決着の時
膨大な体力、痛みを知らない肉体、自然高速治癒。こんな化け物を相手にしたことはない。
「どうするツバキ」
「考えたいところだけど.....そんな暇無いか」
このクエストには制限時間があることを常に視野に入れなければならない。
「とにかく突っ込んで来ればいいっしょ!!」
「待っ、ヒイロ!!」
またあいつは、とツバキが頭を抱える。しかしこの柊さんの特攻が攻略の糸口になるとは、ここにいる四人はまだ誰も知らなかった。
「薙ぎ払え突風 《リフルブラーゼ》!!」
アブソリュートを使った二度の薙ぎ払いには風の力が付与され、通常よりも深い傷を残した。
様子見という目的を忘れた柊さんは次々にスキルを発動させていく。恐らく手持ちのスキルを全て使い切り、次に使えるようになるまでの間、周囲で見ている私やツバキと交代するつもりだろう。その行動には、今のうちに相手の弱点をしっかり見極めておけというメッセージが込められているようだった。
「舞え迅風 《シトルムラーゼン》! 切り裂け斬風 《ティルガゼルア》!!」
風と共に舞う姿はまさに風神のようだった。振るわれる槍に従って風は吹き乱れ、その全てが斬撃となってラヴィーニアに襲い掛かる。
柊さんは次に大技の詠唱を始めた。
「《荒れ狂う風の力が我が敵を貫く》.....!」
柊さんはアブソリュートをラヴィーニアに向けて構え、体制を低くして走り出す。
「《クヴェルティアラン......!?」
しかし、柊さんはラヴィーニアの直前で文字通り停止した。
「止まった.....?」
「違う、ヒイロの体が凍ったんだ!!」
ツバキの言う通り、柊さんは足元から霜のようなものが体に張り付いていた。
次の瞬間、ラヴィーニアがついに攻撃に転じた。ラヴィーニアは足元で凍り付いた柊さんを踏み潰そうと前足を挙げたのだ。
「やばい!!」
咄嗟にツバキが柊さんに向かって走り出した。
「《光虎》!!」
ツバキの刀が輝きを放ち、ラヴィーニアの爪と衝突する。
柊さんの症状が状態異常の類であるなら、今のうちにチアによる状態回復スキルをかけるのが得策だろう。
「チア、柊さんの回復!」
「分かりました!《ベルハイレン》」
「....ったはぁ!!生き返ったぁ」
「ヒイロさっさと離れて!」
「はいはいっと!」
弾くことも受け切ることもできないと判断したツバキは、柊さんが後退したのを確認し、刀を使ってラヴィーニアの爪を滑らせ受け流した。
「みんな気を付けて、あいつの近くに長く居座ると冷気のせいで凍って動けなくなるみたいだよ!」
「何なのそれ、攻略させる気あるの!?」
打つ手がない。誰もがそう思っただろうが、私はそうではなかった。
「いや、柊さんのおかげであいつ倒せそうだよ」
「おっ、ユキちゃんまじで?」
それから私は、観察の成果を手短に話した。
まずラヴィーニアの自然治癒だが、見る限りでは周囲に漂っている冷気を吸収することで傷が治っているように見えた。冷気を止めることが出来れば、ラヴィーニアの自然治癒は止まるだろう。その問題の冷気だが、そもそも冷気自体がラヴィーニアの氷のような鱗から放出されていることに私は気付いた。鱗を全て破壊すれば、とも考えたが、そんな骨の折れる作業をして先にラヴィーニアがカルガスクに到着してしまえば、元も子もないというやつだ。そう考えさらに観察を続けると、無数にある氷のような鱗からは青白い血管のようなものが伸びていて、その全ての終着点がラヴィーニアの頭の角にあることを発見した。つまり角を壊せばあるいは、という結論だ。
「すご、良く見つけたねぇ」
「確証はないけどね」
「やってみる価値はあります!」
「....」
「どしたのツバキ」
「あいや、なんでもない。とりあえずやってみよう」
「極力あいつの近くに居座らないように角を折りに行こう!」
