私だから出来ること
「ユキ子は剣士なんやね」
高地に出来た洞窟や崖を縫って私たちは歩いていた。杏子さんが私の双短剣を見て呟くように言葉を発した。
「そういう杏子さんは魔法使い?」
見たところ杏子さんは武器を持っていないようだった。近接戦闘職であれば何かしらの武器を所持しているはずで、魔法職である僧侶は、持っているだけで支援魔力に上昇補正をかけることのできる長杖を持っているはずだ。現にチアは長杖を持って戦闘に参加している。武器を持たずして戦える職業は魔法使いしか存在しないのである。
「せやで!」
「でも短杖持たないの?」
僧侶に長杖があるように、魔法使いには唯一の専用武器である短杖がある。これを持つことで魔法使いが使用する攻撃魔法スキルの飛距離や効果範囲を大幅に伸ばすことが出来る。短杖を持たなければ遠距離で攻撃できるという魔法使いの利点が無くなってしまう。
移動中は装備しない主義の人なのかな杏子さんは。
「まーまーお楽しみってことでさー」
「せやせや」
これは目標との戦闘が楽しみになってきたな。
ーーーーーーー
「この辺だったかなー」
ソラさんは広い空洞を「この辺」と指し立ち止まった。この空洞には丈夫そうな岩の柱が複数地面から伸びていて、広めの空間でありながら柱の圧迫感があった。以前海岸で戦ったあの巨大な首長恐竜ではきっと岩の柱が行動の妨げとなるだろう。ということは、少なくとも柱の間を自由に動き回ることが出来る程の大きさの生物だろう。
「...なぁマメ子」
「んー?」
「うち思い出したんやけど」
杏子さんがそこまで言い終わった時、空洞を強い風が走り抜けていった。
私はこの空間に私たちの三人以外の何かが紛れ込んでいるように感じた。
しかし見渡しても肉体どころか影すらも確認することは出来なかった。
「気のせ.....」
「来るよユキちゃん!」
「!?」
気のせいだと脱力した私の前にソラさんが移動し、突然何かを弾き返そうとしているかのように剣を持つ両腕に力が込められた。
ソラさんが構えた金色の剣に触れた何かは一瞬姿を現したが、弾き返された直後には再び姿を消してしまった。
透明化、というわけか。
「こないな奴もおったわそういえば」
「ユキちゃんどんな敵か分かったー?」
「厄介だねこれは」
「そうなんだよー。今のはたまたま防げたけど、僕らもちょいとばかり苦手でさー」
「気を付けるんやでユキ子、うちらもあんたのこと守り切れへんできっと」
心配する二人を他所に、私は私にしか出来ないかもしれないことの存在に気が付いた。
「攻撃を当て続けて見えるようにすれば、二人も自由に戦えるんだね?」
「「え?」」
私は二本の短剣を手に持ち、頭上で互いを五回叩き付け合った。短剣は甲高い金属音を奏で、その音が空間内を響いたことを確認した。
そして私は右手の短剣を勢いよく前方に投げた。
投げた短剣が衝突したのは岩の柱でも壁でもなかった。
「なんや!?」
「驚いたねーこれは」
私の短剣に衝突したのは他でもない、姿を消していた例の生物だった。
「ってこと。どうかな」
私はやや胸を張りながら二人に作戦が伝わったのかを確認してみた。
私は現実で音だけを頼りに生活していることを利用し、自ら発した音が帰ってくるその感覚でどこに何があるのかを把握することが出来る。「何が」までは言いすぎだが、この空間で人間より大きい体積で動いていれば敵であることは明確だ。
現実の状態に似せるために目を閉じないとならないことが欠点だが。
「面白そうだねー」
「その作戦乗った!頼むでユキ子!」
私は頷き、投げた短剣を手元に戻すためツイングラディウスを装備し直した。
手元に戻した短剣で再び金属音を響かせると、正面から帰ってくる音は異常なまでに早かった。つまり目標はすぐ目の前だということだ。
私が右手の剣で目の前を切ればそれは実体化した。間近で姿を見たことにより、目標が怪鳥であることを把握した私だったが、その時確認した怪鳥は明らかに私を攻撃するための体制をとっていた。振り回された怪鳥の鞭のような尻尾はすでに私の右耳寸前だったのだ。
