やってきました仮想の地
なんかこう、私は人生で意識が飛んだことは一度もないんだけど。
意識が吸い込まれるような、そんな感じ。
見えてない分、ちょっと怖いな。
見えてたらどんなことが起きてるんだろうか。
ま
いっか
__________
「........ん?」
あまりに違和感がないもので失敗したかとさえ思った。風もない、暑い寒いもない、音もない。見回しても永遠に続く白。なんだろうこの不思議な空間。
って
白 .........ッ!?
私ってば、見えてる!?
「やっ....」
『これより本機の設定を開始します』
「うぇ、誰!?」
突然の声に飛び上がるくらい驚いた私、誰もいなくてよかったと思う。ため息をつくと同時に、目の前に「設定ウィンドウ」と書かれた半透明の板が出現する。私は言われるがまま設定を開始することになった。
ーーーーーーーーーーーーー
『これで本機の設定は終了です。お疲れ様でした』
「ふぅ」
な、長かった。なんか立ったままMRIみたいなのやられたし。
今私がいるこの真っ白い空間は要するにホーム画面的な役割を持っているようだ。後から背景を変えられたり、音楽ファイルを読み込めばBGMも設定できるみたい。
ゲームもいいがこっちも中々面白そうだ。
えっと?メニューを出すには........
人差し指を上から下に動かすの?
「おぉすごい」
私はメニューのたくさんのアイコンの中からゲームのアイコンを見つけた。指で触れるとこれもまた分裂、今度はゲームに関する設定やらデータやらの項目が出てきた。
にしてもすごいなこれ。人類はここまで進化を遂げたのか。
「あった」
一際目立つ『BSO』のアイコンに触れる。
途端、ワープゲートのような光の扉が目の前に出現する。間違ってBSOのアイコンを押してしまった際、そのままゲームが開始してしまう誤起動防止対策だろうか。しかし演出がいちいちいいね。開発側の努力とセンスを感じる。
私は少々緊張気味の心臓を落ち着かせるため一度深呼吸し、ゆっくりと扉を潜った。
ーー《ブレイブソードオンライン(初期設定フィールド)》ーーーーーー
扉を潜った先に広がる見渡す限りの海。しかし私は今溺れることも、沈むことさえしていない。何故か水面に立っている。波がないので地面と感覚は何も変わらない。私が降り立ったことによって生まれた波紋が遥か彼方の地平線まで進んでいくのを、ぼんやりと眺めていた。
なんかアニメの世界に入り込んだ感覚。とても不思議でワクワクする。
『ようこそブレイブソードの世界へ。まずはこの世界でのあなたを作成していただきます』
お、アバター作成ってやつかな。
目の前に現実通りの私が出現する。何かを変えれば私自身もこの私人形も変わるってことか。わかりやすいね。
このVRマシンは装着者の遺伝情報を解析する機能が備わっているらしい。その機能を利用して仮想クローンとして生み出されたのが目の前の私人形だろう。正直そんな機能が家庭用ゲーム機に搭載されていることも、家庭用として発売されたのも未だに信じられない。
項目の一番上にある「性別:女」の文字が触れても何一つ変化が無いことから察するに、このゲームにおいてプレイヤーが現実での性別を変更することは出来ないようだ。
性別は変えれられないんだ。まぁそりゃそうか、女の子だと思ってたら実はおじさんでしたーなんて、酷すぎるもんね。
せっかくファンタジーな訳だし現実と瓜二つじゃ面白くないか。髪の毛の色とか変えたい、現実じゃ絶対できないような色に。水色好きだし水色がいいな。髪の毛の長さは現実通り腰まででいいや。
目の色も変えられるんだ。赤か青かなぁ、髪色が髪色だし。
青だな。
その他身長やら手足お腹回りの太さやら無数の項目の選定に相当な時間を費やした末、結局のところ髪色や瞳の色にファンタジー要素を盛り込んだだけの、ただの近衛冬香が出来上がってしまったわけだが。
『次にあなたの名前を教えてください』
む、名前か。考えてなかった。
見た目水色だし、私冬香だし、ユキでいいかな。
........適当すぎ?