再びチア以外の三人はラヴィーニアに向かって走り出した。
ラヴィーニアは巨大な龍ではあるが、前傾姿勢なために頭の位置はそう高くない。決して狙いやすくもないが、すぐ地面に帰ることが出来ることから、凍らないような立ち回りがしやすい。
私はあることを思いつき、剣から二本の短剣に武器を持ち変えた。
「せやっ!!って硬ぁ!?」
柊さんがアブソリュートで突くが、甲高い金属音を響かせて弾かれた。
「これなら...《炎刀》!!」
ツバキの炎属性スキルにより、氷であるラヴィーニアの角に亀裂が生まれた。
「ユキ!」
私は短剣を一本ラヴィーニアの真上に放り投げ、残ったもう一本を両手で握りラヴィーニアの角の根元に突き刺した。そして上空の短剣目指して飛び上がる。
「チア!!」
「《フォルガン》」
チアのスキルによって、角の根元に突き刺した短剣を中心に紅い魔法陣が描かれる。空中でもう一本の短剣を掴んだ私は急降下し、握った短剣を逆手に持ち、突き刺された短剣に向かって勢いよく振り下ろした。
角は爆発により、木っ端微塵となって吹き飛んだ。
「見て、冷気が消えて行くよ」
確かに冷気が消えて行く。しかし同時に、ラヴィーニアにも変化が見られた。先ほどまで青白かった血管のような管が真っ赤に染まり始めたのだ。
そしてラヴィーニアは、ついに前進する以外の行動を始めた。
ラヴィーニアから発せられた咆哮は、体が吹き飛ばされるような風圧を伴い、また積もった雪を巻き上げて雪原と化したこの地に響き渡った。
「くっ.....なんて迫力なの」
「でもここからが本番なんだね?」
柊さんの言う通り、ここからが本番だ。ようやく土俵に立てたとも言えるが。
「本気で行くよ 《狂鬼・殺撃乱舞》!!」
ツバキの体から赤いオーラが放たれ始める。あれは一定時間攻撃力を増加させる刀専用スキルだろう。スキルのエフェクトとはいえ、ツバキの近くにいるだけで気合いと本気が伝わってくる程だ。
「《全てを断ち切る神剣の力、今ここに召喚す》」
チアの詠唱により雪原に巨大な紅い魔法陣が描かれていく。それは次第に光を帯びて、術の発動を今か今かと待ちわびているようだ。
「《シュナイデン》!!」
発動と同時に、私たちは三度目の挑戦を開始する。
ラヴィーニアが地面を強く叩き付ければ、地面から鋭い氷柱が何本も生えてくる。風を操るように戦う柊さんは空中戦を得意としているのか、氷柱を利用してラヴィーニアの頭上に飛び上がった。
「背中ががら空きぃ!....ってうおぉう!!?」
背中を狙われたラヴィーニアがったが、巨体に似合わない動きで飛び上がり、自らの尻尾で空中の柊さんを叩き落とそうとしたのだ。
柊さんは柊さんで、空中にも関わらず華麗な身のこなしで尻尾を避けた。そのまま空中でスキルの詠唱を開始する。
「《受けろ自然の怒り、味わえ風の猛威》....!」
アブソリュートが薄黄緑色の光に包まれ、竜巻のような渦を巻く風が周囲を覆いだした。
「《ヒューメリアランス》おりゃぁぁあ!!!」
天から高速で降り掛かる一本の槍に対し、ラヴィーニアは氷塊を吐き出して弾き返そうとした。が、アブソリュートは氷塊ですら容易に貫き、ラヴィーニアの肉体を激しく貫いた。
「《顕現せよ椿の太刀、与えるは刹那の連撃》」
怯む間もなく、地上のツバキが攻撃を開始する。
「《牙尖連斬・椿》!!」
その一瞬、ツバキは目に持ちまらない速度でラヴィーニアを何度も切り付けた。ラヴィーニアの氷のような鱗が割れるたび、それらは粉々になって散っていった。
「やった?」
ラヴィーニアは沈黙した、かのように見えた。
しかしラヴィーニアは立ち上がり、これまでに見ない理不尽な攻撃方法をし始めたのだ。
「何っ.....!!?」
