『ベルセルク』
その時、私自身が危機的状況に陥っていることに気が付かなかった。
気付いたのは、チアが障壁スキルを詠唱した後だった。
「《プロテクション》!!」
途端、私の頭上に青い魔方陣が展開される。私は鍔迫り合いの最中、頭上に展開された魔方陣を凝視し、その奥に広がる黒雲の稲妻が集まっていくのを確認した。
次の瞬間、集い始めていた稲妻たちは束となって地上の私に降り注いだ。光の速度で落ちる雷は、チアが張った障壁を容易く粉々に砕き貫通してしまった。直後炎属性の剣スキル《グリューエン》は効果時間の十秒を過ぎ、私の握っている剣はただの初期武器となってしまった。
威力を手離した私の剣によって狼との鍔迫り合いに負けた私は、奴の爪によって引き裂かれる感覚に陥ると同時に、障壁を突き破った無数の雷が私の体を貫いた。
私は初めてこのブレイブソードの世界で明確な痛覚を味わい、瞼が勝手に閉じたことによって目の前が真っ暗になった。
ーーーーーーー
いつか負けるとは思っていた。
それは現実世界で言う「死」。
本来ならば私はこうして普通に授業を受けていることはあり得ない。
私は弱く、戦い方があまりにも無防備すぎたのだ。
故にチアを守れなかった。
そもそも強敵に挑むには装備品が弱すぎたのだ。
あれでは、マシンガンやライフルの弾が飛び交う戦場にハンドガンだけで突っ込むようなものだ。
....悔やんでいても仕方ないか。
まずはあの狼の爪に勝てる程の剣を作ることから始めよう。
「はーい、今日の授業はここまで」
「....よしっ」
「反抗期かしらー......」
ーーーーーーー
「うーむ.....」
私は酒場の一角にある椅子に座り、装備していた鉄の剣をテーブルに置いて悩んでいた。
たった今一人で海岸の首長恐竜を狩ってきたところだが、時間は掛かるものの私自身無傷ではあった。やはり頑張ればあの狼もこの初期武器で倒せないことも無いのかもしれない。負け惜しみにも近いが、動きさえ見極めることが出来ればあるいは。新しい武器を作るにしても、今このタイミングで無くとも良いのではないかと思えてしまう。例えば狼より強い敵が出てきたその時とか。
とかいって先日完敗したんじゃないの私。
「うーーむ....」
「もしもしそこなお嬢さん、ちょっと相席いいかーい?」
「....ぁ、え、私?」
余りに急に話しかけられたものでつい確認してしまう。
気付けばそこには、黄緑の髪を持った青年が立っていた。青年はあたふたしている私の返事など待たない気のようで、テーブルを挟んだ向かいの席に座りくつろぎ始めていた。
「なんか珍しく空いてるテーブルが無くてさー」
言われて酒場を見渡してみる。確かに町の南端にある少々人気の無い酒場としては珍しく賑わっており、空いているテーブルなど一つも見当たらなかった。
「あの、えっと.....?」
「いやなに、別にナンパしようとかそういうのじゃないから。ただ休みたかっただけだよー」
のんきの一言が似合う青年は黄色い眼を閉じ、苦笑いを浮かべた。
その光景に悪意が無いことを察した私はとりあえず安心して肩の力を抜く。同時にチア以外のプレイヤーと話せる機会はこれが初めてかもしれないと思った私は、いくつかの質問を頭の中で作り上げ整理していった。
それより前にすることがあった。
「私ユキっていいます」
「あー敬語とかいいから。俺はソラマメねー」
「.......ぷっ」
「はーいそこ笑わない」
なぜそら豆。
そら豆が好きなのか、単に語呂が良いからか、後で変更できるだろうと思ってふざけてみたか。いずれにせよこれはこれでインパクトを与えられる名前だな。そういうのもアリか。
しかし素直に「ソラマメさん」と呼んでしまってはそのうち吹き出してしまいそうだ。
「じゃあソラさんで」
「!...」
