北へハンドルをきる
揉めた大通りを出て嫌な思い出しかない病院を尻目にあたしたちが乗るワゴン車は最夜市の北側に入った。幸いにもエクセキューショナーやドライアド、それにケンタウロスとかに遭遇しなかったのはいい事だ。途中、レウケには襲われて逃げたけど──
「今どの辺り?」
「えーと研究所まで4km無いと思うけど確信はない」
鈴音は前を見たまま視線を動かさない。ここに来るまでのナビゲートであたしたちが知っている天津鈴音と言う人物とは違う生物になっているのかと思い知らされる。現に彼女がナビゲートしてくれているお陰でヤバい連中には殆ど遭遇しないで済んでいる。
ただ、鈴音は良い事ばかりじゃないと不吉な事を言っていたが──
「そう言えば、灯油を確保しに行った時に銃撃してきた連中は誰だったんだろう。病院で見たロシア人っぽいガスマスクの連中か」
「銃弾を抜き出して調べた訳じゃないからね」
あたしは右側を確認しながら呟く。ガードレールの一部は血に染まり、ここから見える川にはレウケが数体ほど居たが下流へと流されていく。
「調べたら分かるのか? あいつらが今回の原因なのか」
真相を知りたくて仕方ない兎川が質問攻めにしてくるがあたしにそんな事が分かる訳もない。
「多分違うわね。タブレットには書いてあったんだけど……視力が安定しなくて見つけ出せない」
「貸してくれ。自分が探す」
鈴音が取り出したタブレットを兎川が取り上げるように奪って調べ始める。横からあたしもディスプレイを覗くがアニメ系ばっかりで割りと驚く。どうでもいいけどアニオタだったのか。
今期のラインナップだと分かるあたしも人の事は言えないが──
「人の趣味にケチを付けないように」
焦点が合わなくても開いてる箇所くらいは分かるのか海人を気にしながら鈴音がムッとしている。
「中二病的なのは嫌いじゃないからそれに今期の『魔王さまは暇人です』は自分も見てるし」
海人が好きなアニメか、確かコメディーで面白いとか言ってたな。
なんか鈴音が海人の方を見ていた。よく考えるとあたしが反射的に彼を見たせいだと気付いた。
「海人も『魔王さまは暇人です』が好きなの?」
目を細めて凄く嬉しそうにしてる鈴音を見ると叫びたい衝動に駆られる。しまった。オウンゴールだ。
「え? ……毎週見てるけどなんで分かったんだ」
海人が振り返ってあたしを睨む。うぅぅ、すまぬ。すまぬ。バレたら嫌なの忘れてた。伏して謝りたいが見張りもしないといけないのもあるので視線を逸らす。
「そうなんだ。私も毎週楽しみにしてるんだ」
見なくても鈴音がニコニコしてるのが分かる。こっちを見ながらなのが勝ち誇ってるみたいでムカつく。
海人にコメディーアニメはイマイチかなとか言うんじゃなかった。我ながら自爆し過ぎだろう。
「ちょっと待って。その話は脱出してからにして……何ページ目?」
話が逸れ始めたのを嫌った兎川が口を挟む。
「トップのドクロマークのアイコンのがそれで確か最初の方に書いてる」
「全然違う方じゃないか」
「静かに、耳に響く」
その一言に兎川は黙ってディスプレイをタッチして該当のページを探している。
「これか。えーと」
兎川が黙って内容を読み始めた。その瞳が物凄い勢いで左右に動いてるのがあたしにも分かった。こいつ、速読まで出来るのかよ。
「とりあえず、該当のウィルスを40年ほど前にロシアから奪取したのは分かったけど、どうして彼らでないと思ったんだ?」
「物部邸でロシア人らしき女性のレウケを見たから。彼女がスパイなら研究所に既に入り込んでる事になるわよね。入り込んでるのならウィルスとワクチンだけを盗んでから脱出すればいいのにわざわざ病院襲ったり大通りで住民を、私たちを銃撃する理由がないと思う。第一、盗みに入るのなら盗まれた事に気付かせないのが一番なのだから」
鈴音の言う事には一理あった。ウィルスを盗むなら盗んだ事がバレないのが一番重要ではある。
「旧ソビエト時代なら盗んだ先の爆破とか破壊とかありそうだけどな」
兎川のボソッと言った一言にも一理はあった。確かにあの頃のやり口なら研究所ごとふっ飛ばしかねない。いやだからこそ無いのか。やるなら徹底してやるだろうし、今回の件は中途半端すぎる。
「でもどっちにしろ、やってる事が半端すぎるよね。誰の手によって引き起こされた事にしろ徹底されてない。ウィルスを奪われた報復なら今更だし、盗むだけなら騒ぎになりすぎてる」
あたしは誰にともなく呟いていた。
「個人がやらかしたのが研究員全員に感染してアイスホッケー会場で爆発的に広まって病院と動物園で悪化したのか」
海人が周囲の警戒に窓の外へと視線を移す。
「だとしたら相当強力なウィルスだな」
兎川が鈴音にタブレットを返す。彼女はそれをブレザーの左ポケットにしまいこんだ。




