ぞれぞれの思い
「邪魔なのでありますよ!もー!!」
「くっ....!」
ソラさんがコナさんを最後列に配置した理由。それは銃による後方支援を望んだからだろう。敵全体に負担をかけることに成功すれば、勝利は一気に私たちに近づくはずだ。そして回復支援の次に重要である後方支援役を失わないよう、私という護衛を付けたわけだが。
何分、相手が想像を遥かに超える強さを持っていたのだ。
敵ギルドもこちらの実力を認めてか、メンバーのほぼ全員を城の一階層目に総動員しているようだ。ここにいないのは旗付近にいる一人だけらしい。
敵ギルドが最も危険視したのは唯一銃を持っているコナさんだった。この的確な判断によって、私とコナさんは二対四の過酷な戦闘を先程から続けている。
「流石につえーな、敗北数の少なさは伊達じゃねぇぜ」
「一回も負けてないギルドが何を言うでありますか!」
猫の手も借りたい程に厳しい戦いである。しかも敵ギルドにはまだ余裕があるように感じられるために、ベルセルク一同は焦る一方だ。
そんな時だった。
「ソラ!!」
「しまっ....ぐああ!!」
「きゃあああっ!!」
城内に、ソラさんとチアの断末魔の叫びが響いた。
今までチアの回復支援があったからこそ首の皮一枚で戦えていたものの、その首の皮がたった今断たれたのだ。
このままここで戦闘を続けていれば、いずれベルセルクは全滅するだろう。
「ユキ少佐.....旗に向かって突っ走って欲しいのであります」
コナさんの囁きが私の耳をくすぐった。
私は、一人で四人を相手にするなど無謀だ、と反射的に口にしそうになって留まった。一対四など無謀であり勝ち目が無いのは、流石のコナさんも承知しているはずだ。つまりは時間稼ぎをしてくれるという、そういう意味だろう。
この絶望的状況、誰かが変えなければ、待っているのは破滅のみなのだ。ならば誰かが変えなければならない。それが誰であれ何であれ、最終的にこの試合において勝利を収める結果になれば全員が納得できるのだ。
であれば、やらない理由が無いではないか。
「ありがと、行ってくるよ」
「絶対折るでありますよ」
「もちろん」
私はカラスさん目掛けて走り出した。
「さぁ、FPS世界大会上位ランカーの実力、その身で味わうがよいのであります!!」
「カラスさん!!」
「んん!?.......おぉなるほど!」
コナさんの状況、切羽詰まった私の表情を見て多くのことを理解したカラスさんは、私の短剣に赤い魔法陣の付与スキルを付与し、床に紫色の魔法陣を展開してニカっと笑う。
しかし察したのは味方だけではなく、私を止めようと動いた敵も何人か見られる。
「行かせてたまるかよ!」
「ゆきのじゃま、しないで」
「ユキさん、頼みましたわ!!」
「おおっ、あの紅葉さんが珍しく人に頼み事とは恐れ入るぜぇ」
「あなたはとっととスキルを発動させなさいな!!」
「へいへい......頼んだぜユキ!絶対折ってこいよ!!」
「上等!」
「《グロウラ》、《カイザーフレイム》!!」
私はグロウラによって地面と垂直に飛び上がり、高威力の炎属性スキルを盾に天井を突き破っていった。
ーーーーーーーー
ユキが去った後、追い詰められたベルセルクは敵ギルドが全く予想していなかった行動をとった。
ユキを追おうとした敵をフィエが対処しきれなくなった頃、紅葉が天井に刺した投げナイフにカラスが目を付けた。
カラスはナイフにスキルを付与してこう言う。
「後は全部、ユキのやつに託したってことで....俺らの役目はここまでらしいぜ」
カラスの目には、追い詰められた仲間が次々に光の粒となって消えて行くのが映っていた。
「ここまでで....ありますか......っ」
「不甲斐無いですわね....」
「強くなるには負けも必要ってね....」
「仲間を信じるのも、船長の役目ってもんよ....」
「悔しい.....な......」
「拙者もまだまだ実力不足ということか.....」
「ふぃえ.....がんばった.....」
「俺もここまでか」
ユキが明けた天井の大穴を見つめた後、目を閉じてカラスはこう呟いた。
「《インパクト》」
強烈ば爆発は敵全体を巻き込んだ挙句、城の二階部分までをも木っ端微塵に吹き飛ばし、誰一人として旗のある最上階へは辿り着けなくしてしまった。
ーーーーーーー
無事に最上階に着地した私は、突如起こった轟音と地震に襲われていた。
「.....ありがとう、みんな」
絶対に目の前の旗は折ってやる。そう心の中で決意した私は顔を上げた。
「待ってたよ」
私はその声に聞き覚えがある気がした。
そして待ち受けていた女性の顔を見て、目を見開く。
桃色の長髪、深紅の瞳。紛れもない。この女性はいつだったかカルガスクで衝突したあの人だ。
しかしこの聞き覚えのある声は一体...?
「やっと会えたね、冬香」
今ようやく理解した。
私と同じ体格なのも、同じ身長なのも、似たような顔つきなのも。その全てに私が違和感を抱いたのも無理はない。
そしてその声も、聞き覚えのあるような、ではない。私はしっかりと覚えているのだ。聞き馴染んだ、姉妹の声を。
この人は
「春香.....なの.....!?」
「良かった、ちゃんと覚えててくれたんだね」
安堵したような表情を浮かべた春香は、流石の私も腹の立つ感想を述べてきた。
覚えててくれた?