私が名前を省略したことに驚いたソラさんは一瞬固まったが、直ぐに私の目をまじまじと見つめだした。
「へ、変なこと言ったかな」
「いや、馬鹿にしないんだーと思って」
「まぁ、人の名前だから」
「ふーん。それよりさー」
ソラさんは話を変えるように、テーブルの上に置かれた鉄の剣に目をやった。
「これチュートリアルで配られるやつだよね。初めたばっかり?」
「始めたばっかりではないかなぁ」
「どれくらい?」
「一月とちょっと」
「一月....今クエストどこまで出てる?」
「ブリッツガルア?とかいう狼でついこの間負けたところだよ」
「!?....おぉーこれはこれは。なるほどね」
「負けたからさ、そろそろ新しい武器作ろうかと思って」
私から事の成り行きを聞いたソラさんは少し考えた後、空中から一本の剣を出現させた。
「そんな迷える子羊ちゃんにこれを授けよう」
テーブルに置かれたその剣は刀身が青白く半透明で、クリスタルを掘って作られたかのように美しいものだった。私は剣に見入っていたが、言葉の意味を理解して率直な感想を述べる。
「いいの!?」
「うん。もう使わないからねー」
ソラさんは空中で何かをいじり終え、直後私の目の前に「商品購入画面」と書かれたウィンドウが現れた。
「しょ、商品?」
「これ俺が創った店の商品。本当は二十万ルナくらい支払ってほしいところだけどねー」
「二十万!?」
なんとこのブレイブソード、服だけでなく武器も自作できてしまうらしい。武器はまず作成したい武器の種類を選択して、使用する素材をそれらしい形にした後、武器としての数多くの設定条件を乗り越えてやっと完成らしい。その難易度の高さから、商品として売られているもの全てが高額すぎて買えたものではないのだ。しかし使われている素材によって威力が変わるという。町には普通に敵生物の素材や鉱石などを使って運営がデザインした武器を作る定番のNPC店もあるのだが、素材や組み合わせによって比べ物にならない程強力な武器が創れるのだとか。自分で好きな形を生み出せるのもまた良い点である。
目の前の剣の材料は鉱石だろう。
「今回は特別に、設定額最低値の一千ルナでいいよー」
「な、何か裏があるんじゃ」
「なーいないない。あるとしても、君がこの剣を装備するためには最低でもあと二つレベルを上げないといけないことくらいかなー」
「.....ほんと?」
「人の善意は素直に受け取っておくといいよー」
「信じるよ?信じるからね!?」
「わかったからはよポチっと。ほれ」
そこまで言うなら、と私は恐る恐る「購入」の文字枠に触れた。
すると目の前の剣は光の粒になって消え、「武器:剣『フルスターリソード』を購入しました」という文字が表示されたウィンドウが出現する。これはソラさんがつけた名前なのかな。自身の名前と違って普通にかっこいい。
「性能は保証するよー。あとパフォーマンス面でも期待しといてねー。それじゃ」
「もう行くの?」
私が授かったフルスターリソードを手に頬を緩ませていると、ソラさんは満足したように席を立ち酒場の出口へと向かった。私の頭にはいくつかの質問があったが、その全てがどうでもよくなってしまう程授かり物が私の気持ちを高ぶらせていた。これで勝てるかもしれない。
これでチアを守れるかもしれない、と。
「これ、ほんとにありがとう。ソラさん」
「いいよー。.....ぉそれと」
ソラさんは出口へ向かおうとする足を止め、私に振り向くと
「...強さ、誰かを守れるだけの力が欲しくなったら、僕らのギルド『ベルセルク』に来るといいよ。いつでも歓迎するから」
その言葉を残し、ソラさんは酒場を後にした。
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「ユキちゃん、ね。......面白くなりそうだ」




