顔合わせと、もうひとつ
勧められるがままに席に座り、コーヒーを出される。
「朝食まだだろ。スクランブルエッグでいいか?」
スクランブルエッグをシアの前に置きながら聞いてきたのは、長身の、目付きの鋭い青年であった。
髪を後ろに掻き上げ、いかにもな雰囲気を助長させる服を着込んでいる様は、あまり社会的によろしくない立場の人間を連想させる。
しかし先ほどの他のメンバーをたしなめている様子や言葉、行動の節々には気遣うような柔らかさが窺うことが出来、シアは何となくそのギャップに好感に似た関心を持ちながら、それほど緊張することなく答えた。
「あ、いえ、御構い無く」
「おいおい、御構い無くってこれからしばらくはここで生活するんだぞ?キッチンは全員が揃うここしかないし、遠慮ならいらねえよ。要らねえんなら捨てるけど」
「……じゃあ、いただきます」
苦笑ぎみに返された言葉に、そういえばそうかと自らの現状を再認識する。
それでは、とフォークをとってスクランブルエッグに手を伸ばし。
……延長線上にいた、瓜二つの少女達と視線がバッチリと交錯した。
「……」
「……」
「……」
片方の少女はフォークに刺さったスクランブルエッグの一挙一動さえ逃さないほど鬼気迫る顔つきで凝視しつつ、チラチラとさり気無く、かつせわしなくシアに視線を寄越してくる。
くりくりとした目はもうすでに真円に近い。眼力だけで人を射殺さんばかりの迫力であった。
もう片方の少女はそんなすさまじい気配を放つ彼女を呆れ気味に、なんとも言えない顔でそれを見て止まっているシアの方を少し申し訳なさそうに交互に見る。
双方ともに、秀麗な顔付きである。お手本のような丸い目に薄く赤い頬、そしてほどよく白い肌に映える艶を残す瑞々しい唇。それぞれショートカットとストレートロングの髪型も両方がよく似合っている。
しかし、それでも表情の差でここまでイメージが変わるのだ。そんな見本を見せつけられたような気分を味わいながら、シアはどうしようもなく彼女らの、否、異常な方の彼女の行動の意図を理解した。
……この、スクランブルエッグへの異常な執着心がむき出しになったなんとも絶妙な表情であれば、誰であろうとわかるだろうが。
そして、少しの思考の沈黙のあと、そのままスクランブルエッグを凝視する少女の口元へと差し出した。
コンマ数秒。
スクランブルエッグが消えた。
そして
「ナイスガイ!」
モゴモゴと籠った声と、視界いっぱいのサムズアップと少女の満面の笑みが代わりに返ってきた。
そしてその少女の満面の笑みも、数秒にして消えた。
鈍い打撃音が響き渡り、少女がテーブルへの墜落を果たしたのだと気づいた時、視界に映っていたのはいつの間に移動したのか、スクランブルエッグを振る舞ってくれた青年の姿だった。
その手は、鋭い手刀に形作られていた。
「お前はあとで作ってやるから待っとけっつったよな……?」
「さーいえっさー!とはいかないんですよ人間の三大欲求はあ!!なにこれ拷問!?目の前にお預け食らったメニューを食べてる人がいるって拷問なの?!っていうかさっきの言葉は撤回して!!捨てるなら私に!!ぜひ!!」
高らかに猛抗議する異常少女に、更なる鉄槌が下り、打撃音、静寂、断末魔がさらにホールを横切った。
「んー、今日の悲鳴は80点かな。もう少し、抗議の時に温存しておかないと」
そしてそんな光景を眺めつつ優雅にコーヒーをすする男性は、呑気に悲鳴に点数をつけていた。
……なぜだか先程まで完璧に着こなしていたワイシャツのボタンがずれている。
……なんというか。
壮絶なシュールさである。
申し訳なさに恥ずかしさが加わってきたおとなしい方の少女を眺めることもなく眺めつつ、フォークを手にしたまま状況についていけずに呆然と思考を停止させていると、苦笑気味のハンプバックの声が聞こえてきた。
「……保護対象の君にこんなことを言うのはひどく申し訳ないのだが、失礼やらなんやら、多少目を瞑ってくれるとありがたい」
「……いえ、覚悟していたよりは、普通です」
少し申し訳なさそうな様子に、それでもシアは首を振った。
その言葉に、逆にハンプバックの眉は微妙な歪みを増すことになるのだが。
「……それはそれで、君が一体どんなのを想像してたのか、そっちのほうが気になるな」
「あれ?もしかして俺がこいつらよりやばいのか……まじか」と、そんなことをつぶやき始める。
それにも、シアは首を振って答えた。
「いえ、変な意味ではなく。けど、その……思った以上に親しみ易いというか……易すぎるというか」
「……あー。まぁ、いいたいことはわかる。らしくない、ってことだろう?」