姉妹を忘れるわけがないだろうに。
それに会話をしなくなったのは春香の方ではないか。
怒り、悲しみ、寂しさ。色々な感情が一瞬で頭の中を駆け巡った後、フルスターリソードの剣先は春香に向かっていた。
「......」
「ちょ、ちょっと待っ...」
「うるさいうるさいうるさい!!うるさい!!!」
私は感情が語るままに剣を振り続けた。
私は春香が世界で一番好きだった。恐らくだが春香も同じだろう。それが今やどうだ、たかが視力を失ったくらいで気まずくなる程私たちの絆とかいうものは弱かったのだろうか。視力を失ったところで私は私だ。中身は何も変わっていないというのに、『覚えててくれた』など言われる筋合いはない。
思考が停止し、何も考えられなくなった私の瞳からは、涙が零れていた。
それでも剣を振る手は休めようとはしなかった。
「待って、話を聞いて冬香!!」
「うるさいってば!!私がどんな思いで今まで過ごしてきたか知りもしない癖に!!」
私がそう言い放つと、春香は辛そうな表情を浮かべた。
「ごめん...」
「っ....!!どうせ私のことなんかどうでもいいって思ってるんでしょ!?」
違う、私はそんなことを言いたいわけじゃない。
「そんなわけない!!!」
私の心にも無い言葉がついに春香を怒らせてしまった。今まで私の攻撃を弾くことに徹していた春香が、攻撃的に剣を振り始めたのだ。
「私が.....私が!!大好きな冬香のことをどうでもいいなんて思うはずが無いでしょ!!!」
「!?」
私は知らなかった。春香が今も尚、私のことを好きでいてくれていたことを。
「私だって冬香と前みたいに仲良く話したい!!話したいのに!!冬香を見てると死にたくなるくらい自分が嫌いになるの!!冬香の辛さを分かってあげられない、一緒に背負ってあげられない....無力な自分が嫌で嫌で仕方がないの!!」
どうやら私は、自分を中心に物事を考えていたようだ。視力を失って辛い思いをしていたのは私だけではないらしい。
私は散々辛い思いをしてきた。慣れ親しんだ生活を捨てて盲学校に入学したし、そのせいで毎朝長時間電車に揺られるはめになるし、点字だって覚えた。それでも、好きだった絵を描くことや色々なものを見て回るウィンドショッピングなど、視力を使う色々なことが出来なくなり、それら全てを諦めて今に至る。
好きなことが出来なくなる辛さは、想像以上に私の心を衰弱させた。
辛いのは自分だけだとずっと思っていた。
しかし実際は春香も私と同じくらい、いやそれ以上かもしれない程苦しんでいたのだ。
春香は私の絵を見ては褒めてくれた。私が出掛けたいといえば付いて来てくれた。また春香が出掛けたいと言えば私は付いて行った。今思い返しても口元が緩む思い出だ。
視力を失って私はそういったことを一切しなくなった。趣味は音楽鑑賞を始めとした室内で且つ一人で出来てしまうものになってしまったために、私と一緒にいる時間を楽しんでいた春香もまた、辛かったのかもしれない。
でも、それでもだ。
「だったら私を突き放さないでよ!そしたら私だってもう少し楽になったかもしれないのに!!」
「近くにいたら辛いんだってば!!」
「じゃあどうしたいの!どうしたらいいの!!」
「分からないんだよ!!だから教えてよ!どうしたら冬香の辛さを一緒に背負ってあげられるの!?」
「そんなの知らないよ!!!」
「冬香のバカ!!」
「春香のバカ!!」
思えば、姉妹喧嘩など生まれて初めてかもしれないな。
私たちが喧嘩に熱中していると、突如として天井から石煉瓦が落ちてきた。
我に返って部屋を見回すと、床や壁、天井に無数の亀裂が入っているのを確認した。
先程の地震により、城が崩壊しようとしているのだ。
ここで私はようやく自分が授かった使命を思い出す。
杏子さんの瞳、コナさんやカラスさんの言葉が頭に過る。
『旗を折れ』
「春香そこどいて」
「やだ」
「悪いけど通してもらうから」
私は再び剣を振り始める。冷静さを取り戻した剣は鋭さを増し、的確に相手を狙った攻撃を繰り出していった。
しかし運動神経もゲーム歴も私より優れている春香はやはり強い。真面目に戦っていてはこちらが負けてしまうだろう。
だから私は戦わないことを選択する。
『こうげきしゅだんは、ぶきだけじゃ、ない』
「正義の一撃!」
「ぐぁ!?」
春香に急接近し、足を引っ掛けて体制を無理矢理崩させてから強烈な頭突きをお見舞いする。面食らった春香は尻もちをついた。
その隙に旗を折ってやる、そう思い走り出した私だったが、城は既に限界を迎えていたのだ。
天井を造っていた煉瓦は雨のように降り掛かり、床には抜けた個所がいくつもあった。
いつかの雷狼との戦いで落雷を避けて進んだように石の雨を縫って進む。
ようやく旗に目前まで近付いたと思いきや、突然武器を持たない春香が私の進行方向に飛び込んできた。
「止まっ...」
「うぉああ!!」
勢いを殺せない私はそのまま春香と激突し地面を転がった。
....その際、私の背中に木製の棒の折れる感触が伝わった。
「.....あーあ、折られちゃったよ」
「.....相変わらず無茶するよね春香は」
崩れゆく城の中、私たちは床に倒れたまま笑った。
「ね、冬香。この後冬香の部屋行くね。....たくさん話したいことがあるからさ」
「私も」
私の手を春香が握り、私はそれに応えるために握り返した。
床が完全に崩れ、私たちは暗闇へと落ちてゆく。
それでも私は恐怖を全く感じなかった。
久しぶりに、春香の温かさを感じられたから。




