《エピローグ》独りの先に待っていた世界
「おかえり冬香」
「春香!」
下校の準備を終えて昇降口に向かった私を待っていたのは、お母さんではなく春香だった。
「びっくりしたよ、春香が来てくれるなんて」
「ほんとは毎日こうしてあげたいんだけど」
「嬉しいけど、春香だってやりたいことあるんだし、大丈夫だよ」
「ありがと。さ、帰ろ」
「.......なんかちょっと緊張する」
「何でよ。お母さんにしてるみたいにすればいいだけだよ?」
「むー....?」
春香だって私を介助するのは初めてなはずだ、と思い春香の肘を持つと、やはりというか春香の腕は若干震えていた。
「緊張してんじゃん!あははは!」
「う、うっさい!」
こんな他愛もない会話をしながら一緒に家に帰るのは何年ぶりだろう。春香は昔と違ってあまり素直ではなくなってしまったが、内心はとても嬉しがっているに違いない。だって私が嬉しいのだから。
「久しぶりだね、一緒に帰るなんて」
「ほんとにね」
「.....ところでさ、チアちゃんのことなんだけど」
揺れる電車の中で、春香は唐突にチアの名前を出してきた。
「良い子でしょ。優しいし頼りになるし、笑顔が可愛いし。えっとあとはー.....」
チアについて考えれば、チアの良いところしか思いつかない。
あの人懐っこい笑顔が、海岸で初めて出会った私を引き付けたのかもしれない。現実で嫌なことがあっても、チアの笑顔を見ていれば気分がリセットされるようで。チアが居ない日常など考えられない程、身近で大切な存在になっているのが分かる。
「親友?」
「ん、親友かぁ.....」
親友という概念でチアを見たことが無かった。気が付いたら隣にいた、そんな気がして、友達という枠に当てはめ難いというのが本音だ。
「家族......と、親友の間?」
「なるほどねぇ」
「でも急にどうしたのさ」
「この前のクエスト中にさ、チアちゃん見てて.......その...やきもちというか」
「えぇっ!?」
私たちの関係を一体何だと思ていたんだ春香は。
「別にそういう意味じゃなくてさ、そこにいるのが私だったらな、って」
「そ、それはその.......告白!?」
「だから違うってば!」
「っはは、冗談だって」
昔はそうでも無かったが、最近は春香をいじって遊ぶことが本当に楽しい。
「....んまぁでも、冬香の傍にチアちゃんみたいな子がいてくれて良かったとも思ったけどね」
「それは私も思うかな」
春香から離れた私の拠り所となってくれていたのはチアだ。本人に自覚は全く無いと思うが、私にしてみればいくら感謝しても足りないくらいなのだ。
「その節はすみませんでした」
「お互いさまなんだし、水に流すって決めたでしょ?もういいよ」
元はと言えば春香が私から離れたことが原因だ。だが逆にこれが無ければ、私はチアに出会うことが出来なかったはずだ。
「それに春香と離れて、自分が今まで春香にどれだけ頼っていたかって知れたし」
「冬香...」
一人になって得たものは多い。友達の大切さとか、人との付き合い方とか。数え始めたら切りがない。
同時に手にしたものも数は知れない。ベルセルクという居場所も、そこで掴んだ勝利も。ブレイブソードオンラインで経験したこと全てが私を成長させてくれたと今実感している。
だが結局、それらは私一人だけで掴んだわけではないのだ。
「気付いたの。人間一人じゃ生きられないんだって。大事なのは一人で生きていくことじゃなくて、どれだけ多くの人と関わっていけるかなんじゃないかな、ってさ」
「冬香が大人になってるぅ......」
「私だって成長するし!......でもさ、私は目も無いし、一人じゃなくても大変なことはたくさんあると思うんだ。......だからその時は」
「大丈夫。私がついてるよ」
「ありがとう。春香」
この両目が見えなくなったことをきっかけに、私の生活は跡形もなく変わってしまった。もういっそ自殺でもしてやろうかと思う程不便な体になったし、春香はどんどん離れていくし。しかし私は最近、この両目と正面から向き合い始めている。
だが所詮は人間、慣れが大事なのだ。
変わってしまったことにいつまでも執着していても仕方がないと思うようになった。この心の余裕も、元を辿れば目の病気のせいで経験した苦労から得られたものだ。これの他にも様々な面で私は成長していると自分でも感じる。私が成長したのは病気のおかげと言っても過言ではない。
私が前に進むためには、この体を受け入れなければならないことに気付けた。
ゆっくりでも、私は前に進んでいきたい。
ーーーーーーーーー
「ん........?」
気付けば私は、草原に生えた木の下で軽く寝ていたようだ。眩しい光を感じ、昼間であることと、ここが仮想空間の中であることを把握する。
「おはようございます、お姉さん」
まだはっきりしていない視界の中に、チアの微笑んだ顔が飛び込んできた。
「ごめんチア、寝てた」
「大丈夫ですよ。お姉さんとても気持ち良さそうに寝てました」
「......夢、見てた」
「どんな夢だったんですか?」
「大切な人と、家に帰る夢」
これまでに何度も見た夢だ。小学生の私と春香が、二人で仲良く家に帰る夢。しかし私はこれまでのように溜息はもう吐かない。私の周りは元通りに、いや、以前より良いものになったからだ。
そして今私の隣にいる子も、私にとっては春香と同じくらい大切な人だ。
気付けば私は、チアの小さな体を抱き締めていた。
「ええ!? お、おぉおぉおお姉さん!? 寝ぼけていてもやっていいことと悪いことがありますよぉ!?」
「ありがとう、チア」
「..............えっ?」
「傍にいてくれて、ありがとう」
私の言葉を聞いたチアの両手は、私の背中に回っていた。
「これからもずっと、私は傍にいますよ。お姉さん」
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
これにて冬香の物語はおしまいです。
今作では、主人公を取り巻く登場人物の気持ちを大事に書いたつもりでしたが、いかがだったでしょうか。
こんな姉妹が本当にいたら羨ましいですね。
この作品で学んだことを生かして、今後も頑張りたいと思います。
重ねになりますが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
それではまた、どこかで。