『お疲れ様でした、これで終了となります』
ゲームの設定は短いんだね、楽でありがたいです。
『これよりチュートリアルクエストへ移行します。よろしいですか?』
小さなウィンドウが『チュートリアルクエストは省略することができます。省略しますか?』と言葉通りの内容を知らせてくれているが、チュートリアル無しで本番なんて無茶にも程があると思うんだ。私の経験上、春香にチュートリアル飛ばされて苦労した覚えしかない。
私は飛ばさない(いいえ)を選択した後、クエストへ移行する(はい)を選択した。
ーーーーー《チュートリアルクエスト(草原エリア)》ーーーーー
瞬きをした瞬間景色は変わった。そこは草生い茂る草原。しかし見渡せば少し先に森のような地形も見えるし小川も流れている。植物を基調としたフィールドだろうか。ちらほら中立生物の姿も見受けられる。
......綺麗だ。
おおっと違う違う。観光しに来た訳じゃないよ。
『まずは戦闘についてです。ブレイブソードの攻撃手段には、武器を扱っての攻撃である通常攻撃、武器の種類によって異なるスキルを駆使しての攻撃の二種類が存在しています』
『戦闘に慣れてもらうため、リザードを三体狩ってきていただきます。リザードのドロップ品である《リザードの角》を三本入手することで、チュートリアルクエストは終了となります』
『では、クエスト開始です』
その言葉を映した後、半透明のウィンドウは光の粒となって消えていった。
クエスト内容を理解した途端、私はいつの間にか剣を持っていたことに気付く。
実際に自分が操作キャラクターになってみて初めて理解する武器の重さ、そして現実では手にすることの無い「武器」への恐怖心。従来のゲームでは絶対に味わうことの無かったこれら感覚に、私は多少だが背筋が凍る感覚に襲われていた。
しかし簡単に怖いからもうやりませんなんて言えるような価格では決して無いため、楽しむ以外の余計な感情を振り払うべく深呼吸し、強く一歩踏み出した。
リザードっていうんだからトカゲみたいなやつのことでしょ多分。感覚でしかないけど森にいそうな気がする。
「って、うわ...」
私が足を進めようとした方向の延長線上で事件は起きていた。先程まで優雅に地面に生い茂っている雑草を食べていた草食恐竜の一頭が、巨大トカゲのような凶暴な外見と目つきを持つ生物に襲われてる最中を私は目撃してしまったのだ。このゲームは一応全年齢対象であるため草食恐竜からの出血やグロデスクな演出は流石に一つもないようだが。
弱肉強食の世界を見ていてとても辛い気分になってしまった私は意地でも巨大トカゲを駆除することに決めた。
私は持っていた剣を振りかぶり、リザードの腹部目掛けて振り下ろした。
しかし
「うお素早いな....... 」
巨大トカゲは素早く後退し私との距離を置いた。
トカゲ、っていうか
「二足歩行してるし」
身長は私と同じくらいだが、立派な羽が生えているためか大きく見える。恐らくあれが目標のリザードだろう。いきなりこんなのと戦えとか、開発側も意外と鬼畜ですね全く。
駆除することに変わりはないが。
リザードは見た目通り凶暴というか、私より先に襲いかかってきた。
同時に私は構える。とあるゲームの必殺技を思い出しながら。
「キシャアアアアア!!」
「よっ」
私は思い切ってリザードに向かって駆け出した。そして真横に剣を振るようにリザードを切り払う。リザードの苦しむ叫び声が草原に虚しく響いた。
私は剣を収めることさえ忠実に再現した、しかし本家は地面直前を滑空する軌道で前進していたことを思い出す。少し納得いかないが妥協することに決めた。
リザードの亡骸が光の粒になって消えるのを見ていると、消えていった跡にはリザードの角が転がっていた。それは拾うと同時に手元から消え、『リザードの角を入手しました』という必要最低限の大きさだと言わんばかりのウィンドウだけが残った。
こういう感じね。よしどんどん行こう。
ーーーーーーーー
「よっと」
「キシャア!?」
「せいっ」
「キシャアアアアアア!?」
う、うるさい........。
そんなこんなでリザードの角を三本入手し終えました。目の前にふわっと出てくる《クエストクリア》の文字。ようやく終わったかと息を吐いた。
その瞬間
「ギシャアアアアアア!!」
「!?」
突如森の木々がなぎ倒され、そこから出てきたのは巨大化したリザード、というか絵に描いたようなドラゴンだった。
「親玉って感じ?」
にしてもでかい。五倍とかそういうレベルではない。
私の目の前に《乱入クエスト》の文字が派手に出現した。
『どうやらボスリザードの怒りに触れてしまったようですね』
のんきだなぁ........
『乱入クエストは破棄することもできます。その場合、元のクエストは達成された状態で街に帰還することができます』
『乱入クエストを続行しますか?』
私は迷わず(はい)を選択した。
《乱入クエスト開始》の文字を見送ると、私はボスリザードに向かって駆け出した。




