全ては虚ろへと還る
Sideです
市ヶ谷統合幕僚監部の作戦司令本部に巫女装束のような衣装を纏い、狐の面を被った女が佇んでいた。本来はこんなようなコスプレ女がここに入り込むことは出来ないのだが今この国を掌握している男が招き入れたからだ。彼は彼女の隣に立っていた。
男の名は氷上大和。この機に乗じて自衛隊の指揮系統を掌握し、今、最夜市滅菌作戦の総司令官としてここから全体の指揮をとっている。
「ガイスト殿、貴女のご支援には感謝する」
「別に礼を言われるようなことはしておりません。この度は私共の下部組織である製薬会社ティル・ナ・ノーグがしでかした失態の後始末に動いていただきノアの一人として大変感謝しております」
白人の肌に黒髪の女は流暢な日本語で喋り丁重に頭を下げる。
氷上が微かに舌打ちしたが彼女はそれを無視して次の言葉を繋げた。
「その返礼としてティル・ナ・ノーグの全プラントを稼働して【e】のワクチンを日本国へ再優先で提供させていただきます」
ワクチンの件と裏で首相を謀殺した件が無ければ氷上も彼女とは手を組まなかっただろう。
「その先駆けとして頂いた戦術核弾頭とF15Eストライク・イーグルは早速使わせていただきます」
「世界に【e】を拡散しない為なら喜んで協力致しましょう」
氷上とガイストの近くで会話を聞いていた者たちはその余りに冷えた言葉のやり取りに身震いしただろう。それは二匹の蛇がお互いを殺そうとして睨み合ってしているように見える。いつ殺り合ってもおかしくはない。
「氷上二佐。時間です」
自衛隊の制服を着た女性士官が告げる。当時に中央のモニターにノアから提供された最夜を映しだした衛星からの動画が表示される。
「よし。各部隊に通信開け。これよりコードZZZを発令」
氷上の言葉と同時にオペレーターたちが関係部隊に通達。最初は苫小牧市の南の海域に展開するイージス艦長門を中心とする艦隊のトマホークミサイルで市内の地表を焼き払う運びとなっている。その為に弾頭は新型テルミットに換装されていた。
別のモニターに長門艦長の顔が映しだされた。その表情は硬い。
「艦長、開始してくれ」
「我が艦の最初の任務がこのような命令であることに悔しさを隠せません」
氷上の言葉に黙っていた長門の艦長は意を決して苦渋の選択を口にした。その唇からは一筋の血が零れ落ちる。
「目標! 北海道最夜! 各艦、トマホーク撃てぇ!」
その言葉と同時に長門を中心とする艦隊のトマホークミサイルが一斉に空へと打ち上げられた。中央に映しだされた最夜市に艦隊から発射されたトマホークミサイルが次々と地面に突き刺さり、爆発。その炎で建物、街路樹、車、レウケになった人々が巻き込まれて一瞬で全てを焼きつくされ灰と瓦礫と化していく。
駄目押しとばかりに飛来したトマホークミサイルが建物の残っていた骨格でさえもその炎と熱で溶かし尽くす。更に三斉射目のトマホークミサイルが飛来、研究所のある北部を中心に着弾。
残っていた動物園や廃工場や倉庫を跡形もなく焼き払う。そして飛来した戦闘機F15Eがミサイルを発射する。勿論、戦術核である。それはティル・ナ・ノーグの研究所のある山の麓へと突き刺さり、大爆発を起こす。
山は内側からの圧力に耐えかねて崩れる砂の城のように潰れていく。
そしてF15Eが去った後、長門艦隊から撃ちだされた二本のトマホークミサイルが最夜市の北と南に着弾。核爆発を起こし、その光と爆炎の中に全てを飲み込んでキノコ雲を引き起こした。
核爆発による電子障害によってモニターの画像が乱れる。
その場に居た全員が言葉なくその様子を眺める。
モニターが正常に戻った時には最夜市と言う存在は過去の物となっていた。
「これでこれ以上の感染が拡がらない事をお祈りしております。ではこれで私共は失礼させていただきます」
一礼してガイストは作戦司令本部から出て行く。その口元は笑みを浮かべていた。