遠まわしに言おうとしたことをあっさり代弁されて、思わず口を噤んでしまう。
そんな様子に、気にするなとハンプバックが笑った。
「はは、まぁ、俺でも思うよ。ニュースや新聞に載っているさも精鋭みたいな説明に、こいつらの人格はどうにも一致しない」
「……はぁ」
困ったものだと笑う彼に、それでいいのかという疑問を圧し殺そうとして、思わず曖昧な声を返した。
と、そんな彼らを見ていて、一つ気になったことがある。
「……皆さん、全員殻人なんですね」
ここにいるメンバーは、全員が全員、その体のどこかに殻人特有の甲殻……"特有器官"が見えたのだ。
青年は鉄槌を下すその右の腕から肩にかけて。
少女達はその両耳と、それぞれ左右の足に対になるように。
眺めている男性は、シャツでよく見えないが腰の周りに、甲殻のようなものが付いていた。
これが、殻人がヒトと違う部分の一つ……それぞれが持つ様々な働きをする器官を持つ。
「そうさ。俺は殻人じゃあないから、持っちゃいないけどな」
それに答えつつ、ハンプバックは手を叩いた。
「さて、お前ら。ダライン君がこれ以上お前らと関わりあいたくないと言い出す前に、全員自己紹介といくか」
「そういえばそうですね」
思い出したかのように青年も返す。
先程から何となく場の空気に流されて聞けないでいたが、彼らの名前さえシアは聞いていなかったことに気がついた。
ハンプバックが促して全員がシアの向かいの席につく。
まず口を開いたのは、やはり腕に大きな器官を持つ青年であった。
「あー、申し遅れて悪いな。おれはウォーガ・ザン・ディロッデ。ここじゃあ実働……まぁ、わかりやすくいえば逮捕やらドンパチやるための要員として扱われてる。腕の器官見りゃわかるだろうけどな。よろしく」
「どもども!フィーリ・リラ・アラルタっていいます!あ、同い年っぽいし敬語じゃない方がいいかな?ああでもでもここはTPOがわかるデキる女の子を演じるために必要なんで敬語で貫かせてもらいますね!30秒くらい!んでんで、こっちが私の双子の妹寄りの姉といいますか姉よりの妹といいますかそこら辺は未だに要相談中でして、とにかく暫定姉のセファ・ルファ・アラルタです!!二人ともポジションは実働ですけど向いてるのはまぁサポートとかであってウォーガ先輩みたいな指示待ち脳筋マシーンではないので悪しからだだだだ痛いです先輩!!」
「……セファ・ルファ・アラルタ。右に同じ。よろしくね」
「僕はシュア・ストレン・ディゾー。ここじゃあ実働のほかにハンプがいないときの仮の頭、サブリーダーだね。それをやらせてもらってるよ。わからない事があったら何でも聞いてね。答えられない事の方が多いけど」
「……シア・ダラインです。今日からお世話になります」
それぞれ矢継ぎ早に自己紹介をされてめまいに似た感覚を味わいながら、
なんとか手短に返すことができた。
「うん、おおむねのやつらは不安だが結構。自己紹介は終わったみたいだな」
一通り握手を交わしたところで、ハンプバックが満足そうにうなずく。
そして、シアの隣に座って、ウォーガ達を手で示し、説明を始めた。
「本日をもって以上のメンツが、君を護衛、サポートする。何かあったら私を始め誰にでも相談してくれてかまわんよ」
「……ありがとうございます」
「いやいや」
頭を下げたシアにハンプバックは鷹揚に頷いた。
と。
ふと、その表情を引き締める。
なんとなくシアもそれにならって姿勢をただすと、それから、と続けられた。
「それじゃあ、もうひとつの要件に入りたい。いいかな?」
「……もう一つ、ですか?」
「そうだ。今回、我々が君を保護するにあたって、いくつか説明しなければならない事がある」
「なんでしょうか」
聞き返し、応答を待つ。
それに、ハンプバックは一息置くと、こう続けた。
「――ハーフ狩り事件に関する事だ」
ざわりと胸が鳴ったのは、決して気のせいではないだろう。
そのまま耳を傾けると、彼の口から放たれた言葉はその胸のざわめきを助長させた気がした。
「……ニュースで報道されている事は、知っているかい?」
「はい。ハーフを殺害する事には生産性がないため、複数の愉快犯である可能性があると……」
「そう、そのとおり」
そこで息をひとつ。
続けられた言葉は、シアは思わず身構えた。
「……"表向き"は、ね」
「……どういう、事でしょう」
自身を抑えるように拳を握って、シアは続きを待つ。
それに、ハンプバックは、まっすぐに答えるべく、シアを見つめて言い放った。
「……ハーフ狩り事件の目的を、我々が知りうる範囲で、君に教えようと思う」