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蒼底の殻人  作者: じむ
3/6

夜、病室での痛み

意識の覚醒と共に働いたのは耳であった。

規則的で静かな機械音。

その次に、だんだんと思考がはっきりして目蓋を開く。

証明の光に目が眩んだ。開いた目を半ば閉じるようにして、光量を調節する。

と。


「起きたかな」


その声に、視線が一瞬の放浪のあと固定された。

男が、ベッドの横、枕元の辺りにある簡素な丸椅子に座っている。


……誰だろう?

そう思うとすぐに、目の前に手帳のようなサイズの端末が突き出された。


「警戒しなくていい。警察組織のようなものだ」


警察。

その言葉に、ひとまずの安堵を覚えて、脱力してベッドに体重を戻した。


「一応、確認しておこう。シア・ダライン君だね」


「……はい」


名前を呼ばれ、ベッドの少年……シアは返事をする。

声を発したことで、また少し意識がはっきりした気がした。

男も、反応があったことに幾分安堵をおぼえたのだろう。

先ほどよりは柔らかな声で、自分とその端末を指して口を開いた。


「SPO(スタンド・プロテクト・オルガ二ゼーション)のハンプバックだ」


「……SPO?」


聞き覚えのない組織だ。

視線にさらに怪訝さを浮かべると、ハンプバックは頭を掻いて気まずそうに笑った。


「……まぁ、聞き覚えがないのも無理はない。ついこの間に発足したばかりの組織なんだ。もう少ししたら、ニュースで話題にでもされるんじゃないかな」


説明に納得したようにうなずいて、シアはそれから口を閉じる。

そんな彼らが、自分になんの用事なのかを、知っているからである。


「……状況説明は省いても良さそうだね」


それを察して、ハンプバックは瞑目のあと、本題を切り出した。


「……ハーフ狩り、という言葉は知っているね」


「……はい」


「君が今回被害にあったのも、それだ」


そういうと、痛ましそうに眉を歪める。

シアも理解はしていた。


今の時代、この自分が生きている世界──海の"殼人"と陸の"人間"が混在する地上、「共存社会」に生まれ落ちた奇跡の結晶。……そう唱って食い物にする事件は、ハーフへの法等が定まっていない現在、増え続けていることを。

そして、自分もまたその"ハーフ"であり、その事件の被害者になり得ることを。

暗い雰囲気のなか、ハンプバックは少し声をはって続けた。


「しかし今回は、君の命は助かり、ハーフ狩りは未遂に終わった。そのときの状況を、出来るだけでいい、詳しく教えてほしいというのが、我々が今回君を訪れた用件だ」


訴えに、シアは困ったように押し黙る。

そして、申し訳なさそうに口を開いた。


「……すみません。とっさの事で、覚えてないんです」


あの時、あの瞬間……記憶に残された光景は、荒れた部屋と、倒れた両親と、自分を覆う"影"だけだった。


「……そうか。無理もない」


返答と謝罪に、しかし落胆した様子はハンプバックには見られなかった。

その目には、一層の使命に燃えた光を宿して、シアの肩に手を置いた。


「なにか思い出すことがあるまで、ゆっくりと静養するといい。そのうち、些細なことでも思い出せば、言ってくれれば十分だ」


そういうと、椅子からがたいのいい身体を持ち上げた。


「それと、君の身柄は我々が保護させてもらう。暫くは我々の組織の管轄内の施設での生活になってしまうが……身の安全のために、どうか手を貸させてほしい。事後承諾になってしまうが、何から何まですまないね」


「……いえ、よろしくお願いします」


申し訳なさそうな様子に、頭を下げる。

少しの笑みと共に、ハンプバックは背を向けて退室するべく歩き出した。

その背に、声をかけた。

言うべきか、言わないべきか。

ずっと迷っていたことだったが、声をかけざるを得なかった。

……どうしても、確認せねばならないことが、あった。


「……両親は、そちらにいますか」


「……」


ピタリと、一瞬だけ足が止まった。

そして。


「……明日、もしよければ、会うといい。"案内しよう"」


その一言は、とても、重く感じた。

その背は、先程よりも、申し訳なさそうに感じた。

その声は、他のどんな言葉よりも、多くを語っている気がした。

ドアがしまる。

そのドアを見つめて……。

はじめて、シアの頬に水滴が伝っていく。

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