ならもうすぐそこに巨大生物が迫ってきているからだ。
女の子を吹き飛ばしたあの水弾の威力は相当なものだろう。ボスリザードの炎弾と同じかそれ以上。一発直撃したらもうあとはないと思って間違いない。
なら当たらない速さで行動すればいいだけの話。
距離を詰めていくにつれ、シルエットは短い四本の足を持つ首長恐竜であることが判明した。首長恐竜は自らの腹を引きずりながら着々とこちらに歩みを進めていた。黒く硬質な鱗がその重量感を物語っているようだった。
私は勢いよく振りかぶった剣で奴の足にダメージを与えようとした。
しかし
「!?」
私の剣は奴の硬質な鱗によって甲高い金属音を立てながら弾かれてしまった。先ほど首の鱗を切ったが明らかに首の鱗より硬い。やむを得ず私は奴を見失わない程度に距離をとった。
初期装備ではもはや切れ味が足りないということか。しかし首は切ることが出来たから首を重点的に狙えば問題は解決するかもしれない。
......また空中ですかい。
私が再び前に出た矢先、奴自身が回転することによって繰り出された細く長い尻尾が鞭のようになって私を襲った。
私は持っていた剣を奴の頭上あたりに放り投げ、私もそれに向かって飛んだ。これにより奴の尻尾は空振りに終わってしまった。
投げた勢いで回転している剣を空中で掴み、地面と垂直に落下する。
「たああッ!!」
繰り出された斬撃は弾かれないどころか再び首の鱗を何枚か剥いだ。人間で言う爪を剥がされた痛みに近い感覚だろうか、流石に奴は痛みに耐えかねた様子で叫び苦しみだした。
初めて戦う敵でも冷静に判断できれば有利に戦闘を進めることが出来る。そうボスリザードのように。今回も初見突破いけるんじゃないだろうか。
この時私は明らかに油断をしていた。
「危ない!!」
「ぐっ!?」
奴は苦しみ終えたと同時に、女の子に向かって放ったものより速度の上がった水弾を発射していた。油断していたのが運の尽き。私は水弾に直撃し洞窟の壁まで吹き飛ばされた。
痛みはない、しかし防ごうと咄嗟に出た左腕が動いてくれない。ほかの部位も相当なダメージを負っているせいか痙攣を起こしているように震えている。起き上がるのがやっとなくらいだ。
ようやく立ち上がった私に、良くも悪くも攻撃対象が移った首長恐竜が二射目の水弾を撃とうとしていた。
私はあることを思いつき、かろうじて動く右腕で剣を構えた。
一か八か、やるしかない。
「《ハイレン》」
女の子が回復スキルを唱えてくれたおかげで右腕の動きが少し通常通りに近づいた。左腕も動かせる程度には回復できたらしい。
私は剣を両手で構え直し、叫んだ。
「《グリューエン》!!」
ボスリザードを討伐することで習得できる炎属性の剣スキルだ。
途端、持っていた剣は激しく燃え上がる炎に包まれた。それを振りかぶり、放たれた水弾に向かって切り下す。
衝突した水と炎はお互いを打ち消し合い、その全てが水蒸気になって辺りを包み込んだ。
相殺には成功したものの、当然ながらこれ以上ないくらいに視界が悪くなってしまった。
とりあえず今のうちに回復アイテムを使っておこう。
「大丈夫ですか?」
女の子が壁伝いにこちらへ来てくれたようだ。
「うん、何とかね」
「よかったぁ.... 」
「ありがとね、さっきの」
「そんな、いいですよお礼なんて」
女の子が近づいてきたことによって容姿がようやく確認することが出来た。肩甲骨くらいまでの長さがある髪の毛を持っていて、色がなんとも絶妙な、茶色に白を足しまくったようなクリーム色というか、とにかく形容しがたくも優しい色合いが印象的だ。瞳は朱色でぱっちりとしている。背が私より低いせいか年下のようにも見える。
「どうかしたんですか?」
「あぁいや何でもないよ?」
この視界の悪さでも輝いて見える程眩しく可愛い容姿に、私はいつの間にか目を奪われてしまっていたようだ。
「とりあえず今のうちに一度洞窟を出で落ち着きましょうか」
「だね」
あまりに霧が濃くなって、流石に奴からも私たちのことは見分けられないだろう。これ以上この霧の中で戦闘を続けるのは困難だと判断するのは当然だ。
女の子先導の元、壁伝いに洞窟の出口を向かって歩き出した。
ーーーーーー
「ふーぅ」
「はぁー」
私とルチア(女の子)が岩場から離れようと歩みを進めて、辿り着いた浜辺に力なく座り込んでいた。緊張で張り詰めた洞窟の空気が一転、のどかで落ち着いた波の音が私たちの心と体を癒してくれていた。
束の間の休憩というやつだ。
「ユキさん、かっこよかったです」
「えっ?」
急に言われたもので何のことかいまいちわからなかった。
「颯爽と現れて、初めて見る相手にも勇敢に立ち向かっていく姿。私女なのに惚れちゃいそうでした」
えへへ、なんて言いながら曇りのない笑顔を見せてくる。
私はこれほどまでに可愛さを無邪気に振りまく女の子に出会ったことが無い。そのせいか、ルチアの笑顔からは神々しい光が迸っているように錯覚した。つまりは可愛いという一言で私の言いたいことは伝わるだろう。
「ほ、褒めたって何も出ないよ?」
「そんなつもりで言ったんじゃないですよぉ、も~」
おかしくて笑ったらルチアも笑ってくれた。
いつ以来だろう、こんな風に他人と心から笑い合ったのは。久しぶりに感じた心の温かさ。それは懐かしくも、仮想空間という新しい世界で感じたせいか、初めて感じるそれに近いかなとも思った。
「ルチアは魔法職なんだね」
「チアでいいですよ。私、魔法とかすごく好きなんです。僧侶ですけどね。支援のほうがあってるかなって」
洞窟でチアが私にかけてくれた回復支援スキルも魔法職でしか扱えないスキルの一つである。いわゆる魔法が扱える職業は今のところ二つ、魔法使いと僧侶だ。ブレイブソードでの魔力のステータスも二種類あって、レベルアップでのパラメーター上昇の際、魔法使いは攻撃魔力が上昇しやすく、僧侶は支援魔力が上昇しやすいらしい。この性質上、魔法を使って攻撃するのは魔法使い、魔法を使って支援するのが僧侶という風に決まってしまっている。
ちなみに私は剣士である。
「私のこともさん付けじゃなくていいよ?」
「そうですか?じゃあ.....お姉さんって呼んでもいいです?」
「え?いいけどなんで?」
「なんとなくです」
「そ、そう...?」
この後お互いにフレンド登録をし、第二の人生で初めてのお友達が出来ました。
お友達というか、妹?
あれ、お姉さんって....
結局「さん」取れてなくない?




