燔祭
裏門を抜けて近くの小さな丘に上った後に雷が落ちたような轟音が鳴り響いた。恐らくブルドーザーが突っ込んだ。気になって背後を振り返って双眼鏡を使って見てみると想像通りブルドーザーは校門をぶち破り、障害物をもろともせずに踏み潰し、校舎の方へと向かって行く。その校門があった箇所からレウケにエクセキューショナー、それにその他の感染動物たちが雪崩を打ったように校庭へと侵入していく。とても手におえるような数ではない。
そしてブルドーザーはその名の通りスペインの闘牛で使われる牛の如く最後の希望を打ち砕くように校舎へと突き進む。
吸い込まれるようにブルドーザーは壁に突き刺さり、一瞬の間を置いてそれは炎に包まれる。その炎はブルドーザーだけではなく校舎にも燃え広がっていく。
「紙一重の差か」
「田中の奴は生きてるかな」
兎川と海人が呟いた。
「副会長なら逃げられる可能性はあるでしょう。問題は薙澤ね。彼女を連れて逃げられるかどうか」
鈴音がポロリと零す。
その言葉を聞いてバックミラー越しの海人の表情が曇る。
「でも私が知る限り、学園内にあの二人が居たとは思えないけどね」
エクセキューショナーが逃げ遅れた連中に襲い掛かっている。武器を持っていたグループの半分近くが居なくなったので奴らの猛攻を凌ぎきれずに次々と立て篭もり派の生徒たちが犠牲になっていく。
犬が攻撃を阻止し、エクセキューショナーが止めを刺していくと言う連携を防げなかったせいだろう。もっとも犬の走るスピードがエクセキューショナーの歩く速度を上回っていただけだが──
「もう行こう」
いつの間にか停車していたワゴン車の出発を促すように海人が言う。
「助けなくていいんでしょうか?」
「今から戻っても誰も助けられないですし、私たちが死ぬだけです。化け物たちは最大で3万体ほどになりますが数ではこっちが圧倒的に不利ですし、第一、銃の弾にも限りがあるんですから」
勇儀の言葉に鈴音は淡々と事実だけを述べた。
あの数の化物たちを無傷で倒せたとしても次の襲撃であたしたちが全滅するだろう。今まで善戦してきたけれど所詮は学生の範疇に収まってしまう程度の能力しか無いのだし──
今、見える範囲で唯一の救いは裏門から入ったクリーチャーたちが居ないことだけだ。もっともあたしたちにとってだけど──
その言葉に勇儀は押し黙っている。
「代わりましょうか」
海人が無機質な声で申し出る。別に親切心で言ってる訳ではないだろう。勇儀が学園に戻るとか言い出したら大変な事になる。
「いえ。大丈夫です。ここを北に下ればいいんですよね」
「はい。そこを下ったら右に行って最初の交差点を左へお願いします」
ワゴン車は指示通りに動き出した。
あたしは再び双眼鏡で学園の様子を伺う。ブルドーザーから出火した炎は既に校舎全体に燃え広がっていた。校庭もバリケード代わりに置いてあった物は尽く破壊されるか無力化し感染動物たちのサファリパークのような状況になっていた。
既に生者と死者の比率は逆転し、闊歩しているのは死者と感染動物たちだけになった。
感染動物たちは先程まで生きていた生徒たちをテーブルの上に乗せられた料理のように食べ始める。
「見ない方が良い」
兎川が状況を察したのか、小声で囁く。
「もう見ないよ」
あたしは双眼鏡を降ろして前に向き直った。
「レインコートとか持ってこれなかったな」
「あれなら要らないよ。巫女みたいなのがやってきたら動きにくいだけだし水弾を防げないから着る意味が無い。要りそうなのは火炎瓶くらいだけど……那名側、まだ作れる?」
兎川の言葉に鈴音がレインコートの価値を否定する。持ってこれなかった物を気にしても仕方ない。
「資材があればね。今はないからどうしようもない」
あたしはハッキリ言った。変な希望は持たせない方が良い。
「無事に辿り着けるんですかね」
勇儀が不安そうな声で聞く。教師が生徒を不安にさせてどうする。
「このワゴン車でどこまで行けるかで運命が決まるかもしれない」
一応、確認したらガソリンは研究所まで行ける程度にはあった筈。
「問題は道路の状況か」
あたしは研究所まで車から降りないで済む事を祈っていた。




