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月山多佳子の狂気

Sideです

月山視点

今回の話で本編最後のSideになります

 多佳子はそれがそろそろ起きる頃だとは思っていた。少なくとも彼女を天津鈴音と会わせるべきではないと感じていたので自分から仕掛けるべきだとは考えていた。

 間を置かずに物部はワクチン開発部に帰ってきた。ただ誤算だったのは左手にアタッシュケースを持ち、右手にベレッタ92Fと呼ばれる拳銃を握っていた事だ。多佳子に向けて──


「わたしはレウケでもエクセキューショナーでも無いわよ」


 多佳子は追い詰められているのにも関わらず、それでも恐怖を感じなかった。


「別にレウケだとは……言ってませんよ」


「じゃあ、待遇の改善要求かしら」


 はぐらかすように言った。その返事は銃弾だった。ワクチン開発部の床に穴を開ける。


「随分物騒ね。では何をしに来たのかしら?」


「デッドリーポイズンを渡してもらいましょうか。あと製造方法も」


 物部綾と名乗っていた女には既に女子大学生のような甘さは無かった。


「残念ながらデッドリーポイズンの製造方法なんか知らないわ。生産方法なら知ってるけど……前にも言ったけど本当に偶然出来ただけだからね。強いて言うならわたしが科学者として挑戦した結果と言うべきかしら」


「ふざけるな! 【e】とそのワクチンは手に入れた。あとはお前が持っているデッドリーポイズンだけだ。それを渡せ! それさえ手に入れれば私は大金持ちだ」


 その返答に多佳子はため息を吐いた。あまりに下らなすぎる。死んでいった同僚たちの方が何十倍もマシだ。と言うか天津の婆以下だ。


「物部、人の道を科学の為に逸脱したわたしが言うのも何だけど貴女ダサすぎるわ。寄りによって動機が金とはね。てっきり栄えあるロシアとか第三帝国とか言い出すのかと思ってたのに」


 多佳子は嘲笑する。下手したら撃たれるかもしれないが彼女はそんな事など気にも留めない。


「茶化すな。そのダサいのに今まで欺かれ続けたのは誰だ!」


 物部は煽られて拳銃を多佳子に向ける。


「わたしね。でも正体見破られるようなポンコツな産業スパイもどうかと思うけど……一つ聞いてあげるけど、わたしが疑ってる事にいつ気付いたのか種明かししてもらえる?」


「デッドリーポイズンを渡すならな」


 こうなったら騙し合いだと多佳子は考えた。車椅子の多佳子が健常者とマトモに戦って勝てる見込みはない。その上、拳銃を持ったスパイが相手では無理だろう。


「良いわ。デッドリーポイズンの元になった人間の血液を渡してあげる。それでどうかしら?」


 多佳子は車椅子を動かしてデッドリーポイズンを保管している冷蔵庫に取りに行こうとする。


「待て。場所だけ言え」


「呆れた。わたしが冷蔵庫に銃でも隠してると思ってるの?」


 物部が一瞬迷う。


「いや、いいだろう。お前が開けろ」


 多佳子はわざと忌々しそうな表情を作る。まずは第一段階だ。


「話しなさいよ」


 言われたとおりに多佳子は自分が用意していた冷蔵庫に向かって車椅子を動かす。


「簡単だよ。一度だけ貴女ではなくあんたと呼んだ。それで気が付いただけさ」


 なるほど、それのせいか。もう少し敵意を隠しておくべきだったと多佳子は唇を噛む。だが今その教訓を活かせばいいだけの話。

 車椅子で冷蔵庫に辿り着いた多佳子は座ったままデッドリーポイズンの元になった血液と称している物を取り出す。それはガラスの試験管に入れて薬品を混ぜて凝固しないようにした成分血液である。


「取り出したわ」


 撃たれたら落とすような位置に持つ。それを見て物部が忌々しそうに舌打ちをする。


「妙な真似はするなよ。そうだな……その机の試験管立に置いて下がれ」


 多佳子は言われたとおりにその試験管を試験管立に置く。今は反撃のチャンスを伺うしかない。それまでに撃たれたら終わりだが──


「本当にこれがデッドリーポイズンなのか?」


「そうよ。今はそれしか残ってないわ」


 多佳子は嘘は言ってない。


「なんでこんなふざけた物に入ってる? 保存状態を考えてないのか」


 物部は苛立ちげに叫ぶ。脱出する為にはガラスの試験管で運ぶなどあり得ない。途中ですぐに壊れるだろうし、上手く持ち出せても冷凍しないと衝撃や熱で成分が変わってしまう事を懸念してるのだろう。


