長所は短所でもある
あたしは車外を見つめながら鈴音に話しかけた。
「さっき貴女が言った良い事ばかりじゃないって視力の事じゃないわよね」
「別の事よ。……いずれ分かるからハッキリ言っておくけど、私たちを追ってきてるのが居る。いや違う。多分、私を追ってきてると思う」
鈴音が目を瞑って聴覚に意識を集中させる。
「人間のストーカーじゃないよな? 軍人と撃ち合う事になるのは困る」
思う所があるのか海人が振り返って鈴音の方を見た。二人の視線が絡み合って何かを伝え合ってるのが不快に感じる。
「よく人間が一番怖いと言うけど私を追ってきてると思しき存在は人間じゃないわ。エクセキューショナーだと思う」
あたしはエクセキューショナーになった須藤が言った言葉を思い出した。
「悪口でも言ったのか?」
「私の存在自体が気にいらないんでしょう」
兎川の冗談に鈴音が苦笑する。
「海人にしか言ってないけどエクセキューショナーになった須藤が喋ったような気がしたんだ。聞き違いじゃなければ『オマエガ…ワタシヲ……コロシタ』と言ってた」
あたしは異を決してあの時の話を口にする。
「間違いじゃないわ。あいつらに下手したら人間並みに知性があるのは確かだから。恐らくだけど最低でも狩りを始めた頃の原始人クラスには頭を使う事ができると考えて油断しない方がいい」
「と言う事はライオンみたいに連携して狩りを行う事ができると考えていいのか」
兎川が導き出した答えにあたしは絶句する。ただでさえ手強いのに複数相手にしたら一人では勝ち目がないじゃないか。
「須藤先生が生きてたんですか?」
静寂を破るように勇儀が暢気な発言をする。一瞬、フリーズするあたしが居た。これがもし戦闘中だったらあの子と同じ運命を辿るところだっただろう。
「正確には須藤先生の声帯をモノマネした化物です」
鈴音がサラリと嘘を言って誤魔化した。バックミラーごしの勇儀は納得したのか一人で頷いている。やっぱりこの人が居るとやり辛い。
「最夜市の北側はどうなってたけ? 殆ど行かないから分からないんだけど」
兎川がドラグノフ狙撃銃を握りしめる。この二日間で相棒となった狙撃銃を持ってないと安心出来ないらしい。
「炭鉱時代の詰め所と電波塔と倉庫と送電施設だったかな。とにかく部外者に寄り付いて欲しくなかったのか、この辺り一帯は寂れた状態のままだったから」
このメンバーの中で研究所に行ったことのある鈴音が答えた。
「野良犬とか感染してて襲って来なきゃいいけど」
あたしが懸念を口にする。夏に幽霊が出たとか変な噂あったな。ただの噂で済めばいいけど──
「とにかく逃げに徹するのが一番か」
兎川が狙撃銃を抱き締めるように抱える。犬と戦う場合に接近戦だと狙撃銃は不利だろうから戦いたくはないな。
「道が塞がってるとしたらどこだろうか」
「うーん……この辺りには住宅街は無いから北の大通り線? 音がしないのは確かね。最悪そこで止まっても残り3kmは切ってると思う」
海人の嫌な質問に鈴音が返答する。瞼は閉じたままだ。
「それに人も殆ど居ないから気をつけないといけないのは動物の方かもしれない」
動物と言われてレウケ犬と病院で遭遇したライオンを思い出してしまう。どっちにしろ相手にしたくはない。車ならまだしも走りながら戦う状況には追い込まれたくない。
「悩んでる?」
目を瞑ったままの鈴音があたしに声を掛ける。
「別に悩んでは居ない。ただ、嫌な事を思い出して戸惑っただけ……どうしてそんな風に思うの?」
「貴女の音に変化があったから聞いてみただけ」
鈴音はサラリと言って再び前を向く。
「ほらまた動悸が乱れて呼吸がズレた。那名側は分かりやすいよ」
イヤーマフをしたままなのに鈴音にはあたしの鼓動や呼吸で感情の変化を把握してるみたいだった。
「それは発達した聴覚のお陰? 自分たちの音は全部聞こえてるのか?」
「一通りは、ね」
返答に兎川が嫌な顔をしたように見えたがすぐに俯いて前髪で表情が隠れてしまう。
「それは進化なのか」
「ただの変化よ」
鈴音の問いにまたも納得していないように見えた。
「感情の変化が分かるだけで思考を読んでる訳じゃないよな」
「海人、この耳を使わなくても嘘を吐いたら分かるよ。私だって女なんだから……特に男の嘘は」
「ご遠慮願いたいよ」
海人は天を、と言うかワゴン車の天井を仰ぎ見る。
「ついでに聞いておくけど貴女が後をつけられる理由は? 音なら他にもあるだろうし個別で追ってくると思う根拠は?」
「多分、嗅覚だと思う。私は匂うから」
その言葉に兎川が鼻を鳴らしている。
「風呂に入りたいな。前の日にシャワーで済ませるんじゃなかった」
「確かにベトベトするね。こんなのが世界中に拡がったらあたしは生きてゆけないかも」
4日目になるんだからこの最夜から脱出したい。生きて命の洗濯がしたい。
「海人、無事に逃げ出せたら私と一緒にお風呂に入ろうか? 二人きりで」
鈴音の発言に海人の背中が波を打ったように見えた。と言うか、その前からちょっとだけソワソワしてたけどな。
「……急に言われても答えに……」
「冗談だって。嫌だな。冗談だよ。それに水着着用だから」
鈴音の瞼は閉じてるけど開いてたなら目が絶対に嘘を吐いてると断言できる。あたしの第六感が叫んでた。
「冗談に聞こえない」
「同じく。水着着用とか嘘っぽい」
兎川の声に同調するあたし。助手席で海人が肩を竦めてた。そして鈴音だけは妙にはしゃいでた。多分、聴覚で判断したら海人の反応が悪い感じじゃなかったんだろう。
「冗談なんだから嘘に決まってるじゃない」
ハッキリ言い返す鈴音にあたしは不安しか感じなかった。まずは最夜を生きて出られるかを気にすべきなのに──