私の姉妹
「うー......っあぁ」
ゲームをするために長らく寝たきりになっていた体を伸ばし、ヘッドギアを外した。
春香との戦闘の後、ベルセルクの面子に激しく称賛され、そのまま打ち上げが始まりそうな勢いになった。しかし私には大事な約束があったために何とか断ってこの暗闇しかない現実に帰ってきたというわけだ。
春香を待っている間、私は先程の喧嘩を思い出していた。
私の知っている春香はもっと能天気で楽観的で、いつも笑顔で。そんな姉妹を持ったからこそ、今まで喧嘩などしたことが無かった。それどころか、私は春香に付いて行くだけで毎日が楽しく思えた。
ところがどうだ、今日目の当たりにした春香は能天気で楽観的で笑顔だっただろうか。
私は変わった。視力を失ってからかは知らないが、良い意味でも悪い意味でも成長したと言える。そして私たちは双子である前に個々の人間なのだ。もちろん春香だって成長している。
これらを踏まえて導き出される答えは、私は今の今まで春香という存在に、私の中にある春香の印象を勝手に押し付けていたということだ。深く色々なことを考えず、私に笑顔を見せてくれる姉妹。という勝手な印象を。
世界は自分を中心に回っていないということだ。
「.....はぁ」
溜息も吐くさ、自分がこんなに未熟な人間だったかと知れば。
だが、それも今日でおしまいだ。
私の部屋に扉をノックする音が三回響く。
「はーい」
「入るよー」
春香の返事は意外にも明るかった。私はてっきりもっと深刻そうに入って来るかと思ったが。
扉が開かれ、軽い足音が私の鼓膜を震わせる。その足音は止まることなく、真っ直ぐ私が座るベットに向かって歩いてきた。
何を言われるのか。内心緊張していた私の頭に、手のひらがそっと乗せられた。
「春香?」
「.....いやね、何から話そうかって思って」
そう言いながらも、春香の手は私の頭を優しく撫で続けていた。春香は小さい頃から会話が無くなった途端に私の頭を撫でたがる癖がある。
「大丈夫、私も」
「やっぱり?」
「とりあえず座れば?」
「そうする」
「....手はそのままがいいかも」
「はいはい甘えんぼさーん」
「.....うー」
別に嫌じゃないと思ってしまう辺り強ち間違いではない。
「でもさ、言いたいこと大体さっき言ったよね」
喧嘩の最中、私たちは抱えていた想いをほとんど吐き出していた。そのことに関してはもう話す必要が無いだろう。正直触れたくもないが。
「まぁねぇ.......でも私は」
私と違い、春香には私に話したいことがたくさんあるらしい。そもそも話がしたいと言い出したのは春香だったか。
「私はちょっと、冬香に私の反省話を聞いてほしいかな」
私はただ黙って春香の話を聞くつもりだ。それがどんなに春香自信を責め立てている内容だとしても。
「さっき抱えてたものを全部吐き出したときに思ったの。私は勝手に、冬香は辛いはずだ、って決めつけてるんじゃないかって。当然、冬香だって今いる環境の中で成長するよね。辛かったとしても、次第に慣れていくのも当たり前。私だって、悔しいけど冬香がいない生活に慣れてきてるし。でもやっぱり今も辛いかもしれない.....もう何を信じて行動すれば冬香のためなのかわからないの。だってそうだよね、私は冬香じゃないから」
春香がどれだけ私を大事に思ってくれているのかがとても伝わってくる。しかし結局は私と同じ悩み方をしていたのだ。私が春香に勝手なイメージを重ねていたように。
「だからね、もう一人で勝手に、冬香のためって決めつけるのは止めようと思うよ。.......これが私の反省」
春香は自分の意思を明確な言葉にして私に伝えてくれた。なら私も伝えなければならない。私たちはそういう育ち方をしてきたのだ。
「確かにね、私は見えない生活に慣れてきてるよ。慣れてきたせいか最近はそれほど辛いって思わなくなってきたかな。
.............でも、でもね、やっぱり私は私だし、大体辛くない訳がないんだよこんな状況。誰かに支えてもらってでしか生きていけないみたいなんだ」
ここまで言うと、春香は私を優しく抱きしめてくれた。
「ねぇ冬香知ってる?大切なものって、失ってからしか気付けないらしいよ?」
「こんな状態になって言えるけど、本当にその通りだと思うよ。春香に頼ってたっていうことも、春香っていう存在も、視力でさえも、ね」
「.....今更だけどさ、これからは私を頼ってくれる?」
「うん」
「えっ、いいの?」
「だめなの?」
「ぁいや....今までろくに口聞かなかったんだよ?私」
「それでも春香だよ」
「っ....ずるいよ冬香」
今日面と向かって話して初めて分かる。春香だって変わっていなかったのだ。頭を撫でたがる所とか、動揺すれば柔らかな笑みを浮かべるところとか、私を大事に思ってくれているところとか。
これでやっと、私たち姉妹は再び歩み出せたのかもしれない。
「冬香、もっと甘えていいんだよ?」
「........っ........私だって.......泣くとき、あるよ.....?」