「考える必要がなかったと思わないの? わたしの血液なんだからその当人が一々血液なんか保存する訳ないでしょう。自分さえ生きてればどうとでもなるのだから」


 そして言った後でしまったと言う顔をしてみせる多佳子。


「お前を助けろと言ってるのか? ヘリポートまでお前をデリバリーサービスするなんて御免だ」


 物部が嘲笑する。嘘だと思ってるのだろう。


「生憎ただの事実でね。見なさい」


 多佳子は右腕の袖を捲し上げて肘窩を見せる。そこは多数の注射針の痕で酷く変色していた。麻薬中毒患者ですらこうはならない。その部分だけ別の生物と化してると言っていいくらい酷い状態だった。

 ここからでは物部に詳細は見えないだろうが──


「お前、まさか、自分を実験台にしたのか!」


「人類の進歩の為ならやるでしょう。それに【e】を使って脚を治せるか試して見たかったのでね」


 驚愕する物部に多佳子は当然と言わんばかりの口調で言う。


「お前の血液型はOだったな」


 多佳子はそうよと短く告げた。


「ならお前はそこで見届けているといい」


 物部はアタッシュケースを置いて拳銃を左手に持ち替え、片手で器用に注射器を取り出そうとしている。多佳子にも何をしようとしているかは分かる。自分に試験管の中の血液を投与するつもりなのだ。そうすれば、デッドリーポイズンは確実に運べる。


「それはお勧めしないわね。わたしが病気持ちとか思わないのかしら?」


「ご忠告ありがとう。菌くらい貰って行ってやるよ」


 物部はそれが金の卵を産む鶏にでも見えたのだろうか、或いは大量の金を産む錬金術の秘宝にでも見えたのか、中身の血液を注射器で吸い出し、自分の肘窩から投与した。

 多佳子はそれを見届けてからため息を吐く。獲物は罠に掛かった。


「これでさようならとは名残惜しいけど何億ドルと言う大金が待ってるんだ。ありがとう。月山多佳子はかしぇ。なんだ、一たい……」


 多佳子に拳銃を向けていた物部が急に震えだす。そしてその左腕は力を失い、拳銃を落とし、床に倒れこむ。その姿は地面に打ち上げられた魚のようにピクピクと跳ねているだけだ。


「わたしは言ったわよね。やめろって……デッドリーポイズンはその名の通り猛毒で耐えられた人間は一人しか居ないと……ま、天津の婆が持っていたのは別物だけど、寄りによってわたしですら適応しなかったあれを持って行くとは……聞こえてる?」


「お前は平気なのにど、どうし」


 既に物部の体は致命的な症状を起こしているのか彼女の瞳からは光が失われつつある。


「そりゃ、わたしの血液だと言ったでしょう。猛毒もブラフだと思った? 間抜けなスパイさん。本当は研究所内の掃除をもう少し頑張って貰う予定だったけど女子高生たちをあんたに引き渡したら酷い事になりそうだしね。退場してもらおうかしら」


「た、助けぇて」


 物部は断末魔の代わりに命乞いの言葉を発する。


「今までヒントを言ってあげたじゃない。間抜けなスパイさん。それを投与してしまったら【e】産の化物も人間も耐えられないのよ。貴女を、あんたを助ける術なんかない。それにわたしは嫌われてるから【e】に感染した連中が近付こうとしてこないのに……本当に馬鹿ね」


 適応出来ずに息絶えた部下を見送る。


「最後に天津の娘はあの方と同じ【e】変異体みたいだしね。血液を提供してもらえばもっと踏み込んだ研究が出来るでしょうし、わたしがどういう存在(もの)に成り果てたかも分かりそうだし楽しみだわ。物部、貴女は結構良い仕事をしてくれてありがとう。感謝してるわ」


 多佳子は物言わぬ屍と化した部下に最後の言葉と共に微笑みかけた。

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