チア
「たあああッ!!」
「ガアアァァ......」
私の渾身の一撃で、ボスリザードは力尽きた。同時にレベルアップを知らせる効果音が頭の中で響く。あれからこの効果音が響くのは二回目である。
狼との決戦は近い。
ーーーーーー
チアに会っていない。
狼に負けてからチアのログインは確認している。しかしこれまではチアの方から私を誘うことが多かったが、この頃チアとチャットでの会話すら一切ない。
チアは雷を異常なまでに怖がっていた。それとチアが私を避けていることとは何か関係があるのだろうか。
理由がどうであれ、私の準備が出来るまでチアと会うつもりはない。
.....合わせる顔が無いともいえるが。
「わ!?」
「っと!?」
町を歩いていた私の体は何かに衝突し尻餅をつく。衝突したものが声を発したため人間だということが理解できた頃、私の目の前には手が差し出されていた。
考え事に集中すると人に衝突するのはお約束らしい。
「大丈夫?ごめんね、私前をよく見てなかっ..........!?」
手を差し出した本人は優しい笑みを浮かべ、しかし申し訳なさそうな声色で私に謝罪した。
「いや私こそ。ぶつかってごめ.....?」
私はその人物を見たことがあるような、そんな気がして伸ばす手が固まる。その人物も驚いたような表情を浮かべ、私の顔をまじまじと見つめてきた。
背丈が私と同じくらいで、髪は薄い桃色の長髪。深紅の瞳がじっと私を見つめていた。
考えすぎかと眼を閉じ、その人物の手を取り立ち上がる。
「......ごめんね、じゃ」
「あっ」
その女性は私が立ち上がったのを確認した途端、足を動かし始めた。感謝の意を伝えようとした私は離脱のあっけなさに気を取られ、しばらく離れ遠のいていくその背中を見つめていた。
あの容姿、雰囲気、声。どこかで.....。
『お姉さん。今から例の狼、倒しに行きませんか』
「チア....」
私の視界にチアからのチャットが届く。
久々に私の元へ届いたチアのチャットにいつもの和むようなチアの雰囲気は一切感じられなく、毎回最後に付け足されているはずの顔文字もなかった。
なにか決意のような、緊張感というか。そういうものを感じた。
読み終えた私はさっきぶつかった人物の背中を探したが、既に時は遅かったようだ。
『私も準備終わったところなんだ。一緒に鬱憤晴らしにいこうよ』
私はチアに返事を送り、いつも集合場所にしている海辺のベンチに向かうべく町の南端へ向かうことにした。
この一週間、試行錯誤を繰り返した私の案たちを全て試す時が来たようだ。
ーーーーーーーー
私は海辺のベンチに腰掛けて、先日ソラさんから頂いたフルスターリソードを鞘に納めたまま手に取り眺めていた。
これを装備する為に必要なレベルは十分通り過ぎている。しかしこれを使って良いものかと正直まだ心の迷いが私にはあった。これは私の努力の成果ではないからだ。
あの狼は自分の実力や努力で倒したい。
そう思った私はフルスターリソードを装備から外し、新しく作成した二本の短剣『ツイングラディウス』を握りしめた。
貰いものは万が一の時だ。
「お待たせしました」
「私も今来たとこだよ」
声の主は確かにチアだったが、先程のチャット同様緊張感のようなものを感じた。
私は立ち上がろうとしたが、それよりも先にチアが隣に座った為再びベンチに体重を預けた。
「.....私、悔しかったんです」
チアは零すように言葉を発していった。
「雷を怖がって動けなかったのも、目の前でお姉さんが殺されるのも。何もかもが悔しくて、何もできなかった自分が悔しくて」
チアは言葉を零すたび俯き、その声は震えているように聞こえた。
「....私、小さい頃に雷で姉を失ったんです。それがトラウマで、雷が聞こえただけでダメなんです」
チアが雷を異常に怖がる理由。それは単純故に私の心に重く響いた。
同時に、私が無防備なままあの狼と戦い、挙句雷が原因で死んだことの重大さを知った。チアが私のことをお姉さんと呼ぶのはきっと実の姉に似ているからだろう。そんな人が再び同じ末路を辿れば、私なら二度と立ち上がれない程心へ負担がかかるに違いない。
それでもチアはここへ来た。私が思っていたよりずっとチアは強い心を持っているのだ。
「でもお姉さんはまだ守れるんです。一度目の前で殺されても、これはゲーム。本当に死んじゃったわけじゃありません」
チアは立ち上がり、強い口調で言った。
「もう誰も目の前で死なせません。私の支援でお姉さんを守ります。お姉さんは攻撃することだけを考えてくださいね」
私はチアを守りたいと思い、守る為にどうしたら良いかこれまで考えてきた。
どうやらそれは、もう必要ないらしい。
「わかった。でもチアが危なくなった時は助けに行くからね」
「ふふっ、お姉さんらしいです」
私たちは狼を倒すべく酒場へ向かった。




