夜、病室での痛み
意識の覚醒と共に働いたのは耳であった。
規則的で静かな機械音。
その次に、だんだんと思考がはっきりして目蓋を開く。
証明の光に目が眩んだ。開いた目を半ば閉じるようにして、光量を調節する。
と。
「起きたかな」
その声に、視線が一瞬の放浪のあと固定された。
男が、ベッドの横、枕元の辺りにある簡素な丸椅子に座っている。
……誰だろう?
そう思うとすぐに、目の前に手帳のようなサイズの端末が突き出された。
「警戒しなくていい。警察組織のようなものだ」
警察。
その言葉に、ひとまずの安堵を覚えて、脱力してベッドに体重を戻した。
「一応、確認しておこう。シア・ダライン君だね」
「……はい」
名前を呼ばれ、ベッドの少年……シアは返事をする。
声を発したことで、また少し意識がはっきりした気がした。
男も、反応があったことに幾分安堵をおぼえたのだろう。
先ほどよりは柔らかな声で、自分とその端末を指して口を開いた。
「SPO(スタンド・プロテクト・オルガ二ゼーション)のハンプバックだ」
「……SPO?」
聞き覚えのない組織だ。
視線にさらに怪訝さを浮かべると、ハンプバックは頭を掻いて気まずそうに笑った。
「……まぁ、聞き覚えがないのも無理はない。ついこの間に発足したばかりの組織なんだ。もう少ししたら、ニュースで話題にでもされるんじゃないかな」
説明に納得したようにうなずいて、シアはそれから口を閉じる。
そんな彼らが、自分になんの用事なのかを、知っているからである。
「……状況説明は省いても良さそうだね」
それを察して、ハンプバックは瞑目のあと、本題を切り出した。
「……ハーフ狩り、という言葉は知っているね」
「……はい」
「君が今回被害にあったのも、それだ」
そういうと、痛ましそうに眉を歪める。
シアも理解はしていた。
今の時代、この自分が生きている世界──海の"殼人"と陸の"人間"が混在する地上、「共存社会」に生まれ落ちた奇跡の結晶。……そう唱って食い物にする事件は、ハーフへの法等が定まっていない現在、増え続けていることを。
そして、自分もまたその"ハーフ"であり、その事件の被害者になり得ることを。
暗い雰囲気のなか、ハンプバックは少し声をはって続けた。
「しかし今回は、君の命は助かり、ハーフ狩りは未遂に終わった。そのときの状況を、出来るだけでいい、詳しく教えてほしいというのが、我々が今回君を訪れた用件だ」
訴えに、シアは困ったように押し黙る。
そして、申し訳なさそうに口を開いた。
「……すみません。とっさの事で、覚えてないんです」
あの時、あの瞬間……記憶に残された光景は、荒れた部屋と、倒れた両親と、自分を覆う"影"だけだった。
「……そうか。無理もない」
返答と謝罪に、しかし落胆した様子はハンプバックには見られなかった。
その目には、一層の使命に燃えた光を宿して、シアの肩に手を置いた。
「なにか思い出すことがあるまで、ゆっくりと静養するといい。そのうち、些細なことでも思い出せば、言ってくれれば十分だ」
そういうと、椅子からがたいのいい身体を持ち上げた。
「それと、君の身柄は我々が保護させてもらう。暫くは我々の組織の管轄内の施設での生活になってしまうが……身の安全のために、どうか手を貸させてほしい。事後承諾になってしまうが、何から何まですまないね」
「……いえ、よろしくお願いします」
申し訳なさそうな様子に、頭を下げる。
少しの笑みと共に、ハンプバックは背を向けて退室するべく歩き出した。
その背に、声をかけた。
言うべきか、言わないべきか。
ずっと迷っていたことだったが、声をかけざるを得なかった。
……どうしても、確認せねばならないことが、あった。
「……両親は、そちらにいますか」
「……」
ピタリと、一瞬だけ足が止まった。
そして。
「……明日、もしよければ、会うといい。"案内しよう"」
その一言は、とても、重く感じた。
その背は、先程よりも、申し訳なさそうに感じた。
その声は、他のどんな言葉よりも、多くを語っている気がした。
ドアがしまる。
そのドアを見つめて……。
はじめて、シアの頬に水滴が伝っていく。