感謝から芽生える最悪な思考
「それでね、友達出来たんだよ私」
「あらそう。どんな子?」
「優しいんだけどしっかりしててね、守ってあげたくなる子かな。私のことお姉さんって呼ぶんだよ」
「へぇ。お母さんも会ってみたいわその子」
「じゃあお母さんもゲーム始めないとね」
「大人にそんな暇は無いのよ」
「えー」
帰り道でお母さんとこんな他愛のない会話を楽しめるのも、視力を失って得たごくわずかな利点かと最近思い始めていた。ブレイブソードオンラインを始めるまでの私では絶対に浮かぶはずのない考え方だ。視力御失わずお母さんに頼らない生活を送っていたら、きっと反抗期とか言う面倒極まりない状態になっていたであろう。
ブレイブソードオンラインという日々の楽しみを発見したことにより、私は前向きな考え方がようやく出来るようになったのかもしれない。
「今日もやるんでしょ、夜更かししないようにね」
「わかってるって」
そう言いながら私は家の階段を上っていく。
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降り立ったのはお馴染み、カルガスク南端の海辺である。今日は雷狼との戦いに勝利したことをチアと喜び合うという、ただそれだけを行うよく分からない会が開かれる。反省会というかなんと言うか。
とりあえず待ち合わせのベンチに腰掛けてチアを待つことにした。
変わらない海、変わらない空気、変わらない人気の無さ。そう簡単に変わるはずは無い世界だが、今日は、いや今日からは一つだけ以前と違うことがあった。
黒いショートパンツに七分丈の白いブラウス、肩には青く丈の短いマントのようなものを私は身に纏っていた。お腹回りには紺色の紐が一本結ばれ、服が風を受けてだらしなく広がってしまう現象を防いでくれている。
チアは自らが宣言した通り、私の服を自作してくれたのだ。
チア曰く『お姉さんには格好良い感じの服が似合うと思います』らしい。言われてチアがくれた服を見てみると、確かにレースやフリルなど目に見えて可愛い飾りは施されていなかった。
私は現実でまだ視力を失っていない頃、女の子らしい服装をあまり好まないできた。いつだかお母さんに無理矢理着せられた時があったが、恥ずかしいし鬱陶しいしで着た感想も鏡を見た感想も良いものではなかった。要するに人が着ているのを見るのは良いが着たいという感情は一切湧いてこないということだ。
こんな私の一面をチアに教えた覚えは無い。それでもチアは私好みの落ち着いた服を作ってくれた。
チアはお礼として作ったつもりだろう。しかし私にとっては感謝してもしきれないほど嬉しい送り物なのだ。なんならそのお礼のお礼をしたいところである。
貰った時の嬉しさを思い出した私の頬は緩んでしまっていた。
「なんだか嬉しそうですね、お姉さん」
「わかる?」
「わかりますよ」
予想より来るのが早かったチアは嬉しそうな私の姿を見てにやにやしながら近づいてきた。チアは部屋へ誘うこともせず、ただ私の隣に座るだけだった。
「じっとしててくださいね」
チアに動くことを禁じられた私は素直に硬直し、黙ってチアの行動を見守っていた。チアはその手に隠し持っていた小さめの髪飾りを慣れた手つきで私の髪へと飾った。髪飾りが小さかった為に飾る為に必要となった私の髪の毛は右耳の上の一束のみで、特に髪型が変わったようには感じられなかった。
その髪飾りの素材には見覚えがあった。
「これって」
「はい。この前倒した狼の毛から作りました」
勝利記念です、なんてチアは付け足し微笑む。微笑んだチアの髪にも同じものが飾られていることに気が付いた。
「チアも付けてるんだ」
「お揃いです」
「でもチアそれは...」
私は狼と戦った時のことを鮮明に思い出していた。
初戦、チアは雷に恐怖していた。狼を撃破した今でも完全に克服したとは言い難いだろう。そんな今すぐにでも忘れたいはずの記憶の象徴である狼の素材を身に着けるなど、恐怖を背負って自分を苦しめるようなものだ。
そんなものを勝利記念として扱ってチア自身が壊れてしまわないだろうか心配でたまらない。
酷く心配する私を他所に、チアは海の彼方を見つめ口を開く。
「お姉さんに会えて、一緒に戦えて良かったです」
「チア....?」
「今までの私じゃ雷に立ち向かうなんて絶対考えられませんでした。雷を憎んで恨んで、目の前にしたら怯えて、それだけです」
言葉を続けようとするチアは私の手を握った。
「でも立ち向かうことが、姉を守ることが出来ました。その機会をくれたのはお姉さんなんです」
「....」
「勇気をくれたお姉さんを思い出せるようにと、それでこれです」
チアは頭の紺色の毛に触れ、安心したように小さく笑った。
しかし、私は違った。
「お姉さ....!?」
チアは自分の手が強めに握られたことに驚き、私の目を見て二度驚く。同じく海を見ていたはずの私の顔は既にチアを向けられていて、振り向いたチアと目が合ったからだ。
今までに無い私の真剣な目つきにチアは三度驚いた。
「その言い方、まるでお別れするみたいじゃん」
「.....ぇ.....?」
「私はこれからもずっとチアと遊んでいたいし、チアが辛いときは力になってあげたい。嫌って言っても無駄だからね」
「わ、私だって!」
「だったらそれは私を思い出すためじゃなくて!!」
私は軽く言い争いになりそうな空気を落ち着かせるべく間を置き、強張った表情を緩めてチアに願いを伝える。
「.......せめて、友情の証とかにしよう。ね?」
暫く沈黙が続いた。
しかしそれは、チアが吹き出したことによって幕を閉じた。
「ちょ、なんで笑うの」
「だって、お姉さん真面目な顔して恥ずかしいこと言うんですもん」
そう言って笑うチアの目尻には涙が粒を作っていた。それが嬉し涙か、笑い涙か。私には分からない。それでも、チアが笑っていればそれで良いかなと思う私がいる。
感謝しているのは私も同じだ。
春香と離れて、納得できない現実から逃げて、このゲームに逃げ込んで。踏んだり蹴ったりとも言える私の人生に現れた光はチアだった。チアは私を慕い、私から勇気をくれたと言った。私をそんな風に思ってくれた人間は過去にいなかったのだ。
私は春香以外に、冗談を言い合い笑い合える人間は居なかった。何処へ行っても春香が居る。春香が居ればあとはどうでも良いと思っていた。事実どうでも良かった。
チアという存在が私を変えてくれたのだ。他人と笑い合う、そんな人間に。
もちろん春香との関係を元に戻したいと今でも思う。
元に戻した上で見てもらいたいのだ、春香と離れて変わった私を。
しかしチアと出会って変われたのは、春香から離れることが出来たのは、
皮肉にも
病気のおかげ...........なのかな。