この距離では回避が間に合いそうにない。
「っ..」
「《グロウラ》ぁぁっと!!」
杏子さんが発動したスキルにより怪鳥は見事に吹っ飛んだ。防御面のステータスが乏しい私は一撃でも与えられてしまえばそれは致命傷となるので、ここで無傷なのは非常にありがたい。
グロウラはチアが使ったグロルと差程変わらない。魔法使い版グロルと言ったところか。名前もよく似ている。
しかし私と杏子さんとの距離が異常なまでに近いことが気になる。
「無事かユキ子!」
「う、うん、ありがと....」
「ユキ子、次奴が離れたとこにおるときに攻撃当ててーや。うちがあんたのこと連れてったる。走って行っても間に合わへんできっと」
「わ、わかった」
近い近い。
再び金属音を鳴らすと、音は怪鳥がソラさんの隣にいるような跳ね返り方をした。
「ソラさん近くにいるよ!」
「おっけー」
ソラさんはその場で剣を振り回した。ソラさんの剣に切られた怪鳥の姿を私と杏子さんはしっかり捉えていた。
「行くで!《グロウラ》!!」
「ぇ、え?うわぁああ!?」
私を抱えたままの杏子さんは発動したグロウラの魔方陣は岩の柱に展開され、それを勢いよく蹴った杏子さんは私を抱えたままグロウラの効果で弾き飛んだ。私たちは空中を真横に滑空しながら怪鳥へと突進していった。
「ユキ子ライダーキックや!!」
「え!?うん!!」
空中で体制を変えるのは中々難しいが、このまま突っ込んで怪鳥にボディプレスするのは勘弁してほしいので無理矢理でも体制を変えることに決めた。
二人分のライダーキックによって怪鳥を再び吹っ飛ばした挙句岩の柱に叩き付けることに成功した。
私は怪鳥が元居た場所に着地し勢いを止めたが、杏子さんは一切勢いを止めずに飛ばした怪鳥を追いかけるべく走っていった。
杏子さんは怪鳥の傍まで行くと私の方に振り向いた。
「《フォルガフス》、《グロウラ》....!」
詠唱されたスキルは全て杏子さんの右足に付与されていた。
「マメ子ユキ子!ホームランかましたれ!!」
その言葉と同時に、二つのスキルが付与された右足で怪鳥は蹴り飛ばされ爆発した。
「僕は切れる剣をモットーに武器を作っておりますがねー」
「じゃあ真っ二つっていうのはどうかな!」
確実な威力を手にするべく私はフルスターリソードに武器を持ち替ええる。
「いいね、行くよユキちゃん!」
私たちは互いに剣を構え、高速で飛来するそれに向かって叫んだ。
「「《グリューエン》!!」」
私の剣は青い炎に包まれ、ソラさんの剣は黄金の光に包まれた。どうやらソラさんが作成した剣は、グリューエンなどのスキルを発動した際のエフェクトが特殊なものになるような素材を使っているらしい。
そしてその威力もエフェクトに劣らず大したものである。
聖剣とも呼べる二本の剣に切られた怪鳥は壁に叩き付けられ、透明になることも忘れ動かなくなってしまった。
緑色の鋭い鱗が一際目立つ怪鳥は、飛龍と呼んでも相応しい程に禍々しさを感じさせる外見をしていた。正攻法で戦闘を進めていれば炎弾を吐き出してきそうだ。今回は杏子さんが酷く怪鳥を虐めていたからこその勝利とも言える。
あまり杏子さんの戦闘スタイルを見学できなかったことが心残りではあるが。
と、私は勝利を確信していた。
「これでしまいやと思うやろ?」
「....え?」
「残念、もう一ラウンドや」
動かなくなったと思った怪鳥の肉体は、まるでその鱗の下に別の生物がいるかのような奇妙な動きを始めた。
「いつ見ても楽しいもんじゃないねー...」
「せやなぁ.....ぅぇ」
二人の言う通り、まるで二十歳以上を対象とするボラ―ゲームのワンシーンのようなグロデスク極まりない脱皮が目の前で繰り広げられていたのだ。正直これはリアル感を追及するVRで決して見たくなかった部類の光景である。これが自然界だと思って受け入れるしかあるまい....。
これ船長さんたちと共闘しているチアは平気なのだろうか。
「来るよ」
怪鳥の亡骸から姿を現したのは、怪鳥の面影を残した巨大な飛龍だった。
次回第二ラウンドです