ラヴィーニアが柊さんを睨みつけた頃には、既に柊さんの足元は凍っていた。身動きの取れない柊さんに急接近するラヴィーニアからは殺気が溢れ出し、離れた私たちの背筋をも凍らせた。
「いやいやそんなの聞いてないってぇぇ!!」
「《グリューエン》!!」
ラヴィーニアが柊さんに向けて振り下ろした爪に、燃え盛るフルスターリソードを振り抜き弾き返す。暴走したラヴィーニアは一撃だけでは収まらず、爪による攻撃を何度も何度も行い、その都度私は弾き返した。シュナイデンが無ければこんなことは出来なかっただろう。
「《グロル》」
チアのスキルによりラヴィーニアは強制的に後方に下げられた。本来であれば吹き飛んでも何らおかしくない威力のスキルだが、ラヴィーニアの重量では後ろへ下げることが限界なようだ。
私は振り向き、柊さんに張り付いた氷を剣で割っていく。
「さんきゅーユキちゃん、助かった」
「でもあれじゃ避けようがないね」
柊さんが凍ったのはほんの一瞬ラヴィーニアに睨まれただけだ。睨まれるな、などという絶対に不可能な指示なら受け付けるつもりはない。
「一が八か、あいつにくっつくくらい近くにいれば睨まれないかもね」
「でもチアが....」
「頑張って私たちであいつの気を引こう」
「....うん!」
まずは動きを封じるため、足を重点的に切り付ける。この作戦で三人がラヴィーニアの足元に潜ったその時、予想もしない出来事が起きた。
ラヴィーニアが突然飛び上がったと思えば、爪を立てて急降下を始めたのだ。狙いは私や柊さんでは無く、ただツバキだけを目掛けて隕石のような巨体が襲い掛かろうとしていた。
「くっ....!」
「ツバキ避け....」
「いや、凍ってる!?」
ラヴィーニアが飛び上がった瞬間に睨まれたらしいツバキは、上空を見上げて刀を構えていた。
「ツバキ!!」
「来ないでユキ!巻き添えになるよ!!」
「でも!!」
「さぁどっちが強いか勝負だよ、極氷獣...!」
「私も手伝うよツバキ」
「ヒイロ...?」
「チアちゃんとユキちゃんの連携とか助け合ってるとこ見ててさ、なんかうらやましくなっちゃった。でも私にはツバキがいるし」
「何言ってんのさこんな時に」
「ツバキを一人になんてさせない。ユキちゃんが居なくても、私がいるよ」
「っ.....行くよヒイロ!!」
「うん!!」
「《炎王.....」
「《風王.....」
「「剛衝撃》ッ!!!」」
「春香ぁぁぁぁぁあっ!!!」
爆発による雪煙が収まると、そこにはラヴィーニアだけが立っていた。
状況を飲み込んだ途端、私の内からは純粋で強烈な怒りが込み上げてきた。
「《ソヴリーク》」
剣を強く握りしめる私の右手に、チアの温かい手が添えられる。同時に、私の手と剣は温かい光に包まれた。
「このスキル、ドイツ語でふたご座を意味する単語が元になっているらしいです。これからお姉さんが発動するスキルを強化させる付与スキルです」
チアはその言葉を、私の背中に自らの額を埋めながら呟いた。
「.......私の分も、二人の仇、お願いしますね」
チアは目の前で姉妹を亡くす辛さを知っている。しかし私への同情以前に、ただ消えた二人の仇を、と、私に力を与えてくれたのだ。
「.........決着、つけてくる」
「はい」
チアが私から離れるのを感じ寂しさを覚えるが、右手の光がチアと共にいることを実感させてくれていた。
「《全てを焼き尽くす業火の剣と」
私は奴に向かって歩き出し、次第に速度を上げていった。
「炎神から生み出されし光炎とが融合し」
途中、吐き出された氷塊や突き出た氷柱は全て切り捨て、一度決めた進路に沿ってひたすらに走った。
「今、地獄の炎と化す》!!」
灼熱の炎がフルスターリソードを飲み込み、青い炎は黒みを帯びた紅炎へと進化を遂げた。
「地獄で後悔しろ.....!!」
「《ヘスティアーズ・グリューエン》!!!」




