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ブラインドソード(盲目の剣)  作者: 雛月いお
ソロプレイヤー脱出
10/29

嵐の海岸にて

「てやぁッ!!」


クエストの目標である巨大蟹は、私の渾身の一撃を受けて動かなくなった。


今日はたまたまチアが忙しいらしく、合流するまで一人で狩りに出ている。あれから巨大ザリガニとか岩でできたゴーレムとか海岸ならではの巨大モンスターを狩ってきたが、未だ次のステージに進むことが出来ていない。

......にしてもこの蟹、焼くとか茹でたら普通に美味しそうだな。どうにかして焼けないものか。

その時私は炎属性の剣スキルを習得していることに気が付いた。


適当に木の皮やら葉やら雑草を切り落として適当に盛り、そこに炎スキルを発動させた剣を投入。


「《グリューエン》」


燃え盛る炎剣は瞬く間に植物たちを焼いていき、気が付いたころの火はキャンプファイヤーのそれに近い状態になっていた。

私はあらかじめ切り落としておいた巨大蟹の足を二本ほど火に翳してみた。直火にしないのは火力が強すぎることが見てわかるからである。


もはや植物が燃えているのかすでに燃え尽きているのか確認できないほどに。




ーー





香ばしい匂いが漂ってきた辺りで蟹の足を火から離してみた。スキルの効果時間が終わって炎が落ち着いた剣を使って、モンスターならではの硬い殻を割るとそこにはぎっしりと詰まった蟹肉がっ!!

いやほんとすごいなこのゲーム。


「はむっ....~~~!!」


高級な蟹を食べたことがないこの舌だからこそわかる。この蟹は間違いなくかなり美味しい。味覚もプログラムされているとは.....また一つ楽しみが増えてしまったではないか。


「お待たせしましたお姉.....」


「んむっ?」


「......何してるんですかお姉さん」


「ひあもはへう?おいひいほ?」

(チアも食べる?美味しいよ?)


「飲み込んでから喋ってください!」


「ふぁい」




ーーーーーー





「美味しかったねー」


「むー.....無理矢理なんて酷いですよ」


「無理矢理なんて人聞きの悪い。美味しそうに食べてたよ?」


「うっ」


「本音は」


「............凄い美味しかったです」


「正直でよろしい。お姉さんは素直なチアちゃんがいいな~」


「も、もうこの話終わりですっ!」


「ほれほれ~」


「頭撫でないでくださいよ!」


こんな感じで会話をしていると、私たちの距離が確実に近くなっていることを感じる。そのうち一緒にいるのが当たり前のように思えてくるのだろうか。それもいいな。


「お姉さん、次のクエスト....」


「うん、これが海岸で最後のクエストかも」


《  討伐クエスト ブリッツガルアの討伐  》


「行きますか?」


「行こう、チアも次のステージ早く見たいでしょ?」


「はい、もちろんです」


私たちがゲートへ向かおうとした矢先、そのゲートから唖然とした表情の男三人が酒場に帰還した。何が起こったか全くわからないと言いたげな男らの表情は次第に怒りに染まっていき、それぞれが何かを叫び出した。


「なんだよあれ倒せるわけないだろ!!」


「くそあの犬め覚えてやがれぇぇぇ!!」


なんなんだあの人たち.......。


「.....行こっか」


「....はい」





ーーーーーーーー






海岸エリアへのワープが無事完了し、瞼を開いた私の前に広がる光景は普段通りの海岸ではなかった。


「なっ...」


「雨?」


小雨とは言い難い雨が岸辺を打ち付けていた。今までにない天候の変化にチアも驚いている様子。しかもそう遠くない距離の上空にある黒雲には蒼い雷が走っている。


穏やかじゃないな。


「ひぅっ」


雷鳴が響いたと同時にチアが肩をすくめた。その肩は若干だが震えているように見える。チアは雷が怖い人だったのか。

私はそっとチアの手を握る。


「チア」


「お姉、さん」


チアは弱々しくではあるが私の手を握り返してくれた。このクエスト、何が何でも早くブリッツガルアとやらを討伐せねば。チアのために。




ーーーーーーーー






しばらく雷雲が集っていないエリアを探索してみたものの、それらしき生物どころかそもそも生物が一切見当たらなかった。仕方ないから雷雲の活動が尋常ではない高台を目指して歩こうとするも、私はチアが心配であまり気乗りしない。


「お姉さん、私.....大丈夫、ですから」


あまりにチアの様子を伺いすぎていたせいかチアからそんな言葉が頼りなく発せられた。しかしその言葉にチアの勇気を感じた私は頷き、少し早歩きで岩場の高台へと進みだした。


近づいていくにつれ、問題の雷鳴は激しさを増していった。私は別に雷を怖いとわ思わないが、正直音の大きさに関しては一刻も早くこの場から離れたいほどである。

チアの私の手を握る力が強くなってきているのが分かる。握る手は何があっても離すつもりはない。



南国植物の森を岩場の方向に抜けると目の前に山のような高台が表れた。しかし親切にも岩の段差が丁度良い階段となっているのを見つけた。登るのには苦労しなさそうだ。


岩の段差を登って暫く、私たちは高台の頂上にたどり着いた。頂上とはいえ、あまり高度は高くない上、戦闘を繰り広げるには十分すぎるほどの広さがある。そこはまるで荒れている大海原のド真ん中にいるかのような雨風が吹き荒れていた。



良好とは言い難い視界の中、一つの影が凛と歩いているのが確認できた。


それは四足歩行の


「犬.....?」


「にしては随分大きくないですか....?」


その時だ。突如としてその影に蒼い雷が漂い始めた。よく目を凝らすとその犬っぽい影はこちらに気が付いているようにも見て取れる。


嫌な予感がする。


「チ......ッ!?」


チア、と口を開こうとしたが奴はそう甘くはなかった。その影は恐るべき速さで私に襲い掛かってきたのだ。咄嗟に引き抜いた剣が奴の鋭すぎる爪を弾いたことは神様に土下座して感謝したい。

自慢の爪が弾かれると思っていなかったらしい犬っぽい生物は一度距離をとった。先程の跳躍から察するにあまり安全とは言い難い距離ではあるが。

良くも悪くも奴との距離はとれた。今優先すべきはチアを奴の攻撃範囲から離すことのみ。


「チア、私があいつに攻撃したら離れて」


「っ...はい」


「ごめんね。少しの間一人にしちゃうけど、すぐ片付けるから!!」


その言葉を言い終えると同時に私は奴に切り掛かった。しかし私の剣は再び奴の爪に弾かれてしまう。そう長くはない爪ではあるが犬に比べれば立派すぎる爪である。近くで見ると、奴が凶暴な狼であることがよくわかる。紺色と青色、尻尾の空色の毛が美しさを醸し出している。

自分で言うのも何だが、私の攻撃は遅い方ではない。奴はその攻撃を軽く受け流しているように見えた。初撃から何発も剣を振っているが一切奴の体を切ることが出来ていない。


こいつ、今までの敵とは比べ物にならない程強い。

力を込めた一撃が弾かれ、きりがないと理解した私はほんの少し距離をとる。


「《シュナイデ.....》ひゃあ!?」


「チア!?」


チアのスキル発動は雷によって間接的に強制中断させられた。この狼、チアの支援スキルが無いと討伐は厳しいかもしれない、なんて考えていた最中の出来事で驚きを隠せない。


今のアクシデントで奴のターゲットがチアに移ってしまったらしく、奴の目は既に私を見ていなかった。そして戦闘の開幕のきっかけとなった跳躍攻撃の予備動作を始めた。


「《グリューエン》.....!」


私は燃え盛る剣を大きく振りかぶる。

地面と強く蹴った獣に向かってありったけの力を込めて振り抜く。


奴とのつばぜり合いが繰り広げられた。


後ろにはチアがいる。絶対に競り負けはしない。負ける気など毛頭ない。

私が負けんとする気持ちを高めていくにつれ、剣の炎はその勢いを増していった。




この時、私の足元が青白く光を帯びていたことに、私はまだ気付いていなかった。

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